ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.10 )
日時: 2012/01/08 14:53
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: aaUcB1fE)

第008話 天の旅人VS無能力者

 「——————————————だァァァァアッ!!!!!」

 
 突如、少年の声が響き渡る。


 「—————————ッ!!?」

 
 突然の声、そして拳。
 目の前に飛び込んできたそれは、見事天族の頬を殴り飛ばす。
 勢い良く吹っ飛んだ天族を睨み付けて、少年は息を整えた。

 「て…め…、レルカに何しやがる——————ッ!!!」

 少年、高瀬龍紀の怒号が天族の耳を突き抜ける。
 魔族の少女、レルカは未だびくびくと震え、床にぺたりと座り込んでいた。
 殴り飛ばされた天族の少年は、ゆらりと立ち上がる。
 そしてその蒼い眼光で鋭く高瀬を睨みつけた。

 「…無能力者、高瀬龍紀の存在を確認。優先順位の変更」

 機械的で、それでいて感情を示さない言葉を発する。
 少年は、ふっと振り返り窓へと視線を移した。
 そして素早く移動をすると、そのまま窓辺から1階へと飛び降りる。
 後を追おうと思い、高瀬もまた足を蹴り上げ加速する。

 「た、…せく——————————っ」

 レルカは怯え、最早声も出なかった。
 怖かった。死線の端に、自分がいた。
 然し人間なのに、まるで無能力なのに、
 高瀬龍紀は拳を振るってくれた。



 
 
 「…っ、はぁ…っ—————、は…!!」

 天族を追いかけて、高瀬は走っていた。
 靴の紐が解けている。そんな事に回す“気”がそもそもなかった。
 唯夢中で追いかけて、走って。息が切れるその寸前まで走り続けた。

 
 その途端、天族は急に向きを変えて滑るように高瀬の方へ顔を向けた。
 此処は街の暗い路地の奥。
 高瀬は息を整えて、天族の蒼い眼光だけを見据える。

 「警告。我、天の旅人は処分順位を変更。尚、目前にいる【高瀬龍紀】を直ちに処分する」

 相変わらずの機械的口調で、天の旅人はそう告げる。
 実際頭の悪い方の高瀬は半分くらい理解をしていない。
 然し相手の…そう、天族から感じる殺気からは何の誤解も生まれない。
 高瀬は、もう1度拳を握った。
 
 
 「無能力者、——————————高瀬龍紀の処分を開始する」

 
 そして、天族はゆらりと腕を上げて、掌を開く。

 
 
 「天滅の章————————————、光砲」



 静まったその表情と声で、少年はそう言った。
 この言葉は、以前も自分の家で聞いた事がある。
 天族が襲ってきた時に、天の旅人だけが扱える技を。

 
 「ぃ…え——————!!?」
 
 
 驚いた高瀬は咄嗟に右へと転がった。
 光瞬くその砲撃は、高瀬の顔面その前まで迫っていたから。
 咄嗟の判断でそれを避けた高瀬は、膝をついたまま天族へと再び顔を向けた。
 



 ————————————、筈が。



 「あれ…」


 天族は、消えていた。
 砲撃を放った瞬間に、そう…————————何処かへ。



 「天滅の章、光砲」



 小さくそう聞こえたその瞬間に、高瀬の頬に汗が滲んだ。
 気付いた時にはもう遅くて、その声の主は自分の後ろにいて。
 あんな攻撃を喰らったら生きては帰れない。そんなのもう覚悟していたのに。
 
 
 高瀬は絶対な光を前に、一寸も動けなかった。



 「——————————ぐあぁッ!!!」


 
 その衝撃で、高瀬はずっと後ろにあったコンクリートの壁に激突する。
 ガラガラ…、と高瀬を真上からはコンクリートが崩れてきた。
 光砲の直撃を喰らった高瀬は、僅かに手を動かす。
 一体幾ら飛ばされたのか分からず、唯前に迫る天族を見た。
 
 唯の人間と、選び抜かれた天才の天使。

 元々、持っている物が違った。
 自分は神乃殊琉のような天才ではない。
 天の旅人に退けをとるような存在でもない。
 
 無能力。
 その現実が、高瀬の心を強く苦しめた。

 
 それでも尚、高瀬は拳を握り締める。
 何の意味も成さない右手を。
 何の利益も生まない実力を。



 「ま…だ…——————!!」


 
 小さく言葉を紡ぐ。
 小さな想いを描く。

 誓った言葉、誓った約束。

 破る訳にはいかなかったから。
 此処で終わらせる訳には、いかなかったから。



 「————————終わらせねェッ!!!!」


 
 高瀬は拳を握り締めて、足で地面を蹴り上げた。
 頭が痛いのも分かっていた。唯の人間には限界がある事も、知っていた。
 それでも、それでも尚立ち上がる。
 夢見た世界を、紅い少女へ届ける為に。
 たったそれだけの——————、為に。


 (————————————ッ!!?)

  
 天族の目の前に、突如として拳が出現する。
 咄嗟の攻撃に一瞬動きが鈍くなり、そのまま激突。
 見事天族の頬を捉えたその拳は、小柄な天族の体を突き飛ばす。

 「…っ…は、っ……」

 高瀬は拳をゆっくりと下ろす。
 そして、ゆらりと立ち上がる天族へ視線を集中させた。
 見えたのはそう、蒼い瞳がぎょろりと蠢く瞬間だった。
 

 「天滅の章————————、光砲」

 
 高瀬は技が飛び出す瞬間を見計らって足を蹴り上げる。
 逃げるには、一方通行の暗い路地では意味がない。
 従って、高瀬はそれを利用して避ける事を選んだ。
 背後からの光が瞬いた瞬間、高瀬は振り返って避けようとする。

 
 ————————————然し。

 
 「——————————、え!!?」


 それは、光砲の光ではなかった。


 「技というのは、自身の意思がない限り発動はされない」

 
 高瀬の目の前には天族がいた。
 そう…先程の光は“天壁の章”によるもの。
 高瀬はそれに気付かず走り、まんまと天族に距離を縮められてしまった。
 天族は一度も表情を変える事なく。


 「天滅の章————————、光砲!!」


 そして高瀬が起き上がる間もなく、本当の光砲が唸りを上げる。
 光砲に喰われ、勢い良く高瀬は広場に出た。
 そこは古い工場で、周りに誰もいないのが救いだった。
 然し今、そんな事を考えている余裕など高瀬にはない。
 またも強く打ち付けられた体は、高瀬自身の意思の言う事を聞くだろうか。



 「ぐ……ッ、ぁ…」

 高瀬はだらん、と頭を下ろす。
 生身の人間に、これだけの耐える力があった事が最早奇跡。
 これ以上の攻撃を加えられたら、体がもたない。
 それは高瀬自身が一番良く分かっている筈だった。

 「あれを引き渡す事さえすれば、命だけは救う」

 “あれ”。
 高瀬は、許せなかった。
 まるで生き物扱いではない。そんな口調で、レルカの事を指していた。
 高瀬は再び拳を握る。
 もう自身の力が残っていない事を、知っているのに。


 「だ、れ…が……わ、たす…かよ…————ッ」

 
 高瀬の言葉に一つも揺るぎがない。
 最後まで護ってやると、誓ったばかりだから。
 幸せにしてやると、そう告げたばかりだから。

 ボロボロの高瀬を目の前にして、
 天族は微笑む事もしないまま——————、手を翳した。


 「天滅の章————————————」


 最早高瀬に、“生”という選択肢は選ばせないと。
 そう言い放つように、天族は言葉を紡ぐ。

 然し高瀬の瞳の先には…別の色が見えた。
 この状況で、この瞬間に。


 
 ————————————————紅い少女の走る姿が、見えた。