ダーク・ファンタジー小説
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- 化け物お嬢様は泡沫の夢に沈む
- 日時: 2017/04/16 19:11
- 名前: わらび餅 (ID: yGaMVBz.)
わらび餅と申します。
少々残酷なシーンが含まれる場合があります、お気をつけください。
※この話は『死んで花実が咲くものか』に登場するモネという少女の過去話ですが、読んでいなくても問題ありません。
- Re: 化け物お嬢様は泡沫の夢に沈む ( No.1 )
- 日時: 2018/01/22 13:20
- 名前: わらび餅 (ID: AxfLwmKD)
ただ、平凡に生きていたかった。
些細なことで幸せを感じたり、たまに躓いてへこんだり。そんな普通の、ごくごく平凡な毎日を送りたかっただけなのに。
「ああ、やっと。やっとだ。これで私も、永遠になれる......!」
人生とは、ままならないものである。
****
生きていく上で困らないばかりか、それ以上に贅沢な暮らしをできるほどの裕福な家に生まれた私、モネ・フレッカーは今日で十六になる。母は私が幼い頃に他界、貴族である父は母以外の妻をとろうとはせず、世話係や使用人に私を任せるようになった。父は私に見向きもせず、いつしかその姿をみることもなくなった。そのせいか、屋敷で働く人々はどんどん減っていった。
けれど、とてもあたたかい家庭だったのだ。食事はできるだけ三人一緒にとることがルールだったし、両親は私にありったけの愛情を注いでくれた。父が意識せずとも母と私の惚気を垂れ流すことで有名だったのは少し恥ずかしいくらいには、仲がいい家族だった。
母が、いなくなるまでは。
父の様子がおかしくなった。
そのことに気がづいたのはそう遅くない。いつも微笑みを絶やさなかった彼が、なにもかもを冷たい瞳で睨むようなった。いつも私を気にかけてくれた優しい言葉も、頭を撫でてくれた大きな手も、まるで最初からそんなものなかったかのように消えてしまった。屋敷の人達も動揺していたが、父に直接聞くなんて無謀なことは出来ずただ見守るばかり。
毎年必ず行っていた私の誕生日パーティーにも父が来ることはなくなった。それを訝しんだ周囲の人々は私に何があったのかと聞きにくるけれど、そんなの私が知りたいくらいだ。
今年も私はたった一人の家族から、生まれたことを祝われることはなかった。
「誕生日おめでとう、モネ!」
「フィーリア! ありがとう」
騒がしいパーティーの最中、大きな花束を持ってやってきたのは友達のフィーリアだった。お礼を言いながら花束を受け取ると、彼女は心配そうな表情を浮かべた。
「......おじ様は、今日も?」
「もう慣れたから、大丈夫だよ」
「......娘の誕生日にも顔を出さないなんて、薄情な親父様ですこと! 私がそのぶん祝うから問題ないけれど!」
「......本当に、ありがとうね。フィーリア」
「なにを今さら。友達に遠慮なんてしなくていいのよ」
お互いの顔を見あわせて、ふふっと笑い合う。こんなふうに自分のことを想ってくれる友達がいるから、寂しくなんてなかった。
パーティーなんて名ばかりで、ただ飲んで食ってをしたいだけの人もいれば、いい出逢いを探している人もいる。私の誕生日を心から祝ってくれるのは屋敷の人々や、フィーリアのような友達だけだ。でもそれでいい。ただただ騒いで遊んで、そのほうが嫌なことも忘れられるから。ひとりなんかじゃない。
だから私は大丈夫だと、自分に言い聞かせ続けた。
パーティーが終わり、屋敷にはいつもの静寂がおとずれていた。参加者はみな帰っていき、私と使用人達だけが残った。まあ、大勢いたはずの使用人たちは父に愛想を尽かしたのか、それとも辞めさせられたのか、理由はわからないが随分少なくなり、ほんの数人だけだったが。
そして今日一日、ついに父の顔をみることはなかった。まあいつものことだ、なんて強がってはいるが、実は毎年少しへこんでいる。どうしても希望を持ってしまうのだ、もしかしたら今年こそは、と。まあ結局だめで、余計に落ち込むのがお約束になっているのだが。
せめて一言、おめでとうと口にしてくれたら、私はそれで十分なのに。
「......最後にお父様の顔をみたのは、いつだっけ」
自分の部屋で、無駄に豪華なベッドに寝転がりながらひとりごちた。
父は、あの人は、もうとっくに私のことなど忘れているのかもしれない。私なんかより母の方がよっぽど大切で、一緒にいたくて。母に似た私は、あの人を苦しめているだけなのかもしれない。
「......なんてね」
他人の気持ちなど推し量ることなんてできない。それが例え血の繋がった家族だとしても。
考えるだけでバカバカしい、今日はもう寝よう。そう思って目を閉じた、その時だった。
ノックが二回、控えめな音が耳に届く。
「お嬢様、少し宜しいでしょうか」
声の持ち主は、父の執事だった。こんな夜更けにどうしたのだろう。
「何かあった? 入っていいよ」
「......旦那様が、お呼びです」
彼は部屋に入らず、そう告げた。
旦那様とはつまり、父のことだ。突然のことで頭が真っ白になる。
「......お父様、が? 本当に? なにかの間違いじゃ」
「いいえ、確かに旦那様は、お嬢様を連れてくるようにと」
「でも、どうして、そんな急に」
「......私からはなにも。申し訳ございません、お嬢様......申し訳ございません......」
執事はなぜか、弱々しい声で繰り返し謝罪を口にするだけだった。その様子に益々私の頭は混乱した。一体、何があったと言うのだろう。少なくとも、楽しい親子の会話をするわけではないようだ。
不安で胸が苦しくなる。どんなことを言われるのかわからない。頭の中では後ろ向きなことで一杯だ。
でも、それでも。
「......わかった 」
ここで逃げたら、一生父に会えない気がした。
執事に連れられたのは、父の部屋ではなく、地下室だった。
屋敷にこんな場所があるなんて知らなかった、と驚きながら薄暗い階段を下っていくと、鉄の扉が目に入った。
「......ここからは、お嬢様おひとりで来るように、と」
そう言って部屋に入ることを促してくる執事に小さく頷き、やけに重たく感じた扉をゆっくりと開いた。
まず視界に飛び込んできたのは、あちこちに散らばった紙やなにかの道具の数々。整理整頓を心がけていた父の部屋とは到底思えないほど散らかっていた。家具らしい家具は、ステーキのようなものが乗っているテーブルと椅子が真ん中に置かれているだけ。そんな部屋でひとり、父は立っていた。
「......やあ。久しぶりだね、モネ」
「おとう、さま......?」
こんな、こんな顔をしていただろうか、この人は。光のない瞳で私を見つめながら、口元だけが薄く微笑んでいる。ぞくり、と背中が震えた。
知らない。私は、こんなお父様を、知らない。
「随分とほったらかしにしてしまったからね、今年はプレゼントがあるんだよ」
「......プレゼント?」
「ああ。その前にまずは家族水入らずで食事でも、と思ってね。一緒に食べようじゃないか」
そう言って、つかつかと私に歩み寄り、手を取った。そのまま手を引き私を椅子に座らせると、満足気に頷いた。
目の前には、湯気のたった美味しそうなステーキがお皿の上に乗っている。赤い液体が注がれたワイングラスも。私と、父ので二つ。父もテーブルを挟んで私と向き合うように椅子に座り、グラスを手に取った。
「誕生日おめでとう、モネ。今まで祝えなくて、すまなかった」
優しいその声音に、目を見張った。
グラスを差し出してきたので慌てて私も手に取り、控えめに父と合わせた。小さな甲高い音が部屋に響く。
ああ、さっきの顔は、きっと私の見間違いだ。緊張のあまり、幻覚をみてしまったに違いない。だっていまは、昔となにも変わらない、優しい父の姿がここにある。私の誕生日を祝ってくれている。
思わず頬が緩む。何年ぶりだろうか、こうして二人きり、家族で食事をするのは。懐かしさで涙が滲む。
「お食べ。モネのために用意した最高級の肉だよ」
「......はい!」
涙を指でぬぐって、笑顔で応えた。
ナイフとフォークを駆使して、一切れ口に運ぶ。驚くほど柔らかくて、噛む度に肉汁が口の中に広がる。
あまりの美味しさに、思わず声をあげた。
「美味しい......」
「それはよかった。モネ、ワインも飲むといい」
父はそう言って、ワインを指さす。
赤い液体。ワインなんて飲んだことがないから、どんな味なのか想像もつかない。匂いも少し鼻につく。ワインなんてこんなものなのだろうか。
「でもお父様、私まだ未成年で......」
そう遠慮すると、食い気味に返答が返ってきた。
「今日くらい大丈夫だ。さほど強いものではないしな」
そうなのか。そこまで言うなら、と思い切ってグラスを傾ける。赤い液体を飲み込んだ瞬間、焼けるような痛みが喉を刺激した。
「っぐ! げほっ!」
勢いよく咳き込み、グラスを手放す。
バリンと割る音が聞こえたが、いまはそれどころではなかった。液体が通過した喉と胃が、尋常じゃない程に痛い。炎を丸呑みしたように熱い。
「ああ、大丈夫かいモネ」
「っぉ、とう、さま、こ、れ......っうげ......」
「大丈夫、大丈夫、すぐによくなる。お前ならきっと、大丈夫だ」
たまらず椅子から転げ落ち、床にうずくまった私の背中を父が優しくさする。
大丈夫って、なにが。これは、なに。
獣のようなうめき声をあげながら、硬くて冷たい床に爪を立てた。痛い、痛い、いたい、いたいいたいいたいいたい............!
「お......と、さま......はっ......たす、け......!」
「......やっぱり、私の思った通りだ」
薄れゆく意識の中、お父様の恍惚に満ちた声を聞いた。
痛みに呻きながら、必死に顔をあげると、そこには。
「ああ、やっと。やっとだ。これで私も、永遠になれる......!」
娘の苦しむ姿を見おろしながら、父だったはずの人が、歪んだ笑みを浮かべていた。
- Re: 化け物お嬢様は泡沫の夢に沈む ( No.2 )
- 日時: 2018/01/21 18:22
- 名前: わらび餅 (ID: lD2cco6.)
夢をみていた。
私がいて、お父様とお母様がいて、家族揃ってご飯を食べて笑っている、そんな夢を。
ああ、嫌な夢だ。そう思ったのは、死んだはずのお母様を見た時ではない。お父様が笑っているのを見た時だった。
笑っているお父様はもういない。私の知っている父はもう笑わない。
そんなこと、わかっていたはずなのに。
あれは、紛れもない悪夢だったのに。
私は優しい夢だと勘違いして、手を伸ばしたのだ。
「目が覚めたんだね。気分はどうだい?」
最悪です、お父様。
そんなこと言えるはずもなく、そもそも言う気力なんてなかったが、心の中でそう返事をした。
この言葉を聞くのは、もう何度目だろうか。桁が三つになったところで数えるのをやめた。
私はあの誕生日に死んだ。
いや、殺されたのほうが正しい。犯人は勿論、いまベッドで寝ている私に微笑みながら声をかけてきた父である。
私は死んで、そして生き返ったのだ。
人魚、というのを知っているだろうか。
半分人で半分魚の伝説の生き物。その肉を食べたものは不老不死になるという。誕生日に出された肉が、まさしくそれだった。
そして私はその肉を食べ、不老不死になった。信じられないだろうが、事実そうなのだ。
「徐々に目覚めるのが早くなっている……力が馴染んできたんだな。やはりお前と人魚の肉は随分相性がいいみたいだ。肉だけでは不完全だとわかってね、あの時出したワインは人魚の血だったんだが……実に素晴らしい結果だ。血と肉、そして相性のいい体があれば完全な不老不死になれる」
だそうだ。鉄の味がしたと思ったらそういうことだったのか。あの血には毒も混ざっており、そのせいで私は死んだらしい。あの時は目覚めるのに三日かかったのだが、いまでは数時間にまで早まっている。
「すまないね、モネ。実験が成功したのは初めてで、お前が本当に生きているのか確かめたくなるんだ。痛いだろう、苦しいだろう。だがそれが生きているという証なんだよ」
そう嬉しそうに言うものだから、私はなにも言葉にできなくなる。この人は本当に喜んでいるのだ、私が生きていることを。だから何度も何度も殺して、何度も何度も生き返らせる。
あれから何日経ったのだろうか。最初は泣き叫んでやめてと懇願したが、その度に父は大丈夫だからと私の頭を撫で、撫でたその手で私の命を潰した。
そして、おそらく。
「……実験に、使用人たちを使ったのですか」
「ああ。だが全員失敗した。不老不死になった者はいたが、人の形が保てなくてね。ずっと唸っているし悪臭が酷いから海に捨てたよ」
ああ、やっぱり。不自然に減った使用人たちは、そういうことだったのだ。
いま残っているのは、あの日私を呼びに来た父の執事だけ。あの人はきっと知っていたのだ、このことを。だから、弱々しい謝罪を何度も繰り返していた。
どうして。あなたが謝る必要など、欠片もないのに。
「人魚の話を持ちかけてきた医師が言うには、相性には遺伝も関係があるそうなんだ。お前がこうして生きているのだから、私も不老不死になれるだろう。ああ嬉しいな! これで私たち家族はずっと一緒だ。死に怯えながら生きなくていいんだ。なにも失わなくていいんだ」
その言葉を聞いて、私はそっと目を閉じる。
家族を死なせたくない、ずっと一緒にいたい。そう願いながらこの人は、他の誰かから家族を奪い、自分の家族も殺し続ける。
なんて滑稽で、愚かで、可哀想。
そして私は、今日も殺された。
この悪夢はしばらく続いたが、唐突に終わりを告げる。
父が私の目の前で人魚の血肉を喰らい、体が保てなくなり死んだ。とても呆気なく、なにも言葉を発せず、彼は希望を抱いたままその生涯を終えたのだった。
しゃがみこんで、父だったはずのドロドロとした真っ赤ななにかをすくい上げる。
涙はとうの昔に枯れたのか、流れることはなかった。
ねえお父様。私はなにもかも、失ったよ。
- Re: 化け物お嬢様は泡沫の夢に沈む ( No.3 )
- 日時: 2018/02/12 01:52
- 名前: わらび餅 (ID: xDXAIlaX)
「いい? 裏口から出て、路地裏を通りなさい。人に見られないようにね」
父が死んだその日の夜。
私は、父の執事であり使用人唯一の生き残りであるルーカスに、この屋敷を出るようにと告げた。
ルーカスは、父が死んだと知った時、涙を流しながら何度も何度も謝罪の言葉を繰り返した。あの日と同じように、何度も。あなたのせいではないと言っても、首を横に振り続けた。
仕える主人がいなくなったのだから、ここにとどまる理由などないはずなのに。だというのに、彼は頑なに出て行こうとしなかったのだ。
「ですがお嬢様、わたしは!」
「いいの。あなたはなにも見ていない。最初からここの執事でもなかった。誰に何を聞かれても、知らないとだけ言って。あなたはなにも関係ないのだから」
「わたしは、わたしには、罪があります。全てを知っておきながら、お嬢様になにもお伝えしなかった。もしわたしが全て話していたら、お嬢様も旦那様も、こんなことには」
必死に言い募る彼に、私はそっと首を振った。
「違う。違うの。これはね、私の罪なの」
「お嬢様はなにも知らなかったではありませんか!」
「知らなかったのが罪なのよ。……ああ違うか、知ろうとしなかった、かな」
逃げていたのだ。私の知らない父に、向き合おうともせず背中を向けて。
「いつかね、元のお父様が戻ってくるんじゃないかって、ずっと。ずっと待ってたの。おかしいって分かってて、それでも待っていただけだった。きっと、あの人を救えるのは私だけだったのに。私だけしか、いなかったのに」
悲しみは同じだった。
喪失感も、苦しい程の痛みも、同じだったはずなのに。なにが違ったのだろうか。愛情の深さ? 過ごした時間?
同じ人を喪ったのに、どうしてこんなにも違ってしまったのだろう。
「もっとちゃんと向き合っていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。だからこれは、私とお父様の罪。私達が奪った命を背負って、私はひとりで生きていくから」
償いをするわけじゃない。赦して欲しいわけじゃない。
償えないとわかっている。赦されないとわかっている。
これはただのエゴで、傲慢で、ひとりよがりな自殺だ。自分で自分の首を締めながら、生というナイフで心臓を滅多刺しにしながら、何度も死んで生きていくのだ。
「でしたら、お嬢様もわたしと一緒に行きましょう。やはりわたしには、貴女に罪などないと、そう思うのです。それでも罪だと言うのなら、わたしにも背負わせてほしい」
「……ルーカスは本当にいい執事ね。けれど、駄目。あなたには奥さんも娘さんもいるでしょう。あなたの大切な家族を巻き込むわけにはいかないわ」
「……わたしは貴女に、幸せになってほしいのです! どうして貴女が、そんな体になってまで……!」
ぼろぼろと涙を零すルーカスの姿は、とても綺麗で、優しくて、それだけでほんの少し、救われた気がした。
だからもう、いいの。
「さようならルーカス。よき執事。フレッカー家最後の命令よ。ここを、去りなさい」
無理やり彼の背を押して、裏口の扉を閉め鍵をかけた。
私を呼ぶ声と、ドンドンと扉を叩く音がしばらく響いたが、やがてなにも聞こえなくなった。
遠ざかる足音を聞きながら、私は扉に背を預けずるずると座り込んだ。
彼の荷物に、詰め込めるだけのお金を入れておいた。家族三人で暮らすには充分だろう。
「……お父様…………お母様……」
屋敷からはもう、物音ひとつ聞こえない。
後日、私の通報で何人もの警官が屋敷にやってきた。事の顛末全てを話した時、彼らの顔は真っ青だった。実際に目の前で不死の実演もしたが、ある者は嘔吐しある者は悲鳴を上げた。
屋敷の地下に無造作に積まれた多くの死体と、実験の跡。恐ろしい父の所業は瞬く間に街中に広まった。生に執着し殺戮を繰り返した父親。殺された使用人達の無惨な姿。フレッカー家当主の父は、狂人としてその名を轟かせた。
私の家で雇っていた使用人達は皆、家族がいなかった。ルーカスだけが、妻子を持っていた。彼が生かされたのは、恐らくそれが理由だろう。
死んでも問題のない人間を、父は実験に使ったのだ。
彼らの供養は手厚くするよう、取り計らってもらった。いつか、花のひとつでも供えられる日が来るだろうか。
さて、不老不死という前代未聞の存在は、警察で取り扱える域を超えたらしい。取り残された私は、保護及び観察対象として秘密裏に国の軍に引き取られることになった。
「あなたは死んだ者として世間に公表します」
国のお偉いさんにそう言われ、私は何も言葉を出すことなく頷いた。
***
出発前夜、私は屋敷の中をゆっくりと歩き回っていた。
父や母、使用人達との思い出が、時が止まったかのように至る所に残っていた。
「……お別れ、か」
私には最後に、やるべき事があった。
それは、悲劇のフレッカー家に幕を下ろすこと。この惨劇に、終止符を打つこと。
そして、モネ・フレッカーという人間を殺すこと。
厨房からナイフを取り出し、それを自分の首に突き刺した。吹き出す血、遠のいていく視界。
痛みはもう、感じなかった。
ゆっくりと、目を閉じる。
さよなら、モネ・フレッカー。
さよなら、人間だったモネ・フレッカー。
そしておはよう、化け物のモネ。
「誕生日おめでとう、化け物の私」
ゆっくりと、目を開く。
__ああ、いい朝だ。
翌朝、フレッカー家は全焼し、その姿は跡形もなく消え去った。
焼け焦げた木の匂いだけが、いつまでもその場に漂っていた。
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