ダーク・ファンタジー小説
- Re: 《宵賂事屋》 ( No.4 )
- 日時: 2024/10/09 22:23
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: r2O29254)
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太陽が真上にきて、そして少し傾いたお昼すぎ。
マモンはたるむ瞳を荒く擦って、あくびをふかしながら支度する。
「そーいや名前聞いてなかった」
「ジャン」
少年――ジャンから答えが返ってくる。
ジャンは頼みが届かないと諦めたのだろうか、朝よりも態度がふてぶてしい。
その顔が小生意気にみえるのはジャンが打ち解けてくれているからか。
ついさっき、ジャンに起きないからとハンモックから突き落とされたからか。
マモンは未だヒリヒリする背中を気にしながら、髪をまとめてカツラをかぶる。
「おまえ、ちゃんとヒトなんだね」
「ドーユー意味だ」
少なくとも褒め言葉ではないジャンの言葉に、マモンは顔をしかめる。
「白いところかくしてるじゃん。かくしたらヒトにみえる」
今のマモンは薄水色のカツラを被り、白色の方の瞳に眼帯をしている。
「君たちにとって、そーんな白色って不吉なの?」
「こわいよ。ヒトじゃない。生き物でもない。“この世の邪悪全てを煮詰めた色”って、本に書いてあるよ」
露出度が高い服に眼帯をしている少年だって、十分に怖いだろう。
白髪はもっと悪いものらしい。マモンはその感覚がよく分からなかった。だがこの世界の人々が白をよく思っていないのは分かる。
だからこうやって変装をするのだ。
ため息を吐いて、マモンはジャンを連れて外へ出た。
宵賂事屋は迷々街の露店街にある。
石の道は細く、庇が場所を取り合っていて直射日光はほとんど当たらない。
洋風のシャレた店もあれば、オンボロで怪しげな店もある。
「人、ちょっと多いよ」
「夜はもっとすごいよ」
マモンはなぜか自慢げに鼻を鳴らした。
街が起きるのは夜だ。
昼過ぎの今でこそポツポツと店が開いているが、夜は雑貨屋、風呂屋、魔法道具屋、色々な店が開いている。宵賂事屋もその一つだ。
その分、この狭い道に人がごった返すため移動は大変なのだが。
「てか、父親を助けたいって、母親はどーしたのよ。死んだ?」
マモンのノンデリケートな言葉に、ジャンは顔を歪ます。
「母ちゃんは昔にどっか行っちゃった。よく分からないけど、父ちゃんのシサン? 全部もって行ったんだって」
シサン――資産のことだろうか。
しかしスラム街に住んでいそうな子の親に、資産など大層なものがあるのか。
「ジャン、君さぁ。もしかして前はいい家に住んでたり?」
「え、うん。えっとね、石の家でさ。暖炉とかカーペットがあって暖かいんだよ。いっつも美味しいもの作れてさ、ベッドも柔らかくて、窓の外は綺麗な景色で……。うん、いい家だったよ。よくわかったね」
ジャンは笑顔を浮かべた。しかしどうにも影が拭えていない顔で、無理に笑っていることは明らかだった。
「母親は何やってたのよ」
マモンの言葉にジャンは考え込む。
「改めていわれると、何してたんだろう……。よく派手な服を着て出かけてたのは覚えてるんだけど……」
「それってさ。めっちゃ肌出てる服だったり? 胸元とか特に」
「あ! そういえばそうだった! すごい、なんでも分かるなマモン!」
ジャンが感心の眼差しを向ける。ただマモンはそれを素直に受け取れなかった。
恐らくジャンの母親は売春婦か、それに近しい人だったのだろう。
そして父親はある程度金を持っていた。
母親が蒸発した理由も察せられて、マモンは黙った。
「今の家はボロボロだけどね。父ちゃんも動かなくなっちゃって。今の家に引っ越してきた時は元気だったんだよ?」
「そーなん? 意外だな、普通落ち込んだりしない?」
「ううん、落ち込んではいたんだ。俺よりもすっごくさ。毎晩酒飲みながら泣いてた」
「ジャンはなんか声かけたの」
「初めは話そうとしてたんだけど、ちょっと話すと怒っちゃって。父ちゃん、怒ると歯止めが効かなくて、すぐ物にあたるし俺にも殴り掛かるし。怖くてしばらく声かけなかったら、いつの間にかすっごく静かになって、寝たきりになっちゃった」
思ったよりもジャンの家庭事情が酷かった。確かに、ジャンの体に古いアザがいくつかあったなとマモンは思い出す。
「そんな父親助けなくて良くない?」
「は」
ジャンがギロッとマモンを睨む。その一文字に怒りがこれでもかと込められていた。
「父ちゃんは本当はもっと優しいんだよ、優しかったんだよ! だから、今度は俺が父ちゃんに良くしたい。父ちゃんが苦しそうなのも、多分、俺が何も出来なかったからだし、怒らせたのは俺だったし……」
ジャンの声がうわずってきた。マモンがふと見れば、再びジャンは涙を浮かべていた。
また泣かせてしまった。罰が悪くなったマモンは顔を逸らす。
そんな話をしている間に二人は迷々街からでていた。
「なあ、どこまで行くんだよ」
「着いてきたら分かるよ」
「――俺の依頼は受けないんじゃなかったのかよ」
ジャンが不貞腐れたように呟く。マモンは「あー」と頭を掻きむしって、軽くジャンを小突いた。
「うるさい。分かるだろ」
「何がだよ。ちゃんと口に出せって」
「いや、だーかーら! わーかーるーだーろ!?」
「わーかーらーなーいって! 宵賂事屋なんて仕事やってんなら、やることもっとハッキリさせてよ!」
ジャンがマモンのマントを引っ張って叫ぶ。
思わずマモンは止まって、しかし意地が邪魔をするらしく頑なに口を開けない。
「仕事じゃなくて、マモンが個人的に助けてくれるのか?」
「バッ、んなわけないじゃん! 仕事だ仕事!」
慌ててマモンはジャンの襟をつかみ返す。
ジャンが嬉しそうしているのに気付いてマモンはハッとする。
「図ったな」
「よく分からないけど、依頼、受けてくれるんだな」
マモンはジャンを軽く突き放す。再び歩き出して「あー」と唸る。
「出世払いな。絶対払えよ」
迷々街どころかスラム街を完全に抜け切ったま昼間の世界。
あでやかな喧騒が響く。
巨大な広場にある噴水を素通りしてしばらく。大通りを外れた人気のない道。
小川が静かに流れている。ふと、植えられたばかりなのだろう小さな木が、マモンの視界に止まる。
マモンは木から道を隔ててある店に入った。
そこはバーのようであった。洒落たランプやロウソクは、昼の今は消え去っている。バーに似つかわしくない、昼の光で満たされた空間には一人の老人が。
「おや、マモン様。お昼に訪ねられるとは珍しい」
青い髪に優しそうな顔つきをした老人は、磨いていたガラスを机に置いた。
見たところ店は開いていないようだ。
「マスター。聞きたいことがあってきた」
マモンはズカズカと店内を歩いてテーブルソファに座る。
マモンが視線で「座れ」と訴えると察したのか、ジャンはカウンターに座る。
「おや、なんでしょう」
「薬なんだけど」
「マモン様、麻薬は取り扱えないと何度も……」
「いや、今回は普通の薬! 治療薬の方!」
自分がいつも麻薬をせびっているような言い方はやめて欲しいものだ。
マモンはいうほどせびってなどいない。最近は半分ぐらいは冗談である。
そろりとジャンの方を見ると呆れたような顔でみられていた。
「ほう、治療薬……。それは、そちらの方が求めておられて?」
老人――マスターの優しい瞳が、ジャンの方へと向けられた。
ジャンがビクッ、と肩を震わせる。
同年代のマモンとは気兼ねなく話せるようだが、大人が相手だとジャンはどうも緊張している。
「父ちゃんが、病気で。薬が欲しい。でも、お前酒屋? のマスターなんだろ。薬なんて知ってるのか」
酒屋ですか、とマスターは笑う。
「ええ。私は薬師ではありませんから、薬には詳しくありません。しかし、ツテならいくらかもっておりますよ」
「ツテ?」
「紹介が遅れた。コレはこの店のマスター、本名は忘れた。そして、僕らの世界ではちょいとばかり有名な情報屋だ」
「情報屋……って……」
有名なんてそんな、と困り顔だったマスターが答える。
「情報を売る商売を少々。しかし、本業はバーの店主ですよ」
「ってぇことでぇ? 僕らはマスターがもつ情報を買いに来たってワケ」
説明してもなおジャンは困惑の表情を浮かべている。
薄暗い世界での情報屋の立ち位置自体、掴めていないようだ。
明るい世界では一部の職についていない限り、情報屋が必要な場面などそうないだろう。それもそうだ。
「ねぇマスター。なんかー、アレ。どんな病気もなんでも治す万能薬とか、なんかそんな凄いモノない?」
「流石にそのような代物は聞いたことがないですね……」
マスターが申し訳なさそうに苦笑する。
ジャンの表情が歪む。
「万能薬は、の話ですが。お客様のお父様は、どのような病気であられるのでしょうか……?」
言われて、ジャンはしばらく黙っていた。
「父ちゃんは――」
ようやく言葉を紡ぐ。
溢れでるものを抑えるように、少しづつ丁寧に吐き出すように。
しかし堰なんて簡単に壊れてしまう。ジャンはすべて吐き出し、バーにはわめき声が響いていた。
偽医者やエセ魔術師にもこうやって泣いて話していたのだろうか。
なんとなくムカついてマモンはソファに倒れた。
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