ダーク・ファンタジー小説

Re: 白黒物語—モノクロストーリー— ( No.29 )
日時: 2013/01/08 17:10
名前: 名純有都 (ID: pzcqBRyu)

 さて、なぜか最近間章の更新ペースが異様に早い、そして長い。名純、彼らの絡みには気合い入っておりますよ。

間章 The sity of the dawn〜sacred place〜 下
  (夜明けの街〜聖地にて〜)

 砂漠の夜は、寒い。
 というか、風が直接当たって、寒い。

「……まことに申し訳ありません。この家は、僕の財産で弁償し」
「だぁぁァァァッ!!!だからもういいっつっただろーがァ!!!!」
「しかし扉が……」
「人の話を聞けぇェェ」
 
 サラディーンは、渾身の叫びを上げた。とにかく、目の前の青年を説得するのに必死だった。正直怪我を気にしている場合ではなかった。
 呆れたように、レインが肩をすくめる。
 サラディーンと向かい合って座っている、このテトラという青年は、おぞましい勘違いとやらでサラディーンの家に飛び込んできたらしい。
 サラディーンにレインが襲われて危うく……という。それはまぁ、なんという想像をしたものだと彼は嘆息した。
 レインが改めて、テトラに説いた。
「テトラ、私がスラムに一人でいるところを襲われたとして、私がやられるとでも思った?」
「……よく考えると、レイン様が素人ごときにやられるはずが御座いませんでした」
「よろしい」
「お前、何者だよ……」
サラディーンのこわごわとした目線に、レインは不遜に笑む。
つやめいた唇が開き、それは、

「殺人鬼かしら」

——あり得ないことを告げた。
 サラディーンはそのブラックユーモアに笑う。
「冗談言うな、殺人鬼が人を助けるわけないだろう」
「冗談じゃないのよ、本気。いくらスラム出身でも、白き悪魔(ブラン・ディアブロ)の名前くらい一度は耳にしているでしょう」
……彼の笑顔は、一瞬にして凍りついた。本気の眼だ。マジか。
 その殺人鬼の名は、ラジオで何度も報道されている。そのきわめて残虐性の高い殺人は、まさに「悪魔」の所業のようなのだという。
 白の礼服を着た悪魔。
 ブランは白、ディアブロは悪魔という意味だ。フランス語。「また」、フランス語だ。
『un,deux,trois』
 あのカウントされた数字は、そうフランス語だった。その殺人鬼は話す言葉がイギリスの街なのにフランス語だったとかで……。
 挙句、催眠術とくれば。
 まんま、レイン・インフィータその人ではないか。
「お前、イギリスの「ヴァロック・シティ」の……」
「よくおわかりじゃない。そうね、殺人鬼は時に人を救うヒーローにもなりうるの」
 そう言って、嫣然と微笑んだ。笑顔を絶やさないこの女が、俺を助けた奴が、殺人鬼だって?
「嘘だろ……」
「いいえ、嘘ではありません。レイン様は白き悪魔です」
「おまっ……付き人なのにいいのかよ」
「レイン様、言ってよかったのでしょう?」
「——そうね、サラディーン、貴方ならいいかもしれないわ。私の目的にもどうやら関係しているようだし」
 目的。ふっと、その表情に暗い影がよぎる。
「エルサレム。どうやら——ここにも、聖都市の息が掛ってるわね」
 びくり、とテトラの肩が跳ね上がる。「聖都市」、その言葉に反応して。
「レイン、お前、ここ以外の聖都市っつったら」
「見当つくでしょう。貴方が思った通りの場所よ。あそこの空気は最悪よ。胸が悪くなる」
「『ヴァチカン市国』——いや、『帝国』か」
 その国の名前は、サラディーンにとって何か嫌なものを想像させる。
 なんだか、自分の血がその国になにか不吉な想いを抱いているような気がしてならない。
「あの法皇うざったいのよねぇ、死ねとは言わず殺したいわ」
「……同感」
 そして、神聖であるはずの法皇。サラディーンは奇妙なことに、その人物にはいわくがついているように感じていた。
 女の法皇であるその法皇には、……言い知れない予感を感じる。
 しかもレインが言うとおり、なんかうざい。
「レイン様、飛行機の時間があと3時間です」
 テトラが、急に切羽詰まって言った。
 さして慌てた様子もなく、白い女は懐から懐中時計を取り出して「ああ」と呟く。
 そしてまた、サラディーンの方を見た。
「サラディーン。私の目的は、またいつか言うわ。ギブ&テイクで、私は貴方のことを助けたから一つ約束なさい」
 突如令嬢の様なしとやかな口調になるレインに、サラディーンは若干後ずさる。
「何だよいきなり。まあ、命の恩人に逆らうつもりもねぇけどよ」
「Merci.(メルシー)今後は、私が貴方に情報提供をする代わりに、いつか私が頼むことを聞いてほしい。……あ、別に死ねとか言わないから平気よ」
「——びびった。しかし、そんなことでいいのか?情報提供って、それだとギブ&テイクにならないだろう」
「いいえ。いいのよ、これで。そのことを頼むとき、きっと貴方は岐路に立たされるから」
「……『エルサレムの英雄』のことについて、調べてくれるのか」
 悪戯っぽく笑い返す、それが肯定だった。
「どうやら、私の目的に貴方の血筋が関係しているようだから。貴方の家系についても知れるし、一石二鳥でしょう」
 自分の過去か、とサラディーンは夢想した。もしも、なにかわかるなら。自分から抜け出した場所だとしても、何かがあるなら。

——知りたい。

「成立だ」
 無言で手を差し出してくるレインに、サラディーンも答えて握手を交わした。
「レイン様、そろそろ出ましょう。……サラディーン様、この扉は必ずいつか直させていただきます」
「……ハイハイ、わかったよ」
 念を押すように言うと、テトラはレインを促した。サラディーンは怪我をもろともせず立ちあがり、今一度言った。
「なんかわからんが、その目的とやらを果たしても生きてろよ」
「当たり前じゃないの。それじゃ、Au revoir(オ・ルヴォワール)」
またね、という軽いノリで、白い悪魔は消えた。テトラが、慌てて追いかけようとし、振り返ってサラディーンに会釈する。
 彼は、久々に頬をゆるめて手を振った。多分、あの二人にはまた会うだろう。連絡先も交換していないのに、そう思った。