ダーク・ファンタジー小説
- Re: 片翼の紅い天使 ( No.5 )
- 日時: 2011/09/22 23:38
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DxRBq1FF)
第003話 幼馴染、神乃殊琉
「さて…っと」
早朝の事。
高瀬龍紀は昨日会ったばかりで初対面の美少女(本人曰く天界の住人、魔族)を薄い布団の上に寝かせた。
自分じゃ何とかできない事も分かっていた。
背中には見るのも苦しいくらいの傷跡が生々しく刻まれて、彼女にとっての激痛を思い知らされる事になっていた。
幾らなんでも背中に紅い翼を持った少女を病院へは連れていけない。
そう思った高瀬はとりあえず包帯を巻き、彼女をそっと布団へと寝かせたのだ。
寝顔が可愛い…とかなんとか思って眺めているうちに時刻は7時半を回る。
小さく舌打ちしながらも、高瀬はよいしょと立ち上がってドアノブに手を伸ばす。
そしてしっかりと鍵を掛けて、すたすたと足早に学校へと向かって行った。
「よぉーっ、たぁーっちゃぁーん!!」
遠くから親友の声を聞き、高瀬はちらっと後方を振り向いた。
いたのは赤髪ツンツン眼鏡の天才野郎、澤上仁だった。
「はよ、澤上」
「…?何だよたっちゃん、おめぇ元気ねぇーな?」
「別にそうでもねぇけど……って、単にお前が朝からテンション高めのせいだと思うんだが」
「そうか?俺は四六時中何処にいたってこのテンションは守り続けんのよ〜」
澤上とのゆっくりとした会話を進めていくうちに、あっという間に校舎の目の前にいる高瀬。
至って普通の共学高で、周りには同じ制服を着た生徒達がぞろぞろと歩いていた。
一度大きな欠伸をした高瀬は教室へと進み、がらりと開ける。
そして。
「おっそいんだよこのチビィィィ———————ッ!!!」
罵声という名の大声と鉄拳に見事廊下の壁へと体を打ち付けた。
「ったく……ホントにあたしの幼馴染なの?ねぇ!!!……こら起きろバカ龍紀ィ!!」
既に夢と現実の中を彷徨っていた高瀬には少女の声は聞こえなかった。
見えるのは頭上の黄色い星。これただ一つ。
「…ぁ…朝か、ら……何しやがんだ殊琉————!!」
ゆっくりと立ち上がった後に、高瀬も反撃して少女の名を呼んだ。
神乃殊琉。
焦げ茶色の短髪で、頭には白い眼鏡が乗っている。
学校でも目立つ方の美少女だった。
「はぁ?良い?朝の登校時間は8時10分!!それまでに教室にいないとダメなの!!分かる!?」
「……おい、俺は8時9分58秒に教室に足を踏み入れたがまさかの展開でお前に阻止されたんだが」
こんな時だけちゃっかり時計を確認していた高瀬は間髪入れずにそう答えた。
そんな高瀬の言葉に神乃は一瞬後退りをして。
「う、うるさい!!大体普通の女の子にぶっ飛ばされるあんたが悪いの!!!」
「いや、お前はどう考えたって普通じゃねぇーだろ!!」
「……ちょっとそれどういう事?」
「どうせ殴る瞬間に自分の“能力”でも使ったんだろーがっ!!」
「あれ?気付いてた?」
“能力”
その単語を聞いた時、同時に校舎中に鐘の音が鳴り響いた。
朝のHRの時間なのか、仕方ないという表情で神乃も高瀬を教室に入れた。
「……えーでは。これからは“能力”関連の基本授業に入りますが、準備は良いですか?」
担当の先生なのか、きっちりとした顔つきの若そうな女性教員が机の前に立っていた。
皆真剣に聞いていたのに、唯1人、つまらなさそうな顔で神乃は外へ視線を向けていた。
「まず始めに新学期という事で説明を願いますか?神乃さん」
「え……あぁ、はい」
少々不満気そうな顔で神乃は立ち上がり、一度教室を見回してから先生へと視線を戻した。
「能力とは、人間の内に秘めた可能性を引き出す為の“道具”であり、それを駆使して……」
能力。
それは誰もが持っているものではない。
努力を重ね、屈指ない強い志を持った者が能力を手に入れる。
この世界の能力は、“漢字一字”の状態変化及びそれ以外の能力。
例えば、“冷”という能力ならば、触れたもの、又それに準じる何かを成し遂げればそのものが冷たくなる。
状態変化が一般的で、一般人の能力者もそういった能力が多数いる中、
特例能力というものが存在する。
それは状態変化ではなく“加入変化”。
加えるというそのままの意味で、“痛”“感”…など、相手自身に何かを加える能力も存在する。
然し、加入変化を持つ能力者はそうそういない為、この世界でも貴重に扱われているという。
「…以上です」
長い説明を終えた神乃は周りからの微かな歓声も気にせずに溜息を吐いた。
流石学年主席だとか、流石加入能力者…だとか。
そう、神乃殊琉は学年主席の天才で、最も貴重な能力、“加入能力者”の1人。
更に神乃殊琉はこの国で最上位の“S級能力者”である。
能力はS,A,B,C,Dの五段階でレベルが測れるようにもなっているが、この世界でS級は未だ4人程度だという。
そんな事をぶつぶつと考えていた神乃は、自分自身で握り締めていた消しカスをぎゅっと摘んで、
(——————————、撃)
そう呟いて、小さく小さく消しカスをそれ以上の微塵に変えてしまった。
小さな衝撃音はクラス内の騒音で掻き消され、本人もまた塵になった消しカスをパラパラと風に流す。
そして先生が後に語る能力向上の授業さえも聞く耳を立てず、唯じっと空を見つめていた。