ダーク・ファンタジー小説
- Re: 片翼の紅い天使 ( No.4 )
- 日時: 2011/10/02 19:03
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DxRBq1FF)
第002話 片翼の天使
「ぇ……え……っ」
少女はびくりとその場で驚いて、思わず動きが止まる。
高瀬は喉奥をごくりと鳴らした後、口を開いた。
「さ、さっき…さ……見ちゃったんだ…俺」
「……」
「お前の背中に…“左肩だけ紅い翼が生えてるの”を」
両者の間に沈黙が流れる。
と同時に高瀬の緊張も高まった…その時だった。
「……そうですか…。仕方ありません……よく聞いて下さい」
少女は踵を翻して、高瀬の目の前で正座する。
重たい瞼をゆっくりと持ち上げて、高瀬を見透かすように見つめた。
「貴方は……“天使”という存在を信じますか?」
高瀬はきょとんする。
然し少女は真剣で、そんな高瀬を気にも留めずに話を続ける。
「貴方の見た通り、私は天使の翼を持った“魔族”と呼ばれる種族の者です」
「え…ぁ……え?」
「つまり、私は人間ではなく…天高くに存在する天界の住人なので御座います」
頭がついていかない高瀬は未だ呑み込めずにいた。
「この紅い翼は…私が“魔族”である証であり…、天族の裏切り者として、追われ続けていました」
そうして、少女はこう続ける。
空高く、人間が見る事のできない特別な空間に存在する天界には沢山の天族は存在し、
人類の進化を見届ける為に日々人間界へ降り立っていた。
然しその天族とは逆に、魔族という存在がいた。
それは綺麗な紅色に染まった両翼を持つ者の事。
魔族は今から約500年前に滅び、今はもう絶対現れない存在となっていた。
だが、自分は紅い翼を持って生まれてきてしまったのだ。
それが故に“セルフィーネ”と呼ばれる天族警察の者達に追われ続ける毎日を送っていた。
父は5年前に自分を庇って死去し、その後は父の友人と一緒に逃げ続けていた。
そして逃げ続けて約14年。
父の友人であった“デイル”は突如自分の目の前から姿を消した。
そして1年弱、1人でずっと逃げ続けてきたが遂に追い詰められ、
金色の輪を砕かれ、紅い片翼を撃ち抜かれ、天界から追放された。
金色の輪を身に付けていないと、自分の姿が人間に見えてしまう。
天族や魔族は、人間に己の姿を見せてはいけない。
その法まで破ってしまった自分は、最早生きる資格なんてなかった。
そして傷だらけのまま…目の前にあったビルに行き着いた。
片翼しかなかった為、ふらふらと低空飛行し…丁度窓が開いていた高瀬の家に転がり込んでしまった。
「…これまでが、私が語れる全てです」
何故語られたのか、しかもまだ全てを覚えきれていない。
聞き慣れない幾つもの単語に惑わされ、高瀬は未だ意識をふわふわと浮かせたままだった。
「私…は……もう天界へは戻れ、ません……紅い翼を見られた…以上……貴方に、隠す、こ…と、も……————」
ふいに、少女はぱたりと倒れ込んだ。
無理もなかった。
彼女の右肩には口で言い表す事のできない“翼を抜いた傷跡”が刻まれているのだから。
高瀬も先程見た時胃の奥から何かを吐き出しそうになったものの、気を落ち着かせる事ができた。
それは彼女を笑顔を想像したからだろうか。
高瀬ははっと気が付き、再び彼女へ視線を送る。
血だらけで、眩暈がしてまでふらふらと不安定なままこの家に辿り着いた少女。
自分より少し幼いくらいの少女は、紅い翼を持って生まれたが為に天界という場所から追放された。
果てに片方の翼を撃ち抜かれて飛行できなくなり、金色の輪を砕かれて全てを失って。
絶望の淵いる少女は、何処へ行こうとしていたのだろう。
「何だよ……、それ……っ」
気の利いた言葉とか、
最高のプレゼントとか、
そういうものは与える事ができない。
然し高瀬はこう思う。
それでも、救いたいと。
この少女の屈託ない笑顔を——————、見てみたいと。
彼女の幸せを————————心から願ってやりたい、と。