ダーク・ファンタジー小説

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.25 )
日時: 2012/12/31 13:25
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

間章 The sity of the dawn〜sacred place〜 上
  (夜明けの街〜聖地にて〜)

 聖地と人が呼ばう土地で、人工の光が全くない中サラディーンは満天の夜空を見上げていた。
 なにが聖地だ、と彼はこの地を時に憎むことがある。過去に起きた戦いはその清浄さを求めて勃発した汚いものだ。
 なにが、綺麗で。なにが、汚いのか。
 はっきり言えるのは、今自分が死にそうになっている様は世間からして汚く、そして見上げた星空は誰から見ても光輝いて人々を照らしているという事だけだ。
 まあ、この薄汚いと都市の人間にさげすまれるスラムも、誰から見ても、汚いだろう。しかし、人間のともす光が無い中で見る夜空は、自分たちにしか見られぬものだ。スラム街に生きる者だけ。
 ただし、その「格別」を手に入れるためには生き死にの覚悟がかかってくるのだが。
 人は苦しくなると耐えるために上を向く。眼前に展開される現実から逃げるために。

「……いってェ」

 彼は刺された脇腹を手のひらで確かめ、それは「刺された」というよりも「裂かれた」という表現が正しいことに気付いた。
 生温かい血が、服に染み込みさらに土にまで降りて行く。臓器に損傷がない分、まだ生きられるかもしれないが、気心の知れた友人なんぞいない。
 孤立無援、彼の、サラディーンの状況はそれだった。
 まあ、これでも襲来はすこぶる遅かった。
「今更過ぎて笑えるわ……」
 痛みによって星の瞬きがぶれる。

「『エルサレムの英雄』の血族なんて、今更殺して何になるっつーんだ」

 どうせ、都市化がわずかに進んだ方に奴らはいる。「聖家」と呼ばれるかつての戦いでエルサレムを守った者たちは、今は甘い汁を吸って歓楽しているだけだ。

 痛みが忘れかけていた頃にぶりかえす。
 呻き、脳裏にはとある人物が浮かぶ。

「おやじ」



 十字軍との戦い。



 それを機に、「サラディン」という名の彼の祖先は英雄となった。
 英雄の血と崇められ、この腐敗した時代にいたる。
 もちろん、その英雄の血とやらは他の「聖家」もろとも下らない争いに巻き込まれた。
 サラディーンは「サラディン」の血を濃くひいている。だから、ほぼそのままに名はサラディーンになった。

 少なくとも、サラディーンは小さい時だけ都市にいた。
 そして、このスラムに逃げた。好奇心からではなく、都市は彼にとって檻であった。規制の緩いスラムまで、ただその一心。
 思えば、自分はよほど幸運であったと思う。
 「聖家」の紋章がついたマントを着て、スラムに入る少年。護衛さえつけず。

 そして、サラディーンはスラムで逞しく生きる一人の男に拾われた。

 名は無かった、男はこの場所で生まれ、ここで生き続けた数少ない人間だった。
 敢えて言うなら、彼は「テンス」とだけ、言った。
 男と出逢えたのが、サラディーンの幸福だった。

 テンスは強かった。まだ生きる術など知らぬサラディーンに、何かに飢えたスラムで、生きてゆくための戦い方を教えた。
 いつしか、そんな屈強なテンスを、サラディーンは尊敬し父親と思っていた。
 この人のように、運命に順応して、俺も生きて行けたら。一度は抗って、あの檻から抜けた。ここからが俺の運命ならば、ここからがはじまりだ、と。

 しかし、覚悟のつかの間。全部は、聖家に打ち壊された。
 スラムへの襲撃。そして、匿われていたサラディーンの発見。
 ——テンスの、生死不明の情報。

 薄汚れたサラディーンを見て、聖家の長が言った。

『血を守れぬものは、即刻排除する。英雄の血を穢した罰だ』

 しかし、何年も警戒しながら過ごせども刺客は来なかった。
 タイミングが、今になって来た。そういうことだろう。

 もしここで死ぬのなら彼は後悔する。

「クソ……俺は——何がしてぇんだ」

 力が抜けてくる。
 走馬灯が流れて行く。
 死ぬ前の現象なのか、目の前に星の光に似た銀がひらめき——。


「……私は薄汚く、でもしぶとく生きて見せる男は案外好きよ」


 ——幻覚か、それとも天使が俺を連れに来たのか。
 滲む視界のなか、異質な白のタキシードに……その赤い眼以外は全て、白だ。
 辛うじてはっきりと見えているその顔の造形は、恐ろしく整っていてまるで人間味が無い。
 男にも女にも見える、あまりにも美しすぎて。性別をなくした、そう天使の様な。口調からして、女だろうが。
 面白がっているような薄紅の唇に反して、その眼は真摯であった。

「生きたいなら、助けてあげる。スラムで死に行く者の中で、貴方の死にかけの眼にはまだ生気があるわ」

「……信じられるかよ。胡散臭い恰好の奴なんか」

「——言うと思ったわ。スラムの人間らしい。合格よ」

「意味が、わからん」

「私はレイン。レイン・インフィータ。貴方の意思に関係なく、貴方を助けるわ。残念抵抗は無駄」

 気付けば体が動かない。
 なんだ、超能力か?そう思ってレインと名乗る女を睨む。

「ああ、動かないでしょう?催眠よ。気にしないで。un,deux,trois」

 フランス語。
 その言葉を認知した時には既に、意識は薄れていた。