ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.18 )
日時: 2013/02/25 13:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

第014話 一日目はパンチ

 「たっらいまぁーっ!」

 高瀬龍紀は、いつものように玄関を潜った。
 元気な声を張り上げて、乱雑に靴を脱ぐ。
 リビングにいたのは、紅い髪をした天使。
 レルカはにっこりと微笑んで彼を迎える。
 
 「お、おかえりなさい、龍紀君」
 「ようレルカ……ってごめんな! 一日中野放しにして」
 「あ、いえ……ここはとても安心なので、助かっています」

 そうなのか? と高瀬は聞き返す。 
 レルカの紅い翼が、ほんの少しだけ揺れる。

 「ここは人間界なので……天族も簡単には入ってこれないのです」
 「へー……前回といい前々回といい酷い騒ぎになったもんな……」
 「はい……。元々天ノ旅人と言えど、不必要な人間界の出入りは固く禁じられているんです」
 「それってやっぱり……天使は人間に姿を見られちゃいけないから、か?」
 「はい、そうです」

 座布団の上にちょこんと座ったままの彼女。
 左肩の方、つまり左翼だけが生えている彼女。
 その姿は何度見ても痛々しく、とても見れたものではなかった。
 然し高瀬は彼女が笑っているところを見ると、そんな事も忘れるのである。 
 彼女の笑顔の為に戦うと、決めていたから。
 高瀬もカバンを放り投げて向かい側の座布団に座った。

 「でも本当にいつ来るか分からねーよなぁ……」
 「そうですね……。彼らは人間に見つかる事さえなければ、すぐにでも飛んでくるでしょうし……」
 「おまけになんか俺……敵視されてるっていうか……」
 「まぁ、天族の姿を見た、唯一の普通の人間ですからね……」
 「へ?」

 レルカの言葉に、高瀬は間抜な声を出した。
 
 「地ノ旅人には何度か姿を見られているのでしょう……いつかは敵対すべき相手同士ですから……」
 「……んで、俺、は?」
 「龍紀君は、地ノ旅人にも他の機関にも属していない普通の一般人ですから……狙われて当然なんです」
 「そ、そう、なんだ……」
 「安心して下さい、龍紀君は能力者ですからっ」

 そういえば、と高瀬も思う。
 自分はつい最近能力を得たばかりの新米能力者。
 D級なんて世の中にごろごろ転がっている。その他大勢も同然。
 に比べて高瀬の幼馴染はなんと優秀な能力者だろうか。
 身に染みて良く分かる。

 「……ってあぁーッ!!」
 「!? ど、どうかしました、か?」
 「そ、そういえば……お、俺……」
 「?」
 「来週から強化合宿だったァーッ!!」
 「……へ?」

 強化合宿。
 各地に創立する“能力科”のある高校及び中学で行われる一大行事。
 能力者のみがその参加資格を得られ、毎年秋に行われる1週間の修行の旅でもあるという。
 能力者のレベルを底上げする為に考えられた大切な合宿である。
 高瀬の通う奈川高校も来週から合宿があるらしい。
 能力者になりたてでしかも1年生の高瀬には今まで縁も所縁もない話だったが、
 今回はそういう訳にもいかなさそうだ。

 「合宿……ですか?」
 「あぁ……そういえば強制参加だ、あれ……」
 「はて合宿、とは……?」
 「まぁ、あれだよ……血と汗と涙の出る、青春絵図だよ……表向きは」
 「?、?」
 「苦しい1週間になる……」

 テーブルにぽてんと顎を乗せる高瀬。
 しかも男女混合。これでカップルができる場合もあるとか。
 高瀬の場合は神乃殊琉という恐ろしい幼馴染に苛められる予感しかしない。
 青春などやっては来ないと、諦める高瀬なのであった。

 「どうすっかなぁ……レルカを一人置いてく訳にもいかないよなぁ……」
 「わ、私? ですか?」
 「ああ。だって危ないだろ、いくらなんでも」
 「うーん、と……」

 奈川高校の生徒な訳でも、ましてや能力者でもない。
 彼女は列記とした天族(魔族らしいが)である。
 天族に狙われる可能性もある為、一人にはできない。
 高瀬は唸る。

 「まぁ、なんとするっきゃねーか!!!」
 「……?」

 一人疑問符を頭上に浮かべるレルカをよそにガッツポーズする高瀬。
 果たして彼の考えとは如何に。
 あまり彼の思いつきに期待できないレルカであった。







 そして、当日。

 「————————晴れたぁーッ!!!」

 ギラつく太陽の下で、高瀬は両拳を上げた。
 ここ奈川高校で朝集合。勿論澤上仁、神乃、鬼帝水痲など、いつもの面子が出揃っている。
 高瀬はハイテンション。ただでさえ暑いのに、と神乃が文句を零す。

 「ところで龍紀」
 「あ?」
 「レルカ……どうしたの? 置いてきたら危ないのは分かるけど……」
 「ああ、心配すんなって!」
 「はぁ?」
 「ところで高瀬君〜?」

 鬼帝のゆったりとした声が流れる。
 彼女はぴしっと、高瀬の横にあった大きな袋を指差した。
 大きなサンドバッグのようにも見える。

 「それ、何入ってるの〜?」
 「ああこれはだなーっ」
 「……ちょっと待って龍紀」
 「へ?」
 
 がしっと高瀬を掴んでその場から離れる神乃。
 ずるずると高瀬を引き摺った彼女は校舎の影で足を止める。
 くるりと、振り返った。

 「あれ、まさかレルカじゃないでしょうね?」

 冷たい視線と口調。
 龍紀の心臓が一瞬にして跳ね上がり、心拍数を上げた。
 
 そう、まさか。

 「あれ……やっぱ、気付いた?」

 ——————まさか、気付かれるとは。

 へへへと笑う高瀬をよそに、驚いた神乃の表情が戻る。
 そう、その拳に、渾身の力を込めて。

 「こんの……バカ龍紀がァァ————————ッ!!!!」

 彼女の怒号と共に放たれた一撃が、高瀬の身も心も砕いた。
 理不尽すぎるその力を前に高瀬は、自分の非力さと神乃の無情さを改めて知った。



 
 「い、ってて……」 
 
 木製の宿舎。
 昔は地域の宿泊所だったらしいが、都会の高校がお金を合わせて買い、今では合宿専用所となっている。
 高瀬はそんな部屋の一室で、頬を撫でシップを貼っていた。
 目の前で澤上がにししと笑う。

 「……んだよ」
 「まぁまぁそう言うなやーっ! 何何? 神乃に殴られたんだって?」
 「良いだろ……別に」
 「ほほぉ……フラれたか、たっちゃん?」
 「ちげえよ!!」
 
 溜息を吐く高瀬。
 結局レルカの入った大きなバッグは神乃が回収し、今では部屋できゃっきゃうふふしているところだろう。
 高瀬も自分の部屋に連れ込む気はなかったようだが、何故か頬の痛みがとても理不尽に思えてきた。
 あれ程までに強く殴らなくても良かったのに、そう高瀬はもう一度息を吐いた。

 「まぁ良いんじゃねー? 愛情だろ、その傷はっ」
 「いや、あれは殺戮に近かったような……」
 「神乃も素直じゃねーなぁー」
 「いや、ホントにあれはマジのパンチだったって」
 「……そーかい。じゃあ風呂入りに行きますかなぁ〜っ」
 「ちょ、俺の話聞いてる!?」

 高瀬もお風呂セットを片手に走り出す。
 明日から本格的な強化合宿が始まる。
 そんな事よりレルカは無事なのだろうかとも高瀬は思った。
 近くに神乃がいるから心配など無用だろうが。


 然しそんな彼は知らなかった。
 この一週間がどれ程辛く——————、苦しい時間と化すのかが。