ダーク・ファンタジー小説
- Re: 片翼の紅い天使 ( No.23 )
- 日時: 2014/01/05 23:15
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: iaPQLZzN)
- 参照: とりま一時復帰です。(一部の小説のみ)
第019話 長い夜
激しく渦を巻く風。
豪風が吹き荒れる中、高瀬龍紀は目の前にある小さな背中をじっと見ていた。
その人物は、華奢な体とは裏腹に辺り一面の風を片手で悠々と操っていた。
逞しすぎるだろ、と冷や汗が頬を流れる。
(これが……S級……!)
高瀬は、今まで殊琉の能力しか見たことがなかった。
S級は他にも3人いるらしいが、その中でも殊琉は2番めに強いと言われるくらいのもので。
他のS級はどんなもんかと思っていたら、正に度肝を抜かれてしまった。
風を惑わせ従わせるその姿勢は、自身が想像してもいなかったもの。
そう、S級は本物の化け物揃いなのかもしれない、と。
ここにきて改めて実感をさせられたのだ。
「こ、殊琉だけがすげーんだと思ってたわ……俺……」
「まあ、あんまり僕……戦闘に向かないんですけど、ね?」
へへ、と可愛らしく狩野蒼は笑った。
景色の向こう側にいるのは、人間の敵である天使の一族、天ノ旅人。
メヴィウス・ロイド。彼はただ輝く金髪をたなびかせていた。
さっきと違うところを述べるとしたら、表情。
へらへらとした彼はもう、どこにもいなかった。
「はは……すっげえすっげえな、おい……これがS級か……」
「……本気で僕と闘り合うつもりなんですか? ……残念ながら手は抜けませんよ」
「手を抜く? 何言ってんだよおめェ! んなことしたら————」
強風の中を、まるで割くように。
「————最高につまんねェじゃねーかッ!!」
短剣を構え、一気に加速する。
容易く風をすり抜けたメヴィウスは、ずんと狩野の前に出た。
よろめいた彼に向かって、剣を振りかざす。
「もらいィッ!!」
高瀬が叫ぼうとした、その瞬間。
狩野は、表情一つ変えずに。
「————は」
メヴィウスの右腕を、掴んだ。
風が緩やかなものに戻る。
景色に溶けるそれは、一瞬だけ狩野の周りを騒ぎ立てた。
彼の目が、冷たく光る。
「おいおい……お前、何て握力してんだよ……!」
「……!」
ばっ、とメヴィウスは腕を振り払った。
狩野も同時に手を放す。
メヴィウスは、笑った。
「は……————隙だらけだっつの!!」
狩野の足を、蹴り上げた。
「————うわァ!!」
ここにきて始めてひれ伏す狩野は、いてて、と言いながら腰に手を当てた。
完全に不意打ちを突かれた。
「おらよォ!」
再び剣を振り上げた。
さっと空を切ると同時に、咄嗟に避けた狩野の髪が僅かに舞う。
次々と繰り出される剣技に、狩野は全て華麗に避けていく。
「ふう……やっぱ俺も、天章使わなきゃきっついんかなー……っ」
「そうしたらどうですか? 勿体ぶるのもどうかと思うんですけど」
「そりゃあお互い様だろー?」
すっと、メヴィウスは手を翳した。
高瀬は知っている。狩野も、また。
あれは、天族が使う、‘‘天章‘‘を発動する時の構え。
「天滅の章——————光砲!!」
光が螺旋状に輝きを増し、狩野の体に向かって唸り出した。
狩野も、すっと軽く、腕を上げた。
「————————惑!!!」
突如、一定の距離感の中で、空気が歪んだ。
繰り出された光砲も、不自然に折れ曲がった。
光が、消えた時。
「後ろだよ————————少年君!!!」
既に彼は、背後にいた。
「天滅の章——————光閃!!!!」
光輝く金の雨が、狩野に突き刺さる瞬間だった。
「狩野ォ——————!!!」
高瀬が駆け出した、正にその時。
「————————言ったはずです」
力なく佇む彼の、眼帯のしていない右目。
それが、淡く月夜に照らし映し出される。
「僕は手加減なんて——————絶対にしない!!!」
彼の拳が、地面を叩いた。
轟く激音が、光の光線を歪ませる。そう、全て。
まるで止めどなく降り続ける雨を、物理的に止めてみせるように。
それは、決して人間技ではなかった。
「だから————————そっちじゃねーっての」
楽しそうに、笑う男の声。
折れ降る光の雨の中にはいなくて。
狩野は、咄嗟に振り返る。
「天滅の章————————光砲!!!!」
急いで飛び出た右手じゃ、間に合わなくて。
光に溢れた景色だけが、彼の視界を埋め尽くした。
その時。
「————————‘‘形‘‘!!!!」
狩野の目の前に、不透明な‘‘壁のようなもの‘‘が、突如出現した。
彼の目の前で、光は不自然にも四方へ飛び散った。
大きな籠の中で様子を見ていた神乃も、思わず驚いて目を見開く。
「へ、へへ……最後の足掻きだよ、こんちくしょー……」
へろへろっとした表情で、彼はそこに立っていた。
その直後、ばたんと盛大に倒れてしまったわけだが。
メヴィウスは、ぷっ、と小さく吹き出す。
「ははははは!! マジかよ!? 信じらんねーっ!! ぎゃはははは!!!」
「た、高瀬さん!? わわわ……だ、大丈夫ですか!?」
「はー! マジ面白いわ、地族ってやつはよぉ……もう、今回は十分だわ」
メヴィウスはぱっぱと服についた汚れを落として、ひらひらと手を振った。
「もういいわ。今回は退く。また今度遊ぼーな——————地族」
その直後。
あ、とメヴィウスは小さく声を上げた。
「今度はおめえともやらせてもらうからな————神乃」
興味溢れた、子供みたいな顔。
それでもその顔つきは、子供みたいな純粋なものではなくて。
単に、潰し合いたい、そんな表情であった。
彼女は言葉を返すこともなく、寄っかかっていた背中を離す。
やっと終わったかというように息を漏らした。
「あわわわ……! た、高瀬さん……」
「大丈夫よ、蒼。そいつタフだから」
「で、でも……」
「……あんたも、頑張ったわね。やっぱ強いわ」
ぽんと、狩野の頭の上に手を乗せる。
仲間を信頼しきっていたから、手を出さなかったのだろうか。
狩野は、その時そんな風に思った。
「あ、ありがとう、ございます……」
「ほら、面倒ごとにならないうちに本部に戻っておいて。あとはあたしがやるから」
「は、はい! 神乃さんも、お気をつけて」
「分かった」
軽々と気を失った高瀬を持ち上げてさっと消えていく神乃。
それを送ると、狩野も深い闇の中に消えた。
長い夜が、やっと終わる。
暖かい世界の中にいた。
そこはとても心地が良かった。
眩しい光が、瞼に差す。
くっ、と一瞬だけ瞼を揺らしたあとに、ぼーっとしたようにゆっくり視界を開いた。
歪んだ世界は、まだはっきりとは映らなくて。
ただ暖かい世界には潜っていたい気分であった。
「ん……ふぅ……ここは、部屋、か……?」
あまり機能していない頭を揺らす。
何気なく横を見るとそこには、幸せそうに眠る澤上迅。
ああ、ここはやっぱり部屋かと、改めて認識する。
「おはよう、龍紀」
「おう、おはよ……って、うえぇぇえ!? こ、こここ殊琉サン!!?」
「な、何でそんな驚くわけ……」
目の前に、頭の上に白い眼鏡を乗せた神乃がこっちを訳もなく睨んできている。
何故ここに、と軽い頭で必死に思考回路を巡る。
「今何時だと思ってんだよ……」
「あんた、それより大丈夫なわけ? 昨日の傷は?」
「へ……昨日……?」
「ま……見る限り大丈夫そうね。今日はあんまり無理しないでよ」
「え、と……それは、心配、ですか?」
「……何よ」
「珍しいですね、国宝級に」
「なるほど樹海が見たいのね」
「言ってないけど!?」
いつも通りの光景だった。
神乃は、珍しくも少しだけ微笑んで、立ち上がった。
「今日は安静にね。それじゃ」
いつも通り、無愛想にそう言って、部屋をあとにした。
高瀬は、ちらと拳を見つめる。
「……」
思うことがあって、でもそれは簡単に口には出せなくて。
よし、と小さく声を上げて、ぐっと開いた拳を握った。
強くなってやる、とそう思った。