ダーク・ファンタジー小説

Re: 蒼色の殺し屋 ( No.4 )
日時: 2012/04/23 23:19
名前: 牛鬼 ◆ZdPdHqmtMA (ID: wxv5y7Fd)
参照: 一時保存

ー參章ー

受話器を片手に、Tシャツにジャージと言う姿でシャワールームから出て来た椎也は、電話の向こうの誰かと話しながら、散らかった床に落ちた物を器用に避け、9インチ程の小さいテレビの前に置かれた座椅子に腰掛ると、冷蔵庫から取り出したと思われる缶のコーラを開けて一口飲んだ。

『つまり、逃したと?』
「そうだ」


一時間ほど前に煙幕で逃した能力者の女が使用していた能力は『カリグラフィー』と呼ばれる。
カリグラフィーとは先ほどの煙幕のように筆で書かれた文字を具現化させたり、筆で描いた絵を具現化させたりする能力で、使用方法は攻撃に留まらず、治療などの様々な場面で凡庸できる。

『珍しいな、お前が逃したなんてよ』
「端から殺す気はなかったんだ、奴から殺気は感じられなかったしな」

先ほどから椎也が電話で話している相手は、椎也と同じ孤児院に暮らしていた同い年の能力者の黒崎姶良。
彼もまた両親に捨てられていた。

『厄介な奴が街に来たね…』
「カリグラフィーはこの街には少ないよな、それほど見た事がない」
『カリグラフィー自体珍しくは無いんだけどね、大体は幼少期に殺されるかするから見る機会は少ないね』
「餓鬼は字が書けないからな」

カリグラフィーは字を書けないと能力の意味を成さない。
つまり、字を書けない幼少期は能力を発揮できないので他の能力者に殺されやすい。

『生き延びる例が少ないだけに、できるならば敵であって欲しくないね』
「それは能力に関する興味か?それとも…」

受話器から爆音が流れることを悟った椎也は、耳から受話器を離した。

『違うわっ!!!!』

真面に聴いたら鼓膜を破る程の爆音が、受話器から四畳半の散らかった部屋に響いた。

「冗談だ」
『そうじゃなかったら今から殺しに行くよ』

姶良の殺意の込もった言葉。それに対し椎也は、おー怖い怖い、と言った顔で電話の向こうの姶良に作り笑いをする。

「とりあえず奴には警戒しておけ、何をしようとしているのかわからないからな。」
『了解』

最後に重要な事を伝え、椎也は電話を切る。
そして床に脱ぎ捨てられている血塗れのシャツをゴミ箱に突っ込んで、倒れる様にベットの上にダイブした。

明日はなんと説明するか…?

椎也はしばらく、天文部の部員にどうやって能力者から逃げ切ったか説明する口実を探す。
勿論、椎也自身、本当の事を言うつもりは毛頭無かった。
能力者である事を隠さなければならないのだから。
ふと時計を見ると、既に十時を回ろうとしていた。

「もう寝るか…」

散らかった部屋を見渡し、大きく深呼吸した後、そのまま目を瞑って眠りについた。


**********


霧で輪郭のハッキリしない、ぼやけた世界。

ただ真っ直ぐ延びる道。

ふと俺はある事に気がついた。

俺は何故かその道を歩み進めていたのだ。

建物も何も無いのに、粗末に舗装された道は、無意味に永遠と続いている。

道は霧でハッキリと見えないが、街頭の灯は曲がる事無くただ真っ直ぐ続いている。

「…………?」

気配を感じた俺は、立ち止まり後ろを振り返った。

「…………!?」

目を疑った。

後ろには、俺が今までに殺して来た能力者達が立っていた。

俺は混乱しながらただひたすら、永遠と続く道をただひたすら走った。

何故其処に居るのか。

何故生きている。

何故。

何故。

何故……

「君の魂の中で僕達は生きている」

目の前には小学生程の男の子が立っていた、そして、気がつけば既に後ろには奴等の姿は無かった。

「君が強い能力を使っていられるのも、僕達が君の魂の中で生きているから」
「僕達をどうか忘れないでよね、椎也」

その少年は満面の笑みでそう言うと、霧の中に消えて行った。

「まさか、お前…」

再び走り出した。

霧の中に消えた少年を追いかける為に。

おかしいな、いくら走っても追いつかない。


「ちょっと」


突然聞こえた声と共に、目の前に有った筈の道は消え、世界は漆黒に包まれた。

先ほど聞こえて来た声。
直接的に聞こえて来たあの声……、何処かで聞いた覚えがある。

「ちょっと、起きてくれないかしら?」


目を開いて先ず最初に見えた物は、見慣れた天井だった。
まだ視界がハッキリせず、ぼんやりとしているが確かに家の天井だ。
ここは俺の家だ。
そして今、俺は今までの出来事がなんだったのか、漸く全てを覚った。

そして一つ疑問が浮かんだーー

「何でお前が俺の家に居るんだよ」

目の前に居たのは、あの大男を真っ二つに斬った『カリグラフィー』の女だった。
一体どういうつもりなのか、女は、寝ている椎也の横に腰掛け、唇に触れるのでは無いか、と言うくらいに椎也の顔に極限まで顔を近づけている。
散らかった部屋を見渡し、先ほどまであった筈の刀を探すが見当たらない。

「安心して、私は彼方を殺しに来た訳じゃない」

彼女の言う事は本当らしく、彼女は無垢な目映い笑顔を椎也に向けて見せる。

「とりあえず顔を離してくれ」

そう言い、椎也は退いてくれ、と彼女の肩を押し退ける様な身振りをする。
彼女は顔を離して、真面目な顔で口を開いた。

「私は彼方の敵じゃない、寧ろ感謝しているわ」