ダーク・ファンタジー小説
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- SPANGLE SHADE
- 日時: 2014/05/13 19:37
- 名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: 8GPKKkoN)
なーんも書くことがないのでもう話を始めちゃおうと思っとる次第です。いいですよね。たとえばここで私がL型タンパク質とD型タンパク質の生理的差異について語ってもなんの役にも立ちませんもの!それではではでは、どうぞお手柔らかに。
Ⅰ
音。光。熱。それで四割。
加えて、経験と勘。それで五割。
あとの一割は渾沌とした何か。
生き残るために必要な条件、強い騎士の条件。その構成がこれだ。
逆にいえば、これを失えばもう生き残れない。これが勝る敵には、勝てない。
決するのは絶対的な肉体ではなく、情報の集積、活用能力。
手に入れるのは、これを持たぬままに死線を切り抜けた、矛盾を起こし得る限られた者だけ。畢竟、多くはそれを待たず死に至る。
それでもなお、人は剣を抜くことをやめない。銃器が消えたのはいつのことであったか。
時期は定かでない。が、理由は至って明確だ。闘う者は皆まるで示し合わせたかのように剣を携える。
共に呼吸さえ曝け出しあった敵眼前に据え、電気信号の激流と化した神経系を酷使して刹那の命の駆け引きに興ずる。
その痛みと、恐怖と、高揚感と、そして命の終わりと。
血と肉と骨と全身の細胞が生き残るために死ぬ気になる感覚に侵され、虜となる。
景もまた、その一人だという自負がある。人を斬ることに、なんのためらいもない。そんなものを持っていたら生き残れないことも分かっている。
振り下ろされる白銀の剣。
ただ、ほかの誰かの様に、斬ることが楽しいと感じたことはない。生き甲斐と感じたことはない。
かつての幼い自分には生きる術が他に無かっただけだ。
振りの始点が分かり易すぎる。そんなんじゃゴキブリ退治だってできやしない。
自分が決して褒められたことをしていないことも分かっている。だが結局、これまで二桁年これ一本で生きてきてしまった。
何より分かり易くていい。闘えない者の代わりに闘う。そうすれば見合った金を手に入れられる。
重心移動を見極め、左右に斬り結ぶように動いては男の剣の動きを察知し勘で一気に上体を下げる。そこから二歩で今度は男の斜め後方に半分転がるように回り込む。
感覚で後ろに振り下ろされた剣を左手に携えた長剣で受け、受けたその刃をそのまま前に突き出す。
男の絞り出したような呻きが脳裏に響く。力の抜けたそいつの剣を弾き飛ばして、再び背から長い剣を突き刺す。
心臓付近に突き刺さったそれを見て、男は信じられないといった形相で目を瞠る。奴が必死で握り締めて抵抗しようとするそれを、景は捻り回して地面に平行にし、一閃して上体を吹き飛ばした。
生温かいしぶきが上がり、容れ物から中身が形を残したままに落ちてくる。
それを見ていっとき狂喜に陥る者もいるというが、流石にそれに共感できるほどぶっ壊れてはいない。
返り血にまみれながら見上げた空は、皮肉な程に気持ち良く、蒼く晴れ渡っていた。
- Re: SPANGLE SHADE ( No.1 )
- 日時: 2014/05/11 02:58
- 名前: ロップイヤー ◆N22zZn7ufk (ID: 46h1u6ru)
Ⅱ
王都ルークテッドに西日が差し込む。中心街は今の時間は特に活気に満ちていて、温かな賑わいがあふれるが、見映えのしない格好で安易にうろつく場所ではない。中央をそそくさと後にし、かなり離れた街区の大通りを、景は返り血を隠しながら、フードをかぶった顔をさらに深く覆ったマフラーの上から、辺りを見回しつつ歩いた。
ここルークテッドでは、犯罪行為はまず起きないと言っていい。もしもここで何か重い罪を犯したなら、その者は世界最高峰の王室直轄騎士団によって瞬く間に捕らえられ、見るに耐え難い拷問の末に殺されるだろう。例え軽い罪であっても、簡単には帰してもらえないに違いない。
職業柄、恨みを買いまくる景にとってはありがたいことだが、それでも通り魔に殺されかねない危険と隣り合わせであることに違いはない。
地方都市で活動する同業者の3割は、同じく殺しを職とする者の依頼対象として殺されている。ちなみに同じく地方都市の同業者の2割くらいはその失敗で死んでいるらしい。
この街では、逃げおおせることがほぼ不可能と分かってそれをする者はまずいないが、それは心理的抑制であっても肉体的束縛ではない。
例えば自分の腕を過信し過ぎて逃げおおせられると思い込んでいるバカも結構いるし、その結果そのバカが捕まってこっちも殺されたなんて、冗談にもならない。
恨みを持った人間が直接殺しにくることだってあるだろう。景とて国際序列では十数万の内の一万数千番代をウロウロしているミドルランナーではあるが、もうかれこれ五回位は襲われた経験がある。初めての時はわき腹を切り裂かれた。二回目は首筋を掠めた。三回目は髪を少し持っていかれた。だが四回目と五回目は、悠々綽々と組伏せた。もう、襲われることに慣れてしまったのかもしれない。
それでも警戒することは尽きない。街中で顔を晒して歩くなんてことは自殺行為だ。幸いこの街区には騎士団や狩人なんかが結構いるから、兜なんていかついものを被る連中も少なくない。フードを被って少々深くマフラーを巻いたぐらいで怪しく見える街ではないのだ。
王都の中にもやはりひっそりとした裏世界というのはある。大げさな言い方かもしれないが、中心街を歩いたあとでここに来るとやはりそういう感想が間違ってなく思える。
要するに景のホームグラウンドはここ、けもの道にある。九番通り第七街区、十三番支道。要は一番端っこにある訳だが、ちなみに、この街で最も古い場所だ。王都では、一番新しく出来た物に一という数字を与える。だから、かつてはここも一番通り第一番街区一番支道であったというわけだ。
けもの道、の名は大体想像つくだろうか。だいぶ危険なことは確かだ。王室直轄騎士団があるおかげで、酷い流血沙汰が起こるようなことはまず無いのだが、水面下で脅迫やら麻薬やら他何某がいろいろと蔓延しているから、治安がいいとは言えない。実際のところ金にだいぶ余裕はあるから、中心街とまではいかずとも、かなりそれに近いところに住むことは出来るのだが、景としては、この雑多で何かが欠けた様な雰囲気が落ち着くのだ。
けもの道の奥の奥。少々古びたところはあるが、閑静で味のある一軒家が景の自宅だ。この辺に住む人間なんてそうそういるものではないため、結構広い。
玄関に入ると、なんとも言われぬ安堵感に包まれる。生き延びた、という安堵だ。
一歩間違えていたら、肉塊と化していたのは自分だったのだ。この感覚はいつか無くなるのだろうか。
前の住人が置いて行った分厚いソファに身を下ろすと、景は報酬金の整理を始めた。
「全く無駄な働きをしたもんだ。後半戦の追加報酬とか出ねぇかな。出ねぇよな…」
彼の受けたここ5日に渡る依頼内容は二つ隣の国の諸侯の動向の視察であった。
そもそも景の本業は「影役」と呼ばれるものだ。しかも提唱者は何を隠そう景自身。ちなみに同業者はいない。この仕事を本業とするのは景だけだ。
というのも、「影役」というのは何でも屋にだいぶ近い職であって、表舞台には現れない仕事全般を引き受ける。文字通り舞台の小道具係をする時さえあれば、今回のような仕事につく時もある。
世間的には「影役」という仕事は定義としてあるだけで実存しないというのが定説だが、それはその性質の不透明さから様々な噂が絶えず、今ではすでに現実味を失っているというのが最大の要因だろう。また、実際のところただ一人の「影役」である景が、依頼を受ける時に「影役」を名乗ることがないのも要因の一つだ。
故に芸が多彩な景である。自炊などもお手の物だ。なにせ飲食店の厨房で真面目に働かされたことだってある。オーナーがいい人だったので、今でもたまに足を運んでいる。時々自分が誰だか分かんなくなりそうになるのがこの仕事に関して思う数少ない欠点の一つだ。
ただやはり、どんなにたくさんのことに手を染めても、結局一本の金属板のもとへ帰って来てしまう。どこかでそれが自分の本当の意味での本業なのだと意識しているのかもしれない。
話を戻せば、今日は誰かと殺し合う予定なんざ無かったのだということだ。
大方金に困った雑魚連中の一人が「同業殺し」の条件を呑んで雇われたのであろう。
世間的な景たちの呼び名は「騎士」である。なぜならそれは、成立当初の「騎士」の意義は、強者による弱者救済にあり、騎士道精神を重視したからであった。故に徳の高さは大きくその要素の比重をしめた。だから、「同業殺し」などの不名誉行為は自らを貶める行為として現在でも強い拒否反応が大多数の騎士ら自身の中に含まれている。
「同業殺し」を引き受ける連中の大半は生活難だが、当然腕のない連中だ。だから、同業殺しの成功率は思いの外高くならない。が、極少数ではあるが同業殺しだけを専門的に引き受ける酔狂な者もいる。殺すスリルに酔った者達だ。中には不意打ちさえ嫌い、宣戦布告した後に斬りかかる者さえいるという話だから驚きだ。
疲労した身体を叱咤して立ち上がる。一杯分の湯を沸かしてコーヒーを淹れた。このままだと夢の世界へレッツゴーしてしまいそうだ。気休めにでもこういうものを飲んだ方がいい。
意識が戻ってくるのを感じながら、景は外の喧噪に気づいた。普段は閉められているカーテンを細く開けて外の様子を伺うと、何か揉めている様だった。
「喧嘩か…?」
見たところこの街の人間ではない様だ。あんな普通の格好しているやつはこんな所には来ない。悲しいがそういう所だ、ここは。
いや撤回。悲しくなんかないさ、うん。
ただ、喧嘩している二人のうち一人はここの人間だ。まちがいない。貧相な格好しているからね。いや、撤回。
「ん、まぁ…ぶっちゃけ俺関係ないよな」
疲労はあっても興味はないので、カーテンを閉めようとした時だった。
よそ者と思われる方の男が、無造作に剣を抜いた。
景は目を瞠った。街の人間からしたらあり得ないことだ。王室直轄騎士団を恐れぬ行為といえる。ただ奴はそれを知らない。
もちろん奴がどうなろうが知ったことではないが、こんな近くで事件なんて起こったら、俺が何か聞かれるかもしれないじゃないか面倒臭い。
「……あぁー!もぅ本当にもうどうしようもねぇな他所もんってのは」
半狂乱の面持ちで家から出る景。
「……クソが…カスが…」
重ねて言おう。本日彼はお疲れである。
相手が先に剣を抜いたのを見て、もう一人も抜刀したが、明らかに焦りが見える。やはり街の者だろう。自分から何かけしかけたのだろうが、無知ほど強い者はいないということだ。
そして、無知男がついに剣を振らんと、型をなぞった足捌きで相手に肉薄しようとした瞬間だった。
二人の刃は根元から同時に両断された。
心配して、或いは好奇の目を向けて傍観していた者達も、誰一人として状況が掴めなかった。
景は自宅玄関の前に佇んだままだったが、二人と観衆を一瞥すると、知った様な顔つきでそのまま家の中へと入って行った。
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