ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.14 )
日時: 2012/02/05 18:55
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 3eop5mZb)

第010話 最良視力、鬼帝水痲 

 「って…うわァ————!!!」

 対峙する互いの“力”と“力”。
 天族は真っ先に高瀬の懐へ飛び込み、高瀬も続いて退ける。
 天族のあの蒼い眼光は高瀬を捉え、殺戮の兵器と化した。

 「天滅の章————————、」

 天族は1度高瀬と距離を置いてから、
 再び手を翳した。

 「——————————光乱」

 然しその技は、以前までの技とは異なっていた。
 
 瞬く光が高瀬の周りで飛び交い、加速し標的を狙い打つ。
 まさに光が不規則に乱れ、高瀬を標的にしているかのよう。
 
 「う…ッ、どりゃぁァッ!!」

 然し高瀬は左腕で多少の攻撃を防ぎ、白い剣を振るった。
 空気を圧縮し、具現化した高瀬の能力。
 “形でないものを形にする”力————————。
 
 「はぁ、ッ……、やっぱ使い方分かんね…っ」
 
 初めて手にした能力。
 右の掌に書かれた“形”の文字。
 まだ実感の沸かないこの不思議な感じ。
 全てにまだ慣れていなくて、まだ使いきれていなくて。
 それでも逃げない、目は逸らさない。
 
 ずっとずっと、待ち望んでいたものだから。

 「————————ッ!!!」

 高瀬が剣を振って敵陣に乗り込む。
 天族は咄嗟に左腕でそれを抑え、両方の足に力を入れた。
 高瀬は天族が押さえ込む力の反動に押され、後方に飛び退く。
 
 途端、高瀬の口内から紅い液体が飛び散る。

 「ぐ、はァ…————ッ!!

 先程、光砲の直撃を受けた高瀬。
 前から迫る技と後ろに佇んでいたビルに挟まれ、本当はボロボロだった。 
 それが今になってリバウンドを起こし、高瀬は思わず膝をついた。
 折角ここまで粘ったのに、あの天の旅人を相手にして。


 「…目標を捉えた。直ちに処分を決行する」


 天族の白く綺麗な腕が、すっと伸びる。
 高瀬は薄く開いた瞼の奥から、その蒼い瞳を見つめていた。
 まだ能力を使いきれない高瀬は膝をつき、心臓の辺りをぎゅっと掴む。
 激しいリバウンドに声も出せない高瀬を、レルカは震えながら見つめる。

 
 「た、せ…く——————————、や、やめ、て…———ッ」


 彼女がボロボロに泣くその姿を、唯見逃す事しかできない。
 あともう少し、もう少し手を伸ばせば届くのに。
 なのに遠くて、暗くて、辛い世界の中にいた。
 高瀬はぎゅっと目を瞑る。
 悔しいという一つの感情だけが、高瀬の脳内を巡った————————。



 「……————ッ!!」



 それでも高瀬の指は、天族の服の裾を掴む。
 小さく小さく、弱い力で。
 離さないと、絶対に逃さないと。
 そう、目と指で訴える。

 然し天族は、脚を振るって高瀬の腕を払った。
 そしてその脚で高瀬の腹部を蹴りつける。
 再度口から吐き出された血。
 その血は鮮やかで、残酷で、高瀬の目の前に広がった。


 「終わりにする……——————————、天滅の章」
 

 レルカと高瀬の呼吸が、一瞬だけ停止した。


 ————————————————————、そして。




 
 突如現れた小さな銃弾が、天族の腕を貫いた。




 「————————ッ!!?」


 どくどく、と天族の腕から血が溢れ出す。
 腕を抑えた天族は、素早く周りを見渡した。
 然し何処にも人の影はなく、それどころか気配さえ感じられない。
 一体何処から天族の腕だけを狙ったのだろう。

 
 高瀬にもやっと見えたのは…、屋上に佇む2人の人物だった。


 「——————————、地の旅人…!!」


 ふんわりした綿のような髪質を靡かせて、水色の髪色をした少女はゆっくりと歩く。
 そして後ろに纏わりつくように、水色の少女より少々高めの可愛らしい人物が姿を現した。
 高瀬でも見た事のある水色の少女は、にっこりと笑顔を浮かべて高瀬のいる地面まで落ち、そして華麗に着地する。
 高瀬はボロボロの体を持ち上げて、しかとその人物を見た。


 「お…お、にみか…ど……ッ!!?」

 
 そう、クラスメートの鬼帝水痲だった。
 温厚な性格で、いつも神乃殊琉と一緒にいる少女だ。
 学校内でも有名なA級の能力者で、何といっても彼女の凄いところは能力だけではない。
 “視力”。人並み外れたその視力は、最大にして前方20kmまで見る事ができる。
 そんな彼女が今、悠々と高瀬の前に立っていた。

 「高瀬君…また巻き込まれてたんだね〜?、ごくろうーさんっ」
 「え、ぁ……何、で鬼帝が…?」
 「高瀬君は寝てていいよ〜?後で説明するからね〜」
 
 そんな彼女を追って、また美少女が屋上から降りてきた。
 片目に眼帯を装着している彼女は、高瀬の知らない人だった。

 「み、水痲さん、…少しは警戒して下さいっ」
 「大丈夫だよ蒼君〜、天族を追い返すだけだしねっ」

 (く、くん…?)

 最早頭を打ち付けているせいか高瀬の思考回路は停止し、そのまま気絶してしまった。
 鬼帝はそれを確認すると、ふっと笑って前方を向く。
 いるのは、右腕を抱えて形相悪く睨んでいる1人の天使だった。

 「レルカちゃんは襲わせないよー?だって、そういう決まりだから〜」
 「地の旅人は、我等天族の問題には関係ない。手を引いてもらう」
 「そういう訳にはいかないんだよー…、だってもう“地上の問題”なんだからっ」

 鬼帝はスカートの右ポケットから小さな弾を取り出した。
 それはビービー弾のような形状で、とても軽くて安っぽい代物だった。
 鬼帝はそれを複数握り締めると、未だ微笑みながらそれを構えた。
 親指に乗せ、弾けばすぐに飛んでいける様に設置する。
 
 「さてさて…、どうする〜?君が光砲を使うのと私が弾を飛ばすの……どちらが速いと思う?」
 「……」

 暫しの間に流れる沈黙。
 鬼帝は表情も変えずに、最後に1度だけ笑って。



 「じゃあ…——————、いかせてもらうね?」


 
 そう言って、弾を親指で押し飛ばす。


  
 「——————————————弾!!!!」


 
 拳銃の何倍もの速さで放たれたそれは、直線的に天族を捉えた。
 然し天族は1度顔を歪めただけで決して動じず、即座に技を繰り出す。


 「天逃の章————————————光幕!!!」

 
 激しい爆音が鳴り響き、鬼帝が顔を上げた頃には天族の姿がなかった。
 唯そこにあるのは天族の血だけで、影すら消えていて既に存在はなくなっていた。
 鬼帝は溜息をついて、ポケットから携帯を取り出す。


 「————————ごめん殊琉〜、逃げられちゃったぁ」


 泣くような声でそう告げた後何故か通話を切られ、鬼帝は辺りを見渡す。
 そして“蒼君”と呼ばれていた美少女らしい人物に声をかけ、高瀬とレルカの救出に取り掛かる。
 唯1人、電話の向こうにいた神乃殊琉は不機嫌な顔をしていたが、そこは後でお詫びしようと。
 鬼帝水痲はうんうんと頷いて、“蒼君”と共に働き始めた。