ダーク・ファンタジー小説

白と黒の境界 ( No.124 )
日時: 2013/02/16 13:42
名前: 和里 ◆OoRkf/r0Hw (ID: uwZWw1uD)

  *****


 あーあ、つまんねぇな。

 レンは身体中を血に濡らしながら、先程命を奪った<物>に足をかけて軽く蹴り上げた。少しだけ浮いたそれは重い音を出して地面と抱き合い、転がっていく。
 本当に手応えのない連中だった。数こそ多かったものの…。
 すぐ片付いた。

「折角見せてやったのに………呆気ねー」

 レンはその髪を血で赤く、瞳を深く鮮やかな赤で染め上げており、ある種の妖艶さを纏っている。
 レンは頭の上で指を組み合わせ、軽くのびをする。誰が見ても、この惨状とは釣り合わない仕草だ。
 幾人もの敵兵が斬り伏せられ、そこら中に体液やら臓物やらを撒き散らしている。赤黒い血溜まりという名の水溜まりが数え切れないほど作られている。
 また、壁にも飛び散ったのであろう血液。まるで小さな子供が悪趣味な落書きをしたかのように。
 常人が見れば吐き気を催すような代物だが、中心にいる人物は何事もないかのように振る舞う。
 レンは近くで崩れている家屋の瓦礫からちょうどいい高さのところを無意識に探し、そこに腰掛けた。足を宙で漕ぐ。
 そして小さく息を吸い込み、よく通る声を発する。

「なあ。そろそろ出てきたらどーよ、下界のかた?」

 しばしの静寂の後、何者かの低い足音が響く。方向は定かではないが、確実にこちらに近づいている。そして、一度途切れ——。
 ふらふらとさ迷っていたレンの視線がある一点で停止する。そして睨みつけるように対象をざっと分析し、やがて興味を無くしたかのようにその視線は再び宙を泳ぐ。
 レンの視線が止まった場所、ある家屋の屋根の上にそれはいた。白に水色の線が入ったコートを着た人物。

「ほらよ、後は自分でやんな」

 そうぼそっと呟いた。そし徐に眼を閉じ、5秒後、また開いた。
 その瞳は空を思わせる透き通った鮮やかな水色だった。

「大体わかった。………はぁ……またこんな……」

 再び呟くレン。そして再度視線を白いコートの人物へ投げた。その眼は獲物を見据える肉食獣が如く鋭い。

「で?貴様は誰だ?」

 そう言う口調も刺々しい。
 しかし、コートの人物はそんな事を気にする風もなく返した言葉は軽かった。

「ククッ、呼んどいて誰とか言っちゃう?まあいいけど」

 その後、シシシッと気味が悪くなる笑い声をあげ、フードに手をかけた。
 そこから現れたのは、レンと同年代かその上と思われる男性の顔。真っ先に眼がいくのは<ここ>では滅多に見られない見事な黒髪。だが、長いわけではなく、短く切ってある。しかしなぜか前髪だけは長く、両目を隠すほど伸び、その口元にはゆがんだ笑みを浮かべている。そのため、やや不気味な印象を受ける。

「オレはご覧の通り、黒龍の<黒>だよ」

 そしてレンを指差し、

「あんたら<白>の反対のな。クククッ」

 レンはさして驚いた様子も見せず、平然と返す。

「<アクセプト>を追放されて、黒龍の誇りを捨て去った反逆者が何のようだ?」

 レンが言った固有名詞の意味は不明だが、その言葉には敵意が含まれていた。

「あれ?不服?それとも兄上の方がよかったかなあ?」

 ニタリと口元に笑みを浮かべ、わざとらしく、大きめの声で問うた。
 その言葉を聞いた瞬間、レンの肩がピクリとはねた。その口が小さく開いたが、そこから意味を持った言葉が出ることはなく、すぐ閉じられた。
 レンは感情を無理矢理身体の奥に押し込め、出来る限り冷たく返した。

「何のことだ」

 男の口元に張り付いた笑みが薄気味悪く感じる。さして時間を要することなく男の口が開かれる。

「いいんだぜ、我慢しなくったって」

 そして男は自慢げに続けた。

「大丈夫、オレ様に抜かりはないからな。折角会えるっていうのに、手土産もナシじゃあ失礼だろ?」

 その言葉とは裏腹に楽しそうにしている男にレンはなんと返したら良いのか判らなくなった。

「…………」

「そんな怖い顔するなって。綺麗な顔がダイナシだぜ?」

 顔に関する発言の所為で一瞬だけ、フードをかぶろうかと思案してしまったレンだが、今被ってはいけない気がしてそのままにした。

「何が言いたい?」

「そんなに早くお土産ほしいの?」

 話が噛み合っていない…。
 小さい子供が親に早くプレゼントをあげたがってるみたいな。

「…誰が土産だって?ん?」

 新しい声が降る。
 それと同時に、男の横に新たに1人、現れた。フードは被っておらず、鮮やかな銀色の髪を後ろで纏めている。極端な段をつけているのか、髪の毛の3分の1ほどは後ろで結われていない。その眼は空のように青い。目元はすっきりとしていて爽やかな印象を受ける。
 そんな容姿に加えて、やや丸みを帯びた声。

 ——その瞬間、レンの心臓が凍った。

「——!!……………兄様…………?」

 ようやく絞り出したその声に銀髪の男は微笑んで返した。