ダーク・ファンタジー小説

Re: 僕らの記憶は、その爆音の中に埋まっている ( No.7 )
日時: 2026/02/02 14:11
名前: マツタケの香料 (ID: eEFm9oln)
参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

第7章:1986年の放課後
シノが机の引き出しから取り出したのは、鈍い銀色をした古いカセットデッキだった。 今の時代、スマートフォンの薄さに慣れたハルの目には、その分厚い筐体(きょうたい)はまるで鈍器か、あるいは何かの心臓部のようにも見えた。

「これは、僕が地下の入り口近くで拾ったものだ」

シノは、ラベルの剥がれかけた一本のカセットテープをデッキに差し込んだ。カチッという重い感触と共に、再生ボタンが押し込まれる。 初めに聞こえてきたのは、激しい砂嵐のようなノイズだった。 ザッ、ザザッ、という音が、旧図書館の歪んだ空気と混ざり合う。ユキが不安げにハルの袖を握り、二人はデッキを囲むようにして身を乗り出した。

『――聞こえるか? こちら、放送室。……いや、解放区一号だ』

ノイズの向こうから、若者の声が響いた。 ひどく興奮しているが、どこか陶酔したような、不思議な明るさを持った声だ。

『今日は1986年11月14日。外は雨だ。……いや、こっちには関係ない。僕たちはついに、あのクソったれな教師どもの鍵を全部壊した。今、この学校は僕たちのものだ』

背景に、数人の笑い声が混じる。 それは文化祭の準備をしている生徒たちのような、瑞々しく、どこにでもある青春の響きだった。だが、ハルはその声を聞いた瞬間、首筋に言いようのない寒気を覚えた。 その笑い声の裏で、**「あの音」**がずっと鳴り続けていたからだ。

「……チャイム」

ハルが呟く。 昼間、教室で自分たちを机の下へと突き動かした、あの暴力的な高音。 テープの中では、その音がもっと低く、けれど執拗に、通奏低音(つうそうていおん)のように鳴り響いている。

『……おい、九条。そろそろ準備ができそうだ。地下の熱源が安定してきた。これを使えば、僕たちは二度と、あの「調整」を受けなくて済む。……記憶を洗われることも、番号で呼ばれることもない』

「調整」という言葉が出た瞬間、シノがハルの目をじっと見た。 「彼らは、何かに抗っていた。40年前の聖ヶ丘高校も、今と同じように……いや、今以上に、生徒を管理し、作り変える場所だったのかもしれない」

テープの声は、次第に熱を帯びていく。 『……九条、笑えよ。歴史を塗り替えるんだ。僕たちの脱出は、ここから始まる。さあ、スイッチを――』

その時、録音は凄まじい衝撃音と共に途切れた。 ドォォォォォン……という、腹の底を抉るような重低音。 それは爆発音というよりも、世界そのものがひび割れるような音だった。

そして、再び沈黙が訪れる。 デッキからは、ただテープが空回りする「カラカラ」という虚しい音だけが流れていた。

「……それだけ?」 ユキが、震える声で尋ねた。 「ああ。この先は磁気情報が完全に破壊されている。……だが、一つだけ分かっていることがある」

シノはデッキを止め、窓の外を指差した。 月明かりに照らされた「鎮魂の塔」の影が、夜の闇の中で鎌のように鋭く伸びている。

「あのテープに出てきた『九条』という名前。今の理事長の姓と同じだ。そして、当時の生徒たちが地下で『見つけた』とされる熱源……。学校側は今も、それを必死に隠しながら、何かに利用している」

ハルは、自分の手のひらに吸い込まれた「黒い砂」の熱を感じていた。 今の音声。 九条と呼ばれた少年たちの笑い声。 それらは、記憶にないはずの「入試」の記憶と、奇妙にシンクロした。

(僕たちは、地下で誰かの声を聞いた……。あの時、暗闇の中で誰かが僕の背中を押して、『行け』って言ったんだ)

「……ハル君、手が」 ユキの指摘にハルが目を見落とすと、彼の右手が、無意識に机の上に置かれた「40年前の地図」を強く握りしめていた。 握りしめた指の隙間から、青白い光が漏れている。

「……身体が、行きたがっている」 ハルは自分でも驚くほど、冷徹な声で言った。 「この学校が何を隠しているのか。40年前に何が起きて、僕たちが地下で何を見たのか。それを知らない限り、僕はこの椅子に座って、『正しい生徒』を演じることはできない」

シノは微かに口角を上げ、寂しげな笑みを浮かべた。 「……おすすめはしないよ。一度知ってしまえば、もう二度と、あの清潔な新校舎には戻れないからね」

その時、図書館の扉の向こうで、再び**「カチ、カチ」**という靴音が聞こえた。 昼間の監視員とは違う。もっと重く、複数の足音。 「捜索隊が来た。……地下への最短ルートを教える。ただし、そこはまだ『道』になっていない」

シノが立ち上がり、書棚の奥にある古い暖炉の火かき棒を握った。 「――僕たちの『放課後』は、ここからだ」