ダーク・ファンタジー小説
- Re: 片翼の紅い天使 ( No.8 )
- 日時: 2011/10/31 19:18
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DxRBq1FF)
第006話 決心
以前として、変わらない。
廊下を歩く姿も、友達と話す口調も。
まるで何もなかったかのように、過ごしていた。
「…何だってんだよ」
高瀬龍紀は、そう小さく呟く。
昨日自宅で行われていた、次元の違う戦い。
技の攻防戦、そして両者が互いに交し合う、熱い眼差し。
絶対に譲れないプライドとプライドのぶつかり合い。
それを目の当たりにした以上、高瀬も無視はできなかった。
「何が“何だってんだよ”なんだよー、たっちゃん?」
赤髪の眼鏡男子、澤上仁は高瀬を下から覗き込む姿勢をとる。
そう、下から。
「うぉぁあ!!?、な、なな何してんだてめぇ!!!」
「何って…朝のスキンシッ——————————」
ガン!!!と物凄い音が鳴り響く。
高瀬の足は、見事澤上の腹部を捉えていた。
「…お前、マジで変態だな」
ぐばぁ!?っと胃から何か出そうな勢いで澤上は飛び跳ねる。
そして床を転げ回るその姿は…何とも言えない。
「酷いぞたっちゃぁーん!?可愛いくせしてやる事過激なん————————ってぎゃぁぁぁ!!!?」
高瀬は手にめいっぱいの力を込めてぶんぶんと振り回す。
そしてそのまま澤上ピンポイントで追いかけ始めた。
それを見ていた神乃殊琉は、はぁ、と溜息を吐く。
「…バカか、あいつら」
「まぁまぁ…平和な方が絶対良いんだよ〜?」
「あんたは暢気だなぁー」
「えへへ〜」
神乃の隣で微笑んでいるのは、彼女の唯一の親友である鬼帝水痲。
水色の短髪で、軽いウェーブがかかっている。ついでに瞳の色は透き通る程綺麗な真っ赤。
緩い口調が特徴的で、ついでに運動音痴。
何故か視力だけは人並みを外れ、前方100mくらいなら余裕で見える。
更に最新の情報を仕入れるのが早く、情報伝達を得意とする能力者だ。
「水痲、あんた昨日“仕事”サボったでしょ?」
「えー!?昨日あったんだ〜…てっきりないかと思ってたよー……」
「ったくー…」
そしてまた更に…神乃同様、“地の旅人”の1人だという。
彼女は学年次席の成績を持ち、そしてランクもA級な為にそれなりの実力を持ち合わせている。
然しそれを誰かに訴えても、運動音痴の彼女からは連想できないので大概スルーされやすい。
「今夜も捜査があるから…あんたは事務待機ね?」
「はぁーいっ」
神乃はさっさと説明すると、また高瀬達を見つめ直した。
凄い嫌悪に満ちた顔で追いかける高瀬、それを見て必死に逃げる澤上。
バカみたい、とまた一言呟いて後…学校の鐘が鳴り響いた。
「……名前、ですか?」
夕方。
部活無所属の高瀬は、目を覚ました少女に話しかけていた。
いつ見ても可愛らしいその姿は、本物の天使を連想できた。
「うん…確か、レルカ、だったよな?」
「え…!?な、何故それ、を……?」
慌てふためく彼女は、思わず手を滑らせて、高瀬の胸に飛び込んでしまった。
その言動に正直胸を躍らせた高瀬も顔を火照らせる。
「ぁ…っ、え、えと……き、きき昨日知り合い、に……っ」
「知り合いさん…ですか?」
そっと高瀬の胸から離れ、少女…いや、レルカは首を傾げた。
「お前の名前も…追われてる連中も……そしてそれを阻止する連中の事も…知ったんだ」
「………そう、ですか」
元気のないその声を聞いて、高瀬も言葉を失った。
天の旅人と、地の旅人。
両者の戦いがどれほどのものなのか、昨日思い知らされたのだ。
命に代えても、己の信念を曲げる事のない決意同士の戦い。
壮絶で、それでいて絶対で。
高瀬にはとても遠い世界に感じた。
「昨日はたまたま殊琉がいたからいいけど…もし、いなかったら……」
高瀬は、想像するのを止めた。
能力を持たない自分。何の力もない自分。
そんな素人が突っ込んで良い世界じゃない。
自分は、神乃殊琉のように最強の能力者じゃない。
又それに匹敵する程の実力なんて持っている筈もない。
「身を引くのが…ホントは当然の行為、なんだけど」
だけど、と高瀬は言葉を紡いだ。
「だけど……俺、もう逃れられないと思ったんだ」
「…逃れ…られない…?」
「お前を初めて見た時…そう思った。……俺、こいつを護りたいなって、そう思った…っ!!」
例え無力でも。唯の足手纏いだとしても。
「無能力だし、何の力もない…でもさ」
「……」
「お前の事を…俺は全力で護りたい」
殺させたくない。
それがどんな悪人でも、どんな罪人でも。
人の命を人の手で葬る事は…間違っている。
ましてや罪無き存在を、殺させたくなんかない。
「頼りないかもしれないけど…力になりたいんだ。それとも…呆、れた?」
レルカは、ぶんぶんと首を横に振った。
そして、また静かに泣き始めた。
「って、おわ!!?な、何で泣く…!!?
「ごめ…なさ……っ!!私…う、嬉しくて……!!!」
溢れ出る涙を止められず、レルカは手で顔を覆って泣き崩れた。
如何したら良いのか分からない高瀬は、勿論慌てていた。
「え、えと…その……」
「……り…ます……」
「え?」
レルカの小さな声を聞き取れず、高瀬は思わず聞き返す。
レルカはぐず…っと泣きながらも、そっと顔をあげた。
「————————————ありがとう…ござい、ます…っ!!!!」
その涙と声からは、溢れ出る感謝の気持ちが伝わった。
金の瞳と、紅の髪。
この綺麗な姿を…高瀬は忘れないでおこうと、そっと心に誓った。
唯生きたいだけの少女の切ない願いを…絶対に叶えてやる。
そう、高瀬の柔らかな表情が物語っていた。
「俺の名前、だけど…」
「は、はい…」
「高瀬龍紀、な。高瀬でも龍紀でも、どっちでもいいから」
「あ…はい。私の事も、どうぞ気軽にレルカと呼んで下さいね」
先程の泣き顔から、笑った顔に変わるレルカの表情。
優しく笑ったその顔が想像以上に可愛くて、思わず高瀬は赤面する。
そしてそんな火照った高瀬を見て、また片翼の少女は笑い出す。
いつまでも…この笑顔を見ていたい、と。
そう、高瀬は思った。
いつか心から笑えるように、心から安心ができるように。
そんな日を待ち焦がれて、高瀬は更に決意を堅くした。