ダーク・ファンタジー小説
- Re: 《宵賂事屋》 ( No.8 )
- 日時: 2024/12/18 06:59
- 名前: ベリー ◆mSY4O00yDc (ID: IVNhCcs6)
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かつては動物に乗って戦う貴族のことを指したそうだ。しかし今では、団員に庶民と貴族が混じる治安維持組織だ。
「どこの騎士が動いてんの?」
「民衛騎士と近衛騎士どちらとも、騎士団全体が動いております」
「ナニソレ大事件でも起こったん?」
「それにしては動きを抑えすぎです。表沙汰にはできない何かがあったようで」
パチン、とマモンは指を鳴らす。
「あー! もしかして若返りの薬、騎士団の耳に入っちゃった?」
「その可能性が高いかと」
「入っちゃったかー」
この世界において異常な回復効果がある薬は違法薬物として扱われる。
どうしてだったかはマモンも忘れた。
「なら騎士団が見つけるより先に薬を見つけなきゃ。サンキュ、マスター」
「はい。では銀貨七枚です」
「……百ヨル銀貨七枚?」
「千ヨル銀貨七枚です」
「……」
要は七千ヨル。商人の平均月収の七割。リンゴ一〇〇〇個は買える。
これ以上情報を買うつもりはなかったマモンだが、知ってしまえば情報を買ったことになってしまう。理不尽だ。
しかしバーのバックには晟大がいて、金を払わなければ何をされるか分からない。
「僕は買うつもりなかったのに……」
「しかし情報を買わされそうだとは途中で気付いていましたよね? マモン様は遮らなかった」
「あぁー! その通りだよスカポンタン! コンチクショー! もってけドロボー!」
銀貨七枚をカウンターに叩きつける。マスターは優雅に、そして悪い顔で微笑んだ。
「確かに」
「あーあっ、王家機関の情報なんて高いって分かってたのにぃー、なんで遮らなかった僕ー!」
冷たくなった懐を抱えるマモンの悲鳴が響いた。
◇
月が雲に隠れている。暗く冷えきった廊下を風のように走り抜ける。
マモンの顎から汗が落ちた。
レーヴェミフィリム家の用心棒は他の家より厄介で、油断をするとすぐ見つかる。高度な魔法を使って身を隠しているマモンの疲れは酷い。
ヒカの母親と思われる紫髪の女――伯爵夫人の私室を探ったが手がかりはなし。
図書室、食堂、キッチン、役割がある部屋はあらかた物色し終えたが何もない。
あと手をつけていないのは、屋敷に点々とある物置部屋や役割のない空き部屋、客室だろうか。
本当にここに若返りの薬があるのか? マモンが思った矢先。
「誰だ!」
獣のような叫び声、マモンの肩が跳ねた。用心棒だ。ドタバタと複数の足音が近づいてくる。
隠密の魔法を解いたつもりはない。何故バレた、いや今はそれどころじゃない!
マモンは白い息を置いて走った。その身軽さで走って、走って、追いかけられて、逃げた先は――。
「――マモン?」
細雪のような声が放たれる。
閉めた扉を背にするマモン、視線の先には耳が尖った白髪の少女――ヒカがいた。
「やあ、また会ったね」
屈辱をひた隠しにしながら、顔が引きつっているマモンは答えた。
◇
扉の魔法の鍵を内側からかけ直す。向こうで獣のような男どもの足音が聞こえ、マモンはゾッとした。
貴族の用心棒をしている割にはあまりにも野蛮な奴らだ。
マモンはチラリとヒカに視線をやる。もうこの部屋にはこない、といいながら来てしまった。
「……いっとくけど、君に会いに来た訳じゃないから。身を隠しに来ただけだからな」
聞かれてもないのにマモンは言い訳する。
出会ったときとは打って代わりヒカは楽しそうだ。
「ねぇねぇ、マモン。またお話しましょう? ここに隠れている間っ」
跳ねる声。マモンはため息を吐いた。
「あのねぇ、僕が泥棒だって分かってる?」
しかし暫くはこの部屋で身を隠さなければならない。
その間暇なのだから話ぐらいしてやってもいいのだが、どうもヒカの無防備さが不安になる。
「てか君、顔色悪いけど。病気なんじゃないの」
ヒカはハッとして自身の頬に触れる。
なにか心当たりがあるのだろうか、とマモンもヒカの頬に触れてみた。
「え冷たっ!」
思わず手が頬から離れる。まるで死体のようだ。
ヒカは気まずそうに目を逸らすが、その目も虚ろである。
部屋の寒さでやられたのだろうか。マモンは素早く自分のマントをヒカにやる。
視線をめぐらせて、ほとんど使われていない様子の暖炉と、座れば崩れてしまいそうなイスを見つける。
イスを壊し、使えそうな木材を暖炉に放る。
「ん、これ暖炉じゃなくてマントルピースだな」
暖炉に酷似しているが煙突がない。装飾のための偽暖炉。通りで使われた形跡がない訳だ。
ただ代用はできるだろう。赤レンガなら少しは熱に耐えるだろうし、煙は風魔法で窓の外にだせばいい。
屋敷の奴らに気付かれないよう、煙が見えないように魔法で分散させなければならない。
窓を開ける。月は雲に隠れて真っ暗だ。
「あと燃えやすいもの、紙とかなんか……」
童話集が目に入って、マモンは一冊を手に取る。
「……私の宝物に、何するの?」
何となく嫌な予感がしたのだろう。ヒカが震えた声で聞く。
「こんな汚い部屋、誰も片付けないんだから、僕が丸ごと片付けてやるんだ、よ」
ジィィ、擦るような一筋の音がした。黄ばんだ紙が破されていた。
「――ぃ」
ヒカの喉を潰すような音。マモンは我関せずと紙を破って、魔法で小さい火をつける。
紙ごとその火をイスの残骸に放った。偽暖炉に火が灯る。
煙や臭いは魔法で何とかできるだろう。
これでよし、とマモンがヒカの方を見るとヒカは部屋の隅に蹲っていた。
何をやっているんだと苛立ちを覚えながら、マモンはヒカを偽暖炉の前へ引っ張った。
抵抗しないまま連れられたヒカは、炎の前でうずくまっている。
「……」
体を温めなければならないというのに、三角座りで蹲ったままでは寒いだろう。
「ちゃんと座れよ」
ヒカはなにも言わない。マモンはムッとして、ヒカの前髪を掴んで顔をあげさせた。
――すると
「――いや、いやっ、いやあぁっ! 離して、はなじてぇっ!」
ヒカが泣きじめてしまった。えぇ、とマモンは困惑。
「火があるから温かいだろ? なんで泣くんだよ」
「離して、離してよおぉっ!」
ヒカが拳を大きく振りかぶる。女の子の力なんてひ弱だろう。さらに顔色も悪く幽閉だってされている。
暴れても無駄なのに、とマモンが思った矢先、ヒカの拳がマモンの腹に入った。
「がぁ、」
マモンが後ろへ軽く飛ばされる。
想定を遙かに上回る力。腹筋に力を入れる暇もなかった。無防備な腹に大太鼓を叩いたような衝撃。
「く、あぁ……」
マモンは芋虫のように腹を抱えて悶える。内蔵が出てくるような感覚が後からやってくる。
掠れる視界の中、拳の主を捉えてみれば。
「ぅ、ああ、うあぁ……」
炎を見つめながら涙を零していた。マモン以上に苦しんで、喉を潰したような悲哀が零れている。
腹を擦りながら立ち上がって、マモンはヒカに寄る。
「何が気に食わない」
ヒカは怒るでも恨むでもなく、ただ悲哀から抜け出せないままに炎を眺める。
「本、本、私の、大切……。暖かいものが、なくなっ、なくなっちゃ、て。なんで、なんで?」
本のページ数枚ごときより目の前の炎の方が余程温かい。
マモンはヒカが分からない。するとヒカが炎に手を伸ばす。躊躇なく、呆然と虚ろな目で。思わずマモンはその手掴む、止める。
「待て待て待て待て、たかが本だろ! てか燃えたのだってたった数ページだし!」
「――」
マモンの言葉ののち、沈黙。ヒカが一つ嗚咽を漏らす。ボツボツと、音が鳴るぐらい大粒の涙が溢れでた。頬を伝って顎からおちて、嗚咽もどんどん大きくなる。
「私の、わたしのぉ、暖かかったの、なんで、なんでぇ……」
「わ、悪かったから! そこまで大事なもんだとは思わないし、あぁ! 僕が悪かったから、な、泣くなよ……!」
ずれ落ちるマントをヒカにかけ直して隣に座る。
マモンよりも痛がり、苦しみ、嘆き続けるヒカの背中をマモンはさすり続けた。
◇
「マモンきらい、マモンなんて死んじゃえ、燃えちゃえ、嫌い嫌い、大っ嫌いッ!」
「ご、ごめんって。僕が悪かった、だから機嫌なお――」
パチン。
マモンの頬に痛みが走る。世界に電流が走ったような感覚にマモンはクラクラする。
あまりにも強い力でビンタをされた。ヒリヒリする頬をさすって、マモンは罰が悪そうにヒカを見つめる。
ヒカはマモンとは目を合わさず手を炎にかざしている。
「う、うぅ。君バケモノみたいに力が強――いなんてお嬢様素敵ですわ、おほ、おほほ……」
目の前のヒカがもうワンスウィングの準備をしている。
マモンが必死で取り繕うが時すでに遅し。反対側に真っ赤な手形がつけられた。
両頬がヒリヒリ痛む。
ようやくマモンにも取り返しのつかないことをした実感がやってきて、罪悪感に駆られてなにか喋りたくなる。
「い、いや。燃えやすいものが紙しかなくて、その。ヒカ、ごめん。もう取り返しつかないけどさ、何か、代わりになれるもんなら用意するから。だから機嫌直してくれよヒカ、ごめん、ヒカ……」
「や」
「“や”かぁ……」
一音の拒絶。これ以上の言葉は無意味だとノンデリカシーなマモンも気付いた。
けれどヒカはマモンから離れない。偽暖炉から離れられないだけかもしれないが。
マモンもこんな寒い部屋で火元から離れる意味がなく、ヒカの傍で黙って三角座りをしている。
マモンが魔法で煙を外に出しているからか、部屋には風が流れている。
生ぬるい空気の中、マモンは炎を見つめることしかできない。
「――私、外のこと知らないの」
ゆるりと隣のヒカが口を開く。マモンは膝で口を隠して何も言わない。
「この部屋から外にでた記憶もない。お母さんは、私は魔女だから外に出ちゃいけないって。外に出たら皆に追いかけられるって、火炙りにされるって、痛くて冷たくて、怖いところって」
伯爵夫人、なんてことをヒカに吹き込んでいるのだ。
しかしあながち間違ってもいないのも厄介だ。
「母さんは魔女の私を閉じ込めなきゃいけない。白髪に生まれた私は、白をばら撒かないように、死ぬまでここにいなきゃいけない」
なら白髪の自分はどうなるんだ、といいかけてマモンは口を閉じる。
「でも外には暖かいものが沢山あるって。楽しいことが沢山あるって、でも、私はしちゃいけない。白髪だから」
マモンに本を破られても怒らず憎まず、悲哀に満ちていたヒカが、己の白髪をちぎるように引っ張って憎悪をのぞかせた。
「けどせめて、本で思いを馳せるぐらいは……許して、欲しかった……」
バチッ、バチッ、と火が鳴っている。焦げた臭いが漂って、冷たい空気が鼻腔を通る。
ページを破るその行為が、彼女の願いの否定だったのだろうか。
マモンはボーッと炎を眺める。
「外の話。してやろうか」
「……」
「僕も白髪だからまともな話ないし、本みたいに形の残るものじゃないけど」
「……」
「だから機嫌、直せよ」
「ちょっとだけなら、直してあげる」
ふてりながらヒカは頬を膨らませる。
血色がよくなってきた頬。マモンは片手でヒカの両頬をおさえた。ふ、と空気が漏れる。
「あんがと」
ヒカが顔を上げた。朝の空ような瞳がハッキリと見えた。
「やっと目あわしてくれ――まってごめんごめん調子に乗りましたヒカさんその手下げて下げて」
真っ赤な顔でスウィングをスタンバイ万端なヒカ。
「ふざけないで! 話、してくれるんじゃないの? してくれないと怒るんだから!」
「それは困った困った。そーだな」
話といっても、闇市や迷々街、スラム街などロクなものが浮かばない。
「そーだ。大昔、王都を守った英雄の御伽噺なら」
「どんな英雄なの?」
「えーと、名前は忘れたんだけど。千年ぐらい前、大きな龍が王都を襲って――」
ポトポト言葉を落としてく。炎に照らされるヒカは驚いたり笑ったり悲しんだり、マモンは百面相を前に目を細めて話を続けた。
◇
次の夜。今日も今日とてまたレーヴェミフィリム家だ。
何日か通っているが、若返りの薬についてなにも掴めていない。
ヒカの部屋に逃げれば朝まで話してしまうのだ。
自分以外の白髪は珍しいし哀れだから、興味を持ったって仕方がない。マモンは自分に言い聞かせる。
マモンはふぁ、とあくびをする。昨日の夜から寝ていない。
家に帰って早々、朝からマモンは晟大宅の書斎へいった。
相変わらず廃墟のような屋敷で、必要な部屋以外はボロボロであった。
晟大はなにやら忙しそうで書類と睨めっこしていた。大袈裟に前を通ってもマモンに構いやしない。結局、マモンは言葉も交わさず去っていった。晟大本人には用がないのだ。
書斎と呼ぶには大きすぎる、図書館のような豪華な空間。二階まで吹き抜けになっていて、そこら中に本がギッチリ詰まっている。
残念な点は虫の楽園になっているところだろうか。天井や通路、机など至るところに蜘蛛の巣が。湿気もホコリも凄まじい。恐らく本も虫が湧いているのだろう。
勿体ない、と惜しみながらマモンは本を漁った。目当ては特にない。
なにか美味しいネタがあればよかったのだ。
この世界の御伽噺、遠い大陸の話や昔起こったこと。勉強は大嫌いなマモンだが、今回ばかりは本に食らいついた。
一晩中――いや一昼中汚い図書室に篭り、夕方。そのままレーヴェミフィリム家に向けて出発した。
屋敷を出る頃には晟大もいなかった。
一体なんの仕事をしているんだとも疑問に思ったが、マモンはすぐ忘れて走る。
夜式文化、白昼文化、王都の名産物。冒険者が多い最東端にある都市、大陸間の海を船で渡れない理由、まず船とはなんなのか、海とはなんなのか。
これでヒカとの話のネタには困らないだろう。
別にヒカと話したい訳ではない。断じて違う。ただからかってやりたいだけなのだ。そうマモンは言い訳する。
雲ひとつない夜空、真っ白でまん丸い月がある。まるで黒色の紙に穴が空いたようだ。
今日はヒカの部屋へ直接いくつもりのマモン。隠密の魔法を自身にかけ、塀を超え、ひょいひょいっと垂直な壁を登った、その時。
「ケーリィム・レーヴェミフィリム・フォン・チレアティ!」
暗闇を串刺しにするような男の声がした。あまりにも大きく通った声で、驚いたマモンも壁から落ちかける。
「これまで数度に渡る調査協力の要請、ならびに最終通告書の黙殺を確認した! これを受けバファミル陛下の命により、我ら騎士団第十部隊は屋敷内の強制監査を実施する! 屋敷の者は直ちに扉を開けて従え! 従わない場合、王家への反逆行為と見なし我々は武力行使にでる!」
腹底が震えるような大声が夜空に響く。声の拡張魔法でも使っているのだろうか。
いいや魔素は感じない、これは素の声だ。
「こっわ……」
マモンは呟く。夫人は何かを要請され、それを無視されたらしい。そういえばマスターと騎士団の話をしたばかりだ。
『――もしかして若返りの薬、騎士団の耳に入っちゃった?』
『その可能性が高いかと』
バーでの会話を思い出す。騎士団が若返りの薬を取り締まりに来たらしい。
「マズイな」
若返りの薬もそうだが、騎士団がヒカを見つければ何をするか分からない。
なんせ白髪だ。火炙りにされたって不思議じゃない。
ダァン、カァンと鉄門を叩く音がする。
騎士団が正門をこじ開けようとしている。いよいよ時間がない。
マモンは焦燥しながら壁を登る。頭上、開けっ放しの窓が目に入る。ヒカの部屋だ。
「いやあぁっ!」
甲高い叫び声がした。ヒカの声だ。マモンは顎から汗を零してよじ登る。
「抵抗はしないこと! この魔女、グズグズしないで立ちなさい!」
マモンはチラリと中を除く。
「いや、やめて、いやっ!」
紫髪――夫人がヒカの髪を引っ張っていた。
いつも鍵がかかっていた扉はかっぴらいていて、夫人はヒカをいち早く連れ出そうとしている。
助けに入るべきか。いや、白髪の自分が割り込めば自体が悪化する。
マモンは唇を噛む。
「来ないとあなた、騎士団に殺されますわよ!」
「――ッ!」
その一言でヒカの顔が強ばって、素直に夫人についていく。まるで糸が切れた人形のように、ヒカは部屋をでていってしまった。
どうして夫人はヒカと共に逃げるのだろう。ヒカを守ろうとしているのか? それにしてはきな臭い気もする。
疑問が浮かぶマモン。彼はこっそり二人をつけた。廊下は異常なまでに静かで人っ子一人、用心棒すらいない。白髪のヒカを隠すためか。
「なんで主人じゃなくて夫人の私が狙われるの? 調査をするなら主人の方へ行きなさいよ!」
カツカツと早足で歩く夫人。ブツブツと爪をかみ、愚痴を垂らしている。愚痴が大きくなり、共にヒカの顔色も悪くなる。
3.>>9