ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- オリクターズ!
- 日時: 2015/11/10 01:11
- 名前: 石河原 鋼 (ID: H65tOJ4Z)
世界を織り成す心の力。
持ち主の精神に応じて様々な武器へと変化し、超常的な力を齎す鉱物。
それ即ち”心鋼(オリクト) ”が採掘されてから、世界の軍事地図は大きく変わっていったという。
心鋼を手にし変化させた武装を手にし、戦場を駆ける者。
人は彼らをこう呼んだ。
——”心鋼使い(オリクター) ”、と。
身銭0、行くアテ零。
自由気ままに旅をするオリクターであり、傭兵の青年ディーア・ヴァーチャーは必死の思いで、富豪の護衛任務を請け負った。
それは何でも無い護衛任務のはずであり、何事も無く無事に終わるはずであったが、異質な襲撃者によって茨の道へと変貌する。
心鋼を両手に”融合 ”させた謎の少女により、あっさりと護衛対象を殺害されてしまい、そして自身もまた倒されるディーア。
今までに確認されたことのない形態の調査、そして汚名返上と言わんばかりに彼は少女を追うが——。
これは。
文無し家無し根無し草の傭兵が世界の闇を知る物語。
これは。
自らの運命を捻じ曲げられた少女が世界に復讐する物語。
これは。
そんな彼らの運命が交錯する物語。
◆挨拶◆
もしかしたらはじめましてかもしれません。
しばらく来ていなかったのですが、リハビリがてらこの度連載を行わせていただきます。
ごゆるりとごらんくださいまし。
◆目次◆
- 第一話「始動」 ( No.2 )
- 日時: 2015/11/10 01:33
- 名前: 石河原 鋼 (ID: H65tOJ4Z)
——最悪な光景が目の前に広がっていた。
根無し草の傭兵ディーア・ヴァーチャーはこの日人生最大の生と死の瀬戸際を体験することになり、後にファッキンゴッドキルユーフェイト!と叫ぶことになってキッカケでもある。
屋敷が、燃えていた。
煌びやかな装飾で飾られていたはずの室内は、崩れた瓦礫やら落ちたシャンデリアやらで既に廃墟同然の有様となっており、あちらこちらに火の手が回っている。煙臭い。
窓はひび割れてそのガラスをぶちまけ、周囲にちらばる人だった肉の塊を余計に目立たせている。真っ赤に、染まっている。
そして、ディーアの額からは嫌な汗がだらだらと流れていた。この手に握るひんやりとした刃が、今日に限っては何時もより何故か生ぬるく感じた。
氷の刃を形成し、敵を滅却する心鋼(オリクト)「爆氷アイスブレーカー」を握りしめてかつてない大ピンチを迎え、こんな状況に誰がした答えやがれファッキンゴッドと言わんばかりに己の運命を呪う。
運命を呪った所でしかたがないのは確か。
半ば諦めにも、達観にも似た面持ちで、この凄惨な状況を作り上げた年若い”襲撃者 ”を見て深く長い溜息を吐いた。
対峙するのは”機械のような形状の腕 ”を持つ銀髪の少女。纏うボロ布のような服に浮かぶ黒く光る腕は、全身から冷たい殺気を放ち続けてこちらを威圧している。
あの腕からは生気を感じない。
人間が持つものではなく、完全に別の何かであろう。
後ろを見やる。
壁にべっとりと血ノリを付けて横たわっている太った男——今回、護衛を依頼してきた富豪。彼は真っ先に殺された。
周囲に並ぶのは打ち倒された同業者達。皆一様に、的確に心臓をぶちぬかれて死んでいる。
全員、殺されたのだ。
襲撃者の少女にいとも容易く的確に、機械のように手順化(パターン化)されたリズムで淡々と、何の手加減もなくスピーディーに殲滅されたのだ。
舌打ちする。
心の中で出尽くす勢いの悪態を付き続ける。
何だって、金のためだけにこんな奴を相手にしなくてはならないのだ。
少しだけ時間を遡る。
ディーア・ヴァーチャーはその日その日の銭を稼いで生きる傭兵だ。というよりこれしかやりたい仕事もなく、安定した給与とか贅沢とかからは無縁の暮らしを望み、それに加えて家も持ちたがらない。家等邪魔だ家族等邪魔だ、俺は一人で生きていくと豪語する男。
同僚からは根無し草と茶化され、依頼人からは何でも頼める何でも屋と勘違いされ犬の散歩までも頼んでくる始末。しかしそれでも、日々の暮らしを凌ぐために金になるなら何でも黙々とやった。
仕事は選ばない、というより選べないのがディーア・ヴァーチャーのスタイルだろうしそれは永遠に変わらないものだと思っていた。
恐らくこの日、後悔するまでは、変わらなかっただろう。
何だこれは。
仲介屋から「ちょっとだけ仲介料高いけどどう?」と仕事を提示されてほいほいその依頼人に会いいったのが運の尽きだとでも言うのか。
金はたんまりと払う!と触れ回っている富豪の護衛を引き受け、「賊が来る」と怯えるその様子を気にすることなかった結果がこれだというのか。ファッキンゴッド、こんなことになるならさっさと仕事を降りておくべきだった。
その結果がこれである。
不穏な噂の一つも意に介さなかったのは流石に失敗だったか。
依頼人である富豪は殺され、護衛は殺されついでと言わんばかりに雇われ護衛の俺にも危機が訪れている。
「……」
少女は動かない。
漆黒の拳を構えたまま、動かない。
その瞳はじっとこちらを見据えている。獲物を殺す目か、プログラムとして俺を殺すべきと見ているのか。
「……おい」
反応はないかと、呼びかける。
「……」
やはり、動かない。
少女からの反応は無い。
相手との間合いは十分に取れている。少しでも近づけばこの剣の射程範囲内に入れてたたききることができる。寧ろそうしてやりたい。
が、一方で近づくなと本能が警鐘を鳴らしまくっている。近づくな、近づいたら死ぬぞ、と。あの拳にお前の剣は耐えられないぞ、と。だが一方で知ったことかよと囁く情熱がある。
出た結論、それは斬ってみなければ分からない、斬らなければ何も出来ないだろう。
無抵抗のまま殺されるわけにもいかないし、せめて散るなら仕事場でと決めているのだ。ならばいっそ、足掻いてやる。
構え直す。上段の構え。相手の防御ごと、相手を叩き切れるスタイル。あの頑丈な腕を押し切るだけの力は欲しい。
そして、勢いよく駆け出す。
タッタッタッタ——少女との距離を一気に詰める。時間は二秒も経過していない。相手の少女はこちらを見くびっていたのか、面食らったような表情をしている。
チャンスだ。ここまで来れば——!
「悪く思うなよ。こっちも仕事なんだ——!」
構えた剣を少女目掛けて一閃する。
この距離ならば回避はできまい。
だが、少女も手をこまねいているわけではなかった。
それは同時だった。
腹部に鈍く、しかし重い痛みが走ったのは。見れば、鈍色の拳が深く俺の腹に突き刺さっている。幸い貫かれてはいない。
だが、痛いものは痛い。
あまりの痛みに意識が薄れる。内臓の一つは潰されただろうか。
ぼやける視界。途切れる最後に見えたのは、肩から腹まで切り裂かれた少女の姿。
・・・・・・・
”ッ……オリクター如きに……ここまでやられるなんて……! ”
最後に聞こえたその悪態、そして割れた窓より飛び出す少女。
その映像を最後に、俺の意識は溶けて消えて——無くなった。
- 第一話「始動」 ( No.3 )
- 日時: 2015/11/10 23:20
- 名前: act:1 (ID: dP/RlTyN)
次に目を覚ましたのは真っ白なベットの上。
見渡す。木の温かみがある部屋、隅に取り付けられた火のついていない暖炉。窓の傍に、一本だけ活けられた花瓶。要するにここは宿屋の一室ということだろうか。
腕を見る。包帯が巻かれている。腹を見る。包帯が巻かれている。
「……あー、負けたのか」
理解するのは早かった。あの一撃の交錯で最後に感じた痛みは決してウソではなく、同時に少女を切り裂いたことも夢ではないと証明される。
——死ななかっただけ、マシか。
起き上がろうとすると、腹の辺りがずきりと痛む。まだ起き上がるには早いと、体が訴える。仕方無いので横になり——。
ガチャリ、と扉が開いた。
視線だけで入室する者を見て、うげ、と嫌そうな表情を作る。露骨に、なるたけ露骨に。入ってきた緑髪に嫌味な目付きにそれを際立たせる眼鏡、それに似合わぬ神聖な装飾が成された杖。その左手にはペンを挟んだ資料の束。今回の富豪護衛を斡旋してきた仲介屋であるジュリアス・ガーターだ。仲介料を支払うことで、何処からか仕事のネタを持って来てくれる。仕事を選べない傭兵にとってはありがたい存在の職業の一つを担う者である。
だが俺はコイツが気に食わない。嫌味ったらしい目付きに表情を読ませないためか、何時も作っているその微笑み。
「目覚めたかい?」
「ふざけんな死ね」
開口一番に暴言を放ってやったにも関わらず、笑顔でその男はこちらへと近づいてくる。
「酷いなぁ。治療してあげたのは僕なのに」
「それは感謝するがお前のツラを見るのは別だ」
傷はそれほどでもない。正確には少し動ける程度には治癒できている。
とは言うが、実際にはジュリアスが右手に持つ心鋼(オリクト)、「霊癒(れいゆ)エレクトール」による絶対治癒の効果によるものでしかない。高額な金を支払う代わりに外科治療を施してくれたというわけではない。断じて。人体の損傷の治癒効果を高める、あるいは文字通り修復するその力は確かに効果は絶大なものだろう。だが、そうは言ったものの金はやはり要る。曰く、顧客が死んだら嫌だとのころで顧客のピンチに駆けつけ、治療し、金を毟り取る。悪魔以外の何物でもない。
「ま、でもまだ動かないでね。治るまではちょっとだけ時間がかかりそうだし」
「金は払う必要あるか?」
だから俺は訝しげに奴に聞いた。
今回”も ”金はぶんだくるのか、と。
だが、奴の返答は意外なものだった。
「まさか、要らないよ。”こうなることを見越しての依頼だったしね ”」
「今、なんつった?」
俺の疑念を真っ向から受けて、けろりとした様子でジュリアスは言った。
「そのままの意味だよ。今回の事態は概ね想定されていた。その上で仕事は回したし、回収の用意も済ませておいた。何時もより仲介料も増し増しにしといたし」
資料をぱらぱらと捲り、彼はその内から一枚を引き抜いて差し出した。
手に取って眺める。
そこには、新聞記事の切り抜きが並べられていた。
「ここ最近、似たような家柄の人たちが狙われる事件が多発してるんだよね。で、みんな似たように殺されている……と」
確かに、この新聞記事のどれも殺人事件で締められていた。
そして、被害者はどれもその地では一定の財産を築き上げている富豪ばかりであった。
そしてどれも、目撃されているのが”人体と何かが融合したような武器を操る ”刺客ばかりであったという。
「金持ちって位しか共通点は無いが……ああいや、この融合した何かってのは……」
「で、そのことでなんだけどね」
そう言って、アイツは一枚の写真を俺に見せてきた。
その写真を見た俺は驚愕した。
そこに映っていた顔は、意識を失う前に見たものと同じであった。
「っ、これは……」
「おや、心当たりでもあるのかい? それとも、キミは戦ったのかな?」
戦ったとか、そういうもんじゃない。目の前で護衛対象を殺され、一時的な同僚を殺され、そして未知の力の前に敗北したのは確かなのだ。羅刹の如しその様子はしっかりと目に焼き付けている。忘れるはずもない。
「間違い無ェ、コイツだ。コイツが来たんだ」
あの時の拳の感触を思い出す。
温かみの無い、鋼鉄でぶん殴られたことを思い出す。腹部の臓器を全て破壊せんが勢いで殴りつけられたことを思い出す。
腹を摩る。その様子を待っていたと言わんばかりに、ジュリアスは一枚の用紙を取り出して俺に渡してきた。
「そうか。それはいいことを聞いた。……それじゃあ、早速だけど、次の仕事を渡してもいいかな?」
「何の?」
・・・・
「護衛任務。……あ、鉄道で行かなくちゃいけないから、チケット渡しておくね」
そう言って受けること前提で鉄道のチケットを取り出し、俺に渡してくるジュリアスの嫌みな笑みは確実に何かを企んでいるものだった。
こういう顔の時は意図したしないに関わらず何かが起きる。
行きたくない。どっちかといえば生きたい。
同時に、今回こそは無事で済むといいな等という楽観的な考えに浸りながら、日銭と飯のため、明らかに何かヤバいことが起きるであろう任務を俺は受けることにした。
仕事は選ばず選べないのだから。
依頼:「当代サント領主 エルリーネ=サントの護衛」
期間:最大二日間
内容:関係者の生命を脅かしかねない危険が生じたため、戦力増強のための護衛を募集します。
- 第一話「始動」 ( No.4 )
- 日時: 2015/11/11 23:45
- 名前: act:2 (ID: dP/RlTyN)
——ヴァルフール帝国領。
大陸の大部分の領地を持つ、十三代目皇帝ロランス=ヴァルフールが治めるヴァルフール帝国が所有する領土。
軍備増強に今最も力を入れており、周辺の工業国との関係を重視しつつあるとされる。
今俺が乗っている鉄道の本社も、ヴァルフール帝国にある。
その領土内、首都より少し外れた場所にある村。
——ラベンダー畑が広がる”サント ”。
そのラベンダーより作られる香水は国内ではちょっとした評価を得ており、時たま観光客がやってくるとのこと。
鉄道に乗ること一時間。
のどかな村の小さな駅[サント前]で降りた俺の目に映るのは、まさにTHE・村といった感じののどかな風景。目の前に広がる薄紫色の絨毯——ラベンダーの香りの——が風にゆれて、さらりと靡く。
そして、今、俺は村の中でも一番大きい家の前に立っていた。
「ここが……」
ジュリアスに手渡された依頼書を見やる。
書かれていたのは、この村を治める領主「エルリーネ=サント」。辺境の領主、もとい貴族であるため素性は分からない。曰く、つい数日前に「天誅を下す」との手紙が領主宅に送り届けられたことで今回の依頼が発表される結果となった。分かりやすく言えば、二日間程度の護衛である。食事も住まいも風呂も出してくれるという好条件であったが、ディーアは先の事件の事もありあまり喜ばしい気持ちにならなかった。
最悪、屋敷内には医者がいるとのことなので治療は大丈夫とは言っていたが……不安しかない。前途多難。だがそれがどうした。元より仕事は選べないし選ばないのだから、これしきのことで折れてどうする。己を奮い立たせながら、ベルを鳴らす。
さて、どんな人間が出てくるのやら。
誰が来てもバッチコイ、といった時、不意に答えたのは幼い声。
そして大きな扉を開けて顔を覗かせるのは、質素な服に身を包む年端もいかない幼女。
「だーれー?」
「……お客さん、かな」
「サントおねーちゃんにようじー?」
「あ、ああ。うん」
呆気に取られる俺を他所に幼女はちょっとまってて!と扉を閉めた。
やがて、幼女のものとは違いもっと大人びた、それでいて落ち着いた男性の声が俺を出迎える。
「お嬢様に用事か?」
「ああ、そうだ。傭兵のディーア・ヴァーチャーだ。護衛の依頼を出してたらしいが、この家で間違い無いな?」
「……」
無言の返答。
代わりに、入れと言わんばかりに扉が開いたので遠慮なくお邪魔させてもらう。
中に広がるのは意外にも素朴な印象を受ける大広間。
馬鹿みたいに広いわけでもなく、しかし民家程に小さくもない。持て余すこともなければ十分に活用出来る、そんなスペースだ。
そしてある一角は、クレヨンでゾウだの花だのといった落書きで埋めつくされていた。
エントランスで待っていたのは白い仮面を付け、黒い燕尾服を纏った長身の男性。表情は全く読めないせいか何処か近寄り難い雰囲気を感じる。腰に携えたサーベルからは物言わぬ威圧をひしひしと感じている。迂闊に手を出せば一瞬で叩き切られかねない程の、殺気にも似たソレは近寄り難い度合いを更に増長させていた。
先程の幼女はこの場にはおらず、野郎の出迎えという何とも花がないものとなってしまっているがまぁ口には出すまい。
「こちらへ」
案内に従い、燕尾服に先導されながら階段を登り奥の部屋へと案内される。
道中、質素な屋敷の内装を眺めていたが、貴族の屋敷をイメージしていたせいで内装は豪華なものだと思い込んでいただけに意外であった。
やがて辿り着くのは、他の部屋のものよりも少しだけ大きめな扉の前。
執事はノックするなり、客である俺の来訪を告げた。
「お嬢様、お客様がお見えになっております。依頼を引き受けてくださる方とのことです」
しばらくして、聞こえてきたのは大人びた、それでいて聞き心地のよい大人びた声。
”どうぞ、入ってくださいな ”。
執事が扉を開けたその先にいた人物は、貴族と言われてもあまりしっくりと来ないような町娘であった。窓際の椅子に腰掛け、陽の光を浴びていた。無論、着ている服装は清潔であるものの、若草色の質素なドレスはイメージする煌びやかな貴族とは大分かけ離れている。ストレートに伸ばしたブロンドの髪とドレスがマッチしていることはさることながら、そこに浮かぶ微笑みは、本当にそこらで花を摘んでいるのが似合うような町娘だ。そして、そんな彼女が今回の依頼人であるサント家の「エルリーネ=サント」なのだろう。
「どうぞ、おかけください。クロア、紅茶お願いできますか?」
「御意」
促されるままに椅子に腰掛ける俺に対し、クロアと呼ばれた青年は恭しくお辞儀をして退室してゆく。
少女の対面に座る。
座るなり、早速仕事の話を持ち出すべく確認した。
「アンタが、今回護衛の依頼を持ち込んだエルリーネ=サントで間違い無いな?」
「はい、私がエルリーネ=サントです。今回、仲介の方に依頼を回しましております」
「よし、んじゃ、期間は二日で、何も無かったら帰宅していいってことだが……これも間違い無いな?」
着々と確認しつつ、資料にペンでチェックを入れていく。
条件の方にチェックを入れてから顔を上げた時、彼女が何処か挙動不審な目付きをしていることに気付いた。
「間違い無いです。……間違い、ないんですけど」
「……何か、あるのか?」
「その、実は……」
まさか、依頼する内容を間違えていたとか?
実はデマとかってのはやめてくれよ、と彼女の発言を待ち構えていると、意外な言葉が口から飛び出してきた。
「護って欲しいのは、私ではなく”子供達 ”なんです」
- 第一話「始動」 ( No.5 )
- 日時: 2015/11/12 23:57
- 名前: act:3 (ID: dP/RlTyN)
つい、聞き返してしまう。
「……つまり、どういうことなんだ?」
依頼書に走らせるペンは止まっている。確かに、明確な護衛対象は「エルリーネ=サント」となっている。これは間違い無い。だが、今の発言はどういうことなのだろうか。続きを促す俺の目に応えるように、エルリーネはぽつりぽつりと話し始めた。
「その、確かに脅迫状は届きました」
そう言って本当であることを証明するかのように、彼女は取り出した封筒をこちらの前に置く。
中に入っていたのは、確かに事前に聞いた通り「天誅」とあった。その下にはつらつらと文字が並べ立てられており、「満月の晩。お前の血で世界が清められる」と記されている。確か、満月が来るのは今日の真夜中だと記憶しているが、だとすればこの二日間の間に来る可能性が高い。
だが——。
「これは確かにアンタを狙ったものだ。間違い無い。だが、何故護衛対象は子供達なんだ? てか子供達って村のか?」
「村には違い無いんですが、正確には孤児院の子供達です」
ははぁ、成る程。
大方察しはついてきた。相も変わらず自分ではなく子供達を守れというのは何故かという疑問は解消できなかったが、とりあえず大まかな因果関係は把握できたと見るべきだろう。
「……その孤児院ってのは、アンタの家が保有してるとかってクチか?」
「よく、分かりましたね」
やがて、クロアが紅茶を運んできた。
「紅茶をお持ちしました」
ふわりと漂う茶葉の香り。ストレートなのか、紅茶本来の色以外が混ざっている様子はない。しかし、これだけ良い香りを出す茶の淹れ方をする人間は人生で一人か二人程度しか出会ったことがない。
口を付ける。
口内を、香りが満たした。
退室する青年を見送ってから、エルリーネは唐突に話し始める。
「入り口で出迎えてくれた娘、名前はシオンって言うんですけどね」
要するに、俺が最初にベルを鳴らした時に出迎えた幼い少女のことだろう。あの娘が、どうかしたのかと続きを促すと彼女は「孤児院の娘、なんですよ」と答えた。
「捨て子です。……森へ散歩に行った時、道に捨てられていたのを拾ってきました」
「つまり、思い入れがある、と?」
「いえ、あの娘にだけ格別というわけではありません。孤児院の皆を、私は愛してます」
だから、だからこそ——と少女は続けた。
「私に、巻き込ませるわけにはいかないんです。噂の賊は、周囲の者も殺すらしいですから、余計に」
その決意は、硬かった。一介の傭兵如きには動かすことすら許されないような、信念があった。まだ子供なのだろうか、世間からすれば笑われそうな、あるいは非難されそうな理屈であるが、立派に応援して然るべきものであった。自身を人柱に捧げようとする決意を止めることが出来ない俺に出来ることは一つだけだった。仕事は選べず選ばず、契約書を四つ折にしてズボンのポケットにしまった。
「——よし、決意は分かった。引き受けようじゃないか、とりあえず安全位は護ってやる」
エルリーネの顔が、ぱぁ、と明るくなった。「ありがとうございます!」と満面の笑みで礼を返された。何だか少しだけ気恥ずかしい。
それから諸々のことを言われる。
といっても、風呂は大浴場だから自由に使えとか——温泉湧いてるのか、それともある程度広い風呂だと言いたいのか——部屋はここだとか、その程度のことしかない。
「部屋の方は、ここを出て右に曲がった角の部屋です! 自由に使って大丈夫ですよ!」
そう言われて鍵を貰う。
その後、彼女は時計を孤児院に行く時間だと告げて早足で駆けていってしまった。
あっという間だった気がする。
一先ず、言われた通りの部屋へ向かうことにした。
部屋はごく普通の、何処にでもあるような宿屋の内装であった。
客がくるので手入れをしたのか、それとも日常の手入れが行き届いているからあえて掃除をするまでもない位に綺麗だったのか。心鋼(オリクト)に変化させるペンダントをテーブルの上に置いた後、荷物も置く。それからまずやることは——部屋の確認。
何処かに穴はないか。
何処が危険なポイントとなるか。
今回の依頼が護衛である以上、そういったものを一通り把握しておかなければいざという時に対処が出来ない。鼠一匹通すまいと部屋の隅から隅までを確認する。窓の高さは侵入するのには無理しないと出来ない程、ならばカーテンは夜は閉めることとする。後はテーブル、ベットの下、扉、天井ともに今の所は怪しいところはない。続いて、屋敷内から出ようと扉を開けたところで、あのクロアと呼ばれた執事の青年とばったり出くわす。
「っと。お邪魔してるぜ」
相変わらず仮面で覆われた表情からは感情とか、考えとかそういった類のものは一切読み取れない。不気味な野郎だな、と何でもないような振りをして真横を抜けて通り過ぎようとした時にくぐもった声でそれは確かに聞こえた。
・・・・・・・・・・・
「……邪魔立てだけは、するな」
「……あん?」
冷たい殺気を感じて振り返った時には、既に執事の姿は無かった。姿どころか、気配すら消していた。
どう考えても、自分の執事としての仕事を邪魔するなとかそういう意味ではあるまい。アレではまるで——。
——いや、気のせいだろう。立ち振る舞いには隙は感じられないが、それだけで決め付けるには早すぎる。
一応警戒はしつつ、傭兵としての本分である護衛任務のために必要な事項の確認へと向かうことにした。この胸騒ぎが、お願いだから現実になってくれやがりませんように、と祈りながら。
- 第一話「始動」 ( No.6 )
- 日時: 2015/11/14 00:30
- 名前: act:4 (ID: zL3lMyWH)
色々と部屋を回り、一通りの場所確認、それから死角等の確認は終えた。
風呂場は予想通り、広い風呂場を交代交代使うようなシステムらしく、男湯とか女湯とかに分かれているわけではない。
続いて調理場。専属の調理人は一応雇っているらしく、俺が出向いていったら気さくに挨拶を返してきてくれた。あそこは換気扇と小窓、それから裏口以外に侵入経路は無いとみる。
それから各部屋を回ったが、特筆すべき点はなし。
特にやることもないので、部屋に戻って夜に備えて仮眠を取ろうとして自室へと戻ろうとすると、エルリーネの部屋の前に幼女が立っていた。何処かおろおろとしている風に見えなくもない様子で立ちすくんでいる彼女は、呼び鈴を押した時に最初に応対したあの少女であった。名前は確か、シオンと言っただろうか。
「おい、何してんだ?」
「ひゃっ!?」
突然声をかけられたために驚いてこちらの方を見てくる。警戒の色マックスだ。間違い無い。不審者でも見るような目つきだ。迂闊に動けば絶対叫びかねない。万が一あの執事に聞かれたら、別な意味で殺されかねない。
「落ち着け。ただの客だ。お前の主に招かれた客だ。怪しい人間じゃねぇよ、頼むから大声だけは出さないでくれ」
「……あっ、あのときのひと!」
どうやら納得してくれたようだ。事案一歩手前にならずに済んで幸いといったところか。
「分かってくれてなによりだ。……で、何してんの? ……えーっと、シオン?」
「あのね、エルリーネおねーちゃんによーじがあるんだけど。……どこ行っちゃったのかな?」
エルリーネは先程、俺に孤児院へ行くと言って別れたばかりだ。もしかしなくても、その時に入れ違いになってここに来た可能性が大きいだろう。
「エルリーネおねーちゃんなら孤児院へ行くつってちょっと前に部屋出てったぞ」
「ほんと!? ありがと!」
聞くや否や、脱兎の如く俺を横切って駆け出していこうとするシオン。——待てよ、この際だし場所を案内してもらった方がいいか。護衛対象を子供達としているのと、エルリーネの行き先である以上はある程度の地理も把握しておかなくてはなるまい。どうせ色々調べた後に行かなくてはならなかったのだし、エルリーネが先に行ってしまっている以上は案内をこの娘に頼んだ方が早いだろう。
「待った」
「なぁに?」
ハテナマークを浮かべて立ち止まる少女。
「孤児院……だっけか。ちょっと、案内してくれないか?」
返事は元気いっぱいのいいよ! であった。
ちょっとの道と、家々を通り抜けると孤児院が見えるとシオンは教えてくれ、そして案内してくれた。
やはり小さな村だけであって交友関係も狭い範囲内で深く成立しているのか、道行く人に挨拶されていた。無論余所者であるディーアにも、シオンと行動しているということもあってか挨拶される。その度その度に挨拶していったが、久方ぶりに村の人間なんぞに会ったせいかどこか慣れず、ぎこちないものとなっていたのはつい先程の事と言える頃。
「ついたよ!」
シオンの声と共に目の前を見れば、そこに建っていたのは十字を掲げた教会。はて、教会とな……と眺めている内に、ぱたぱたと彼女は扉についていた呼び鈴を鳴らした。
がちゃり、と扉を開けて出てきたのは若草色のドレスに身を包んだエルリーネであった。
「はーい?」
「おねーちゃんただいま!」
「はい、お帰りなさい。何処行ってたの?」
「あのねあのねー! おねーちゃんによーじ、があったんだけどね! おにーちゃんがここにいるって教えてくれたの!」
「そう、教えてもらったのね。さ、早く入りなさい?」
「はーい!」
そんな微笑ましいやり取りを眺めて心を暖めつつも、場所が分かったので今度こそ自室へ戻るべく来た道を引き返そうとする。あのペンダントは自室に置いてここまで来たので、あまり長居するのも何だか恐ろしい。開け放たれた扉からは子供達のものだろうか、無邪気なざわつきが聞こえてくる。その声を背にしてそっとこの場を去ろうとした時、背後に降りかかった声に呼び止められた。
「あの、ありがとうございます。シオンを連れてきてくださって」
「いや、俺も丁度孤児院の場所は知っときたかったからな。礼を言われるようなことでもないだろ」
エルリーネは深く頭を下げる。
ディーアはひらひらと手を振る。
その背中へと向けて、エルリーネが告げた。
「……あの、折角ですし、ちょっと中見ていきませんか?」
俺の足が止まる。
その言葉を受けて、俺は空を見る。白い雲に青空、陽の沈む気配はない。そして、早く戻りたいのはやまやまだったが別に断る理由も無かったと来た上に、本来身元を護衛されるべきだろうエルリーネもここにいる。
ここは一つ、依頼人やその交友関係を知るためにも応じるべきだろう。
そうした打算尽くめの脳味噌で、快く俺は答えた。
「少しだけだぞ」
「ありがとうございます!」
陽が沈んで村が寝静まりかえる前に戻れば大丈夫だろう。