ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.20 )
日時: 2013/05/25 11:17
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 2DX70hz7)

第016話 天ノ旅人、メヴィウス・ロイド

 光が、妙な違和感が、神乃殊琉と高瀬龍紀に襲い掛かった。
 先に駆け出した神乃を追うように、高瀬もそれに続いた。
 外へ出ようと思ったところで、高瀬は気付いた。
 玄関の鍵が、閉まっているのではないかと。
 殊琉の姿を追いかけた彼は、玄関について思わず止まった。
 
 玄関のドアが、半壊している。

 「うっわー……えげつねえー……」

 まあ良しと思って、高瀬は無理やりこじ開けられたドアを開けて、外に出る。
 真っ暗がりの中で、ぽつぽつと見受けられる小さな光。
 一見蛍のようにも見えるそれは、ふわふわと空中を泳いでいた。
 神乃も止まったまま動かず、じっとその物体を見ていた。

 「お、おい……何なんだよ? あれ」
 「……」
 「……? こ、殊琉?」

 神乃は、咄嗟に辺りを見渡した。
 鬼帝程ではないが、彼女も一応視力は良い方である。
 黒い海の中を必死に泳ぐように、何かを探しているようだった。
 蛍に包まれながら2人が、動く事を躊躇っていた。
 その時。

 
 「やっほー! ——————————おめーらと会うのは初めてか?」

 
 飄々とした、男の声。
 そんな声が、高瀬の頭上から聞こえてきた。
 つまり、空から。
 
 「何だよー? 天使に会うのは……初めてじゃあーねえんだろ?」

 大きな、白い翼。加えて黄色い輪がくせっ毛の上で瞬く。
 眩しい程綺麗な金髪の少年、いや、青年は、楽しそうな表情で空の上にいた。 
 
 
 「オレの名前はメヴィウス・ロイド——————天ノ旅人の1人だ。まあよろしく!」

 
 そういったメヴィウスは、子供みたいな表情で笑った。
 
 「て、天族……!?」
 「……あら、随分無防備ね。てっきり地族に姿を見られるのを————恐がっているのかと思ってたわ」

 神乃は、冷たく言い放った。
 天族は、人間界において地族に姿を見られてはいけない。
 何故なら人間は、天使の存在を信じていないからである。
 地ノ旅人、そしてかなり一般人の高瀬には既に何度も存在を確認されているが。
 そして堂々と人間界に潜り込んでくるところを見ると、正気でないのが分かる。

 「何言ってんの? オレがこんな夜中に現れたのも、他の人間に姿を見られない為なんだぜ?」
 「な、なるほど……確かに暗いし、大多数の人は街にいないけど……」
 「バカね。そんな大群引き連れて来るなんて」

 高瀬は彼女の言葉に驚いた。
 大群? と彼は聞き返す。

 「そこの光よ」
 「……え?」
 「だから、その浮かんでるやつ」
 「これ蛍じゃないの!?」
 「あんたバカじゃないの」

 間髪も入れずにそうツッコミを入れる殊琉に対し、高瀬は何も反論できず固まっていた。

 「ぎゃははははっ!! おもしれえーなあお前!!」
 「ちょ、笑うな!!」
 「こりゃあオレ等の——————」
 「——————『対地族用小型追跡機』、『フォウ』ね」
 
 金髪の青年が言い終わる前に、神乃の声が割って入った。 
 そして彼女の言った言葉は、真実を指し示す。
 白い球状で、ほんのりと光を放ちながらふわふわと浮いている。
 それは天族が作り出した、言わば小さな監視官。
 人間界に送り込み、あらゆる情報収集を行うのがこの機器である。
 地ノ旅人はそれを見かける度に何の躊躇いもなく壊し、情報の漏洩を防いでいるのだ。
 
 「やっぱ知ってたか……誰かに壊されてると思ったらあんたらだったってわけ」
 「……こんな夜中に、何をしに来たの?」

 神乃の挑戦的な態度に、青年はにっと笑った。
 

 「分かってんだろ? ————————魔族、“レルカ”の捕獲及び地族への奇襲だよ」


 青年の手は、水を切るようにすっと伸びた。
 その動きに合わせて、白い球体が皮を脱ぐように少し開け、中にある小さな穴から光線を放つ。
 何百とあるその光線を一斉に浴びる。ビュン!! と幾つもの閃光が走った。
 辺りが、大きな爆音と厚い煙に覆われる。

 「生憎こんな街だ。誰かが能力使って暴れてるとしか、世間は思わねーんだよな」

 悠長に空に浮かぶ青年は、立ち込める煙を眺めていた。
 そこで。

 「ったく何でオレがこんなめんどーな事を————————、ッ!?」


 厚い煙の中から、妙な殺気を感じた。
 次の瞬間。


 「ったく……————ふざけんのも大概にしなさいよ」


 今度は神乃が手を軽く振るった。
 同時に、何百とある球体の3割が、内部から爆発するように四方に飛び散る。
 その間、凡そ1秒もない。
 パキンという音と共に、小さな身体は地に伏した。

 「へえ……おめえ、やっぱ強ーな」

 それでも余裕の表情をかます青年に、神乃は顔色一つ変えない。
 煙の中で強く腕を伸ばす高瀬を、気にしなかった。

 「ち、ちょ……おま……!」
 「ああごめん龍紀。あんたがこれ程使えるとは思ってなかったわ」
 「お前覚えとけよマジで」

 煙が、晴れる。
 薄暗い景色の中、苦しそうに立っていたのは高瀬だった。
 そう、腕を限界まで伸ばして。
 彼の頭上には、広く大きく、白い板のようなものが広がっている。
 
 高瀬の能力——————、“形でないものを形にする力”だった。

 前回の空気で剣を作り出すだけでなく、今度は閃光を受ける壁の役。
 能力者と言えどまだD級の為、複雑な計算式は組み立てられない。 
 空気を凝縮し密度を高める事でより硬い壁ができるが、それをやるのに精一杯、全力を捧ぐ高瀬。
 走ってもいないのに荒く息を乱す彼は、悠々と立つ神乃を地味に睨んでいた。
  
 「そっちもやるなあー……じゃあこれでどうだ——————!」

 白い球体が、神乃達を取り囲み、一斉に光を集める。
 まずい、と小さく言葉を漏らす神乃を余所に、球体が強い光を纏っていた。
 幾らS級と言えど、今は動き難い浴衣を着ている上にD級の人間をかばいながらの戦闘になる。
 敵の数は残り500程度。彼女の能力ならば倒せない事もないが、何せ器用に動く物体である。
 捉え難い、そして厄介な事に天ノ旅人本体もいる。
 そうこうしている内に、青年はビッと指をこちらに向けた。

 「いっけーっ!!」

 白い球体は強い光を————————、


 「——————!!?」


 ————————放つことが、できなかった。

 
 
 全ての球体が、狂ったようにぐるぐると回って、ばたばたと地面に落ちていく。
 痙攣しながら、壊れた様子もないのに、ただ奇妙に動き回っていて。
 光が治まり、青年は驚いた様子もなく、神乃達の方を見据えた。 
 また、無邪気に笑う。


 「なーる……————————おめえか、オレの道具を壊したのは」


 神乃達の背後から現れたのは、白い髪を持つ人物。
 可愛い顔立ちで、小さな体はこっちへ歩いてきた。

 「って……————蒼!?」

 狩野蒼。
 地ノ旅人の一人であるその人物は、少々息を荒くしてほっと一息着いた。
 間に合って良かったと、呟く。
 そして可愛らしい笑顔で、青年に喧嘩を売るようににこっと微笑んでみせた。