ダーク・ファンタジー小説
- Re: 片翼の紅い天使 ( No.24 )
- 日時: 2014/02/23 19:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: E29nKoz/)
- 参照: ※諸事情により彼の名前を変更しました。
第020話 山の中
ただ広い空間が広がってた。
まるで宇宙にいるかのように、部屋の端は見えない。
真っ白いその空間の中で、金の塗装を施した柱が4本、どこまでも天高く聳え立っていた。
4本の柱に囲まれた中心には大きなカーテンで覆われたベッドがあり、
それに集うように、空間と同じように真っ白い何かが立っている。
真っ白い、大きな翼を持った‘‘天使達‘‘が。
「よー……遅れちまってすまねーな……ふあぁ……」
「……よくも此処へ顔を出せたわね。地族に負け帰ってきた犬めが」
「はは! 油断ってヤツだ! それにまだ‘‘あれ‘‘は使ってねーし」
「使わなかったの? それほどの相手ではなかったということね」
「そういうこった! ま、次は負けねーよ、ヴィーナス」
「貴様にその名で呼ばれるのは気に食わないわ。百万歩譲って女神様とお呼び」
「いやだ」
「殺すぞ天パ」
最後の口調を除けば、見た目は極上の美人。
クリーム色の長い髪は波打っていて、島国を囲う碧い海を連想させる瞳もよく澄んでいる。
ふん、というようにヴィーナスという女性はそっぽを向いた。
「そんなことより、次は誰が奇襲に向かうの?」
「レルカの捕獲はあとでもできらあ。今はヤツらと血を交えるのが先だろ」
「この戦闘バカ。貴様には脳がないの?」
「じゃあボクらが行こうかーっ?」
ひょこっと天パの男、メヴィウス・ロイドの背後から顔を出す少女。
金髪に蒼い瞳の彼女は、いつか高瀬龍紀らと戦火を巻き起こした天使だった。
「……姉さん。実行するなら独断で頼む」
「ウィルマ! またボクを一人にする気!?」
「あーあーもう。まとまんねーな! やっぱ俺が行くしか————」
「聞こえなかったのか阿呆。貴様は負けたばかりだろう」
「じゃあ何だ? 次はお前が行くんか?」
「私は断る。私には、愚民と遊んでいる暇はないのよ」
「そうだとすると残りは……」
ちらっと、メヴィウスは残った一人を見た。
無表情なその顔は、じっと空を見ている。
長くて薄い赤色の髪。それを青い羽を模した髪飾りで2つに結い上げている。
右目が青で左目が赤のオッドアイを持つ彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
大きな瞳に白い肌。とても端正な顔立ちをしている。
「おめーってことになるけど? ハクア」
名前を呼ばれた彼女は、その言葉に何も言わなかった。
くるっと踵を翻してから、振り返りもせず。
「……私が行く義務はない。そして、お前に答える義務もない」
それだけ言うと、その場からさっさと消えてしまった。
怒っているようで、落ち着いた口調。
たった一言だけで、その場の空気が冷たく静まり返ってしまった。
「……それじゃあ、僕が行こうか?」
ハクアが戻ってきたのかと思わせるほどの良いタイミングで現れた少年。
彼は真っ黒の髪に、天衣装ではなくスーツを着込んでいた。
さらさらの髪は風も立たないこの空間で静かに揺れていた。
一見人間のようにも思える。そして背中には————翼はなかった。
「あら久しぶりね……レイン。貴様がここにいるという事は異常事態?」
「嫌だなあ、それは褒めすぎだよヴィエラさん。今日も美しいね」
「……その笑顔は毎度のことながら気味が悪いわね」
少年はくすりと笑うと、すぐに姿勢を整えた。
彼もまた、とても綺麗な顔立ちをしている。
ただその顔に浮かぶ瞳は、決して綺麗とは言えなかった。
悪く言えば、淀みきった色に染まっているような。
「僕に任せてよ。実はこういうの、楽しみにしてたんだから」
彼もまたその場を立ち去ってしまった。
残された天族達は、呆れたように息を吐く。
面倒なことになりそうだと、誰もがそう思った。
レインという少年に続いて、メヴィウス達もその場をあとにした。
カーテンの裏側で、何かが蠢いたのも、感じることはできずに。
(お、おい……ちょ、っと待てよ……え……お、おい……っ)
今朝早くに起きて、朝食を食べ、正に合宿2日目が始まろうとしていた。
今日から本格的に始まるわけだが、生徒達が連れてこられたここは、山の麓。
教師が言うには、普通の学生と同じように山登りをするのだとか。
見た目体力のある者にとっては何の造作もない活動に見えるのだが、
一般生徒から見たら、天辺の見えない高く大きな山は、とても理不尽なものに見えていた。
無論高瀬龍紀は後者の人間であるが、本人が今驚いていることはそんなことではなかった。
なんと集合した生徒の中に、堂々とレルカ(魔族)が混じっているのだ。
「お、おおおおい!! こ、殊————むぐぅっ!?」
思わず声を張り上げた高瀬の口を、息と止めるかのように塞ぐ幼なじみ神乃殊琉。
緩いウェーブがかかった髪が揺れる。
「……ちょっと黙って。このまま息の根止めるわよ」
「…ふぁい」
然しながら、高瀬の冷や汗は止まることを知らなかった。
何故隠れているはずのレルカが堂々と生徒に紛れている。
そして何故誰もそこに触れず、普段通り友達とお喋りなんかしているのか。
普通集団の中に真っ赤な翼が片方だけ生えた人物を見つけたら騒ぐも同然だろう。
もしかして自分がおかしいのか、とついに高瀬の脳は狂い始める。
「と、いうことで今から4人1組のグループに分かれてね! 余ったら5人とかにして……」
は、と高瀬は気がつく。
先生の話をいつも通り聞いていないので、当然のように神乃に問いかけた。
「4人1組って?」
「やっぱり話を聞いてないのね……今から山登りをするチームよ。基本は4人だけど、5人でも良いってさ」
「チーム?」
「一人だけじゃ、登るのが厳しいってことかしらね」
確かに、目の前で天の奥まで高く聳える山は本当に登るのに苦労しそうだった。
誰かと逸れて迷子にならないようにするのも兼ねてのチーム構成なのだろう。
「ふーん……」
「不満そうね。どうしたの?」
「だってレルカが!!!!」
「声がでかいわ!!」
叫んだ高瀬の腹に痛恨の一撃。
一瞬だけ嫋やかに流れる川が見えた彼は、そのまま気を失った。
ぐたっと項垂れる彼を、神乃は顔色も変えずに抱え込んだ。
「さ、あたし達はどうする?」
「もちろん一緒に組も〜?」
「そうね。澤上は?」
「右に同じ! たっちゃんも強制なんだろーい?」
「当然よ」
「わ、わ! 待ってくださいっ!」
「遅いわよレルカ————これで全員ね」
さて、というように。
6人(若干一名気絶)は森に向けて歩き出した。
深い深い、森へと。
(ぬ……う、うう……?)
視界の中は薄暗かった。
ただ微妙に自分の体は揺れていた。
地味に見えた世界の先に、レルカがいた。
「レルカ!?」
「!!? ちょ、いきなり起きないでよ!! 何なの!?」
「あ。……お、おはよう、殊琉」
「下ろすわよ」
どさっと体ごと地面に叩き落とされた高瀬。
いてて、と頭を擦った時、すっと白い何かが自分に伸びてきた。
顔を上げると、レルカがにっこりと笑っていた。
自分の手を、差し出して。
「大丈夫ですか?」
「お、おう……」
レルカに引っ張られて起きる高瀬。
辺りはだいぶ暗くなっていて、風も強い。
そろそろ日は落ちるだろう。
「どのくらい経ったんだ?」
「結構経ったわ。多分、あれが今夜の寝床ね」
「へ?」
「聞いてなかったの? 今日というか、今回の実習のこと」
神乃はまたかという呆れきった表情で深い息を吐いた。
口を、開く。
「‘‘能力を使わずして頂上へ辿り着け‘‘————————これが合格条件よ」
何のことだかさっぱりという表情。
高瀬は出発前、理不尽にも寝ていた自分を少しだけ恨むことになる。