ダーク・ファンタジー小説
- Re: 片翼の紅い天使 ( No.17 )
- 日時: 2012/11/26 18:13
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 9QYDPo7T)
第013話 実技テスト
「……はい、【D級】ですねーっ」
笑顔でそう、試験管に言われた。
いきなりだが高瀬龍紀は実技試験(別名二次試験)であっさりD級ですね、と言われてしまったのだ。
周りの知人は何故かくすくす笑っているようにも見える。
「……え、早くね!?」
「ぎゃはははたっちゃぁーっん!! やっぱ期待されてないんじゃ……!!」
「うっせぃ!! つうか、まだ俺空気を剣に変えただけだよな!?」
ぎゃあぎぁあと騒がしい中、試験管の教師はぐいっと身を乗り出した。
さっきの、笑顔でD級ですねーと言った人だ。
「嫌だなぁ高瀬君。我々は一応プロ。技の質なんか見ただけで分かっちゃうのだよー?」
「先生。見たのも0.5秒くらいでしたよね」
「まぁね」
にこにこ満天笑顔の彼女に何を言っても無駄そうだ。
そう言ってとぼとぼと高瀬は歩き始めた。
といっても今帰ろうとも澤上がいない。
奴は一応A級らしいので、最後まで残るはずなのだ。
しょうがないと、高瀬はそう呟いた。
勉強にもなるだろうと考えた高瀬は、実技試験の行われる試験会場に向かう。
まぁ言わば、体育館というやつだ。
「すっげー……」
体育館で何十人もの生徒が、能力を使っている。
それは様々で、とても自分の興味をそそる。
能力者でなかった頃はどうでも良かった世界が、目の前に広がる。
能力って凄いなと、改めて実感した瞬間だった。
「でもまぁ……」
流石に、B級以上はそうそういない。
A級はこの学校でもたったの5名近くだとか。
それも3年生に3人、1年生に2人という状況である。
奈川高校能力者数はざっと128人。
そう考えると、以上に少ない事が分かる。
希少価値なだけあると、そう思う。
A級になれるのは、本当に一握り。
現実がそう、訴えているような気さえした。
「屋上にでも行って寝るかなぁー……」
ふわぁ、と大きく口を開ける高瀬は、のんびりとした足取りで体育館を後にした。
どうせ用もない。自分より強い能力者の試験なんて見たってつまらない。
なんて思いながら。
ふわふわと浮かんだ雲が、ゆっくりと流れる。
それは時間に縛られず、自由に、そしてゆるゆるとただまっすぐに進んで行く。
どうせなるなら雲になりてーなどと呟きながら、高瀬は屋上でぱたんと倒れ、横になる。
もう肌寒い季節ではあるが、なんとなく、あの白い綿だけは夏と同じ空の色の上に浮かんでるような気がした。
高瀬は目を閉じた。
「——————では、最後に神乃殊琉の試験を開始します!!」
そんな声が体育館で響き渡っていた頃、高瀬はまだ屋上にいた。
そしてゆっくりと目を開けて、うっすらとしていた視界を広げる。
いつのまにか空の色は、紅く燃え上がるような、力強い橙に染まっていた。
「あれ……どんぐらい寝てたんだろ」
目尻をこすり、また大きく欠伸をした彼は、ゆっくりと立ち上がる。
そして何かを思い出したような顔をした。
「あ、そういえば試験……もう終わってんのかな」
ふと疑問に思った高瀬は、そのままもう一度体育館へ向かった。
体育館までの道のりは短い。屋上を出て、階段を2つ下りれば、隣が体育館になっている。
といっても着くのは体育館の2階で、上から館内が見えるようになっているだけの場所である。
そうして階段から降りた高瀬は扉を手をかけ、そして。
「ぃ……————え!!?」
まるで耳元で大砲をぶちまかしたかのような激しい轟音に、彼は襲われたのだ。
「ふむふむ……はい、これで試験は終了です」
「……ありがとうございました」
そう神乃が言ったのと同時。
高瀬の周り、いや、体育館に詰まった観衆の声が一斉に上がった。
まるでサッカーや野球といったスポーツの観戦状況だ。
帰ったかと思われた生徒達が、学年という壁を越えて集まっている。
日本ランク第2位を誇る彼女の実力を見に来た、といったところだろうか。
奈川高校という普通校では在り得ない程の天才能力者。
神乃殊琉は、唯一人むすっとした表情で踵を翻し、体育館から出て行った。
「すっげーな……あれが有名な神乃殊琉かぁ」
「顔も良いし頭もキレるっていうしよ……欠点無しの天才だよなぁ」
「良いなぁ……俺もあれくらい強けりゃなぁ」
「バーカ、あんなの血の滲むくらい努力しねーと無理だって!」
「だよなぁーっ」
「ああいうのは“恵まれた天才”なんだよなぁ」
体育館から去っていく男子生徒達の声。
それだけではない、女子、先輩、そして先生達まで感嘆の声を上げながら出て行く。
高瀬はそんな雰囲気に呑まれないよう、静かに教室に向かった。
カバンやらなんやら、忘れてしまったらしい。
「忘れ物ーっと……って、あれ。殊琉じゃん」
教室に戻ると、さっきまで騒がれていた神乃がそこにいた。
彼女はふっと振り返る。その瞬間、あのふんわりとした緩いウェーブが揺れる。
「あんた……まだいたんだ」
「まぁ忘れ物つうか……昼寝してたしな」
「……あっそう。ああいうのには興味がないのね」
呆れたような、溜息のような。
そんな分かり難い息を吐く彼女は、窓の淵から手を離し、ゆっくりとした足取りで高瀬に近づく。
「ああ……さっきみたいな試験の見学? お前がすげーのは元々知ってるし、良いかなーって」
「……ホント、バカよね」
え、と思わず小さな声を出した。
神乃は、机の上を優しく撫でた。
「あんなに沢山人がいて……やりにくい事この上ないわ」
「お前……そんな言い方はないんじゃねーか?」
高瀬が少し睨む。然し彼女は動じもしないで、再び窓のある方へ歩み行く。
橙の空に浮かんだ雲。そんな自由な物を、まるで睨むようにして見る。
「天才天才って、何でも出来て欠点無しで……恵まれてるとか羨ましいとか……そんなんばっかり」
「……」
「人の事を知らないで、良くもまぁあんな軽い事が言えたものよね」
「ッ……殊琉ッ!!」
「私だって別に、こんな立場望んでない」
そんな強い口調に、高瀬は圧されてしまった。
神乃はまた窓から手を離して、今度は教室の扉に向かった。
軽そうなぺたんこのバッグを片手に、ドアに手をかける。
「龍紀」
ドアを開ける前に、彼女はいつもの声で高瀬を呼んだ。
「……んだよ」
「レルカを、護ってやんなよ」
それは、とても優しい声だった。
神乃はガラリとドアを開け、出て行った。
何なんだよ、と高瀬は小さく呟く。
一人残された彼も、カバンを片手に出て行った。
彼が廊下を見た時、既に彼女はいなかった。