ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.15 )
日時: 2012/03/09 22:59
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 5E9vSmKZ)

第011話 天ノ旅人と地ノ旅人 

 「うあぁァッ!!?」

 がばっ、という勢いで少年は飛び起きた。
 頬に感じる冷たい空気。周りは黒を基調とした無機質な部屋。
 何故かベッドの上にいた彼は、飛び起きたままの状態で一時停止する。

 「あ…れ…?」

 必死に自分の記憶を辿る。
 確か、そう。街の人気のない場所で誰かと戦っていた。
 その人物に負けそうになった時、誰かが自分を助けてくれた。

 「誰だ、っけ……っておぅわッ!!!?」
 「あ、起きたんだぁ〜?」

 いきなり、前触れもなくウィーンという音が響く。
 にこにこと笑いながら幸せそうに入ってくるのは、昨日の少女。
 同級生で、クラスメートの鬼帝水痲。
 地の旅人の1人であるという温厚な少女だ。

 「心配したよ〜?全然起きないんだもーん…」
 「あ、あぁ……あっ!、と、ところで!!」
 「ん?もしかしてレルカちゃん?なら大丈夫だよ〜」

 1人慌てる少年、高瀬龍紀は動きを止めた。
 鬼帝はその特徴的な水色の髪をふわりと持ち上げ、高瀬に背を向ける。

 「確か、隣の部屋で休んでるから〜」
 「ちょ、ちょちょちょっ!!」

 暢気に出て行こうとした鬼帝は、高瀬の声に反応して足を止める。
 そしてくるりと振り向いた。

 「ここ何処だし、あの時何があったか分かんねえし…、ってか一体全体どういう事!?」
 「あー…そうだったねぇ〜」
 「そうだったねぇ〜、ではなく!!!」
 「へへへ〜」

 何故だろう、時間差がある。
 そう高瀬は感じた。鬼帝と話すスピードは、いつもの何十分の一にもなると。
 と、ほのぼのと笑う鬼帝に対して。


 「お、起きたんなら…」
 「…あぁ?」
 「さっさと出て行けバカ龍紀ィィ——————!!!!!」


 白い眼鏡を頭に乗せた少女は、その怒りを鬱憤すべく張り叫ぶ。
 ドアをぶち破る程の勢いでそう叫んだ少女は、ピリピリとした表情で高瀬の前に立つ。

 「よ、よう殊琉……いつになくでかい声だな、お前」
 「うっさい!!大体何でこういう事になってる訳!!?」
 「知らねーよ。俺だって起きたらこうなって…!!」
 「あんたの意見なんか聞いてないわ!!!」
 「…じゃあ何だよ!!」
 
 ぎゃぁぎゃぁと言い争う2人を見て、まぁまぁと鬼帝は2人の肩に手を置く。
 どうやら鬼帝の仲裁など聞きもせず2人は喧嘩を続けるようで。
 ここが何処なのかも分からぬ高瀬は更に苛々していた。
 
 「此処は何処なんだよっ、それくらい教えろっ!!」
 「あーはいはい、此処は【地ノ旅団】よ」
 「地ノ…旅団?」
 「地ノ旅人が集い、働き、戦いをしに行く…まぁ一つの機関なんだよ〜」
 「機関…此処が…?」
 
 高瀬はもう1度辺りを見渡す。
 無機質な部屋、冷たい空気。
 明らかに唯の建物ではない事が分かる。

 「此処にはたった8人の地ノ旅人がいる。でも皆色々と情報を集めているせいで顔を出さない事が多いの」
 「それで、あたしが情報整理役だから此処に残って、その護衛に殊琉がいてくれるんだよ〜?」
 「そう…だったのか…」

 言われてみればそうだ。
 数多くの能力者の中で、S級であり2位であり、地ノ旅人である彼女は何故か此処に居る。
 さっさと襲ってくる天族を倒しに行けばいいものを、此処に居る理由はたった1つ。
 A級である鬼帝の心強き護衛。彼女1人でも充分強いが、1人で残るのは流石に無理がある。
 そう考えた彼等地ノ旅人は、鬼帝を情報処理、神乃殊琉を護衛・運搬として此処に残した。
 そのせいで彼女等は此処にいる。
 
 「ま…あたし達以外は滅多にいないんだけどね」
 「まぁまぁ…この間は風鈴姉弟が、そして昨日は蒼君が来てくれたじゃぁーん」 
 「蒼…君?」

 何処かで聞いたなと、高瀬は首を傾げた。
 然し体が痛いせいでそっちに気がいってしまいそれどころではない。
 彼はびくびくと震え、ぱたんと背中から布団に倒れこむ。

 「ちょ…っ」
 「あぁ゛ー…そういえばめちゃめちゃ痛いんだった……」
 「そりゃそうだわ」
 「そういえばその…蒼君?だっけか、昨日いたよな?」
 「うん、可愛いでしょ〜?」

 (あれ…男?ん?女?)
 
 ぐるぐると高瀬の脳裏に記憶と知識が混ざり合う。
 昨日、鬼帝の背後にいて援護をしていた奴だった。
 そうとしか覚えていない。

 「後で紹介するね〜っ、今はその怪我を治すっ!」
 「あ、あぁ……、ってあれ?」
 「ん?どうしたの〜?」
 「そういえば…何でそんな大事な事…べらべらと喋ってくれるんだよ」
 
 3人の間に流れる暫しの沈黙。
 きょとんとした表情の地ノ旅人の2人は、同時にはぁと息を吐く。
 そういわれてみればそうなのだが。
 決して口外してはならない地ノ旅人の情報を、一般人の高瀬にべらべらと喋りこんでいた。
 本当にそれは良いのかと、高瀬は心の底で思う。
 
 「あんたねえ…もう巻き込まれてんのよ」
 「へ?」
 「高瀬君はねぇ〜、レルカちゃんと一緒にいるでしょ〜?」
 「そしてレルカの秘密も知ってて2度も天族に襲われている」
 「もう天ノ旅人と地ノ旅人だけの問題じゃなくなってるんだよ〜」

 高瀬は、ひょんなところから首を突っ込んできた、いわば部外者に値する者だ。
 然しレルカの経緯を知っていて、且つ天の旅人に2度も襲われた中心人物になりつつある。
 天ノ旅人と関わって尚、その危険から逃げる事を知らない高瀬。
 レルカを自分の許に置いている以上、高瀬は対峙する2つの軍団の狭間から逃れられない。
 つまりもう、巻き込まれている存在なのだ。

 「あんたは天ノ旅人も地ノ旅人も知ってる唯の一般人。でも情報を漏らされても困るから敢えて言ってんでしょ」
 「天ノ旅人と敵対する我等地ノ旅人とて…軽く流す訳にはいかない事態なんだよ〜」
 「てな訳でざっくりと説明したの。文句ある?」
 「い、いえ…」
 
 天ノ旅人といい地ノ旅人といい。
 まだ複雑はところが説明されていないが、高瀬は既にショートしそうだった。
 何故自分が巻き込まれているのか、そういう事だったのかと。
 レルカを唯護りたいだけで、こんな事になるとも知らず。
 
 「…そろそろ自覚してよね、自分がどういう状況に置かれているか」
 「自覚?」
 「魔族、レルカの出現により世界は狂い始めたと言っても過言じゃないよ〜?」
 「魔族を一刻も早く処分したい天族と、そういう殺生を嫌いとする我等地族」
 「そのせいで…もしかしたら“戦争”まで発展してしまうかもしれないってこと〜っ」
 「そ、そこまで…っ」

 天族は魔族を忌み嫌う。
 然し地族は魔族を殺す事に反対の意を持つ。
 この地上に舞い降りた片翼の天使は、地族、人間である高瀬に助けを求めた。
 結果高瀬は天と地の間にある亀裂の上に立ち、今の状況に至ると。
 いつ何時、レルカが襲われるか分からない。
 そして高瀬が狙われ、殺されるのも時間の問題になる。
 それを護る地ノ旅人さえも嫌うようになった天ノ旅人は、もしかすると世界を狙いにくるのかもしれないという。

 たった1人の少女の為に、世界が揺れ動いてしまうという————。