ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- フカノタウン・ロマンス
- 日時: 2017/07/05 08:07
- 名前: 狂yuki (ID: v8Cr5l.H)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=555.jpg
1996年6月16日 名古屋 深野町 県立深野高校
「はーい。じゃあ授業の前にー、転校生を紹介します」
黄緑の長髪の女性教師が、横に立つ少女を教壇に上がらせる。
「...星川 雨音(ほしかわ あまね)です。よろしくお願いします...」
「はい、挨拶ありがとー。えーと、じゃあ机は...」
男子どもが一斉に自分の隣の席を見る。そして、一斉にがっかりしたような溜め息をつく。
男子の隣は女子、という風に決まっているが、それでも不服らしい。
女子達はその様子を見て隣の強欲な男子を睨みつける。
「あー、あそこが空いてるわね」
そう言って女性教師が指さしたのは、中瀬 弘志(なかせ ひろし)の隣だった。
男子の悪魔のように鋭い目線が弘志を突き刺す。
「ま、待てお前ら。そのカシウスの槍のような鋭い目線で俺を刺すな。俺が望んだわけじゃないんだし......おい!ユダはどこだ!俺をクラスの悪人に仕立てあげようとしてるユダがいるんだろ!」
と、いつも通りの悪ノリに、女性教師は笑う。
「キョウコ先生!俺の隣ではなく、他の奴の隣を無理矢理にでも開けてやった方が...こら!俺の席に消しゴムのカスを投げるな!しかもこれ食べ物の臭いがするシリーズ!尚更やめろ!」
女性教師...キョウコは途中で、雨音の顔が少し切なそうに見えたので、怪訝に思った。
しかしこのキョウコ、ただの教師ではない。
何せ、元々この1年3組の担任は別にいるのだ。それなのに、このキョウコ・ライラックが教壇に立っていたのには、まあ理由があるのだが。
ガラガラガラ
「皆ごめーん!遅れちゃった!」
「もうー、麗子。遅れちゃった!じゃないよー。この凄まじい肉食獣どもを私一人でまとめるなんてさ、無理無理。やっぱ麗子くらいにならないとね」
「うーホントごめん!そうよね、私くらいにならないとこの子達......やめてよそれ!!」
怒る麗子を押さえてキョウコが言う。
「とまぁ、私達は仲良しコンビ、キョウコ&レイコよ。よろしく」
「あ......はい」
ここでは雨音も、少しだけ苦笑いをした。
その日はキョウコの薦めで、弘志が学校案内をしてくれた。
授業では、いきなり消しゴムを貸してくれないかと訊ねてきた。
そして昼食。
「昼食どうする?こっち、弘志パーティー空席ありだけど、来るか?」
話しかけてきてくれたのは、柊 拓徒。身長は微妙だが、中々クールな顔をしている。
「う、うん」
拓徒は、場に溶け込みきれない雨音に気を遣って、たまに話を振ってきてくれた。
「えー、キノコアイス?そんなのただの冷凍山菜じゃねーか」
「馬鹿野郎。山菜は冷凍だろうが美味いのだ。全く...拓徒、お前は日本の食の美徳を何と弁える」
「美徳の美の字もねえよ...お前の親父さん、たまに変なもん作るよな、この前なんかトマトチョコだもんな...怪しいったらありゃしないぜ......ってか、雨音の故郷にもあったの?そういうご当地限定的なやつ」
「...ぇ?...あぁ、うちではよくトマトラーメン食べてたかな...」
「うぉ!まじ!?そりゃ、弘志の親父さんが食べたら、ビックリして脳卒中起こすんじゃねぇの!?」
「お前さっきから親父を弄りすぎじゃ!」
「いーぃじゃねぇかよぉ。そういう仲だろー?」
「やかましい!」
「ギャーーッ!!」
放課後。
「おーい拓徒。イズミマーケットでアイス買って帰ろうぜ」
独特な力のない声。弘志だ。雨音は弘志の後ろから、勇気を出して話しかけてみた。
「弘志君。拓徒君」
すると弘志は、癖なのか、少し気だるそうに応える。
「んぁ?」
一方の拓徒は、如何にも元気な男子らしく応える。
「ん?どした?」
「えと...その...今日はありがとう。これから、よろしくね」
すると、拓徒はまた元気よく応えてくれた。
だが、弘志は、思いもよらないことを言ってきた。
「ぁあ...。...それだけ?」
雨音は黙った。唖然とした。表情は驚きのまま止まった。
そして
「......ぅ...ぇ......」
顔が何か特別な感情で歪むのが自分でも分かった。悲しいんだ、と。
拓徒が慌てる。
「う、ッ?お、おい!?どした!?」
雨音には、その声が聞こえなかった。泣きながら、廊下へと飛び出す。
「......ぅぅぅぅぇああああ!!ああああああああ!!」
それに、弘志は不思議そうな顔をする。
「......?」
だが、拓徒には分かっていた。
「なぁ弘志。今のは...ないんじゃないか?」
「へ?ないって、何が?」
拓徒は溜め息をつく。女心を分かっちゃいない。
「あのなぁー、弘志。あんなに内気な女の子だぞ。それが、勇気出してお前に話しかけたってんだぞ。
それなのに、何だ今の。『んあー?』って。お前は夜遅めのコンビニのアルバイト学生店員か」
「......じゃあどうすりゃいい?」
「へ?」
「つーかお前。アイツのこと、好きなのか...?え?どうなんだ」
「は!?俺はそーゆーの関係ないから!俺はだな、要するに、お前には隣人としての義務があるだろっつってんの!」
「お前キリスト教徒かよ、隣人へ優しくしろだなんて。あのなぁ、俺は恋愛とかそういうの、無いの。受験で失敗してここ来ちゃったわけだし。今から挽回しなきゃならないんだよ」
「そのためにお前、一人の女の子の心を踏みにじって。平気なのか?
あの子にはあの子の考えがある。お前がいくら心の中で『俺は忙しいから恋愛しないぜ』オーラをギラギラさせてたとしたって、
あの子がそれに気づくとは限らないだろ。それなのに、いきなりお前にあんな素っ気ない態度とられて.....お前はいいの?」
「............」
弘志は黙った。少し間抜けでぶきっちょだが、元々仲間想いの弘志だ。
「......拓徒」
「あ?」
「わりぃ。アイスはまたにしよう」
「......。へへっ、約束すっぽかしやがったなホラ吹きキノコアイス野郎、覚えてろォ!」
「百年だろうと覚えといてやる!」
弘志は廊下を走って行った。だが、丁度作倉先生に見つかり、
「こら!廊下を走っちゃいけないって言ったでしょう!」
と怒鳴られているのが聞こえてきた。
続く
- Re: フカノタウン・ロマンス ( No.1 )
- 日時: 2017/07/05 08:27
- 名前: 狂yuki (ID: v8Cr5l.H)
雨音が泣きながら走って、途中で出会ったのは、同じクラスの鬼宮原 飛鳥だった。
彼女は転校生とか関係なく雨音に親しくしてくれた。
「ん?どうしたの雨音。...え!?泣いてる!?な、何?何があったの!?」
「ひっ、...う、ええぇ...あ...飛鳥..さん...!」
すると鬼宮原はハッとした。そしてすぐに訊いた。
「......もしかして......弘志?」
「......え?」
「んー、その反応...やっぱりそうなのねー。...気にしないで。アイツ、不器用なだけだから」
「......でも...」
「前からああいう奴だったのよ。弘志...」
「......つ、付き合ってたの?」
「えぇ。昔、ね」
「.........前から...あんなだったんだ...」
「そりゃあもう。...私も、はじめは嫌いだったの、アイツのこと。
............私ね、受験に成功してここに来たの。『保育士になるなら絶対ここ!』って親戚に言われたから、絶対ここに入りたくて猛勉強して....」
「確かに、さっきの授業でも...飛鳥さん、凄かった...周りの皆より賢くて...」
「別に私が賢いってことじゃないよ...。...でもね、弘志は違った。
はじめ、弘志は私に告白してきて、だから私も快くそれを引き受けたの。まぁ、私なんて選り好み出来る女じゃないしね。
それなのに、ある日を境に、弘志は変わった......。......『俺は受験に失敗して、何の目的もなくここに来たんだ。もう二度と失敗したくないから、お前とももう付き合えない』って。勝手よね。でも、それが彼よ。私、そういう男と付き合って...」
飛鳥は明るく振る舞ってはいるが、『過去』の傷は人一倍深かった。
「飛鳥さん...」
すると、後ろから人が駆けてくる音。
「おぉーい!星川ァ!」
弘志だ。
雨音は胸を締め付けられる感覚を覚えた。そして飛鳥はその数倍の痛みを覚えた。
「......先、帰るね。また明日...」
「...あ、飛鳥さん。また...明日ね...」
息も絶え絶えに弘志が言う。
「あ、...ひ...ひぃ。ひぃ、はぁ。...ぁ、あ...雨音。さっき...、は、悪かった...
お、俺...お前の気持ち、...理解してなくて...さ...。
俺のこと...嫌いになったよな...。...ごめん」
「...」
雨音はどう答えていいのか、一瞬戸惑った。
こんなに謝ってはいるが、飛鳥の言う通り、弘志は『そういう』人間なのかもしれない。
「......」
「......星川...」
「......弘志君...」
「...え?」
そして次に雨音は、自分でも思いもよらないことを言った。
「一緒に帰ろう?」
続く
- Re: フカノタウン・ロマンス ( No.2 )
- 日時: 2017/07/09 22:16
- 名前: 狂yuki (ID: WgIzNCa0)
飛鳥は唇を噛み締めた。
人知れず。人知れず。人知れず。
その場から動けなかった。そうこうしているとー、
「...ーっ!はぁ、はぁ、はぁ。あれ、アイツらは...?」
息を切らしながらやって来たのは拓徒だった。
「...帰っちゃったよ」
「...ぇ、くぁーマジか!せっかくアイス食べに行こうって誘ったのに...。アイツさ、
酷いんだぜ。俺の約束すっぽかして...」
拓徒は慌てて取り繕った。俺が助言したなんてことがバレたら弘志は間違いなくクソ野郎呼ばわりされるだろうから。
それなら、男の約束をぶち破った約束ブレイカー呼ばわりされた方がまだマシだろうと彼は思ったのだ。
っつっても、これは思い込みだが...。
すると、それを悟ったのか、飛鳥が言った。
「...無理しなくていいんだよ」
「.........え?」
「拓徒は、皆が幸せじゃなきゃ辛いって、そういう人でしょ。だけど、無理しなくていあの」
「飛鳥......」
「アンタだって辛い筈なのに、一人だけそれを我慢するなんて、狡いわ。私達と同じ場所にいてよ」
「......」
「私。このままだと、アンタがどこか行ってしまうんじゃないかって心配してるんだからね」
「......それはどういう......」
「私、最近、毎日のように夢を見るの。アンタがこの町からいなくなって、どこか遠い世界で皆の幸せのために犠牲になる夢」
「......えらく壮大だな」
「でも、私、それが本当になっちゃうんじゃないかと思って心配なの。アンタみたいに優しい人がいなくなるのが怖いの」
「......」
拓徒は少し黙って、優しく微笑んだ。そして言った。
「飛鳥。俺は皆が好きだ。だから皆が幸せでいてくれると俺は幸せになれる。無理してるなんてことはないから、安心してくれ」
「......拓徒」
「ありがとうな、お前の心遣い、すげぇ嬉しいよ」
「拓徒...ホントに無理だけはしないでね。皆はそんなアンタの笑顔が好きなんだから」
言うと、拓徒は少しだけ照れ臭そうにしながら、
「...じゃ、じゃあ...な」
と、足早に去っていった。
続く
- Re: フカノタウン・ロマンス ( No.3 )
- 日時: 2017/07/28 06:21
- 名前: 狂yuki (ID: WgIzNCa0)
数日後
飛鳥はいつも通り帰宅した。
家に入るなり、靴を脱ぎ散らかして、
「ただいま!」
そしてリビングに入ると、父、雄造が先に帰宅していた。
「おお、帰って来たのか。飛鳥」
「うん、お父さん先に帰ってるなんて珍しいわね」
すると、台所にいた母、恵が答える。
「今日はカミシロ工業の神代会長に誘われてゴルフの約束をしてたんだけど、神代会長がお腹壊しちゃって、延期になったんですって」
勝手な話だな、と飛鳥は思った。
誘ったのは向こうなのに、一方的にドタキャン。
すると、雄造はまるで心を読んでいたかのように、
「大人はな、勝手な事情にも冷静に対応するものだ」
と言ってきたので
「ちょ、ちょっと何で私の言いたいことが分かったの?心読まれてる!?」
と訊いた。すると雄造は
「いや?読んでるのは新聞だよ」
と答えた。多分ジョークなどではない。父はジョークとかそういうのは好きじゃない筈だ。
...
そう言えば、母も何か変だ。いつもより少し暗い。
飛鳥は不安になって訊いた。
「...ねぇ、どうしたの?二人とも何か変だよ」
すると雄造が、かなり間を置いて答えた。
「............聴いて平静なままでいられるか?そう誓えるか?」
「......え?」
「誓えるかと訊いたんだ!」
「...!?あ...、うん...」
飛鳥は、雄造の威圧感に耐えかねてつい頷いてしまった。覚悟が体についてきていない。
「...よろしい。ならば教える」
すると、恵が不安そうな顔で此方を見てきた。
「言ってよ」
「...飛鳥......。...中瀬 弘志君が...引っ越すそうだ」
「......え?」
母が割って入る。
「弘志君、実は不治の病と言われてるコンステラ病を発病してたらしくて...それを黙ってたんだけど、もう危険な域にあるらしいの」
「......!?」
コンステラ病...。最近テレビでよく聞く名前で、危険視はされていたが、まさか、弘志が発病していたとは。
「......ぅ......」
「飛鳥」
「嘘よ......ね」
「本当だ」
「嘘.........よ...............」
コンステラ病等、嘘だ。嘘。嘘、嘘、嘘。
続く
- Re: フカノタウン・ロマンス ( No.4 )
- 日時: 2017/07/28 23:29
- 名前: 狂yuki (ID: WgIzNCa0)
深野街がいくら発展していても、やはり東京ほどは医療施設が整っていない。
抑、深野街には病院が少ない。かつては嫌と言うほどあったのだが、競争が激化するにつれ、小規模な病院は消えていった。
「............」
飛鳥は、その夜、寝ることが出来なかった。
弘志が引っ越すだなんて。しかも、手術自体、上手くいく保証がないというではないか。
上手くいったとしても、三年間は入院していなければならないというではないか。
それは酷い。神はどうしてこうも無慈悲なのか。
飛鳥は、神か何か知らないがとにかく天の上にいる「運命の創造神」を睨みつけた。
翌日
麗子が悲しそうな顔で切り出す。
「皆さん、今日はとても残念なお知らせがあります。中瀬 弘志君が、コンステラ病の手術を受けるため、引っ越してしまいます」
その時、クラスそのものが騒然とした。何か変な言い方だが、とにかくクラスそのものが騒然とした。
「え、何で!?」「何があったんですか!?」「嘘だろ弘志!」
弘志は、それでもいつものように、仏頂面を貫いていた。
すると、
ガタンッ
飛鳥は徐に立ち上がった。何故か知らないが体が立ち上がった。心は座ったままでいろと命じているのに、体だけは勇猛果敢に立ち上がった。
そして、
「あ、飛鳥さん!?」
演説する政治家にナイフを持って突進する暴漢を制止するボディーガードのように、麗子が飛鳥を引き止める。だが、
「やめて下さい!行かせて下さい!私はもう!!」
と、そこ迄言い、弘志の前に立った。
「......何だよ?」
弘志はそっぽを向く素振りをして、言う。
飛鳥はその弘志を
「馬鹿!弘志はホント、馬鹿だ!」
と言って、ビンタした。
そして、再びクラスが騒然となった。
「うぉいて!......てめ、何すんだよ!」
「アンタはね...そのまま...そのまま、思いも伝えずにいきなりサヨナラして自己完結出来て...!ああ!何て羨ましいの!?でもね!私達はね!アンタのその身勝手な...!
何なのアンタ!私達がどれだけ心配しても、そんな気だるそうな顔して、結局アンタは何も分かってないんじゃない!あぁぁぁもう!アンタなんか知らない!別れて正解だった!
コンステラ?何それ!アンタ死ぬの?はん、地獄は私が行くだろうから、アンタは死んだら天国行ってよね!二度と会いたくもないから!さぁ!早く行って!先生!こんな馬鹿は早く追い出して下さい!」
飛鳥は、全て言い切った。
言いたいこと全て。これまで抑えてきた自分。全て、爆発した。
「ぁ......あす...か...さん?」
「..................」
弘志は、散々言われても、ビンタされても、それでも黙っていた。ただ、いつもの顔で。
それを見ると、飛鳥はまた怒りが込み上げてくるのを感じたので、目を逸らした。
そして、
「......先生、俺、もう行きます」
そう言って弘志は、さっさと教室を出た。すると
「......!」
雨音が。あの、雨音が。弘志を追って行った。
「...え?ちょ、弘志君?雨音さん!?.........皆、自習してて!」
......
普通なら、自習と言われて、先生がいなくなった瞬間。教室の中がお祭り騒ぎになるところだ。
だが、誰も喋らない。飛鳥は、机に突っ伏して泣いている。
飛鳥は、いつも何も言葉足らずな弘志を心配ばかりしていた。
言葉足らず故に、彼には欠点が沢山あった。だから、心配していた。
なのに
そうか。結局、その弘志を散々罵倒した挙句、雨音に奪われて...。惨めな自分がいるわけ、か。
続く
Page:1