ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.19 )
日時: 2013/04/02 20:57
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

第015話 突然の光
 
 宿泊所に着くと、もう日が傾いていた。
 1日目は宿泊所に到着する事が目的の為至って特別な事はしない。
 男女共お風呂に入って夕食を食べ、暫し休憩時間を過ごし夜10時に消灯予定。
 そして現在時刻は6時半。
 A、Bクラス男子がお風呂に入る時間帯である。
 見事Bクラスの高瀬は、澤上とお風呂に浸かりながらゆったりとまったりと喋っていた。
 
 「うおぉー……癒されふー……」
 「おいおいとろけれるぞー? たっちゃんや」
 「しょうがねーだろ……俺全身が悲鳴あげてるしぃぁぁぁー……」
 「いつになく緊張感ゼロだなー」

 天族が襲ってくる危険性も極僅かな為、気が緩んでいるのだろう。
 高瀬は気の抜けた声を出して湯に浸かっていた。 
 そんな幸せなひとときも終え、夕食タイムへ。
 夕食はクラスごとで、決められたグループに分けて座る事になっている。
 確かグループ分けは能力差が均等になるようにされていて、高瀬はそう、神乃と同じグループなのである。
 地獄の時間が始まる……と。
 そう思っていたら。
 
 「はーいでは、【能力】を発動して下さーい」

 夕食をとる部屋、【鷹の間】にて問題発生。
 なんと部屋に入る前に、能力発動状態にしなければならないらしい。
 何の為に、と思いながらもしぶしぶ能力を発動し座布団に座る高瀬。
 向かい側には、神乃。

 「よ、よぉ……殊琉」
 「……」
 「なぁ、何で能力発動したまんま夕食食べるんだ?」
 「……」
 「もしかしてこれも訓練? 修行? 参っちゃうよなーっ!」
 「……」
 「あのー……殊琉、さん?」
 「……」
 「……」
 「……」
 「……す、すみませんでした」

 突然に、ゆっくりとその場で土下座し始める高瀬。 
 朝の件についての事だろう。
 神乃は何を言われても微動にせず、座っていた。
 じっと、冷たい瞳で高瀬を見ながら。
  
 「……能力ってね、使わなくても発動してるだけで体力使うのよ。だからその練習ってとこね」
 「……へっ?」
 「“能力をどのくらい発動し続けられるか”……これは体力と気力とキャリアの問題ね」

 殊琉は何もなかったかのように淡々と話を進めるが、あくまで高瀬を見る目は非情なものだった。
 よほど今朝の事で怒っているのだろう。
 何しろ一人の少女を合宿にまで連れてきたのだから。
 それもサンドバッグに入れて。

 そんなこんなで、夕食を食べ始める彼等。
 始めのうちはなんともなかったが、中盤から大半の生徒が溜息を吐き始めた。
 加えて荒く呼吸を繰り返す者、まだ食べられるのに体力がなくて箸を握れなくなる者まで出てきた。
 高瀬は勿論途中で撃沈。
 目の前で神乃は涼しい顔で夕食を口に運んでいるというのに、この差は何であろうか。
 高瀬は悔しさと悲しさでいっぱいいっぱいである。

 「う、うぅ……腹減ってんのに……食えねえ……」
 「どうしたの龍紀。目の前にまだ唐揚げ残ってるわよ」
 「知ってるぁッ!! ……ぐッ……! もう箸を握る力もねえよい……」
 「情けないわね。男のくせに」
 「いや……これ、男の云々の問題じゃ……」
 
 その言葉を最後にして、高瀬はぱったりと机に突っ伏した。
 動かない高瀬を前に、神乃は眉一つ動かさずに唐揚げ定食をたいらげていく。
 1時間後には、神乃、澤上、鬼帝の3人しか生き残っていなかった。

 


 
 「理不尽だぜ……ちっくしょー……」
 「まぁまぁ、すっごい美味しかったぜ? 唐揚げ定食」
 「お前はな。俺半分も食ってねーよ」 
 「いやいや俺、ちゃーんとたっちゃんの意思受け継いだからっ」
 「……それ、どゆ意味」
 「ごっそさんでした! たっちゃん!!」
 「お前俺の分食ったなぁ——————ッ!!!?」

 夕食後、部屋にて。
 ごわんごわんと澤上の頭を揺さぶる高瀬がいた。
 どうやら唐揚げをぺろりといかれたらしいが。
 無理もない。高瀬の胃にはあまり入ってこなかったのだから。
 もしかしたら残りの5日間、食事の度にこれをやるのだろうか。
 高瀬は澤上の胸倉を掴んだままがっくりと項垂れた。
 その後は授業や教師の話など、普通の高校生のような話をしていた。
 いつの間にか消灯時間が迫っていたので、2人は寝床に入る。
 この旅館は部屋の多さが売りな為、部屋自体が狭いのである。
 つまり一部屋に2、3人が限界なのである。


 
 「ん……うぅ……」

 カチ、カチ……と、時計の針だけが部屋に響く。
 隣の敷布団では眼鏡を外した澤上が幸せそうに寝ている。
 高瀬は何故か寝つけないのか、むっくりと起き上がった。
 大きく欠伸をすると、ゆっくりと布団から這い上がる。 
 トイレに行こう、と小さく呟き、先生が見周りしてないか確認しながら廊下を歩く彼。

 「あ、あれ……?」

 然し不安定な視界の中で歩いていた為、いつ間にか彼は迷っていた。
 ここはどの辺だろうか。フロント近くのような気もする。
 きょろきょろと辺りを見回していた彼の背後から、突然小さな声が聞こえてきた。

 「……え……っ」

 後ろを振り向くと、そこにいたのは神乃だった。

 「え……ちょ、お前ここで何してんだよ殊琉?」
 「それはこっちの台詞よ……。あんた、こんな時間に何やって……っ」
 「俺は単にトイレに行ったんだけど、帰る途中で迷っちまって……」

 ふーんと呟く神乃。
 そんな彼女の登場により高瀬の目は見事に覚めた。
 然し何と言うべきか、高瀬は静止したまま固まっていた。

 「……な、何よ」
 「うへッ!? い、いや……つか、おまえ……その、髪、濡れてねっ?」
 
 どきりとした高瀬は慌てて返答する。
 何故なら神乃の髪は濡れていて、妙に腕や首の肌に艶を感じていたからだ。
 あぁ、と神乃は自分の髪に少し触れた。
 
 「お風呂、入ってたからよ」
 「ふ、風呂?」
 「ええ……ほら、あんたがレルカ連れてきちゃったから、色々やってるうちに入浴時間逃しちゃったのよ」
 「色々? 何かやってたのか?」
 「先生に見つかるとまずいから押入れに入れてたり、ちょっと抜け出してレルカのご飯買ってきたりね……」
 「お、お疲れさんです……」

 じとっと一瞬睨まれたような気がした高瀬。
 少しだけ罪悪感をその心に感じながら再び項垂れた彼と裏腹に、神乃の表情は曇りを見せていた。
 ぴくっと何かに反応するように、顔が晴れる。
 
 「ど……どうした? 殊琉」

 自分の口を人差し指で抑え、しーっと言うようにジェスチャーをする。
 それを見た高瀬も口を閉じた。
 僅かな沈黙が2人の間に流れ、暗がりの中で全ての音が消えた。


 「何か……————————来る」

 
 神乃の小さな声が響いたと同時。
 パキンという何かが弾けるような大きな音が、2人の耳に届く。
 一瞬で空気が、雰囲気が、変わった。

 「な、何だ!? 今何が起こって————————って殊琉!!?」

 神乃は既に走り出していた。
 高瀬も続けて駆け出し、玄関へと2人して向かう。
 月明かりだけが光源として瞬くこの地で、2人は全く違った“光”を目の当たりにする事になる。