ダーク・ファンタジー小説
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- 少年少女と終末世界
- 日時: 2018/06/09 21:08
- 名前: 伊舞 (ID: lQ3omTqs)
こんにちは、初めまして。伊舞と言います。
普段は複ファで夢吐伊舞とか、羅知とか名乗っております。
とある作品を一月頃まで二年間書き続けていたのですが、この度リメイクして書き直すことにしました。
一番初めに書いた小説でもあるので、愛をもって完結させてあげたいと思います。
注意です。↓
・作者はかなり更新が遅いです。特に四月まではかなり遅くなると思います。
・結構なエロ描写、グロ描写、があります。Rまではいかないので、悪しからず。
・神とか出ますが、専門知識はありません。能力モノだと考えてください。
・荒らさないで
2016、9,22 執筆再開
- Re: 今なお壊れ続けるセカイで僕らは【Restart】 ( No.2 )
- 日時: 2018/06/09 21:09
- 名前: 伊舞 (ID: lQ3omTqs)
第一章【まるで欠けた月のような人生でした】
「………………夢、か」
少し寒気を感じて、目を開ける。窓から射し込む光。鳥の囀ずり。今日も今日とて朝はやって来る。彼が望んでいなくたって、セカイは彼を生かさせる。そんな"日常にも、もうこなれてきた。
ここは聖都市"リスタート"--------通称、神に愛された町。
なんでも遠い昔にこの地に降りてきた神様が、この地に数々の幸福をもたらしてくれたやらなんだかというそんな話がこの地には古くから語り継がれているそうだ。その伝説にのっとってこの町では毎年盛大に神を祝うという"祭"が行われる。その祭みたさに集まる旅人も多くおり、毎年その時期になると都市部は大いに賑わう。
そんな都市部の端にある鬱蒼とした山林。そのまた奥地に彼こと、カイ・ルーディスは住んでいた。
山林と都市部の間には大きな針葉樹が生えていて、その木の葉の先端にある小さな針は毒を有しており触れると全身が赤く腫れ上がり一週間腫れは治まらない。そんな木がまるで"山林に誰も入って来れぬように"生えているものだから、都市部からこの山林へわざわざ足を運ぶものは殆どいない。
否、もしも生えていなかったとしてもやって来る様な"愚か者"はいないだろう。
都市部と同じように、この山林にも語り継がれてきた噂がある。
『この森に足を入れたら、二度と帰ってこれない』
通称"帰らずの森"。そんな山の中で、彼は五歳の時に足を踏む入れてからの十三年間、一度も森の外へ出ることなく一人で暮らし続けている。
まだぼぉっとする頭を活動させるために、光に透けて輝く銀髪をわしゃわしゃとかきむしり、寝床の直ぐ側に常に用意してある両目眼帯をかちりと嵌める。
「よし」
彼の一日はいつもこうして始まる。
∮
「さて」
勢いよくドアを開けると、まだ少し冷たい風が彼の頬にひゅうと当たる。それと同時に鼻につく春の花の香り。もうすぐここに来てから、十四回目の春が訪れる。まだまだ空気は冷たいが、春の訪れを感じて彼の胸は高ぶった。
(なんだか、今日は良いことがある気がする)
そんな思いを胸に、彼は"日常"をこなす為に山林の麓へ向かった。
麓には川が流れており、彼はそこで顔を洗い、身支度をする。また、透き通った清潔な水が流れる其処は森で生きる様々な動物の水飲み場になっているので、彼の朝夕の食材を取る為の狩場になっていた。
いざ川へ着き、洗濯、身支度などをこなしたあと、ぱしゃりと顔を水で濡らすと気持ちのよい爽やかな冷たさが彼の顔に広がる。無造作に切られた髪が少し濡れてしまい拭くための布を入れてきた少鞄を探して気付く。
無い。確かにそこの木の根元に置いていたはずなのに。
顔を洗っている間に動物に奪われたのだ。周りを見渡すと自分の持ってきていた鞄をくわえた草食獣がうろついていた。鞄の中には、顔を洗う為に外していた両目眼帯も入っているのだ。あれがないと。あれがないと。あれがないと。あれがないと。
自分は。
(……落ち着け)
ゆっくりと、驚かせないように近付けば取り戻せるはずだ。誰も"傷つけず"に。落ち着け。そぉっと、そぉっと。
(…よし)
なんとか草食獣の背後まで行くことができた。この調子で行けば鞄を取り返すことができるだろう。一歩、また一歩と近付いていく。あと一歩で取ることが出来るというところまで来たとき。
ばきり。
大きく木が割れた音がした。
(やめて)
前ばかり見ていて、下を見ていなかった。
(僕の"目"をみないで)
こちらの存在に気付いた、草食獣がぐるりと振り向いてこっちを"見る"。
(もう、傷つけたくなんか、ないのに)
瞬間苦しそうな鳴き声をあげる草食獣。
黒々とした瞳は充血していき、ふさふさとした毛は見る見る間に抜け落ちていく。全身から赤い斑点が浮かびあがり、一、二度大きく体が痙攣すると、もう二度と動かなくかった。
("また"、やってしまった)
どうすることもできなかった彼は、ただただその躯の前で立ち尽くすことしか出来なかった。
- Re: 今なお壊れ続けるセカイで僕らは【Restart】 ( No.3 )
- 日時: 2017/03/30 20:56
- 名前: 伊舞 (ID: H4NN94uP)
齢十八才になる少年、カイ・ルーディスには"普通の人間"とは違うある"特性"がある。"彼の目を見た生物"は、どんな健康体であったとしても全身から赤い斑点が浮かびあがり、血を吐いて最期はミイラのようになって死んでしまうのだ。ものの数秒で。
誰も傷つけたくなんかないのに自分のせいで皆が死んでしまう。
物心つき、そのことに気付いた時、もう周りの人間は彼のことを"化物"として見るようになっていた。そしてそれは"彼自身"さえも。
(…………いけない、いけない)
昔のことを思い出すのはよそう。"あの人"も言ってくれたじゃないか。"生きろ"、と。
実際、この山林に来てからそんな自分の被害に遭う生き物は随分減った。この山林で誰にも関わることなく、一生終えることができたのならそれはなんて幸せなことなんだろう。今のところその目論見は並々順調だ。
このまま過ごすことが出来れば、きっと自分は生きていてもいいはずだ。
「……ごめんね」
その声に応えるモノは誰もいなかったけれど、故郷の皆に、今まで自分のせいで命を失ったモノ達に謝るように、生きていることを恥じるように。
彼は静かにそう呟いた。
∮
「謝ることはないですよ」
誰も返事をしないかと思われたそんな独り言に、答える声が一つ。
びっくりして声のした方を振り向こうとして、止める。今振り向いたらそこに"誰か"が確実にいる。確実にその"誰か"は自分の目を見ることになる。
そうしたら。そうしたら、また。
「この山林にどうやって君が入ってきたのか、知らないけれど」
振り向かず、警告する。いつもより冷たい声色を使って。
「………すぐに此処から立ち退いてくれ。僕は君を傷付けたくない」
声は、震えていないだろうか。生きている"人"と話すことなんて久し振りすぎて緊張する。喋る言葉は本で覚えた。沢山の知識を本で学んだ。冷たい無機物は温もりを感じなくて、自分が冷たくさせないでいいと思うと楽だった。
だけど、真後ろの"人"は。
温もりのある"生き物"だ。
温度を失う誰かを、目の前で見るのは何回見たってキツい。
「…安心して下さい。私は貴方のことを知っています。カイ・ルーディスさん。あまりにも貴方が悲しそうな顔をしているので思わずこうしゃしゃり出てしまいましたが、私はずっとずっと前から貴方のことを"見ていました"。貴方のその夕焼け色の綺麗な瞳のことも知っています。あぁそうだ貴方にもし話し掛けることが出来たのなら、貴方にこの言葉を言ってあげたかったんです」
「……僕に?」
「えぇ貴方に」
そこまで言って後ろにいる"誰か"は、一旦黙った。
何が起こるのだろうと、その場で立ち尽くしていると、木々が揺れる大きな音と共に目の前に降り立つ"誰か"がいた。
自分とよく似た銀髪の、長い三つ編みの少女。
少女はくるっと振り向くと、僕の"目"を見て太陽のような明るい笑顔をこちらに見せた。
「こんにちは、初めまして。貴方の一番のファンこと、ビリーブ・スノーイーと申します。以後お見知りおきを」
あぁ女の子だったんだとか、何故この山に入れたんだろう、とか、ファンってなんだろうとか、そういえば僕の目を見たのにどうしてこの子はどうにもなっていないんだろう、だとか。
色々疑問は尽きなかったけれど。
今暫くはただ、彼女の姿に"見とれて"いたかった。
(綺麗だなぁ………………)
この山に来てからの十三年間、色んな意味で人から"目を逸らし続けて"いた少年は、この時だけは"まだ目を離したくない"、そう強く思った。
- Re: 今なお壊れ続けるセカイで僕らは【Restart】 ( No.4 )
- 日時: 2017/03/31 12:18
- 名前: 伊舞 (ID: fPljnYyI)
「こんにちは、初めまして。貴方の一番のファンこと、ビリーブ・スノーイーと申します。以後お見知りおきを」
(言った……言っちゃった…………)
突如カイ・ルーディスの目の前に現れた少女、ビリーブ・スノーイー。久し振りに"見た"人間に彼の内心は当然戸惑っていたが、かの少女ビリーブ・スノーイーの内心は、彼以上に。
荒れ狂っていた。
(えぇえッ!!!私喋っちゃった!?あの"カイ君"と!?嘘だぁ……っていうか、カイ君すっごい変な顔してるよぉ…絶対引かれたぁ……もうショック過ぎて立ち直れないよぉ……あーもう、こんな早く話しかけにいくつもりじゃなかったのに!!なんで私の前であんな悲しそうな顔するかなぁ…)
彼女の名前はビリーブ・スノーイー。かの少年カイ・ルーディスを十三年間"見続けてきた十八才の"少女"である。
彼女がこの山に来たのは、十三年前。彼女がまだ五歳の頃だ。
元々いた村では、彼女は"神様"として崇めまつられていた。村人は皆彼女に流れる"血"の能力を知っていたからだ。
彼女の"血液"、それには"人の傷や病気を治す力"があった。
厳密に言えば、彼女の"体液"全てがその力を有していたのだが、愚かだった村人はそのことに気付かなかった。
彼女の"力"に気付いた村人は、彼女の血を欲し、そしてその力に依存するようになっていった。
擦り傷程度の小さな傷にも力に頼り、その血を売って金を稼ごうと考える者さえ現れた。
"血"を有している彼女自身、自らの"傷"、"病気"を治す力はあった。けれども、彼女の"血"が減ってしまえば。
"血"の力が弱まってしまった彼女は、病に伏せるようになっていった。そのような姿になった"少女"を見ても、村人は彼女の力に頼ることを止めなかった。
「…もう、止めて下さい。これ以上あの子から血を抜き取ったらあの子は死んでしまう。あの子が村の役にたてることを嬉しそうにしていたから…今まで黙っていたけれど……あの子は"村の道具"なんかじゃない!!私達と同じ"人間"なんですよ!?」
「なぁに、あの程度じゃ死にはせんよ…。アイツが人間?何を言っているんじゃ、あんなことが出来るのは"化け物"しかおらんよ……アイツは村の"共有財産"じゃ……それ以外の"価値"がアイツにあるか?あんな"化け物"に?」
「んなッ!?」
熱に浮かされてしまって眠れないある日の夜、母と村長がそう話しているのを彼女は聞いた。気弱だった母のそんな大声を聞いたのは初めてだった。彼女が"神様"として"母親"と引き離されて以来、彼女は母親と会うことは殆ど出来なかった。噂で村の隅で一人慎ましく生きているということは知っていたけれど…。
それから数日後の深夜、母は彼女の枕元に立ちこう彼女に告げた。
「逃げましょう、ビリーブ。此処にいたら貴方は殺されてしまう」
「…母、さん」
そう言うと母は彼女を抱き抱えて、深い深い山道を走り出した。抱き抱える母の手は強く、暖かくて、あぁこれが"母の愛"というものなんだと彼女は母の胸の中で久し振りに深い眠りにつくことが出来た。これが彼女が五歳の頃の話になる。
『帰らずの森』それが彼女達の新たな住みかになった。前いた村よりももっと山奥にあって、不便な場所。それでもあの村にいた頃よりも彼女はずっとずっと幸せだった。
- Re: 少年少女と終末世界 ( No.5 )
- 日時: 2018/06/09 21:11
- 名前: 伊舞 (ID: lQ3omTqs)
不便ながらも、生まれて始めての母と子の二人暮らしで過ごす時間は彼女にとって今まで生きてきた時間の中で一番安らかなものだった。当たり前だ。今までずっと"神様"として血を無尽蔵に搾取され続け、そもそも人間としての扱いなんか受けたこともなかったのだ。それが今では只の一人の"母の娘"として、当たり前のように愛され、抱き締められ、暮らしていける。子供が誰でも手に入れられるべきそれらは、今までの彼女には手に入れることが出来なかったものだった。世間一般の"当たり前"は、彼女にとって"当たり前"ではなくて。やっと、やっと手にいれた"当たり前の幸せ"は本当に暖かくて、優しくて。あぁ幸せだなぁ、なんてそんな風に思った。当たり前に、そう思えた。
手元にある僅かばかりのお金を何とかやりくりし、山で取った山菜などを売りながらのその日暮らし。それでもなんとか生活が安定してきたある日、彼女の母はどこかいつもとは違った様子で娘である彼女にこう言った。
「貴方も、もう十二才ね」
「……お母さん」
母と共にあの村から逃げ出してから三年の月日が経とうとしていた。
幼く、小さかった彼女の身体は成長し、既に女性的に変化していた。すらりと伸びた手足に、色白い肌。逃げた頃は肩ほどまでしかなく状態も良くなかった銀色の髪も今や腰までの長さがある。ぱっちりとした目元には、まるで鳥の羽のようなふんわりとした睫毛がくるんと上向きに生えており、その姿はかつて村一番の美女と言われていた彼女の母親とよく似ていた。
一方で、かつて美しかった彼女の母親はその美貌に衰えを見せ始めていた。単純に年を取ったせいでもあるが、娘を産んでからの彼女の生活、娘が近くにいるのに一緒に生活することが出来なかった苦しみなどの心労が余計に彼女の見た目に影響していったのだろう。目元には拭っても消えることのない隈が現れ、水を弾く質の良かった肌はハリを失ってしまっていた。
「……大きくなったね。ビリーブ」
「…もう何、お母さん。急に恥ずかしいってば…」
感慨深げにそう言う彼女の目元には涙が浮かんでいる。彼女の掌が娘の頭を優しく撫でる。少し大人になった娘は、そんな子供扱いしてくる母親の行動に照れてはいたが、顔から嬉しさが滲み出ていた。
盛りを終えた花弁。それでも最近の彼女は、かつての美しさを取り戻そうとしていた。娘との生活が彼女に生き甲斐を与え、目的のある生活は彼女の体に、心に力を与えた。かつての彼女が草原に咲き誇る可憐な花だとするならば、今の彼女は崖に凛として咲く一輪の気高い花だ。かつてと美しさの質は違えども、今の彼女は"美しい"。それは誰の目から見ても明らかな事実だった。
(……ビリーブ。私の可愛い子……)
一度は離れ離れになった母子。悲しみに暮れた村での日々。苦労はあったけれど、幸せな日々であった三年間。初めはぎこちなかった会話も、いつの間にか普通の母子のように出来るようになっていた。この子が心から自然に「お母さん」と呼んでくれたあの日。私はどんなに嬉かったのだっけ。色んな思い出が娘の温もりを通して彼女の頭を駆け巡っていく。
温かい。なんて温かいんだろう。いつか娘にもこんな温もりを共有できる人と一緒になって幸せになってほしい。そんな思いが彼女の中を満たしていく。だからこそ自然にこう思うことが出来た。
この温もりを失わない為なら、私は。
「ビリーブ、大事な話があるの」
「……なぁに、お母さん」
急に母が自分から離れたことを不思議に思ったようで、娘は少し不安そうな顔でそう言った。成長したといっても、まだ子供だ。この子を一人にする訳には────そう思って、そこから先を言うのを留まりそうになったけれど、そんな自分を叱咤して彼女はきゅっと顔を引き締めて言葉を続けた。
この子を一人にする訳にはいかない。だけどこれはこの子の為なのだ。
「お母さんね。これから少し遠出をしなければならないの。…だけどそこに貴方は連れていけない。だからね────」
娘の心が少しずつ不安で満ちていく。それが分かった彼女は娘をこれ以上不安にさせないように、にっこりと笑った。上手く笑えたか分からない。だけども今できる精一杯の笑顔がこれだった。
「────私が帰ってくるまで、ここで一人でお留守番しててくれる?」
次の日から娘──ビリーブの山での一人の生活が始まった。
一日経っても、三日経っても、一週間経っても、一年経っても────彼女の母親が戻ってくることはなかった。
待てども待てども母が帰ってくる気配はない──しびれを切らした彼女は、反対に母を迎えに行くことにした。何をしにいったのかも、どこにいるかも分からない。何のあてもなかったけれど、それでも此処で一人待ってるよりかはよっぽどか、その選択はましなように彼女には思われた。
「よし」
ビリーブ・スノーイー。齢十三歳。
彼女は、この日初めて一人だけで山を出た。
- Re: 少年少女と終末世界 ( No.6 )
- 日時: 2018/06/10 08:24
- 名前: 伊舞 (ID: XcEXsBGd)
(一体、お母さんは何処へ行っちゃったんだろう……)
母が山から出ていく時に置いていったお金は、ほとんど使わずに取ってある。そのおかげで旅費には困らないけれど、勿論限りがあるので早めに決着をつけるのが吉だ。そのことが分かっていたビリーブは足早に道を進んだ。しかし行けども行けども、聞けども聞けども、聞こえてくるのは「分からない」「見た覚えはない」の返事ばかり。道行く人ほぼ全員に自分と似た顔をした妙齢の女性を知らないかと聞いてみたが、良い返事を得ることは出来なかった。そうこうしている内にあっという間に三日が過ぎていき、持っていた旅費も僅かになろうとしていた。
(あと二日、三日くらいかな……探せるのは)
それ以上探していたら帰る為のお金がなくなってしまうだろう。しかし、今のところ母についての情報は一つも入っていない。母が何処にいるのか、何をしているのか、ビリーブには当ても見当も何もない。これにはビリーブもほとほと困り果ててしまった。下手に動いたって無駄に旅費が減ってしまうだけだ。どうすればいいのか分からなくなったビリーブは泣きそうになりながら、その場に座り込んだ。きっと今の彼女の姿は端から見たら迷子のようだっただろう。大人であると自負していた彼女は、そんな自身の状態を自嘲的に笑った。"迷子のよう"というよりも"迷子そのもの"だろう。探しても探しても母は見つからない。足も疲れてきてしまって、もう動きたくない。動けない。だけどもここで待っていたって自分の母が迎えにくることは絶対にないのだ。彼女はただの"迷子"に成り下がる訳にはいかなかった。
(お母さんに会うんだ……)
そう自分を鼓舞して、重たい足を何とか引き摺って動かすと、まだ私は全然動ける。疲れなんかへっちゃらだ。そんな風に思えるような気がした。勿論それは彼女の錯覚以外の何物でもなく、確かに彼女の中に消えようのない疲れは溜まっていたのだが、彼女の動こうとする"意志"が、彼女の底から溢れてくる"力"が、彼女にその"一歩"を踏み出させた。
小さな一歩。けれども彼女にとっては大きな一歩。大事な一歩。
少しずつ、少しずつ。
彼女は"事実"に辿り着こうとしていた。それが"彼女"の望むものではなかったとしても。
∮
「ほ、本当ですか……!?私と、私と似た顔をした女性を見たって…」
「あ、あぁ。本当だよ。アンタによく似てる……」
沢山歩いたかいがあったのだろうか。ついに彼女は母親を見つける為の有力な情報を手にした。この近くの駅で母が電車に乗ろうとしていたところを見たという人がいたのだ。
「……でも、見たといっても半年前の話だよ?何だかやけに深刻そうな顔してたから、妙に記憶に残っててさ……」
情報提供者は母と年齢の近い駅の近くに店を構える弁当屋の店長の女性だった。ビリーブの必死な様子に若干呆気に取られてはいるが、困ったようにぽりぽりと頭を掻きながら彼女はビリーブの質問に答える。
「そ、それで……どちらに向かったのかは分かりますか!?」
「えっと……確かルインビレッジの方だったはずだよ。でもあそこは──」
「ルインビレッジ!……私と母の故郷です。理由は分かんないけど、確かに母がいる可能性は高いかも……!」
ルインビレッジ。私と母がいた場所。私と母が逃げ出した場所。あまり良い思い出がなかった場所なので記憶から消去していたが、本当なら一番最初に見に行くべき場所だった。己の不甲斐なさを悔いてビリーブは自身を叱咤する。が、それよりも今は母が見つかるかもしれないという嬉しさが勝ってしまっていた。思わず顔がにやける。疲れが一気に吹き飛んでいくようだった。
浮かれぎみなビリーブの様子を何か考えるような目付きで女店長が見つめる。そうして何か思い至ったように「ちょっと待ってて」と言った後、彼女は小走りで店へと戻る。何事だろうとビリーブが女店長を待っていると、帰ってきた女店長の手には、まだほかほかの美味しそうな弁当があった。
「……アンタ、今からルインビレッジに行くんだろ。じゃあ"コレ"、持っていきな」
「……で、でも私お金が」
「お代はいいよ。頑張ってるお嬢ちゃんへのおばちゃんからの餞別だと思っておくれ。あの道中は弁当屋なんてないからね。電車で食べていきなさい」
そう言って女店長は、にかっと快活そうに笑った。女店長の行動にビリーブは目から鱗が落ちたような気分になった。母以外の人にこんな風に優しくされたのなんて生まれて初めてだった。何となく母以外の人間に対して感じていた"不信感"が、ぱりぱりと捲れていく。広い世界を覗けば、こんなにも優しい人はいる。優しい目を持つ人はいる。ビリーブは胸がこの作りたての弁当のように、ほかほかと暖まっていくのを感じた。
「本当にありがとうございます……!!このご恩は忘れません!!」
ビリーブは深々と女店長にお辞儀をし、出せるだけの精一杯の声でお礼を言った。そんなビリーブに女店長は「いいんだよ、顔を上げとくれよ」と困ったように言ったけれど、ビリーブは、そうせずにはいられなかった。
∮
女店長が店へと戻ると、四十代程の髭の生えた男性が厨房から女性を揶揄う。男は女店長の旦那だった。「…うっさいよ」彼女が呆れたようにそう言ったが、男はニヤニヤとした笑みを崩さない。こんな感じで何十年も連れ添ってきたのだ。ここで黙るなんて自分らしくない。今更性分を変えることなんて出来る訳ないのだ。
「はは──まったくお前は子供に優しいなぁ。顔は怖いくせに」
「……いい加減黙らないと、アンタのそのお粗末な口縫い付けるよ」
「おーコワ。……別に俺はお前が子供が欲しいなら養子でも何でも取っていいんだぜ。まぁ今の二人きりの生活も俺は気に入ってるけどな」
夫婦には子供がいなかった。何度か試したけれど女に子供が宿ることがなかったのだ。女は元々そういう体だったのかもしれない。子供が生まれないことで、女は男に対して引け目を感じていたけれど、男は別にそんなことどうだって良かった。男は女を愛していたからだ。どんな体だって、例え子供がいなくたって、そのことは変わることはない。
いつものように男は女を揶揄った。だがしかし、女の声にはいつものような張り合いが足りなかった。心配になった男は女に揶揄うような口調は変えないまま、話しかける。
「……おぅおぅ何だよ。元気が足りねぇなぁ。腹でも下したか?」
「……ルインビレッジ」
「あ?ルインビレッジがどうしたんだよ────そこって"半年前になくなった村"だろ?そこがどうかしたのかよ」
男の言葉を聞いて、確信したように女は深く溜め息をつく。当たってほしくないことが、当たってしまった。そんな風だった。
(勘違いだと思いたいんだけど───何だか嫌な予感がする。あの子は、あの子は大丈夫なんだろうか……)
気のせいだ。そう思おうとしたけれど、ざわざわとした胸の不安は収まることを知らなかった。
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