ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.21 )
日時: 2013/07/03 21:10
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 5PvEL/lW)

第017話 地ノ旅人、狩野蒼

 地ノ旅人の1人、狩野蒼。
 大きな瞳と、可愛らしい外見
 高瀬達よりも年下に見えるその人物は、たたたっと近づいてきた。

 「ま、間に合って……良かっ、たです……」
 「相変わらず体力ないのね……」
 「ず、ずみません……」
 「それより、何でここに?」 
 「あ、はい。水痲さんから来てくれるようにと……」
 「どうして?」
 「何でも、夜中は一番危ないみたいで。もしもの時の為に潜伏しとけ、と」
 「なるほどね……」

 高瀬も、漸く理解をする。 
 そういえば、見た事があると。
 以前天ノ旅人に襲われた時、鬼帝と共に助けてくれた人だ。
 右目の眼帯が特徴的なので、すぐに思い出せた。

 「お前この間の……!」
 「あ、はい。高瀬君ですよね? またも遅れてしまってすみません」
 「さっきのあれは?」
 「あれは僕の能力です。本当、危ないところでした」
 「……え? あれ?」
 「? どうかしましたか?」 
 「ぼ、“僕”……?」

 高瀬は、もう一度、しっかりと狩野を見た。
 小さく華奢な体。長い髪の毛の横結び。
 何よりくりくりの瞳に長い睫。
 間違いない。

 「なるほど! 最近流行りの僕っ子か!」
 「はい?」
 「……あんた、とんでもない勘違いをしてるわよ」

 へ? と聞き返す高瀬。
 ははは、と狩野も笑った。

 「良く間違えられるんですけど、僕、男ですよ?」

 一瞬にして、高瀬の頭の中にある処理能力が大破した。

 「嘘だァーッ!!!」
 「へ!? う、嘘じゃないですよ!!」
 「詐欺だ!! こんなに可愛いのに詐欺だ!!!」
 「本当に男です!!」
 「遊んでないで集中しなさいよあんた等!!」

 騒ぎ合っている暇はない事を、完全に忘れていた。
 然し青年、メヴィウスは反論する気配もなく、ただ小さくくすくすと笑っていた。
 
 「ははは!! やっぱ地族っておもしれーな!!!」
 「……はぁ?」
 「前々から思ってたんだよなあ……人間って、よえーくせにおもしれーよなって!!」

 ぴきっと。
 神乃の顔に、一つの青筋が浮かんだ。

 「それ、どういう事? あんたらみたいな浮いた存在に、地族が負ける筈ないでしょ」
 「おっとこえーこえー。そう怒んなや。天族は見下ろすのが好きなんだ———————景色も、人間も、な」

 次の瞬間。
 ドッ!! という、鈍い響きだけがこの場に響いた。
 気が付けば、メヴィウスが地面に伏せっている。
 背中に、ほんの少し衝撃を受けた跡を残して。

 「あら。地族は見下ろされるの、好きじゃないの———————でも、地に伏した天使を眺めるのは、悪くないわね」

 あんな離れたところで、空気に衝撃を加えた。
 彼に直接触れなくとも、彼女の能力範囲が基より広い為、離れていても使う事ができる。
 つまり触れた空気に触れている場所、近い空間内なら彼女の能力は行き届くという訳だ。
 
 「いってえー……おいおい、手加減くらい、してくんねーかな……うえ……折角珍しく天衣装着てきたのに……」
 
 然し彼は、痛くも痒くもないという様子でひょいと立ち上がった。
 大きな白い翼にも、土はついているが傷一つない。
 
 「化け物かあいつ……!?」
 「流石天ノ旅人ですね……」
 「さっさと追い払わないと……フォウの方は、蒼が壊してくれたから助かったけど」

 そんな事より、と神乃は言った。
 相手であるメヴィウスが、少し可笑しいと彼女は感づいていた。
 
 「あんた……何であたし達を先に襲うの? レルカの捕獲が最優先でしょうが」
 「……! 確かに!」
 「ん……まああれだよ」

 あんまり言いたくないんだよなー、と。
 適当に金色の髪を掻きながら、そう言った。  
 メヴィウスは、肩をすくめる。

 「興味ねえんだわ、オレ。魔族とかさ」

 衝撃的な一言に、3人は何も言えなかった。
 魔族であるレルカを、どれだけ天族が恐れているか。
 にも関わらず彼は、興味がないと言い放った。
 賺した表情で、彼は哀れむように笑う。

 「オレはおめえ等と戦いてえ。その為にここにいんだよ——————それにオレ、ぶっちゃけ地族の方が好きだし」

 こんな天族を、見た事がない。
 神乃も狩野も、そう思った。
 一番初めに高瀬を襲ったティルマ・アーチェインも。
 二番目に襲ってきた、ティルマに良く似た少年も。
 どちらも、レルカを捕獲し、高瀬を処分する為に人間界に潜り込んできた。
 それなのに、この青年にはレルカを捕獲するどころか、レルカを捕獲しようという動きすら見えない。
 ただ純粋に、戦闘を楽しんでいるようにしか。

 「でも多勢に無勢はねえよなあ? ————————ちょっと、退場してもらおーか?」

 ぱちん! と指の音が鳴る。
 その瞬間、神乃の周りに鳥籠のような鉄の柵が天からすっと伸び、ガシャンという音と共に神乃を囲む。
 急な事に判断の追いつかない神乃は、暫し固まっていた。

 「ちょーっとお前さんは見学しててくれや——————流石にS級を“2人も”相手にできねーんでな」

 その言葉に、高瀬は違和感を覚えた。
 ここにいる能力者は3人だが、その内1人は神乃殊琉という国際的に有名なS級能力者で。
 そして残りは、自分と狩野蒼という外見美少女系男子。

 「ま、待ってくれ! 俺はD級————」
 「はあ? 何言ってんの君。君の横にいる——————狩野蒼もまた“S級”だよ」

 高瀬は、目を大きく見開く。
 狩野は少し顔を歪めて、苦しそうにほんの少しだけ笑う。
 
 「う、嘘だろ……お、お前……え、S級、なのか……?」
 「えっ? あ、まぁ……はい……」

 外見的にも、性格的にもそれは当てはまらなかった。
 神乃のように肝が据わっている訳でも、体力が在る訳でも、運動神経もあまり良さそうではない。 
 何より“戦闘に向いていない”、そんな印象が高瀬にはあった。

 「外見ってどうでも良いんだな……」
 「そ、それは普段、神乃さんを見ているからでは……?」

 そうか、とあっさり納得する高瀬に、ぷつんと神乃が切れた。
 
 「あんたあたしの事何だと思ってるわけ」
 「脅威」
 「表に出なさい」 
 
 気のせいか。背後から指の骨を鳴らす音が聞こえる。
 神乃の瞳は、本当に勢いで人を殺せてしまう程禍々しく光っていた。

 「じゃあそろそろ始めっか? ——————夜はなげえからな!!」
 
 ギャグモードにいた2人は、きりっと顔を正し前を向いた。
 メヴィウスは、空に浮く。

 「天滅の章——————光砲!!!」

 翳した右手から、ぼう!! と多大なエネルギーが放たれる。
 咆哮は、一瞬の間もなく2人に迫り、

 「形————!!!」

 高瀬が、負けじと自身の腕もぐんと伸ばした。
 その行動に、咄嗟に避けた狩野が驚く。

 「高瀬さん————!!!」

 遅かった、と言わんばかりの表情で。
 唸りを上げた深い煙が、辺り一面に広がった。
 大きな爆音が、3人を包む。

 「げほっ! ……げほっ、げ……ごほ……! う、うえ……っ」

 喉元を抑え、高瀬はそこで四つん這いになっていた。
 苦しそうに喉に手を添える。慌てて狩野は駆け寄る。

 「無茶しないで下さい……! 相手は天ノ旅人ですよ……っ!?」

 D級の高瀬が、相手に出来るレベルではない。
 今の砲撃だけで、人間一人を一瞬で塵と化す程の威力があった。
 空気の壁で抑えたはいいものの、それは天ノ旅人にとって布も同じ。
 容易く裁つ事も、歪ませ壊す事もできる。
 想像より遥かにいくその実力に、高瀬は驚きを隠せなかった。