ダーク・ファンタジー小説
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- 僕らは蒼空に叫ぶ。
- 日時: 2017/01/13 01:45
- 名前: わらび餅 (ID: yGaMVBz.)
どうか、×してくれと。
***
少年少女の仄暗い青春話です。
亀更新ですがよろしくお願いします。
- Re: 僕らは蒼空に叫ぶ。 ( No.1 )
- 日時: 2017/01/14 23:53
- 名前: わらび餅 (ID: yGaMVBz.)
「立木くん......?」
背後から聞こえた小さな声。カッターナイフの落ちる音。静寂の中、僕ら二人しかいない教室で、彼女の声が異様に響いた。
ああ、終わった。
***
自分のことは自分がよく分かっている、なんて言うけれど。
僕は僕のことが一番分からない。何を考えて、何を思って、何をしているのか。僕には僕のことがさっぱり理解できない。体調が悪いとか、気分が優れないとか、そういうはっきりと表れる類のものではなく、もっと抽象的な心の奥底の『なにか』が、十七年程生きても分からなかった。かといって他人のほうが僕を理解してくれているのかと問われれば否と答えるし、理解されたいとも思わないのだが。
例えば、今だって、僕は自分を理解できていない。
暗闇が広がる部屋の中。僕は、ベッドの上で無残な姿になったくまのぬいぐるみを見下ろしていた。つい先程まで残っていた、思わず抱きしめたくなるようなぬいぐるみ特有の愛くるしさは欠片もなかった。体中の布は引き裂かれ、中の白い綿が溢れでていた。どことなく、人が泡を吹く姿にみえて気味が悪い。こんなことをした張本人がそんなことをいう資格なんてないのだろうけど。
じっと見ていると、暗闇の中でくまの目だけがやけに光って見えた。なぜだか責められているような感覚に陥り、僕は片手に持っていた包丁を再び振りかざした。そのまま、既にズタボロになっているくまの顔に深く突き刺す。綿を散らし潰れる顔をみながら、これをくれたのは誰だっただろうかと思い返す。でもまあ、いいか、誰だって。
いつからだろうか。それは、テレビをみていたり。誰かとたわいもない話をしていたり。そんな日常の一コマに、突如現れる。
壊したくなるのだ。めちゃくちゃに、形なんて残らないほどに、目の前のそれを。脳みそが沸騰しているように熱くなる。胸の奥が疼いて仕方がない。そして思いのままに壊して、壊して、ぐちゃぐちゃになったそれをみると、昂った頭の奥が急速に冷えていく。自分でやった癖に、酷い罪悪感と喪失感と、ほんの少しの満足感を綯い交ぜにしたような気持ちがのしかかってくる。
理由なんて分からない。分かっていたら僕はこんな人間になんてなっていないし、悩んだりなどしていないのだ。ところ構わずやってくるこれは、もちろん学校にいる時だろうと僕に襲いかかってくるのだからタチが悪い。さすがに学校で物を壊したりなどしたら問題になるので必死に抑え込んでいるが、家に帰ると、今のような様である。幸いなのは僕が一人暮らしで、誰かにこれを見られる心配がないということか。
「……なにやってんだかな」
ナイフをベッド横の机に投げた。元より置いてあったなにかが落ちたような音が聞こえたがどうでもいい。常日頃から用意してある黒いゴミ袋にぬいぐるみだったものを欠片も残さず放り込む。ゴミの日、いつだったかな。
なにもかもが馬鹿らしくなって、ゴミ袋を床に置きベッドに仰向けになった。風呂、入らなきゃなあ。今日やけに蒸し暑かったから汗かいてる。着替えないとワイシャツがシワになるし。飯も食ってない、明日の準備もしてない。でも面倒くさい。そして横になった途端襲い来る眠気。ああ、いいかもう。
そうして何もかもに蓋をして、深いまどろみの中へと落ちていった。
寝坊した。朝起きて、案の定シワになったシャツを洗濯機に放り込み、寝ぼけ眼のまま洗面所で顔を洗う。朝飯の食パンを口につめこみジュースで流す。制服に袖を通して、カバンを肩にひっかけ、玄関で靴をはく。なんの変哲もないごく普通のアパートでいつも通りの朝を終え、学校へ向かった。
「よーっす空......って、なんかテンション低くねえ?」
照りつけるような太陽の下、じっとりと汗で濡れる肌を拭いながら必死に歩いて、学校に辿り着いた。教室に入って自分の席につくと、先に来ていた健太に声をかけられた。
「おはよ。そうか? 昨日寝るの遅かったからかな」
「寝坊かよお前。だからいつもより遅いのか」
「あれ、空じゃん。おはよー、今日遅かったね」
「おはよう。ちょっとね」
「こいつ寝坊したんだと」
「おい健太」
女子の前だからってかっこつけんなよ、なんていう健太の言葉を流し、別の話題をふる。近くにいた女子の数人も加わり、少し賑やかになった。大丈夫、今日もいつも通りだ。
永島は僕の後ろの席で、クラスのムードメーカー的存在な、簡単にいえばいいやつだ。最初は名字である永島と呼んでいたし、向こうも僕の名字である立木と呼んでいた。けれど出席番号が近かったり共通の趣味があったりで、名前で呼び合えるほどの仲になっていた。大体毎日こいつと一緒なので、一番仲がいいと僕は思っているが。
おそらく僕は、この教室では派手なグループの一員だろう。健太は色んな人と交友関係をもっているから近くにいるだけで人がよってくるし、それに比例して僕に話しかけてくる人も増える。そうしていつのまにか、クラスの中心的なメンバーになっていた。二学年になって半年ほどだが、いまだにそれは変わっていない。
「でさあ......おい聞いてんのか空。お前まだ寝てんじゃねえ?」
「ん......ああ、ごめんごめん。ほら、健太の声は眠くなるからさ」
「ほー、じゃあ子守唄でも歌ってやろうか」
「やだよお前音痴だもん」
「んだとこら」
笑いながら、心底ほっとする。いつも通りの友達だし、いつも通りの僕だ。
しばらくそんな調子で雑談していると、後ろの扉がガラリと開いた。入ってきたその人物に、教室内は一瞬静かになる。
「......」
首や頭。腕や足、至るところを包帯をぐるぐる巻きにした女子。つり目がちの瞳で僕らを一瞥すると、腰まである黒髪をなびかせて、無言で彼女の席である一番後ろに座った。そして鞄の中から本を取り出し、無言で読み始める。その様子に、みんなはまた少しずつ話を再開した。これもいつも通りだ。
羽山蒼。一年生のころからずっと包帯を巻いているらしい。無口で滅多に喋らないしこともあり、クラスの皆から遠巻きにされていた。彼女が誰かと喋っているのを見たことがないし、皆気味悪がって関わろうとしない。いじめ、まではいかないが、彼女は孤立していた。もちろん僕も喋ったことはない。ただ一度だけ、羽山さんが落とした本を拾ったことがある。彼女はなにも言わず頭を下げて、その場から去っていったが。なんとも不思議で奇妙な人物である。
「......羽山ってさぁ、いっつも包帯巻いてっけど怪我してんのかね? てかいま夏じゃん、暑くねえのかな」
「さあ......」
去年から、というのだから、とんでもない大怪我でもしたのだろうか。羽山さんはなにも言わないし、誰も彼女に聞こうとしないからなにもわからない。
なんとなく本を読んでいる羽山さんを見ていると、突然顔を上げた彼女と目が合った。なんとなく気まずくて慌てて目をそらす。
その目がどこか、あのくまのぬいぐるみに似ていた気がして。
「あ......」
まずい。また、きた。
胸の奥がじりじりと疼く。頭の奥底が沸騰し始める。よりによってこんな時に、しかもみんなの前で。
急速に侵食してくるそれは、どうしてだかいつもより重いものだった。頭の中でガンガンと鳴り響く警報。ああ、だめ、だめだ、はやく抑えなきゃ、僕は。
「......空? 顔色悪くね?」
「......ちょっと保健室行ってくる」
「大丈夫か?」
心配そうに聞いてくる健太に苦笑いを浮かべながら、僕は教室を足早に出た。まだ大丈夫、大丈夫。
そんな僕の背中を羽山さんが見ていたことなど知らず、僕は駆け込んだ保健室でシーツを握りしめながら、目を瞑り必死に昂る頭を抑えつけた。
もう、嫌だ。
- Re: 僕らは蒼空に叫ぶ。 ( No.2 )
- 日時: 2017/03/04 16:08
- 名前: わらび餅 (ID: 94JDCoDX)
__笑うな、喋るな、余計なことをするな。
それが父親の、否、父親であった人間の口癖だった。
まだ幼い愚かな僕は、父親が全てであり、常識だった。だから彼の言う事には絶対服従であったし、それが当然のことだと信じて疑わなかった。喋るなと言われればなにも喋らない、笑うなと言われれば笑わない。他にもテレビなんてものは見せてもらえなかったし、友達と遊ぶことも禁止させられていた。そんな、人形のような子供だった。
『僕は愛されてる』
母親は僕が生まれてすぐに離婚して消息不明、父親と一軒家で二人暮らしをしていた。幼稚園や小学校の先生が皆口を揃えて、「みんなのお母さんやお父さんは、みんなが大好きだから怒ったりするんだよ」と言っていたので、彼が僕にすることも愛情のひとつなのだと、そう思っていた。
『僕はだいじょうぶ』
火のついたタバコを押しつけられた跡は、いまでも背中にうっすらと残っている。残っていなくとも、体中を殴られたあの痛みは鮮明に思い出せる。泣いても笑っても怒鳴られるので無表情を貫いて、殴られ終わったあとはひとり部屋の隅で救急箱を抱えていた。
彼は女癖も悪く、色んな女性をとっかえひっかえしては家に連れ込んだ。僕の目の前で行為に及ぶことも頻繁にあった。甲高い女の喘ぎ声が耳にこびりついて離れなかったが、これも普通のことなのだと、あの時の僕は信じていた。
いや、もしかしたら、ただ言い聞かせていただけなのかもしれない。心の奥底では、普通とは程遠いのだと、わかっていたのかもしれない。
そして、現実から目を背けるのをやめた時。
『僕、は』
「......ん」
目を開ける。もうすっかり見慣れてしまった、薄い灰色の天井をぼんやりと眺める。
ああそうか、保健室にきて、それでそのまま眠ってしまったのか。一体どれくらい経ったのだろう。寝ている間に夢をみていたような気もするが、記憶が無い。
「起きたのか」
働かない頭で考えていると、軽快な音をたててカーテンが開いた。声をかけてきたのは保健室の先生だった。白衣を少々着崩して無精髭を生やした、僕からしてみればおっさんの。
その顔をみて少し我を取り戻し、ゆっくりと体を起こす。すっかり頭は冷えたようだ。
「......いま、何時」
「もう放課後だよ。何回か起こそうとしたんだけどなぁ、ぐっすりだったよお前」
「......放課後......」
「また発作だろ? 寝てる時魘されてた」
少し乱暴に僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくるこの人は、俺のことを知っている唯一の先生だ。父親が死んで僕を育てる人がいなくなった時、親戚でもないのに中学を卒業するまで預かってくれたのだ。元々この人のカウンセリングを受けていたこともあって、僕の事情はよくわかっていると思う。この高校に入ったのも先生に勧められてだった。
壊したくなる衝動のようなものを発作と称し、こうして度々保健室にくる俺が他の先生に怪しまれないように根回ししているのもこの人である。おかげでとても助かっているが、少々過保護なところもある......気がする。中学を卒業したと同時に家を出て、一人暮らしを始めたいまでもなんだかんだと気にかけてくれる。
「寝れてないんじゃないか? 隈もできてる。そういう時は無理せず学校休めって言ってるだろ」
「そうは言うけどさ、ただでさえ授業受けてないんだから出席くらいはしないとだめじゃん」
「出席してもこうして倒れちゃ世話ないだろ」
「そりゃ......まあ......」
心配、してくれている。
それは嫌ってほどわかってる。この人は優しいから、一度懐にいれたものはとことん大切にする質なのだ。けれど、そんな優しさに触れるたび、どうしていいかわからなくなる。
制御が効かなくなって、理性なんて手放して、そうしていつか、この人も。
「......先生はさ、怖くないの。僕のこと」
そう聞くと、先生は少し目を見開いた。けれどすぐにいつもの胡散臭い顔に戻り、口の端を少し上げた。
「怖いさ」
「っ............いって!」
そりゃそうだろうなと黙りこくる僕に、先生はデコピンをかましてくれた。じんじんと痛みをひく額をさすりながら先生を睨むと、呆れたようにため息をつかれた。
「なーに勘違いしてんのか知らんが......俺が怖いのは、いつかお前が壊れちまいそうだからだよ」
先生の言葉に、息を呑む。
壊してしまうのでは、なくて。僕が、壊れる。 そんなこと考えたこともなかった、と言えば先生は、だろうなと眉を下げた。
「溜め込まなくていいんだ。お前は頼ることを覚えろ。......なんならまた一緒に住んだって構わないんだぜ、俺は」
「......先生の家ゴミ屋敷にするからいい」
「おいおい......って、もう行くのか?」
立ち上がった僕に、先生は眉を潜めた。
「大丈夫なのか、お前」
色々な意味を含めたその言葉に、僕は出来るだけの笑みを浮かべてみせた。
笑うことは、得意だから。
「大丈夫だよ」
まだ、まだ大丈夫。
僕は非力で、臆病で、愚かで、どうしようもない人間だけれど、父親の人形だったあの頃よりは、きっと、大丈夫。
でも、先生。先生の言うそれが、本当だったら。
「__僕も、怖いよ」
いつか僕が壊れてしまう、その時が。
***
保健室を後にして、僕は教室に向かった。
鞄を取りに行かなければ。
廊下を歩いていると、ふと窓の外が視界に入った。夕焼けで赤く染まった空の下で、運動部の掛け声がこだましている。そんな光景を青春だなと遠目に、目的の教室へと足を踏み入れた。
教室にはもう誰もおらず、開けっ放しの窓から入り込む風がカーテンを揺らしていた。施錠係は誰だっただろうか、なんて考えながら自分の机に向かうと、そこには何冊かのノートと紙切れが置かれていた。
__お前がいなかった授業のノートとってやったから写させてやる、感謝しろよ! 無理すんなよ! 健太様より
殴り書きで、お世辞にも綺麗とは言えない字で書かれたそれは、紛れもない友人からのものだった。
ノートの一冊を手に取り、パラパラとめくる。所々にある落書きに思わず笑みが零れた。今日の分が書かれたページには付箋がはってあり、あいつの気遣いがしみじみと伝わる。本当に、いいやつだ。こんな僕のために。優等生の皮を被って、その上を嘘で塗り固めてできた『僕』なんかのために。
いつ発作が起きるかわからないから、気軽に遊ぶこともできない。誰がくれたものも壊してしまう、ボロボロに、醜い姿になるまで。そんな人間だと知ったら、きっと皆離れていく。健太もクラスのみんなも、僕に優しくしてくれる人達、全員。
僕の過去を知ったら、もう。
「__あ」
目の前が真っ黒に染まる。
慌てて本を置いて、手で顔を覆って、なにも見えないように。そうでもしなきゃ、また、僕は。
再び体の奥底から這い上がってくる、どろどろとしたどす黒いなにかに気づいた時、僕はやっとわかったんだ。
ねえ先生、僕はきっと、もう壊れてた。
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