ダーク・ファンタジー小説

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.22 )
日時: 2012/12/22 18:52
名前: 名純有都 (ID: jmwU8QL1)

【最初で最後の口付けは儚い】

【決して叶う事の無い願いも】

【消えそうな泡沫に燃えゆく】



【世界が愛したのは、だれ?】





第三話 一章 Probably bitter?
(苦しいでしょう?)




「—————ッ!」


 珍しく平静を失った瞬間だった。
レインはベッドから跳ね起きて、しかしすぐに力なく膝を折る。

 痛いほどに、心臓が早鐘を打っている。


「あ、ッ」
 声さえも満足に出なくなって、鼓動は呼吸を急かしていく。
 汗が滝のように溢れだし、震えが止まらなくなる———。



「レイン様!?」

 テトラが慌てて駆けこんでくるのが、滲むレインの視界に見えた。

「平気、すこし、すれば、……おさまる、から」

「発作ですか」

 察した彼は懐の薬袋を取り出して、ベッドの傍らにある水差しをレインに飲ませた。

 そして、己の口に薬錠を放りこみ、




「………失礼します、レイン様」




 ————————くちづけた。


 レインは一瞬驚いたようにその赤眼は見開かれ、しかしその表情は嘘だったかのように取り繕われた。目を閉じる。テトラの舌が己の唇をこじ開けてくるのに任せた。
 実際、跳ねのける力も、今の彼女には無い。テトラはあくまで事務的に、レインに薬を飲ませているのだ。そう、思うことにした。
 
 だが、その口付けは長く、とても長く感じた。


 やがて、テトラが唇を離す。
 この男に女に抱く欲望は無いのだろうかと、ふと考えた。まあ、レインが相手なら理性的なブレーキがかかるのかもしれない。
 自分が男なら、確実に舌入れる、なんて馬鹿なことを考えていると酷く丁寧に、繊細な手で抱きあげられた。

 テトラを攫った———彼は、雇われたと思っている———あの日、彼は『過去などいらない』と泣いた。あのときから、5年か。あのときテトラは14で、まだ少年と言えたであろう。今はもう、背は追い越され彼を軽く見上げなければならないほどだ。
 

 私が催眠する力を持っていなければ、彼はいつかもっと深い苦しみにさいなまれただろうか?


 否、違う。レインは、恐れていた。事実を知って、しかし逃げようともしないやさしいこの青年を失うのが、怖いのだ。
 きっと、このしなやかで毅いテトラと言う青年は。苦しみにも、曲がらずに乗り越えるだろう。今の彼なら。


「……貴方は、僕が悪夢を見たときはいつも、おとぎ話をしてくれました」

 また優しく、ベッドに降ろされる。四肢を投げ出したまま話を聞くレインの肩に、テトラは自分の上着を着せた。
 彼の双眸は危うげに澄んでいる。

「貴方は、僕が何かに怯えているのを知っている」

「—————今は、言えない」

「そして、貴方も…レイン様もまた、何かを恐れている」

 一呼吸を置いて、テトラは問うた。殺伐とした瞳で、返り血を浴びたまま帰ってくる姿とは、まるで違う。
 彼女は、今ただの美しい女にすぎない。


「何に、怯えているんです?」


 その赤い眼は一瞬、炎のように揺れた。