ダーク・ファンタジー小説
- Re: 《宵賂事屋》 ( No.3 )
- 日時: 2024/10/09 22:18
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: r2O29254)
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王都ネニュファール。王様貴族様が集まり、人口密度が高い都市である。
「たっだいまー。て、誰もいないんだけどさ」
迷々街――この街は、そんな王都の一角にある。
街の周りは高い建物に囲われて入り組んでもおり、複雑な地下街を経由しながら、魔法も潜り抜かなければこの街には辿りつけない。
ハンモックに寝転ぶ少年の名はマモン。ただのマモン。
ヒト基準で考えるならば、歳は外から見て六〜十歳ほどだろうか。
丈が短くサイズはブカブカな黒いタンクトップにショートパンツ。服装は必要最低限であった。
布団替わりに黄色いマントを羽織る。
そしてマモンの意識は緩やかに沈――。
ガンガン
――むことはなかった。
乱暴なノックにマモンは舌打ち。顔に書かれた面倒臭いの文字を消さないまま、玄関の戸を乱暴に開けた。
「おっ客さぁん。営業じかんがーい」
「生憎だが、客じゃない」
扉の前に立っていたのは中年の男だった。
ガタイがよく日頃から体を鍛えているのが伺える。こき色の髪と瞳。
顔の彫りは深く目つきが厳つく、子供ならまず近づかないであろう悪人顔をしていた。
「晟大! まって、今月の家賃の支払いって今日だっけ!?」
「今日じゃない」
晟大と呼ばれた男はサラリと答える。マモンはホッと息を吐いて笑顔を浮かべた。
「あー。びっくりしたー」
「先週だ」
扉を閉めるマモン。すかさず晟大は隙間に足をねじ込んだ。
逃げられない。本能的に理解したマモンは逃走ルートから言い訳ルートにシフトチェンジした。
「違うんだ晟大、話をしよう。いや、僕は払おうとしたんだよ? でも支払日になっても晟大さんちっとも来ないし、僕も晟大がいつもどこにいるか知らないし連絡先も知らないししょうがないじゃん。というか今週は僕仕事で忙しかったから――」
晟大は、身振り手振りで言い訳するマモンを冷ややかに見下す。
それが責められている気がして、更にマモンは冷か汗をかく。
「そもそも君が悪いんだ。幼い僕に口座を使わせたくないとかさ。幼いなら貴族の宝石盗ませるなって話で、まずこの王都が腐ってて――」
話が変な方向に向かって苛立ったのだろう。晟大はマモンの脛を蹴った。
電流が足元から翔ける感覚。
マモンは「あぅっ!」と小さく悲鳴を上げて床を転げ回る。
「予定が合わなかったのは仕方がないことだ。が、お前支払日を忘れていたな?」
「いーやいや、そんな訳……あ」
先程のやりとりを経てなお嘘をつくのは無理があったことに、マモンは発言したあとに気付いた。
呆れるように晟大は大きくため息をついた。
「まあいい。家賃回収はついでだ。最近立て込んでいたらしいが、終わったのか」
「うん。昨日――というかさっき丁度終わった」
マモンは腰のポーチから真珠のブレスレットを取り出す。人差し指でクルクルと回し始めた。
「これがお目当ての品」
「なら雑に扱うな」
晟大はマモン手を握り、降ろさせる。
「べっつにいーじゃん。憎たらしいあの子を傷つけるため、おばあちゃんの形見を盗んでーって下衆の頼みよ? このブレスレットにゃ価値はないって」
「お前まで下衆に落ちてどうする」
「残念。僕は元からだ」
マモンがべーっと色が薄い舌をだす。
くるりと薄っぺらいマントをひるがえして、適当に置いてあった麻袋を持ちあげる。
ずっしりと重い。じゃりじゃりと金属音が重なる。中に入っているのは硬貨だ。
「はい。僕の月給の二割」
渡された麻袋をもって晟大は、重さを確かめ目を細める。
「銀貨があと二枚足りんぞ」
「ちぇ、バレたか」
マモンは口を尖らせつつ、バレることを予見していたため用意していた銀貨二枚を渡す。
「確かに」
晟大の言葉にマモンはほっとする。
晟大は重さだけで金額を確かめた。簡単にできることではない。
マモンは、晟大に中途半端な誤魔化しは通じないと思っている。
家賃だって本当に収入の二割なのか晟大には分からないだろう。
しかし晟大はマモンの言葉を信じている。
いや、マモンの誤魔化しには騙されない自信があるのだろうか。
どちらにしろ、マモンは晟大には敵わない。
イタズラ程度の誤魔化しこそするが、取り返しのつかない隠し事はしない。
「相変わらず年不相応なヤツだ」
「僕のことガキっていってる?」
「さあな。で、本題だ」
晟大がマモンをじっと見る。
マモンの悪ふざけに付き合っていたついさっきの晟大と、なんとなく雰囲気が変わる気がする。
「頼みがある。“宵賂事屋”」
ピリッとマモンに緊張感が走った。
入れ。と、晟大は開けっ放しの玄関の外に声をかける。
ぎし、と音がする。外にもう一人いる。晟大が訪ねてきた初めからマモンは気付いていた。
しかし、その人物は――。
「……ひっ」
少年だった。マモンを見て怯えて縮こまっている。
なぜ子供が尋ねて来たのだろうと、初めからマモンは疑問だった。
頼りない背丈に細い体だ。お粗末な服装からスラムか、それに近いところから来たのだろう。
「なぁんでこんな子供がこの街にいんの?」
「俺から見たら、どちらも年は対して変わらないが」
マモンはムッとして、少年の前まで歩み寄る。その餅のような頬をギュッと掴んだ。
いっ、と少年は顔を歪ませる。まるで幽霊でも見たような顔だ。失礼な、とマモンはこぼす。
「で、晟大。用事ってコイツ?」
「そうだが、とりあえずは離れてやれ。お前は白髪なんだから」
白髪。復唱して、マモンは子供から離れてやる。
「宵賂事屋、依頼だ。依頼主はワタシではなく、この子供がだがな」
晟大に呼ばれた子供は身を縮こまらせた。
マモンは流し目で子供を見つめる。上から下までじっくりと見て、はぁ、と大きなため息を零した。
「晟大。この店の名前が、なんで“宵賂事屋”なのか、知ってるかい?」
「知るか」
「“宵”に“賂”で動く“万事屋”だからだよ! 夜に働く汚ったない何でも屋! 今何時よ? もうお日様でてるの。明るいの。モーニングだよモーニング! 営業時間外なんだよ!」
「知るか」
「知れ!」
はあはあと、息を切らして屈むマモン。
宵から始まる店ということもあり、マモンも昼夜逆転している。
朝は寝る時間だ。マモンはこのまま寝てしまいたい。
しかしどうせ晟大には敵わない。話だけなら大人しく聞いてやろうか。
「てかこの子猿どっから連れてきたん。晟大の親戚……ではないね。うん。確実に」
マモンは晟大が何をやっている人なのかよく知らない。
ただ貸し出せる土地や家があったり服装が小綺麗だったり、少なくとも中流階級以上の人物だろう。
みすぼらしい格好の少年との繋がりなどないように思える。
あと少年は晟大のような悪の親玉感がない。絶対血は繋がってない、とマモンは確信した。
「昨夜、といっても今日だが。この小僧が屋敷に金品を盗みに来た」
「ハッ、盗み先が晟大ん家なんて運が悪いね〜。まあ君の屋敷は廃墟なりかけだもんね。あんなボロ屋敷に人が住んでるとか罠だよ」
「そこら辺の賊でさえワタシの屋敷であることは知っている。お前らが世間知らずなだけだ」
「晟大がいるってだけで誰も盗みに入らないの? あそこ? 君歩く防犯機器じゃん。どんだけ怖がられてんの」
晟大が闇組織のボスかもなんて冗談が笑えなくなってきた。
「んで連れてきた理由は? 聞いたところただの子供っぽいけど。わざわざ迷々街にまで連れてきてさ」
「気に入った」
「それだけ?」
「これほど新鮮な起き上がり小法師は久しぶりだ」
マモンは首を傾げる。と、ゾッとする。普段堅物な晟大が微笑みを浮かべていた。
マモンがすぐさま少年に手を伸ばすも、少年は怯えて後退る。白髪がここで足手まといとなる。
マモンは舌打ちをして少年の服を強引にめくりあげた。
マモンは顔を歪める。少年の体にはついさっきできたようなアザがいくつも残っていた。
「オジサン、命知らずのガキ――もとい勇猛果敢な若者相手にハッスルしすぎ。ちょっとは自分の歳考えろよ」
マモンが傷に触ろうとするも「くるなっ」と少年は小さく悲鳴をあげる。
だがマモンは躊躇なく傷に触れ、怖がる少年を他所に魔法で傷を癒す。
「血は流していない。お前のときと比べればかなり手を抜いた」
「内出血してるから青じんでるんですけどぉ!? あーあ、こりゃ酷い。僕も屋敷に盗みに入って君と初めて会ったとき、ポコポコにされたわー」
「効果音合ってるか?」
「なんだよ。バキボキバキバキグッシャァ‼︎ はい。これでいいだろ」
少年の治療を終えてマモンは少年の背中をポン、と押す。
元の不健康そうな体は直せないが、生傷はあらかた消えていた。
なぜ、これほど傷を負ってもなお少年は晟大に着いてきたのか。マモンが思ったとき少年は声を絞り出した。
「父ちゃんの、病気を治して……」
そういえば少年は依頼をしにやってきた、と晟大がいっていた。
マモンは脊髄反射でいう。
「病院いけ」
「マモン」
晟大がマモンを窘める。
「いや、だってそーじゃん。ここ病院じゃないし。何でも屋だし」
「何でも屋なら何でもしろ」
「何でも屋は何でもはしないの!」
晟大の言葉をマモンは強気で返す。
マモンに断られたからか、はたまた歓迎されていないからか、少年は唇を噛みしめている。
震えているも眼光は鋭い。引く気はないらしい。
「なあ、お願いだよ。おねがい、おねがい……、父ちゃんを助けて……!」
細い声で少年がマモンにしがみついた。
泣くことは本望ではないようで眉間にシワがよっている。しかし目尻には今にも零れ落ちそうなほど涙が溜まっている。
「もうここにしか頼めないんだよぉ。色んな所から盗んで、薬買って、賭けまでやったのにっ、もう、全部だめで、だめで……なぁ、なんでもするから……!」
ありえないほどの必死さだ。
ただマモンは無情な人間だった。
マモンは少年を振り払う。鼻水で汚れたらどうする、とマントをはたいた。
話を聞くに、少年はスラムの偽医者や自称魔術師などに偽薬でも掴まされたのだろう。
欲に塗れた大人が群がる賭けなんて、こんな少年が一人で挑んで勝てるわけもない。
無謀がすぎる。五体満足であるのが不思議なくらいだ。
「分からないなー。どーしてそこまでする? 父親なんて所詮他人じゃん」
「お前らのその考えが分からないよ……!」
同じようなことを何度もいわれたのだろう。少年はキッとマモンを睨んで返す。
どう突き放しても少年の決意は変わらないらしい。
なんといって追い返そうかとマモンは眉間に皺を寄せた。
「ときにマモン」
「なんでしょう晟大サン」
「守りたい人はいないのか」
「ハッ」
マモンは鼻で笑う。
晟大はマモンに依頼を受けてほしいらしい。
赤の他人に、しかもガキにどうしてそこまでやるのだろうか、とマモンは鼻で笑う。
理由は分かっている。少年の情にやられたのだ。
少年がどれほど必死なのか試すために打ちのめし、その決意の固さに関心し、チャンスを与える意味でここへ連れてきた。
なら尚更マモンは依頼を受ける気にはなれない。
「急に何をいうかと思えば。そんな仲良しごっこ僕はしないし」
「そうか」
「ならなぜ、お前はワタシに打ちのめされてもなお起き上がった」
マモンに昔の記憶が駆け巡る。
マモンが晟大に打ちのめされたときなんて一度しかない。
この少年と同じように、マモンが晟大の屋敷に盗みに入ったときであり、晟大と初めて出会ったときだ。
「金が欲しかったからだよ」
一つ息を吸うぐらいの間を置いてマモンは言う。
答えを出し切ったというのに、マモンは色のない顔で逡巡する。
守りたい人も救いたい人も、マモンにはいない。その感覚がバカバカしいとさえ思う。
そのはずなのに、晟大が少年を助けたいという気持ちが、マモンにも感化させられていた。
「金、依頼料は。払えんの」
マモンが伏せ目がちで問うてみれば少年は首を横に振った。
「話にならん。僕は寝る」
マモンはハンモックに横になってしまった。
依頼を断ったようなそんな雰囲気が流れ、少年は不安げに晟大を見上げる。
晟大はもう帰るところで玄関から半分でていた。
少年と視線が合うとふっと逸らして去り際に言う。
「依頼料ならマモンが見繕うさ」
「昼に起こして」
マモンの乱暴な言葉は晟大の肯定のようにも思えた。
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