ダーク・ファンタジー小説

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.17 )
日時: 2012/11/26 17:26
名前: 名純有都 (ID: SfeMjSqR)

第二章 Tense the night
 (はりつめた夜)


 カーン、と高く金属音が鳴り、リョウははっと息をつめた。そのあとでまた断続的にカーン、カーン。
 開けた窓から、明らかに“シュヴァルツ・クロウ”に近寄る音程が聞こえてくる。
 エージィは当面中枢に縛られて自由が利かない。この時間に探偵事務所を利用する人間はいないし、そもそもの利用者が珍しい。
 感覚がせばまるほどに音が大きくなる。

カンッ

カン カンカンカン—————。






まるで………まるで金属の棒を地面に打ち付けて近寄ってくるような。
 


 


 からかう表情から一変したリョウに、ヘイリアもはっとする。

 この時間帯に、出歩く人間は「ヴァロック・シティ」には(例外はあるが)いない。

 それに、物が落ちた、ただその程度ではこんなに生々しく接近するような気配はしまい。
 静寂の夜ではあったが、あまりにその音は鮮明だった。
 静かな中近寄る、何者かの影。人数はわからない。ただカンカン、と焦らせる、金属音。

 ゾクッと悪寒が走る。

…迷惑な。そう言ってから、はやりそうになる呼吸を抑える。
 こんな経験するぐらいなら、武術の一つや二つ、段とか級取ればよかった。

「————先輩」

「……極力声を出すな。なんだ」

「おそらく、凶器は鉄の練習試合用バットと思われます。音からして、一人だわ。……ヴァロックも落ちぶれたものです」

「さすがお前の耳。でも、その先は言うな。検討は、二人とも無傷で助かった後だ」

 一オクターブほど低くなった声音に、リョウは微かに苦笑した。どうやらヘイリアは強がっているらしかった。

「無理しなくていい。俺が見てくるから、お前はその辺のフライパンでも持ってろ。包丁はだめだ、奪われたら本末転倒だからな」

「…気をつけて下さい。貴方も饒舌(じょうぜつ)でいられなくなったらおしまいよ」

「心配するだけ無駄だ、ヘイリア」

 笑って見せる。心配させないように、嫌みの一つぐらい言ってもいいだろう。
 リョウは鉄製の細長い棒を傘入れの中からみつけ、握りしめた。フェンシングもどきは、少しかじっていた。…ではなぜカラテや柔道をやっていないんだ、と自分をなじる。

 階段を上ってくる足音。ヘイリアはドアに鍵を掛けてなおかつコンクリートブロックと棚を置き、なけなしの防御壁を作る。そして、なぜか彼女はリョウの私物である「ダイコンオロシ」を手にしていた。

「奥に行け、所長の部屋に隠れろ」

「逃げ場がないのは嫌」

カンッカンッ

「……ああもう、勝手にしろ」

「…来ますよ」

 

 ————ヘイリアの予想通り、一瞬の静寂の後。唸るような怒号でドアは猛烈にひずんだ。

 バァン、と叩く音は、まさにヘイリアの言ったそれの打撃音である。

「この、気違い野郎めが……」

 ヘイリアがドアの先の人影を睨む。リョウは尚更きつく鉄の棒———よく見たら杖だった———を握る。

「ドアが壊れて侵入されるのも時間の問題だ、ヘイリアやっぱ奥いけ」

「無理です。あんたみたいな貧弱に全部任せろっておっしゃいますか」

 バリン、とドアに取り付けてあった鏡が割れる。散乱する、ガラス。
 その拍子に、人影の表情がちらりとのぞいた。ヘイリアが息をのむ。




———————————————幽鬼。正しく、その表情であった。




 目は落ちくぼみ、頬はこけ、髪は薄く痩せ細り健康管理の行き届いていない、そんな男の顔。
 しかしその眼は爛々と不気味な鋭さをたたえて、枝の様な腕はただ無心にドアを打ち砕く。面白半分といった感じではない。ただただ、不気味であった。



(—————殺人衝動!?)



 いやもしくは破壊衝動。もしもそうならば、この男は。


 ついに大きく音をたてドアは木くずを散らし始めた。
リョウは、ひるんだ。しかし己を叱咤(しった)して、からだの部位が確認できるようになった人影に杖の先をさだめる。


 金具が軋んでいる。ドアの形は内側に歪み、ぱらぱらと木くずをこぼす。もう後がない。あちらのスタミナ切れは願えなかった。

(エージィになんていいわけしようか)

 あいつ気に入ってやがったのに、壊しやがって。弁解すんのは俺なんだぞ。

 ひときわ、強く鉄バットが打ちつけられた。
あ、とヘイリアが漏らし、リョウは低く身を屈めて後退した。


 スローモーションのようにドアが倒れる。


 リョウは竦んでいた足が一瞬で跳躍するのを感じた。接近する。
 リョウは願いをかけ、男に一言を許さず鳩尾(みぞおち)に鋭い一撃を放った。