ダーク・ファンタジー小説
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- 雪蛍
- 日時: 2017/06/05 15:39
- 名前: しらたま (ID: 62e0Birk)
嗚呼、また間に合わなかった…
ごめんなさい、私の可愛い×××…
次こそは必ず、アナタに逢いに行くから———
雪が降る寒い夜。冬の長期休暇に入った大学生、霜矢葦炉(しもや よしろ)は缶コーヒーで暖を取りながら自宅へ向かっていた
サークルにも入っておらず、バイトもしていない葦炉は休暇中も特に用事など無く
余り余った時間をどう使おうかとぼんやり考えていた
残り少ないコーヒーを一気に飲み干し、近くのゴミ箱にでも捨てようと目に入った公園へ入る
其処で葦炉は、不思議なものを見た
この寒い冬の夜、本来在り得ない姿の女が其処に立っていたのだ
浅葱に雪の結晶を描いた着物を着た美女が
艶やかな黒髪を背に流し、淡く微笑む其の女に葦炉が先ず感じたのは不信感でも疑心でも無い———懐かしさ
ぼんやりと当初の目的を忘れていた葦炉が携帯電話のバイブレーションにより意識を取り戻すと、一瞬のうちに女は消えていた
(不思議なこともあるもんだ)
コーヒーの缶をゴミ箱に放り投げ踵を返す
公園を出る一歩前に振り返っても、足跡は葦炉ただ一人だけのものしかなかった
それから不思議な女は毎日公園に現れた
葦炉は遠目にそれを確認すると公園に入り、女と言葉を交わす
女の名は眞幌と云い、歳は18歳
弟がいて両親はいないことを知った
葦炉の話を淡い笑みで聞いていたと思えば、声を出して笑ったりする
冬に着物と云う不可思議なことが気にならないくらい、二人はまるで姉弟のように言葉を交わした
「眞幌みたいな人が姉さんだったら欲しかったな」
ポツリと葦炉が言葉を零すと、眞幌は少し寂しげに笑った
「私は弟を探しているの。何時まで経っても見つからなくて…」
「でもね、お盆になると蛍が教えてくれるのよ」
眉を下げて笑う眞幌に葦炉はなんと言葉をかけるのが正解かわからなかった
そして、冬が溶けて春が来る頃
「来週あたり、花見にでも行かないか?」
何時ものように、二人以外の誰もいない公園のベンチで
何時ものように、何気なく口にした誘いの言葉
「ごめんなさい。私、冬にしかここにいられないのよ」
葦炉の誘いを断った眞幌の顔は悲しそうで、苦しそうで
其の日を限りに、眞幌が葦炉の前に姿を現すことは無かった
眞幌が姿を消してからも、葦炉は何度も公園へ足を運んだ
もしかしたら今日はいるかもしれない
もしかしたら明日は来るかもしれない
言いようの無い不安と焦燥に駆られ、葦炉は意味も無くただ、眞幌を探し続けた
ある日、寝不足のまま大学へ行くと
「やぁ、霜矢。凄い隈だね。眠れていないのかな?」
トン、と肩を叩かれ振り向くと、葦炉の高校からの先輩である山瀬
そして友人の鮎川が立っていた
「もう講義は終わっているぞ。昼食に一緒に行こうぜ」
鮎川に腕を掴まれ、葦炉は抵抗無くそのまま着いて行く
「…霜矢、最近どうしたの?」
「えっと…山瀬さんって幽霊とか信じたりします?」
葦炉の問いに鮎川は不思議そうに首を傾げ、山瀬はうーんと小さく唸った
「まぁ正直な話、僕はそういうモノがぼんやり見えるから信じるっちゃ信じるよ」
山瀬がそう告げると葦炉はほっとして話し始めた
公園で会った眞幌と云う女のこと
冬でも着物姿で、触れても手が冷たかったこと
弟を探していて、冬以外はこの街にいないらしいということ
其処まで話すと黙って聞いていた山瀬は口を開いた
「…此れはあくまで伝承として聞いて欲しいんだけど…」
そういって始まったのは、古い昔噺
ある小さな村で雪の降る日に男女の双子が生まれた
生まれて数年後、双子の両親は子を置いて逝ってしまう
弟は病弱で働くことなど到底出来ず、姉が弟の分まで働いていたらしい
それでも貧困は続き、村は生贄を捧げる———と云うよりも口減らしを行った
先ず目をつけられたのは双子の弟。病気で仕事は愚か、立ち上がることも出来ない少年はあっという間に言いくるめられ吹雪の中に連れ出された
たった一人の弟を守ろうと姉は村人に抗うも、弟は深く掘られた雪の中に生き埋めにされてしまった
姉は悲しみに暮れ、一瞬の躊躇いもなく自身の喉を掻き切り弟の後を追ったと云う噺
「…そ、其れがどうして眞幌に繋がるんですか。眞幌は弟を探していて」
「なぁ、葦炉」
横から口を出したのは鮎川
「お前がその眞幌っつう人を探してんのはわかったけどさ、見つけてどうする?」
「其れは…」
「俺さ、今の噺にその人?幽霊は何かしら関係あると思うんだよ。まぁ、受け止めるか拒否するかはお前次第だけどさ」
「葦炉、お前の本心は何処にあるんだ?」
鮎川の問いに、葦炉は何も言い返せなかった
其れからも葦炉は答えが出ないまま公園へ行くのをやめなかった
『お前の本心は何処にあるんだ?』
鮎川の問いが頭の中をグルグル回る
(そんなの、俺にもわからない)
葦炉が眞幌に感じているのは、恋慕よりは尊敬、安心感のほうが強い
何度か諦めようと思ったりもしたが、何故か探すのを止めてはいけない気がして
そして、この日も眞幌は葦炉の前に姿を現さなかった
「ただいま」
葦炉が家に帰れば、母親が顔を出してきた
「お帰り、葦炉。ご飯前にお爺ちゃんのお手伝いしてくれる?」
断る前に引っ込んでしまった母親に溜め息をつきながら葦炉は祖父のいる物置へ向かった
「じいちゃん」
振り返った祖父は「おお」と目を細め手招きをする
「ほれ、葦炉。これはこの霜矢家の家系図だ」
祖父が広げた古い和紙には、代々霜矢家の人間の名前が書かれていた
「へぇ…あれ?」
よく見れば一部、可笑しな点がある
「気付きおったか。うちは元は分家でな、本家はとっくに途絶えちまってなぁ」
確かによく見ると可笑しいのだ
うちは本家から続いたものではなく、婿養子が出された家が葦炉の先祖となる
そして、本家の血筋に書かれていた名を読んでいくとあることに葦炉は気付いた
「じいちゃん、過去に俺と同じ名前の人がいたのか?」
「ん?…嗚呼、これか。いたぞ…この記録は何時読んでも胸糞悪くなるわ」
葦炉は胸に何かつっかえている気がした。脳内を覆うモヤモヤは大きくなる
同時に、嫌な予感も大きく感じた
「じいちゃん、これ借りてもいいかな」
——この嫌な予感が、どうかはずれてくれればいい
後日、葦炉は大学内のカフェに鮎川と山瀬を呼び出した
「いきなりすみません山瀬さん。鮎川もすまん」
会うなり頭を下げる葦炉に山瀬は頭を軽く叩き、鮎川は気にするなと笑った
「この前はごめんな。葦炉も思うことあったんだろうに」
すまなそうに眉を下げる鮎川に苦笑し大丈夫だとかえすと、葦炉は真剣な顔つきになる
「二人に聞いて欲しいことがあって…」
葦炉は語る。伝承と眞幌の関係から憶測したことを
自分と同じ名の人間の存在を
其処から沸いたある可能性を
一通り話し終えると、葦炉は深く息を吐き出した
「信じてもらえるかはわからないけど、二人には話しておきたかった」
葦炉の話に山瀬は目を細めた
「信じるよ」
葦炉はこんな嘘をつかない。それはきっと鮎川も分かっているだろう
隣で頷いている鮎川を横目でチラリと見る
「その推測が正しかったらすげぇな」
「うん。でもあの人はまだ探してる。待ってるんだ」
だから
「今度はあの人は待つ番なんだよ」
カフェでの会話から数ヶ月
蒸し暑い夏が終わりかけの盆時、葦炉はコンビニから自宅へ向かっていた
この夏、公園に寄ることが出来なかった葦炉は焦っていた
それは山瀬から聞いたことが原因だった
『あまりに長い時間彷徨うと、幽霊は輪廻転生から外れて悪霊になってしまうから気をつけて』
そう聞きすぐに走り回ったが、結局夏が終わる今日まで見つけられずにいたのだ
其の上、公園は『女の幽霊がでる心霊スポット』扱いや夜遅くまで花火をする不良たちのせいで入ることも出来ないのだ
「まずいな…早く見つけないといけないのに」
一人そう零しアイスを齧る
「…あれ」
目の前を横切った、小さな淡い光。蛍だ
『お盆になると蛍が教えてくれるのよ』
そう言ったのは、あの淡い笑みを浮かべるあの人
目の前の蛍は葦炉をまるで導くかのように周りを飛んだ後、何処かへ向かっていく
葦炉はただ何も考えず、蛍の後を追った
遠くから聞こえるのは祭囃子。葦炉は公園近くの小さな森の中にいた
蛍を追い続け、辿り着いたのは本当に小さな河
そして其処に眞幌はいた
美しかった顔は半分が黒いもやに包まれ、背中を丸め苦しげに呻いていた
「眞幌!」
葦炉が駆け寄ると眞幌は「ぁ…嗚呼、私は…また…っ」と虚ろな目で呟いていた
「まほ…いや、姉さん」
葦炉はボロボロの爪が長く伸びた眞幌の両手を握った
「ごめんね、ずっとずっと…俺は姉さんを待たせていたんだね」
眞幌の目が葦炉を捉えた
「よ…し、ろ?」
「…俺は、貴女の弟じゃないけれど…貴女は間違いなく俺の姉さんだったんだよ」
「あ、嗚呼…葦炉。私の、可愛い弟…貴方は、幸せ…?」
縋るようにしがみつく眞幌を、葦炉は抱き締めた
「うん、俺は此処にいるよ。幸せだよ、俺が【葦炉】だった頃からずっと」
葦炉がそう言うと、眞幌は嬉しそうに泣いて、幸せそうに笑った
「もう独りじゃないんだね。幸せなんだね」
「うん。だから姉さんももういいんだ。もう、いいんだよ」
いつの間にか、眞幌を覆うもやは消えていて
葦炉の腕の中の眞幌も笑って静かに消えていった
あの夜から一週間。葦炉は鮎川と山瀬と眞幌の最期の場所に来ていた
「長い時間を巡って、弟の転生の葦炉を探していたんだな」
ポツリと鮎川が零すと、山瀬が小さく微笑んだ
「必死だったんだよ。彼が【葦炉】であったから、どうしても幸せか見たかったんでしょ」
不幸な死を遂げた弟の魂をどうしても幸せに導いてやりたいと思う姉の思いが、こうして長い時間を経てやっと実ったのだろう
「…まさか、伝承が本物で霜矢がかつて生贄の【葦炉】の転生者で」
「其の上、公園の美女幽霊はかつての葦炉の双子の姉だったなんて。びっくりですね」
花を手向ける葦炉の後ろで山瀬と鮎川は呟いた
夏の終わりの風が、三人の髪と花弁を揺らした
完