ダーク・ファンタジー小説
- Re: 《宵賂事屋》 ( No.6 )
- 日時: 2024/10/09 22:34
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: r2O29254)
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地下街にある真っ暗闇の店。空色髪のマモンはカウンターに死体を置いた。
でてきた店員は毛むくじゃら。骨格もヒトじゃない。獣人族と呼ばれる。
獣人族は硬貨を差し出す。無表情。マモンも無感情で受け取る。
カツカツ。高い足音が響く。外にでても真っ暗だ。路地裏には光が入らない。
ふと目先に男が。マモンは目が悪い。更に暗い。店内よりはマシだ。が、何も見えない。
けれどマモンは魔素で物体を感じられる。男は晟大だ。
晟大はマモンの横を歩く。月光が入った。晟大の表情が見える。
二人は視線をかわす。逸らす。沈黙が続く。
「売ったのか」
先に晟大が口を開く。
「なにを」
「子供の親の、亡骸を」
「なんで知――」
「マスターから聞いた。ジャンのことも」
名前知ってたのかよ。なんて呟きをマモンは潰す。晟大が見込んだ者の名を聞いてないわけない。
「それが仕事だ」
「何故殺した」
「仕事だ」
「他にも方法はあった」
「宵賂事屋に最善を求めるな」
「ジャンは、この先苦労するだろう。どう食っていくんだろうか」
「さぁ」
「恐らく野垂れ死ぬ」
「だろうね」
「人は、殺すもんじゃない」
「君はそうなんだね」
カツン、コツン。石畳と革靴が叩き合う。黒と、僅かに白が入る。路地裏は続く。石に囲まれた世界。
「人を殺すのは簡単だ」
晟大の声は冷たい。
「大抵の揉め事は人を殺せば終わる」
鼻腔から空気が這い出た。
「殺し合うのが一番楽だ」
マモンは右手を握る。マントに擦った。
「だから皆、最善を探さなくなる」
頬がヒリつく。引っ張られる感覚。まだ残っている。
「本心も見ようとしなくなる。極小でも確かにある可能性を、見て見ぬふりして殺しに逃げる」
殺したくない。苦しませたくもない。矛盾を直視した少年がいた。
でも怖いだろう。泣く子が。叫ぶ子が。懇願する子が。希望に踊らされ絶望するのは。
それなら、希望なんてない方がいい。
「腰抜け」
「違う‼︎」
マモンの叫びが響いた。
さっきの否定が自分の口から出たことに、気付いて思わず口を覆う。
「なにが違う」
「――ッ!」
声にならない声がでる。冷たいはずだった世界。白と黒しかない景色で、マモンの前髪から赤い瞳が覗いた。
「煩いッ! あの場にいなかった君に何がわかんだよ、なぁ? お前なんてジャンを宵賂事屋に連れてきたぐらいしかしてないじゃないか。誰が偉そうに頭垂れてんだよダボがッ!」
じわりとマモンの額から汗が流れた。熱気に包まれてゆく感覚がする。
「ワタシは気に入った子供に機会を与えただけだ。救われるかどうかはジャン次第。救う道理はない」
「救おうとも助けようともしなかった奴が、僕に文句いう権利なんてねぇーだろっ! 僕だって救う理由なんてない! あんな金なし客にならない!」
「でも助けようとした」
「してない! 僕は宵賂事屋だ、金さえあれば――」
「ジャンに金はなかった」
マモンは思わず息を吸い込む。吸った息を溜めて、反論しようにも何も出て来ない。
ただ冷たい空気が口を出入りする。マモンはようやく、自分が冷たい裏路地にいたことを思い出した。
「ジャンの親が生きるつもりだった“その後”は、気が遠くなるほど長い年月で、一言じゃ言い表せない感情と経験があった筈だ。それは、一瞬にして、消えてなくなってしまえる。この意味がわかるか、マモン」
「――あの男が生きるつもりだったのかも、分からないじゃん」
「そうだな。だが、生きるはずだった時間はあった。ジャンと笑い合う未来もあった」
「んな未来なんてないに等しい」
「でも確かに“あった”。そして、お前はそれを“消した”」
「――さっきからずっとガタガタ抜かしやがって、結局何が言いたいんだよ‼︎」
街灯が届くところまできて、晟大の顔が照らされていた。
刻まれたシワとたるんだ頬。いつも通りの仏頂面だ。
説教染みた会話だったのだから、てっきりもっと怖い顔をしているとマモンは思っていた。
むしろほんの少しだけ、なんとなくだが、マモンは彼から哀愁を感じた。
「潰してしまった未来の責任を負わなければならない」
「責任って――」
「言ったろ。恐らく、ジャンは野垂れ死ぬと」
ようやっとマモンは晟大の言いたいことが分かった。
回りくどく、説教臭く、上から目線で頭にくる会話だった。
だが直球に伝えられたらマモンはきっと、意固地になって全てを否定していただろう。
「責任、責任ね」
マモンはポケットから硬貨を取り出し、ピンツとトスする。
「存外、死体が高く売れたし。働いてやらなくもないけどさ」
ここまでして、空腹で死なれてはマモンも気分が悪い。
ブロンズの硬貨が月と重なる。無機質な夜がどこまでもどこまでも続いていた。
◇
喧騒が響く市場は今日も賑わっている。
「えっと、二十ヨルね」
その一角にある露天商。少年はたどたどしく銅貨を数えた。
「はい、二ヨルの釣り!」
「ありがとね」
女性が店から離れていって、ジャンは一つ息を吐いていた。
外が赤く染まりはじめた。もうそろそろ店を閉めろ、と店主が指示をする。
ジャンは適当に返事する。店頭にはもう僅かな果物しか並んでいない。
土台の箱ごと持ち上げればゴロゴロと音が鳴る。
ある程度片付けて、手が痺れたらしいジャンは背筋を伸ばす。
手についた果物の匂いを嗅いで、手を握る。
「ぼけっとしなさんな、はやく店じまいしてちょーだい」
店主の中年女性がジャンを急かす。
「うー、うるさい。いわれなくてもやーる!」
「ま、人見知りなくせに生意気なんだから」
二人で店じまいを始める。この店は、女性店主とジャンの二人だけで運営している。
「もうすぐしたら王都から出るんだから」
「分かってる。次は東の寒いトコ行くんだろ」
街の名前は忘れたけど。とジャンが呟やくと同時に片付けが終わる。
夕日に照らされる、商品が並ばない露天は見ていると寂しい。
「アンタ、ここの育ちなんでしょ? ウチで働いてくれるのは嬉しいけどねぇ、雇われてすぐで、故郷を離れていいのかい? もうちょっといてもいいんだよ?」
「変な気使わなくていいから、オバサン」
「オバッ……アンタねぇ」
女性店主。もといふくよかなオバサンは怒り半分呆れ半分でため息をつく。
彼女らは旅商人をやっている。今回は半年ほど王都にいたようだが、もうそろそろ離れるらしい。
「あと、今はなるべくはやく王都から出たい気分」
伏せ目で落としたジャンの言葉に、なにか思うことでもあったのか。
オバサンは慈しむような表情を浮かべる。
「王都ネニュファールは嫌いかい?」
「別に。好きでも嫌いでもない」
自分の荷物をまとめ、ジャンは肩にかけた。
「でも今は、ここにいたくない。けど、五年後ぐらいに戻ってきたいよ。いつか、大人になったとき。話したい人がいる」
「そう、五年後ね。それぐらいには、また戻ってきてるわよ」
帰りましょうか。オバサンがジャンの頭を撫でる。
ジャンは満更でもなさそうに歩き始めた。
徐々に宵に染っていく空。ふと、オバサンがこちらを向いた。
夕日が沈む進行方向ではなく、斜め後ろ上の、意識しなければ向かないであろうこちらを。
屋根の上、マントをたなびかせるマモンは目を細める。バッチリと合った視線。
オバサンは目を細めて、視線を逸らし去っていった。
「……結構遠くにいるつもりだったんだけど、普通気づく?」
発言とは裏腹にマモンは笑った。
彼女とマモンはちょっとした知り合いであった。
一人で旅をしているというから、ジャンを紹介してみれば即採用された。
マモンがオバサンにジャンを紹介したこと、マモンとオバサンが知り合いであること、ジャンはどこまで知っているだろうか。恐らく何も知らないだろう。
なにより、これで余程の事がない限りジャンが野垂れ死ぬことはない。
夕日に照らされ、新しい家族にぶっきらぼうな笑みを浮かべるジャン。
マモンは人知れず彼を目で追い、ふと目をそらして、宵の方へと溶けてった。
「もう宵賂事屋になんて来るなよ」
誰かに届かせる気もない呟きが、ボトンと、闇夜の底へ消えてった。
終