ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.7 )
日時: 2011/10/04 22:17
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DxRBq1FF)

第005話 地の旅人、オルフィーネ

 漸く煙が晴れ、両者の一歩も譲らない真剣な顔つきが見られた。
 たった1人、状況を理解できていない高瀬を無視して、天の旅人であるティルマは微笑んだ。

 「良く分かったねぇー?ボクがここにいるってーっ」
 「別にそうじゃないけど…嫌な予感がしたから、来ただけ」
 「すっごいすっごーいっ!!君って予知能力とか持ってんのー?」
 
 まるで子供のようにはしゃぎ回るティルマ。
 その態度は先程の嫌悪感を全て失わせていた。
 神乃殊琉は一度も表情を変えぬまま、右手を突き出した。

 「これは地上で起きた問題……今すぐに葬られたくないなら、さっさと消えなさい、天の旅人」
 「あれあれぇー……ボクは天の旅人に選ばれた天族なんだから……そう簡単には葬られないけど?」
 「そう————————————じゃあ」


 神乃殊琉はすっと手をティルマの顔の位置からずらして、


 「——————————今すぐ消えなさい!!!!」


 途端に、ティルマの真横で爆発を起こす。
 これは他の何でもない————————、“撃”の能力。


 「何をするかと思え————————ん!!?」

 
 それもまた唐突で、ティルマは自分の口元を強く押さえつけた。
 目が充血していて、体が異様に震えている。

 (まさか——————酸素を!!?)

 

 「酸素に衝撃を与えて内側から爆発————————酸欠で呼吸ができない今、あんたに勝機はないッ!!!」

 右手の手首を左手で掴んで、暇を与える事もなくティルマの腹部に押さえつけた。

 
 「————————撃!!!」

 
 そして、そのまま空気の衝撃でティルマを後方へと飛ばす。
 勢いに乗せられたまま壁に激突したティルマは…埃が舞う中ゆらゆらと立ち上がった。

 「ぅ…ぐ……っ!!う、迂闊だ、った……でも!!!」

 「——————————!!?」
 
 「天滅の章——————————光砲!!!!」

 
 己のめいっぱいの力で、至近距離にいる神乃へ光砲を放った。


 「地壁の章——————————!!」

 
 然し神乃は一瞬考えた後に、

 
 「——————————陰隔!!!!」

  
 対抗して、大きな壁を作り出した。
 
 それは見事にティルマの光砲を弾き飛ばし、瞬く間に煙が吹き荒れた。
 激しい技同士の攻防戦。
 唯高瀬はその光景を部屋の隅で見る事しかできなかった。
 
 「…っ……さ、流石に両方の技を使われると……きっついねぇ〜」
 「そう…?でも…、まだ終わらせる気はないけど?」

 神乃はゆっくりと腕を上げて、その掌の先をティルマに向けた。
 
 「地滅の章——————————陰砲!!!」

 突如神乃の掌から出現した漆黒の咆哮は、見事なまでにティルマを捉えた。
 ティルマの光砲とは威力が明らかに違う事が分かる。
 
 「ぐ…ぅ…あ、ぅ……っ!!!」
  
 「さ、ぁて……もうやめた方、が…良いんじゃないの…?」
 
 「……——————————ぜ、絶対また来、て…倒してあげるんだからァァ!!!!」


 ティルマは傷だらけの体を抑えつつ、且つ負けない表情でその場から去っていった。
 紅の少女はティルマの腕から離れ、崩れるように床に倒れ込む。
 それを咄嗟に、神乃は優しく抱き抱えた。
 然し本人も疲れ切っているのか、ぺたりと床へと座り込んでしまった。

 「こ、殊琉……」
 
 神乃は自分の名前を呼ばれて、キッ!!っと高瀬を睨みつけた。

 「何であんたが…“こっち”の問題に首突っ込んでんの…?」

 冷たく低いその声はいつもの神乃ではなかった。
 だがそんな神乃を知っている高瀬は動揺する事もなく、唯口を開いた。

 「お、お前こそ……何で、あいつの事とか、知ってんの?」

 神乃と高瀬の間に数秒の沈黙が流れた後。
 始めに口を開いたのは、神乃だった。

 「……もういい。龍紀が知ってる事、話して」
 「…っ!!」
 「そしたらあたしも話す……もう知っちゃったんなら、仕方ないから」

 高瀬は1度冷や汗を額から流すと、話し始めた。
 昨日、片翼だけを持った紅の少女に出会った。
 然しその少女は天の旅人とかいう集団に追われていて、遂に天界から追放。
 逃げ場を失ったその少女は、不安定な状態のまま自分の家に辿り着き、傷だらけのまま倒れていた。
 その全ての事情を聞いた高瀬は、少女の事を受け入れる事にした。

 然し…今日。
 少女の始末を命じられた天の旅人の1人が、少女の回収にやってきた。
 そして神乃が現れて、戦って…現在に至る。

 「なるほど、ね……」
 「俺、色んな事がありすぎて今でも頭パンクしそうで…ホントは何一つ理解してないんだよな…」
 「そう…そこまで知ってるんなら、隠す必要もないね」
 
 神乃は紅の少女を横たわらせた後、よいしょと立ち上がって水道へ行く。
 水を飲みたいのか、勝手にコップの中に水を注いで、ぐいっと一気飲みをした。
 そして…ことん、というコップを置く音を鳴らしたかと思うと、急に話し始めた。
 

 「あたしはその天の旅人を敵視している…“地の旅人”、通称オルフィーネの1人」

 
 神乃は再び床へと腰を下ろして、高瀬を向き合う形をとった。

 「地の旅人は誰でもなれる訳じゃない。A級以上の能力者で、且つトップランク程度に位置していないと入れない」
  
 「じゃあお前以外にもいるのか?」

 「勿論。あたし以外に7人。それもこの地上で、地の旅人はたった8人なの」

 「ち、地上で…8人……!!?」

 「最早S級ランクである4人は入っていて、あたしはその中でも2位だから…次席って訳よ」

 「普段何してんだ?地の旅人って」
  
 「地上の管理と、天界の状況確認。地上に攻め込んでくる天族がいれば…さっきみたいに始末するのが役目」

 「殺したりは…しないよな?」
  
 「それは保障する。流石に殺し屋集団じゃないから……でも」

 神乃は、そう場の流れを変えた。

 「あたしの能力は…撃。体内に触れる事ができれば…殺す事もできちゃうから、命令が掛かればそうするかもね」

 「……じゃ、じゃあお前…あの女の子の事、知ってるのか?」

 話を変えた高瀬は、ちらっと紅の少女に目配りする。
 あぁ、と神乃は続けて。

 
 「あの子の名前は…『レルカ』。正式な名称がなくて…そう呼ばれているの」

 
 正式な名称がなく、いつ誰がつけたのかも分からない不特定な名前。
 それは物心ついた時から、そう呼ばれていたような気がしただけ。
 レルカ本人に苗字はないという事になる。

 「…質問、もう終わり?」
 「あ…お、おう」
 「他にも答えられる範囲であれば答えるから……それと今回の件は口外しないでね。職業上良くないから」

 じゃーね、と愛想もないような声で神乃は部屋から出て行った。
 無残なまでに壊れている部屋。
 誰がこれを片付けるんだよ、とか思いつつも…高瀬は修理用具を出し始めた。
  
 高瀬はふと動きを止めて、改めて考えてみた。

 “もしかしたら自分はとんでもないものに巻き込まれたのではないか?”

 と。
 今日目撃した、天と地の戦い。
 故に高瀬は…これからの戦いに少し恐怖感を覚えた。