ダーク・ファンタジー小説

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.24 )
日時: 2012/12/30 19:46
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

第三章 She is far away for brilliant
   (まばゆく、それゆえに遠いひと)

 日常だった。
 日が苛々するほど照り、乾いた空気が喉を乾涸びさせる。
 スラムでは毎度のようにドラッグ交渉がなされ、それを知らないふりをして通り過ぎる。
 ただの、エルサレムの日常であった。といっても、隠れて小銃を携帯する日常があるのかと苦笑するしかないが。
 そう、何度も言うが日常、「だった」。

 たった今、その日常は一人の目の前に立つ人物に覆されている。

 突如として、異質な人物が現れた。そのひとは、本来ここにいるはずのない者だ。
 暑苦しい白の礼服、しかし汗も焼けた後も見られない肌。帽子からこぼれる銀髪。
 明らかに、自分の知る人物で言えば一人しかいない。
 その人は、ダンッと地を蹴った。
 その瞬間に、白い残像は瞬く間に目の前にあらわる。手袋をはめた手に人の命を奪う凶悪な武器が握られているのを見て、

「——ッ何の誤解だ、レイン!!」

 ……叫ぶ。その凶器は、サラディーン・アスカロン・シオンのちょうど目と鼻の先で寸止めされた。

「……なんだ、貴方じゃないの?『エルサレムの英雄』の子孫」

「何のことだよ!!やめろよ、その呼び方。てか武器を降ろせ」

 レイン・インフィータは先ほどの殺気が嘘のようにおどけて戦闘用のぎらついたナイフを降ろした。
 ぞっとする、この女は本当に人間か。というより、何の連絡もよこさずにいきなりこの地に来るのもなんだとおもう。

「あら、サラは冷たいのね。せっかく会いに来たのに」
「だとしたら、何で襲うんだ……」
 理解不能である。美しい女は、相変わらず涼やかに笑った。
「一種の愛の表現かもね?」
「白々しいわ!」
「——可能性あったと思うのだけれど」

 急に、レインが声音を低めた。周りに集まりつつある視線と、彼女にとって相手にもならない殺気を見つけたらしい。

「全く、エルサレムといえどもこんなものよね。聖地カナン……「乳と蜜の流れる土地」だなんて、それこそ白々しいと思わないこと、サラディーン」
「それ、俺の前で言うのか、悪魔さんよ」
「ふっ、でも貴方は汚く、でも聖家よりもずっと強く生きているわ。だから私に出会えたのよ。不思議なめぐり合わせね。ヴァチカンを憎む貴方と、ヴァチカンで罪を犯した私。——今話している暇は無いわね。
 邪魔、よッ!!」

 振り向きざまにレインは飛ぶようにして振りおろされた鉄パイプを避けた。
 サラディーンはいつものことながら、その素人の攻撃を防ぐ。
 レインが素早く背後に回り込んで手刀をかまし、それで終わりだった。

「お前、ヨーロッパで殺人鬼とか言われてなかったっけか」

「ここでまた話を大きくするつもりは毛頭ないわ。
——サラ、嘆きの壁まで案内を頼むわ。そこでゆっくり、話しましょうか」


§ § §


 所変わって、ユダヤ教の聖地、嘆きの壁。
 多くの祈りをささげる者たちの中で、静かにレインは呟いた。

「悪いわね、完全な誤解だったわ。どうやら、しらみつぶしで私は目的を探すしかないみたい。ここには、今日ついたばかりよ。
……テトラには内緒で来たの」

 はぁ!?とサラディーンは声を上げる。しーん、と水を打つような静寂の中で、さほど大きい声でもなかったのにはっきりと響いた。

「——テトラ少年、怒るぞ」

「致し方ないわ。……本当、ごめんなさい。いきなり押しかけて挙句殺しかけたわ。なのに貴方って人は、まだお人よしなのね」
「こんな街に居ると、荒みたくもなるがな。まぁ俺はこの性質のおかげでお前から『彼ら』の情報を貰えてる」
「はは、そうね。私が貴方に催眠をかけないのは、お互いのメリットになるからかもね。焦ってるのよ、柄じゃなく焦ってるの。珍しいでしょう」

「……何があった」

 日が、暮れ始める。黄昏が、レインの銀髪と赤眼を染め上げた。
 美しい、誰でもそう思っただろう。

「私の犯罪が、模倣された」

 苦々しい表情だ。サラディーンは何も言わなかった。

「つまりは、誰かがそそのかした。私の、この催眠というちからを知った上で、私を知る者が、誘発した」
「だからって、相当離れた距離の俺んとこまで来るかよ……」
「それもそうなのよね。テトラに黙って来ちゃった、後々面倒なのよね」
「第三者なら、お前の関わったところまで一度行ったらどうだ」

「——私またヴァチカンに行かなきゃいけないわね」


 ヴァチカン。
 すぅっと血の気が引いた。
「行く気か?」
「それしかないわ」
「では、どうする気だ。ついでに、とか言って全部の元凶でも断ち切りに行くのか」
「そうね……法皇殺したら私って、どういう人物?」
「——もはや、殺人鬼ではない。災厄そのものだ。神に仕える者を殺すってことは」

「————ねぇ、サラディーン。法皇って、過去の歴史にうずもれた犯罪者なのよ、知ってた?」

 艶やかに微笑んだ悪魔を、男は見つめる。

「彼らはね、この地を求めて何度も人を殺しているの。




そして、今も」


 ついに、サラディーンの眼は極限まで見開かれた。
 彼女は、言外に、……何を言いたいかなんて簡単に見当がつく。



「貴方の情報屋にすぎないレイン・インフィータが貴方にお願いするのは、図々しいけれど貴方にとっては目的を果たす第一歩よ。聞いてくれる?」

 彼は、沈黙で肯定した。レインは真摯な眼で、見つめる。
 初めて会った時も、こんな眼をしていた。



「——「ヴァロック・シティ」に来て。白き悪魔(ブラン・ディアブロ)の最後の殺人は、貴方に見届けられる必要がある」