ダーク・ファンタジー小説

Re: 片翼の紅い天使 ( No.22 )
日時: 2013/08/06 16:25
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: kcbGQI7b)

 第018話 狩野の能力

 (今まで殊琉やこいつらは……こんなのを相手に、してたのかよ……ッ!!)

 メヴィウスの顔は、依然として変わらず笑みを浮かべている。
 光砲の攻撃力の高さに驚いた高瀬は、すっとその場から足を退いた。

 「まともに喰らって生きてるなんて……タフだなーあんた。やっぱおもしれー!!」
 「……高瀬さん、気を付けて下さい。奴の攻撃力はきっと普通の天ノ旅人のそれとは違う……」
 「あ、ああ……今ので良く分かったよ……」 
 「……! 来ますよ! 高瀬さん!!」 
 
 2人の足元に、またしても放たれた一撃。
 派手に飛び退いた高瀬は、地面についた拳を握り締めて叫ぶ。

 「——————【形】!!!」

 再び強く光を放つ拳の紋章は、その意味を示した。
 周りの空気を巻き込んで、高瀬の手元には鋭く光る剣が現れる。
 形でない大気を、剣という名の形に造り変えた。

 「ひゅーっ! すっげーなそれ!! めちゃめちゃかっこよくね!? 何何空気の剣!!?」
 「う……、うぐ……改めて言われると、なんか恥ずかしいな……」
 「んじゃあオレも……男らしくそれで戦うか」
  
 空に浮いていたメヴィは、その大きな翼をはためかせ、地面にまで降りてきた。
 丁寧に翼をしまうと、すっと懐から何かを取り出す。
 それは、銀に輝く短剣だった。

 「え……剣!?」
 「実はオレ……“こっち”の方が性に合うんだよな!!」
 
 ぐんと伸びる腕は、短剣の矛先を高瀬に向ける。
 咄嗟に長い剣で、高瀬はそれを防いだ。
 金属音が、彼らの耳を駆ける。
 
 「ぬぐぐ……んぐぁッ!!?」
 
 剣で必死防いでいた腕が、急に力を失った。
 長いメヴィの足は高瀬の脇腹に綺麗に食い込む。
 勢いに乗った高瀬の体が、地面の上を派手に転がりまわった。

 「いっ……つう……」
 「やっべ……今ので骨折っちまったかも。いやぁわりいわりい!」
  
 (あの人……脚力まで常人以上だ……っ)
 
 狩野が慌てて高瀬の許へと駆けた。
 蹲る高瀬は、多少の咳を零しながら尚立ち上がった。
 ド素人でも分かる。あの脚の強さも、完全に骨が折られてしまった事も。
 
 「良いねえタフな男の子……物語の基本は諦めを見せない主人公……ってか?」
 「……な、にが言いてえんだよ……っ」
 「そういう、よえーくせにでしゃばる奴……嫌いじゃねーよオレ」

 嘲笑うかのように、楽しむかのように。
 淡々と言葉は紡がれていく。
 高瀬は、しゃんと立つ。 
 
 「た、高瀬さん大丈夫ですか……っ?」
 「ああ、心配すんな! ちょっと……油断しただけだって」
 「清清しいほど強がりだなーお前!」
 「……そりゃ褒め言葉か?」

 ふっと、メヴィは笑った。
 軽く構えた短剣が、ぐっと掴まれた。
 
 「認めちまえよ————————自分は“よえー”ってさ!!!」
 
 踏み出したメヴィに合わせて、高瀬の足もぎゅんと土を踏みつけた。
 再び重ねる剣と剣は、互いに力を合わせて、その力の交差点の中で何かを探っている。
 一瞬、メヴィが力を弱めたのを、高瀬は見逃さなかった。

 「————何!!?」
 
 ダン!! と大きな一歩を、やっと高瀬は踏み出した。
 メヴィの剣を弾き飛ばし、開いた懐に、一気に矛先を向ける。
 
 「ぐはァッ!!」

 口から吐き出された痰は、空に散る。
 メヴィは、高瀬と距離をとった。 
 
 「んなことも……できるんだな……お前」
 「さっきのお返しっつことでっ!」

 すちゃっと、白い剣の矛先が天を向く。
 メヴィもまた服の汚れを払って構えた。
 彼は、ちらっと籠の中にいる神乃に目をやった。
 彼女は、相変わらずの仏頂面で座っていた。

 (……てかあの女……何で出てこねーんだ……?)

 そう、さっきからずっと。
 神乃殊琉は、じーっと2人の背中を見ながら、腕を組んだまま動かなかった。
 実は、あの籠は簡単に壊せるようになっているのだ。
 上級者の神乃も、それには気付いている筈。
 にも関わらずそうしないのには、きっと別の理由があるのだろう。
 然しその理由という奴は、メヴィには見当もつかなかった。
 目の前で仲間がやられているのに、助けに行かない理由が。

 (出てこれねえ“理由”っていうのが……あの女にはありそうだな……)

 そんなシリアスモードも崩すように、ぐでーっとメヴィは表情だけ項垂れた。
 あんまり物事を深く考える方ではない彼は、すぐに考える事を諦めた。
 まあ別にいいやと、そう思った時だった。
 
 「……!? 何だ!?」

 高瀬が握っていた空気の剣は、途端に回りの大気に包まれた。
 台風のように風を纏っていた剣は、その風に巻いたまま勢いよく横に飛び散った。
 風に、消えた。

 「え……お、俺の剣が!!?」
 
 高瀬は剣を握っていたポーズで固まる。
 途端に切れた能力を、高瀬はもう一度発動しようとする。

 「うっ……————【形】!!!」

 再び小さな台風を作り出したが、先程と同じように、空気を巻き横に弾けて消えた。
 
 「あ……あれ? 【形】!! ……? 【形】ってば!!! …………な、何で……!」

 何度も能力を発動しようとする高瀬の後ろで、ごほんとわざとらしい咳が聞こえてきた。
 神乃は口に手を当て、いつもの表情を保ったまま口を開く。

 「ばかね、それがあんたの限界なの。あんたの体がもう……能力についていけなくなったのよ」
 「な、何でだよ!? 俺はまだ……!! ……!!? げほっ! ごほ……っ、げほッ!!」
 「能力を最大限に生かす“体力”が、今のあんたには無いって言ってんの」

 高瀬は、思い出した。
 今日の夜ご飯の時、能力を発動したまま食事した時のことを。
 体力が足りなくて、途中で力尽きてしまった高瀬。
 あれは、そういう事だったのか、と。

 「へえー……なんか知らねーけど大変そうだな? 能力使えないんじゃただの人間になっちまうじゃん!」
 「……くっそ……っ」
 「じゃあ今回はオレの勝ちってことで——————とどめを」

 そこまで言って、瞬間言葉は遮られた。
 途端に暴れ出した空気が、高瀬の時とは比べ物にならない程の大きな竜巻を纏う。
 荒れ狂う大気の中心には、そう。

 「……!!?」
 
 狩野蒼が、整然と立っていた。
 小さな機体を壊したかと思えば、風を纏って。
 メヴィの口元が、歪んだ。

 「さっきから思ってたんだけどさ……お前、おもしれー能力持ってんじゃねーか?」
 「……」
 「やっぱりオレは————つえー奴と戦り合いてえんだよな!!!」

 右腕一つで、メヴィは大気を派手に払った。
 崩れる空気の流れが変わった時、既にメヴィは大きく踏み込んでいて。
 蒼は、腕を上げる。

 「光閃——————!!!!」

 まるで、雨を倒したかのように。
 目の前からまるで細い針が迫りくるように光の刃が牙を向いた。
 然し狩野は、全く動じもせず。

 
 「——————————【惑】!!!!」

  
 全ての刃の、牙を折る。
 当たる直前に、まるで硬い何かにぶつかったかのように、バラバラに針は飛び散った。
  
 この時、高瀬は確かに見たのだ。
 能力者ランク2位に輝く神乃殊琉が持つ“撃する力”と、
 異常な視力の持ち主鬼帝水痲が放つ“弾く力”と、
 
 そして。

 「言っておきますが——————僕は手加減なんてしませんよ」

 それらに並ぶ——————————“惑わす力”を。