ダーク・ファンタジー小説
- Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.26 )
- 日時: 2013/01/01 12:30
- 名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)
間章 The sity of the dawn〜sacred place〜 中
(夜明けの街〜聖地にて〜)
浅い眠りだったのだろうか、サラディーンは夢を見ていた。
これが夢だと、わかっていた。
そう、これは夢。だから、俺は刺客に殺されかけて夢の中で生死をさまよってるんだ。
「じゃー俺、死んだのか。それともやっぱ、夢か」
じゃあ、あの天使みたいな……レインとか言った、あの女もこの夢で出会ったのか。
「夢じゃなくってよ、スラムの若者さん」
スラムの饐(す)えた臭いが一気に鼻腔に入ってくる。
「お——、ッお前!」
「起きたそばからそれ?礼の一言くらい欲しいものね」
その声の主は、昨晩の女だった。
レイン・インフィータ。この薄汚れた環境の中で、異質に際立つ純白。
鈍い痛みが戻ってくる。ここは、自分の家だ。おんぼろで不衛生な。 脇腹には、ぞんざいな環境にも関わらず清潔な包帯が巻かれ、さらに自分の体の下にはなにやら高そうな布。
——冷たい感触がした。ついで、消しきれない血のにおいも。
「……俺を、助けた、のか?」
「あら、言ったじゃない。貴方の意思に関係なく、私は貴方を助けると」
そういうレインは、タキシードを羽織っていなかった。それはつまり、
「おいおい、お前、自分の服を……痛ってェェ!!」
「無駄口は慎みなさい。どうせ運ぶときに貴方の血に汚れたからいいのよ。スペアなんて、いくらでも持ってるわ」
傷口を鷲掴み、彼女は平然と言ってのけた。激痛に悶えるサラディーンに、「あら悪いわね」と反省していない顔で言う。
「でも、こうでもしないと貴方洗って返すでしょう?こんなもの洗って返されても私が困るのよ」
実に正論だった。言われなければ、サラディーンは必ず洗って返そうとするだろう。
彼はうぐ、と歯噛みして、改めて目の前の女の顔をながめる。
眼が、赤い。
そして、同じく異質なプラチナブロンド……銀髪が正しいか。
「……ああ、この眼?私、アルビノだから」
「二万人にひとりっていう、あれか」
「そうみたいねぇ。でもなぜか私、体は普通の人間より丈夫で、どうやらアルビノらしいアルビノじゃないみたい」
わずかに、自嘲の笑みがこぼれ、しかし彼女はすぐに取り繕った。
「貴方はなんで倒れていたわけ、大量出血、しかも深い刺し傷で」
少し引っかかる所がある。なぜ、名前を聞いてこないのか?
疑問を仕舞い、サラディーンは黙りを決め込んだ。
「……俺からは、言えない」
「へぇ、じゃあスラムの性質が悪い奴に襲われたってわけ?」
「……そうだ」
「顔は見えた?」
「見えなかった」
「嘘ね」
ぴしゃり。
と効果音がつきそうである。レインは、サラディーンの隠したいことを見抜いたのか。冷や汗が彼の背を伝う。
「私は、『顔は見えた?』と聞いた。意識して聞いていないなら、イエスかノーのはずよ。なのに貴方は『見えなかった』と間を開けずに言った。つまり、貴方は『顔が見えなかった』のに『スラムの性質が悪い奴』だと断定したことになるけれど?」
なんてやつ。
サラディーンが思ったのはそんなことだ。こんなに洞察力があるものなのか。
「それにね、貴方の刺し傷、明らかに正面からヤられてるわ。かつ、横に引かれて裂かれていた。そんな器用なまね、真っ向から向かい合わなくちゃ無理だし、嫌でも顔は見えるでしょう?
——そして、それが『スラムの性質が悪い奴』ではないことも承知なんでしょう?」
「……降参」お手上げ、とばかりに寝ている姿勢のままでサラディーンは肩を竦めた。
ふふっ、と笑い、白い女は言った。
「だろうと思ったのよ。ただのワケありじゃないんでしょう?
——貴方は、ここに生きる者にしては物知りだし、言葉も何不自由なく操れるのね。ねぇ、気付いていた?貴方今、アラビア語じゃなくて英語で話してるのよ」
「あ」
サラディーンは硬直した。スラムで、第一言葉をしゃべれるのは滅多にいない。しかも、外国語とくれば。文字も読める奴なんて、「テンス」と彼くらいだった。
これは、ばれるのも秒読みか。
「これ以上黙ってたってなにもいいことないわよ?さぁ、話してくれる」
「わかったわかったわかったわかった!!!だから頼むから傷口に触るなぁぁぁ!!!!」
笑顔でまたも鷲掴もうとしてくるレインの手を押しとどめ、サラディーンはなんとか息をつく。
「長くなるが、ホントに聞くんだな?」
彼が改めて問うと、女はにっこりと笑った。
「いくらでも」
サラディーンは、横たえたままに今までのことをぽつりぽつりと話した。
今発達をし始めているエルサレムの都市区で生まれ、逃げだしたこと。
幼いとはいえ、英才教育を受けていたために何ヵ国語かは話せること。
スラムに逃げ込んで、テンスという男に救われたこと。
それが幸運だったこと。
彼のようになりたいと、願ったこと。
彼の息子になりたいと思ったこと。
ある日、このスラムが襲撃されてテンスが行方不明になったこと。
それから、ずっと一人で生き抜いてきたこと。
そして、自分が『エルサレムの英雄』の血を引いているがために、刺客をよこされて殺されかけたことを。
「——そう。でも、ここの夜空は綺麗ね。ゴミクズの集合体であるようなここでしか見られない星空だったわ」
「……そういや、あんた俺に催眠、とか言ったやつ。あれ、何だ」
「見て字のごとしよ。私、催眠術使えるの」
言って、レインはその話題から逸らすようにサラディーンの眼を見つめた。
「名を。教えて」
まるで自分のことを聞かれた時のためにとっておいたような、そんなタイミングだった。
喰えない女。のらりくらりとかわす様は、天使というより狸だ。
彼は呆れた眼でレインを見つめ、名乗る。
「サラディーン・アスカロン・シオン」
——しかしその直後に背後のドアが破壊され、なんだ敵かと身構えると、
「レイン様!」
と怒鳴り込んでくる青年がいるのだから、彼はぶったまげて「ハァァァァ!?」と叫ぶしかなかったのである。