ダーク・ファンタジー小説

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閲覧数○○記念! カラミティ・ハーツ 短編集
日時: 2017/08/30 22:25
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 どーも、藍蓮です!
 閲覧数が一定の数行くたびに、本編にまつわる短編を書こうと画策中です。本編を知らない方はご遠慮ください。たぶん、わかりません。ちなみに、短編を読まなくても本編に支障はございませんが、読めば一層深みが増すであろうことを、ここに書いておきます。

 目次(+メイン人物)

1 穏やかな時間 >>0 −−リュクシオン
2 「ありがとう」と言いたくて >>1 −−リクシア
3 言えた名前 >>2 −−エルヴァイン
4 「Hearty」 >>3 −−フィオル
5 満ちた月欠けた月 >>4 −−ルヴァイン&シャライン(神話)
6 天使たちの青空 >>5 −−極北の天使たち(五人)(多いので省略)
7 殺人剣のF >>6 −−フェロン(※5900文字)
8 廃墟の青 >>9 エルヴァイン

 というわけで、閲覧数50記念の話から。

  ◆

 閲覧数50きたよ! 嬉しいなー。
 ってなわけで、「カラミティ・ハーツ」の番外編を書きたいと思います。序章でちょっとしか出られなかった、リュクシオンのお話。
 皆さま、ありがとうございます!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 穏やかな時間

——時はさかのぼる。

「リュクシオン」
「はっ」
 ウィンチェバルの王宮で。その日、彼は呼び出しを受けた。
「これから季節は冬になる。侵略も一気に途絶える季節だ。そこで提案する。そなた、ときには帰省せぬか」
「帰省……ですか?」
「そうだ。国のために働いてくれるのは大変結構。しかし、休息は必要だろう? そなたには妹がいるそうではないか。たまには会ってやれ」
 リュクシオンは、頭の中で、甘えんぼな妹のことを考え、苦笑いした。
 あの子はさぞ、自分に会いたがっていることだろう。
「……そう、ですね……。陛下がよろしいとおっしゃるのならば、是非、妹に会いとうございます」
 王はその返答を聞き、満足そうに笑うのだった。
「そうだそうだ。休め休め。そなたは真面目すぎていかんのだ」
「……では、失礼いたしますね」
 リュクシオンは、部屋を出た。

 王宮から馬車を借り、妹がいる小さな村を目指す。初冬の空気は肌寒く、それでいて、どこかすがすがしい。リュクシオンは、解き放たれたような、スッしたさわやかな解放感を感じた。
「……このところ、ずっと執務室勤めだったしなぁ」
 こういったさわやかな空気を、心が望んでいたのだろうか。
 しんしんと雪降る銀色の世界を、リュクシオンの馬車は進んでいく。

「わぁ、今夜は積もるかなぁ」
 部屋の窓を開け、リクシアは凍空(いてぞら)を眺めた。
 天から降る雪は白く儚く。そして一瞬で溶けていく。
「雪を喜ぶとか、子供?」
 その気分を、隣でフェロンがぶち壊しにするが、リクシアは気にしない。
 ——こんなきれいな雪の日は、いいことが起きるような気がしない?

「すっかり夜になってしまったな」
 雪降る村を、馬車が進む。それは、ある家の前で止まった。
 明かりはついていない。どうしようかと悩んでいると、戸からフェロンが出てきた。
「……リューク。来るなら早めに言ってくれる」
「……何で君がここにいるのさ」
 フェロンは確かに幼馴染だが、家族ではない。
 フェロンが呆れたように言った。
「君の妹! リア! 寂しいから話し相手になってって、強引に僕を誘うんだ。こっちは一人暮らしだから別にかまわないけど……。でも、夜じゃなくて昼に着けなかったの? リア、寝ちゃったし」
「昼は忙しかったものでね」
「……リュークは真面目すぎる」
「君が言うことでもないだろう」
 言葉を交わし、家に入る。
 久々に、帰った気がした。
 雑務に追われ、王宮で忙しく働いていた日々とは違い、ここには穏やかな時間がある。
「馬車で来たの?」
「ああ、そうさ。馬は厩にとめておいたよ。厩舎、わざわざ作ってくれてありがとね」
「王宮からここまでは遠いから。厩舎があると便利でしょ?」
 あ、そうそう、とフェロンは言う。
「リアを起こすのは明日にしてね。今起こしちゃ、かわいそうだ」
「わかってるって。眠ってる可愛い妹を、無理に起こすような薄情な兄さんじゃないさ」
 返して、彼は自分の部屋に行く。
 ここ半年ほど主のいなかった部屋は、驚くほど、きれいに掃除されていた。
「……リクシア。僕のことはいいって、あれほど言ったのにさぁ。君も世話焼きだねぇ」
 でも、うれしかった。帰る場所がある、迎えてくれる人がいる、そのことが。
 そんなことさえできなくなった人を、たくさん見てきたから。
「僕は幸せだよ……」
 言って、ベッドに寝転がり、目を閉じた。
 閉じた目の中に、雪が反射した月の光が、ちらちらと入り込んでいた。

 翌朝。
「うわぁっ! お兄ちゃんっ!」
 何の気もなしに居間に行くと、リクシアに仰天された。
「……そんなに驚かれると、傷つくよ?」
「わ、悪気は無いのっ! 今までいなかったから、急に現れてびっくりして……」
「昨日からいたよ」
 どこからかやってきたフェロンが、さりげなく割り込む。
「まぁ、戻ってきたのはリアが眠った後だし。起こさないでって言っておいた」
「そんな! 起こしてよぅ!」
「リアも休めってこと。まったく。兄妹そろって、休むってことを知らないんだから」
 その言葉に、リュクシオンが反応する。
「……休んでないの?」
「あ……う……」
「兄さんがいない分私が頑張るだの、兄さんがいつ帰ってもいいように環境を整えるだの……。口を開けば兄さん兄さん。そりゃ、休む暇もないよね」
「フェロン〜!」
 フェロンがあっさり暴露した。
 リュクシオンは苦笑いする。
「仕方ないなぁ。じゃあ、みんなで出かけようか。それが、僕らの休息さ」
「……家で休めって言ってんの。このブラコン、シスコンが」
 フェロンの小さなつぶやきは、無論、二人に届かない。
「どこ行くどこ行く〜?」
「山に行ってみようか?」
「賛成!」
「……勝手にしろ……」
 ……常識人のフェロンは、苦労人でもあった。

 冬の山は、昨日降った雪で真っ白に染まり、きらきらと日の光を反射していた。
「きれい……!」
 春は野花、夏は新緑。秋は紅葉に、冬は雪。
 四季折々で違う顔を見せる山の中でも、リュクシオンは冬が好きだった。
 雪の、白。何にも染まらぬ、天上の白。それがすべてを埋め尽くし、一面の銀世界へと変える。その白さ、美しさを。リュクシオンは愛した。
 澄みわたった空気は思わず深呼吸したくなる。深呼吸すれば、すがすがしい冷たさが喉を渡って、頭をすっきり冴えさせる。
「冬って、いいよね。綺麗で」
 冬にしては珍しく、すっかり晴れた快晴の空を、見上げた。
 ——この光景を見るために、僕はまた、戻ってくる。
「リクシア。競走してみよっか」
 誘いかければ。
「オーケー兄さん! じゃ、あの木まで走ろっ! フェロンもね!」
「ええっ? 僕も!?」
 文句いいながらも走るフェロン。
 地を駆ければ、踏む雪の感触が気持ちいい。息をすれば、飛び込んでくる、すがすがしさよ。
 リュクシオンは今、心から楽しんでいた。
 戦も政務も。何もかも忘れて。
(楽しい、楽しい、楽しいよっ!)
 無邪気に笑う、風の精のように。笑い踊りながら走った。

 結果は、フェロンが一番、リュクシオンが二番。リクシアは三番でビリだった。
 フェロンは一呼吸遅れたのにもかかわらず、堂々の一番。リクシアはそれが面白くない。
「なんでフェロンが一番なのよぅ」
 文句を言えば。
「経験の差だね」
 あっさり返すフェロン。
 それを見て、リュクシオンがフォローする。
「ほら、僕らは魔法を使うだろう? でも、フェルは剣を使うじゃないか。剣士は体そのものを武器として使うから体を鍛えていて当然だけど、魔道師は体はそこまで使わないだろう? だから、これは仕方ないのさ」
「勝ちたかった……」
「まぁまぁ」
 苦笑いして、リクシアをなだめる。
 空を見る。日は中天に差し掛かっている。リュクシオンは言った。
「やぁ、もうお昼だね。ランチにしようか」
「……リューク、持ってきたわけ?」
「いいや?」
「——君ね!」
 リュクシオンの天然っぷりに呆れかえるフェロン。
「……じゃ、何。このまま下山するの?」
「そうだよ?」
「…………知らない」
 フェロンは呆れてものも言えない。
 リクシアがうん、とうなずく。
「じゃ、帰ろっかー。帰ろ、帰ろー」
「……………………(—_—)(訳;もう知るか)」
 ……こうして一行は下山した。

 この後、リュクシオンはこの家で二週間を過ごし、王宮に戻っていく。そしてまた、雑務に追われる日々に戻る。
 でも、彼は忘れない。あの日。帰省したあの日。
 確かに幸せだったこと。
 喜ぶリクシアと仏頂面のフェロン。美しいあの銀世界。
 夢のようだったあの日々を。彼は永遠に忘れない。
(こんなに楽しいなら、ちょくちょく戻ろうかなー)

 しかし、彼が再び、戻ることはなかった。
 季節は、冬。戦の前の小休止。

 その年の春。彼は国を滅ぼして、魔物となってしまったのだから——。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 単発番外編です! 皆さま、どうでしたか?
 彼らにもあった幸せな日々。物語の前日譚です。
 ほのぼのした感じが伝わればいいなー。

閲覧数100記念! CH短編 「ありがとう」と言いたくて ( No.1 )
日時: 2017/08/09 01:20
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ※CHは「カラミティ・ハーツ」の略ですよ。 

 どーも、藍蓮です!
 閲覧数100記念の話を募集していましたが、誰も来なかったみたいなので、勝手に書きます。あとからでもいいからアイデアおくれー。
 まぁ、始めて間もない割には、たくさんの方が拙作を読んで下さったようで! とても感激しております! 小説書くの楽しいですー!
 皆さま、ありがとうございました!


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 「ありがとう」と言いたくて

(時はさかのぼる)

  ◆

「大丈夫か?」
 転んで泣いてた女の子に。
 そっと差しのべられた手は、温かかった。
 あの日、どうして言えなかったのかな。
 たった一言の「ありがとう」が。
 嬉しかったのに。

  ◆

「何? また、僕に用?」
 フェロンが面倒くさそうな顔をした。
 リクシアはうなずく。
「手伝ってほしいの。あれとあれとあれとあれを……」
「買ってくれって? 子供の使いじゃないんだから勘弁してよ……」
「そう言うフェロンもまだ子供じゃない」
「君よりは上だよ……」
 呆れたように言いながらも。いつもフェロンは従ってくれる。
「使い走りじゃないんだよ、リア……」
 文句を言ったって。いつもリクシアに甘えさせてくれる。
 そんなフェロンが、好きだった。
「はい、買っといたよ。で、他には?」
「あれとあれとあれ」
「……君も人使いが荒いよねぇ」
 フェロンはさらに溜め息をついた。

 買ってもらったのはたくさんの糸。綺麗な布地に刺繍針。
「……何やろうって言うのさ、君」
「内緒よ内緒」
「……わかったけど、夜更かしだけは、しないでね?」
「へーき、へーき! フェロンは黙る!」
「はいはい……」
 呆れ顔のフェロンを追い出し。
 針と糸を取り出して、作業を始めた。
 あの日は言えなかった「ありがとう」を、今度こそちゃんと言うために。

「……何してるんだか」
 フェロンは、するともなしに、彼女の部屋の扉を眺めた。
「どうせ、リュークに何か、作ってやっているんだろうけど……。でも、リュークがいないからって、なんで僕が話し相手なわけ? 僕しかいないのだとしたら、友達少なッ! なんか心配なんだけど」
 音の一切しない部屋。おそらく彼女は今、一心に何かを縫っている。
「幸せなやつ……」
 若干リュクシオンをひがみながらも、彼は剣の技を磨きに、秋の丘へと登って行った。

「フェロン、フェーローン!」
「なんだようるさいな。……って、それ!?」
「うん。私が作ったんだよぅ?」
 練習を終え、木の木陰で休んでいたフェロンに。
 バスケットを抱えたリクシアが近づいて行って、サンドイッチを差し出した。
「何か作ってたんじゃなかったの」
「それぐらい、今じゃなくてもできるじゃない」
「で、わざわざ?」
「そうよ?」
「……ありがとう」
 言って、彼はサンドイッチを受け取る。

 フェロンはすぐに、「ありがとう」が言えるのに。
 どうして言えなかったのかな、あの日。
 お礼が、したいんだ。
 だから今、頑張って、作ってる。

  ◆

「ん、こんな感じ」
 作っていたのはローブだった。ただのローブではない。機能性があって、模様もきれいで、動きやすくて……。そんなローブだった。
「あの人は動きにくいの嫌うもんねー」
 機能性重視の緑のローブ。
 あの人の目と、同じ色の。
「作って渡して、今度こそ言うんだ」
 あの日、言えなかった「ありがとう」を。
 ——そのためには、作り上げなきゃ。
 一心に、針と糸を動かした。

  ◆

「お兄ちゃん、まだかなぁ」
「リュークは忙しいんだよ」
「お兄ちゃん、まだまだぁ?」
「だから忙しいんだってば」
「会いたいなぁ」
「待ってりゃ会えるさ」
「話したいなぁ」
「……待つって知ってる?」
 木枯らしの吹く、秋の道。
 不毛な日常会話が、今日もまた、続いていった。

  ◆

「最近外に出てこない……。そんなにそれが大事なのか?」
 部屋にこもりっきりのリクシアが、フェロンは少し、心配だった。
(まあ、作り終わったら出てくるかな。でも心配だから、やめてほしいよ)
 フェロンは持ってきたトレイを部屋に前に置くと、中の少女に声をかけた。
「あの、サンドイッチ、置いとくから。おなかがすいたら勝手に食べてね」
 中から返事はなかった。よほど集中しているらしい。
 フェロンはため息をつき、その場を後にした。

  ◆

 部屋から出たら、サンドイッチの乗ったトレイが置いてあった。
「あ、フェロン……」
 また迷惑をかけたらしい。自分の甘さが嫌になる。
「ホント、いっつもいっつも……。ごめんね」
 フェロンには世話になりっぱなしだった。

  ◆

 冬の近づく、秋の終わりに。リクシアは「それ」を作り終えた。
 渡す人は決まっている。今日はあの人の誕生日なんだから。
 思い出の丘に行くと、彼は今日も、剣をそこで振っていた。
 誕生日でも、変わらず真面目に。

「……フェロン」

 その人の名を、口にした。
 彼はいつも通りの口調で、「何?」と答えた。
 リクシアは、出来上がったローブを、そっと差し出した。
「……それって、リア」
 今こそ言わなければならないんだ。

「—— ありがとう —— !」

「!」
 差し出されたローブと、思いのこもった言葉に。フェロンは瞠目する。
「……リア……?」
「言いたかったの。私、あなたに」
 はじめて出会ったあの日に、言えなかった「ありがとう」を。
 ちゃんとした形で。
「フェロンは私にいつも、色々としてくれた。血はつながっていないのに、兄さんみたいだった」
 なのに、それを「当たり前」と思い、「ありがとう」を言えない自分がいた——。
「だから、言いたかったの、あなたに」
 ささやかなプレゼントを添えて。
 はじめて出会った、あの日と同じ日に。
「ありがとうって」
 言いたかったの。言えなかったから。
「……リア」
 驚いたような顔のフェロン。彼はすぐに破顔した。
「そんなことを気にしていたの?」
 コクリとうなずくリクシア。
 なんだ、そんなこと、とフェロンは苦笑いを浮かべる。
「気にしてないし、過去のことじゃないか」
「でも、私は気にしたもん!」
「はいはい」
 言って、彼は渡されたローブを広げ、感嘆の声を上げた。
「……すごいものだね。動きやすそうだ」
 嬉しそうに、彼は言うのだ。

「ありがとう」

 その瞬間、全てのわだかまりが解けた。
 そうだ。私はあの冬の日。その一言が、言えなくて。
 暗い思いを抱えて。罪悪感めいたものを感じて。ずっと後悔していた。
 言ってみれば簡単なことだし、言われてみれば、嬉しいのに。
 言えなかったのは幼かったから。何もわからなかったからだった。
「ありがとう」
 口にしてみれば、ふんわりと優しい。
 ありがとう、フェロン。ありがとう、傍にいてくれて。
 言いたいことはたくさんあったけど、とても伝えきれないから。
 とびきりの笑顔でもう一度言うのだ。
 たった一言。

「ありがとう」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 はい、今回は「ありがとう」に主眼を置いた短編です。相手の名が終盤まで明かされないのは、その方が面白いからです。
 言いたかったのに言えなかった「ありがとう」。そんな経験が私にはあります。
 心温まる話になれたら、嬉しいです。

 閲覧数100記念! さてどうしようと考えていたら、こんな話が浮かびました。

 これからもどうぞよろしくお願いいたします。
 皆さま、お読みいただき、「ありがとう」ございました!

閲覧数150記念! カラミティ・ハーツ短編 言えた名前 ( No.2 )
日時: 2017/08/10 18:15
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 どーも、藍蓮です! 

 皆さま、ありがとうございます!
 閲覧数が150になりました!
 というわけで、再び記念の話を。
 Ep19までお読みでない方は、読むのをお控えください。
 その話に関連した、エピソードですので。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 言えた名前

 嫌われ者だった、幼いころから。
 父王の不義の子だからって。
 生まれつき、深い闇の力があったからって。
 同じようにして、生まれたのに。
 他のきょうだいみたいには、なれなかった。
 父親に、嫌われて。きょうだいに、嫌われて。
 嵐のような暴力と暴言。傷つかぬよう、心をよろった。

 ——だから、望んだんだ。剣を、と。

 剣さえあれば、力さえあれば。きっといじめられないって。
 悲しみに耐え、苦しみに耐え。涙の海を渡ってきた。
 そんな僕の名は——

     
       エルヴァイン・ウィンチェバル。


  ◆

 
 時はさかのぼる。


「だからアンタは邪魔なのよッ!」
「ゴミめ、しっしっ、あっち行け!」
 今日もまた、変わらぬ日常。
 城を歩いているだけで。投げつけられた言葉の暴力。
「アンタなんて、死んじゃえばいいのッ!」
 それを言ったのは実の姉。
 殴ってきたのは実の兄。
「…………ッ」
 殴られて、吹っ飛ばされて。地面に転がった。
「なんだよ? 睨んでんじゃねぇよ!」
 今度はブーツの爪先で蹴られて。
 剣を覚えたって、いじめは終わらない。
 ここで剣を使ったら、犯罪者になってしまうんだ。
 だから。
 いくら、今がつらくても。唇を噛んで耐えるしかない。
「……剣の師匠のところに行くんだ。邪魔しないでくれるか」
 努めて冷静な口調で言って、衣服の埃を払い、立ち上がった。
 その背を。
「ぐあッ……!」
 剣の鞘で、殴ってきた兄。
「剣の師匠? 真面目なもんだねぇ。ならこの一撃を、受けてみろッ!」
 倒れ込むその脳天に、重い革の鞘が、

 打ち込まれなかった。


「——あなたたちは、弱い者いじめがお好きのようね」


 漆黒の少女が、その手を前に差し出していた。
 手から現れた漆黒の鎖が。剣の鞘を縛り付ける。
「誰だ貴様はッ!」
「知らないの? あらまぁ、あなたたるお人が! 従妹の名前一つ、覚えられないなんて。これは失礼いたしましたわ」
 芝居がかった仕草で例をして、名乗る。

「グラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・アリアンロッド」

 彼女はふわりとほほ笑んだ。
「さて、質問。私の名前は?」
「ふざけるなよッ! そんな長い名前、覚えられるわけが——!」
「じゃ、あなた、名乗ってみなさいな」
「いいだろう! 聞いて驚け! 俺の名は——!」
 王子は朗々と名乗りを上げる。
「ニコール・マクスウェル・グリージィアルト・ヴェヌス・フォン・クライシス・ローリヌス・ヴァン・ダグラス・ウィンチェバル! もう一回言ってみろ!」
「簡単よ。ニコール・マクスウェル・グリージィアルト・ヴェヌス・フォン・クライシス・ローリヌス・ヴァン・ダグラス・ウィンチェバル」
 彼女はこともなげに言って返した。
「なッ——貴様ッ!」

「だから、もう一度問うわ」

 悪魔の笑みを、浮かべて。

「グラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・アリアンロッド。さて、私の名前は? 言えないわけがないわよね? 私があなたの名前を、しっかり言えたのだから」

「く、くそッ!」
 王子——ニコールは、唇を噛み、叫んだ。
「グラーキア・アルディヘイム・フォン・ヴァイナ・アリアンロッド! これでどうだッ!」
「……訂正していい?」
 少女は、見てられないわと首を振る。
「まず、グラーキアじゃなくってグラエキアだから。で、ドはどうしたの? クラインレーヴェルもないし、ヴァイナじゃなくってヴァジュナだし、位置もフォンのあとじゃないし……。めちゃくちゃね。それでよく、自分の名前を覚えられたものよね」
「貴様ァッ!」
 二コールは彼女に殴りかかろうとしたが、彼女が漆黒の鎖を呼び出すと、その身体は拘束された。
「外せッ!」
「私の名前は?」
「グランキア・ラーディヘルム——」
「情けないわね」
 彼女はふうと溜め息をついた。
「こんな人が、王族だなんて」
 言って、倒れたままの、エルヴァインに、手を差し出した。
「私の名前は?」
 記憶力には自信があったから。
「グラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・アリアンロッド」
 答えたら。

「上出来」 

 彼女は優しくほほ笑んだ。
「あんな馬鹿より、あなたの方が、よっぽどいいわ。あなたの名前は?」
「……エルヴァイン・ウィンチェバル」
 長ったらしい名は、持っていない。
 そう答えると。
「短い方が、覚えやすいものね。私だって、あんなに長い名でいつも呼ばれていたら、たまったものじゃないから、さ」
「……グラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・アリアンロッド……」
 手を握って、立ち上がった僕に。
「グラエキアでいいわ。だから、私も。……エルヴァインって、呼ばせてくれる?」
 彼女は、言うのだ。
「あなた、そんなに賢いんだからさ。あんな馬鹿にいじめられるなんておかしい。いじめられないように、考えたらどう?」
 僕は、うなずいた。
 小さく、礼を言う。
「……ありがとう、グラエキア」
「私の名前を間違えずに言えた人は、助けることにしているのよ」
 それが、彼女との出会いだった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……書いてみて思いました。
 グラエキア、強ッ! 何、あの弁論は!
 臨時で作ったキャラですが、非常に成功したキャラでもありますね。

 今回は、これまでとは打って変わって、リクシアもフェロンも出てこない短編です。エルヴァインとグラエキアの物語。お楽しみいただけたでしょうか? 正直、グラエキアの弁論のところは、書いていてめっちゃ楽しかったです。自分で書いていてなんですが、スカッとしましたですハイ。

 これからも、また何か理由つけて、この短編集は更新します。
 本編も楽しんでいって下さい。

 ご精読、ありがとうございました!

閲覧数200記念! カラミティ・ハーツ短編 「Hearty」 ( No.3 )
日時: 2017/08/14 11:39
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 どーも、藍蓮です!

 皆様に感謝です!
 閲覧数200来たよ! 嬉しいな!
 ということで、またまた短編のお時間です。
 楽しんでいって下さいな。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 「Hearty」

 今はもう、いないけど。
 大好きだった人がいる。
 心優しく、そして強かった
 彼女の名前はハーティ。
 僕らを育ててくれた人。
 天使でも、悪魔でも。
 わけ隔てなく。平等に。

 今はもう、いないけど。
 今はもう、いないけど。

  ◆

 赤ん坊だったから覚えてないよ。でも、その日。ハーティの家の前に、天使の子と悪魔の子が、捨てられていたんだって。
 だからハーティは拾ったんだ。捨てられた子は見捨てられないって、さ。
 以降、僕らは彼女に育てられ。長く平和な時間を送った。
 春も夏も秋も冬も。
 やがて僕たちは大きくなった。

  ◆

「ねぇねぇ。みんな。お出かけしないー?」

 間延びした穏やかな口調で。
 その日、ハーティは笑って言った。
 穏やかな春の日のことだったよ。空はからっと晴れていて。
 絶好のお出かけ日和だね。
 僕が笑えば。
 兄さんも大きく伸びをして、言ったんだ。
「じゃあ、どこへ行くか?」
 ハーティは、幼い子供みたいに、無邪気に手を挙げた。
「お花畑に生きたいのです」
 目をきらきらと輝かせて。
「じゃ、そうしよっか。でも、近くにあったかな?」
 僕が首をかしげると。
「私、知ってるものぉ。ついてきてねー」
 少女みたいに軽やかな足取りで。ふわりと歩きだした。

「待ってよ!」
 気が付いたら、みんないなかった。
 僕がぼんやりしている間に。
 ハーティも、兄さんも。
 で、僕は知らない所にいた。
 知らない風景、知らない町。
 さっきまでハーティの家の前にいたと、思っていたのに。
 道行く人の、怪訝な視線。
 僕は不安になってきた。
 でも、どうすればいいのか。どうすればまた会えるのか、わからなかった。
 心細くなって。僕はその場にうずくまった。
「独りは……嫌だよ……」
 つぶやいてみても。見知った顔はどこにもなくて。
 ずっと固まっていた。じっと固まっていた。
 そんな時。

「フィオ!」
 駆け寄る声。よく知った声。
 縮こまっていた僕は、恐る恐る上を見た。
 すると、そこにあった、変わらぬハーティの顔と、心配に顔をゆがませた兄さんの姿。
「……みんな」
「見つかってよかったぁ」
「……どこ行ってたんだ。心配したぞ」
 その声を聞くと、安心して。
 立ち上がって、恐る恐る手を伸ばした。
 本物だと、確かめるように。
「怖かったの? ごめんねぇ。私、夢中になっちゃってさぁ」
 ハーティは。僕の母さんは。優しく僕を抱きしめた。
「でも、大丈夫。ハーティがいるよー。今度ははぐれないからさぁ。……一緒に、お花畑、行こうよ?」
「……うん」
「大丈夫。いなくなったりしないからぁ」
 言って、彼女は僕に片手を差し出した。握れということらしい。
「いや、僕は子供じゃないから」
「はぐれたくないもーん」
 無邪気に笑って。ハーティの方から僕の手を握ってきた。
 すると。
「なら、オレも」
 悪戯っぽく笑って、兄さんが反対の手を握った。
 僕は二人の間に挟まれるような形になって、憤慨した。
「兄さんまで! 子供じゃないってば!」
「はぐれたくないからな」
「…………」
 ……でも、まあ。
 ちょっと恥ずかしいけど。
 悪い気はしないんだよね。
 つないだ手。確かに感じる、「誰か」の温かさ。
 傍にいることの温かさ。
 不安なんて、とうに消えて。心がぽかぽかしてくるのを、感じたんだ。
 今、つないだこの手。
 手をつないでいる限り。みんないなくならないのだと。
 嬉しくなって、無邪気に笑った。
「行こうよ、行こう! お花畑へ!」
 感じた安堵と温かさが。僕の心を穏やかに満たして。
 やがて。
「ほらぁ、ほら! 着いたよ! ハーティのお花畑!」
 子供みたいにはしゃぐハーティ。でも、つないだ手はほどかない。
「きれいよねぇ、きれいだよぉ」
 無邪気に無邪気に。笑って跳ねて。
 僕は手を振りほどいて、明るく笑った。
「あの木まで競走しようよ!」
 言って、元気よく走り出す。
 穏やかな、春の光が。優しく群れ飛ぶ鮮やかな蝶が。
 幸せなひと時を。より美しく、演出していた。
 忘れない、忘れない。この暖かい、春の日を。
 つないだ手の、ぬくもりを。
 だって、今ならわかるんだ。
 すべてを失った今なら。
 幸せなんて。幸せな時なんて。
 あまりに脆く、儚いことを。
 本の刹那に過ぎゆくことを。
 だから、忘れない。忘れない。あの暖かかった、春の日を。
 幸せだった、晴れの日を。
 あの日、ハーティは確かにそこにいて。
 無邪気に笑い、手をつないでくれた。

 未来、彼女は魔物になる。
 平和な時は、一瞬で崩れて。
 僕らの長い旅が。ハーティを元に戻すための戦いが。
 始まることになるんだけど。
 それは別の物語だから。
 今、僕が語るべきことではないよ。
 いつかまた、別の時に。
 話すことにしよう。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 語り手の名前も「兄さん」の名前も出さなかったのは、あえてです。
 まあ、「カラミティ・ハーツ」読んでいる人なら、「天使と悪魔」の時点で、誰かわかると思います。
 名前を出さなかったのは、「ハーティ」の存在を目立たせるためです。
 あの二人にも確実にあった、幸せだった時間。
 一番最初の話(「穏やかな時間」)と同じく、どこか切ない終わり方ですが。
 平和な日々を、しっかり書けたでしょうか。

閲覧数250記念!カラミティ・ハーツ短編 満ちた月欠けた月 ( No.4 )
日時: 2017/08/22 19:50
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 どーも、藍蓮です!

 閲覧数250来たぁぁぁぁあああああああ!
 感謝感激大号泣(!?)
 皆様に感謝です!

 ということで、また短編書きますよー。
 今回は、本編のキャラがまるで出てきませんが(笑)

 これは、美しき月の神話——。

※ 5300文字……。長いです。余裕を持って読みましょう。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Speciai Story 満ちた月欠けた月


  ◆

 ——月には、二つある。

 一つは、完璧な真円を描く、黄金の満月。
 一つは、在れど目に見えぬ、漆黒の新月。

 何もかもを失った新月は、しかし、日を追うごとに満ちて行き、やがては満月になる。
 何もかもを得た満月は、日を追うごとに欠けて行き、やがては何もかも失って、新月になる。

 こんな、双つの月に。それぞれ神と女神がいるとしたら。

 ——あなたはその面(おもて)に、何の神話を見ますか——?


  ◆


 はじめ、月は双(ふた)つあった。ルヴァインの月と、シャラインの月。その当時、月は欠けることなく、常に満ちていた。二人は姉弟であり、夜毎に上る双つの月を、それぞれの力で管理していた。



 しかし、ある日のことだった。


「ああっ!」
 シャラインの月は、地上のヒトの子に。神を殺す力を持ち、「英雄」と崇められたヒトの子に。
 

 その力を以て、粉々に破壊された。


 そのヒトの子の名前は、ウィンチェバル。のちに、ある王国を作った者だった。

「姉上ッ!」

 ルヴァインはあわてて駆け寄るも。

 月を失った月の女神は。再び、立ち上がることはできなかった。

 このままだと、シャラインは消えてしまう。

 自分の力の全てが宿った、月を破壊されてしまっては。

 ルヴァインとシャラインは、とても仲の良かった姉弟だったから。


 ——失いたくない。


 ルヴァインはそう考えて。
 決めたのだった。

「姉上、僕の手につかまって」

 言って、手を差し出した。シャラインは手を伸ばす。つながれた手。
 そして、ルヴァインは術を行う。自分の月を失ったシャラインに、新たな力を与え、消滅から守るため。



 ——それは、自分の月の、譲渡。



「やめてッ! ルヴァインッ!」
 彼がしようとしていることに気付き、シャラインは悲鳴を上げた。
「駄目! そうしたら……そうしたら、あなたは……!」
「消えないさ」
 ルヴァインは不敵に、しかしどこか悲しそうに、儚く笑った。
「姉上は満ちた月、僕は欠けた月。一つの月を分け合えば、ほら。二人とも生きられる」
「でも……欠けた月なんて……」
「欠けた月でもいつかは満ちる。だってもともと、一つの月だったんだから」

 力を、移し終える。消えそうだったシャラインの身体が、ひときわ強く輝いて。
 そして。

「…………ッ!」
 ルヴァインが、苦しそうに身体を折った。
 その身体が、薄くなっていく。
「ルヴァイン!」
 叫び、シャラインは弟の身体を抱き寄せた。
「消えないで……いなくならないで……! 嫌よ、こんなの嫌!」
 涙にぬれた顔。ルヴァインは、苦しみの中で健気に笑った。
「傷つくのは……僕だけで、いいんだ」
「良くない! 私は、あなたにいなくなってほしくない!」
 姉の言葉を無視し、ルヴァインはぽつりとつぶやいた。
「満ち月と欠け月は出会うことがない……。摂理だ。だからもう、出会うことはなくなるのかもしれない。同じ月を共有する以上……。でも……僕は、この方法でしか」
 姉上を守る方法を、知らなかったのだと、荒い息の中で言った。
 シャラインは、懸命に首を振った。
「嫌よ、嫌! 生きているのに! 消えていないのに! 永遠に別れるなんて、嫌! 私たちは姉弟なのに! 最近まで、ずっと一緒に暮らしてきたのに!」
 涙でゆがむ視界。シャラインの眼から、涙が一つ、二つ。弟の上に落ちていく。
 ルヴァインは、大丈夫だから……と弱々しく笑った。
 その身体はもう、ほとんど見えない。
 宙(そら)に浮かぶは満ちた月が一つ。シャラインの月は砕かれて。ルヴァインの月が辺りを照らす。

 ——自ら欠け月を選んだ彼には、満ち月のもとでは居場所がない。

「姉上……」
 ルヴァインは、そっと手を伸ばした。
「大好き……だった。守れて……良かった」
 それだけ言い残し。
 抱きしめたシャラインに、わずかな体温を残し。
 完全に、消え失せた。
 しかし、彼女は感じている。
 消えかけ、死を覚悟した、あの時には。
 感じられなかった、確かな生の鼓動を。
 そして、自分の中に。あの子がいるのを。
 今はもう、眠ってしまったけれど。月が完全に欠けるとき、あの子は再び出てくるのだろう。
 代わりに、シャラインが眠ることを、条件に。

 ——つまり。

 生身のままでは。もう、





 ——二度と、会えないのだ——。 





「…………ッッッ!」
 こみ上げた悲しみと喪失感に。シャラインは涙した。
 あんなに仲の良かった姉弟なのに。それは一瞬で引き裂かれた。
 あの、ヒトの子。あの、「英雄」。
 幸せな日々を、あの砕かれたシャラインの月の如く、粉々にして。
 いびつな笑いを思い出す。「空に月は二つもいらねぇーんだよ」と、嘲るように笑っていた。あの、「英雄」。神殺しの魔性の子。

「……いいわ、後悔させてあげる」

 いびつな笑いを浮かべ、月女神は立ち上がる。
 腕にはまだ、あの子の最後のぬくもりが、残っていた。
「待っていなさい、『英雄』。私が、あなたを。倒すのだから」
 たとえ悪の神となっても。愚かな理由で幸せを奪ったあなたを、私は許さない——。

 と、そこまで思った時だった。シャラインは不意にめまいを感じ、その場に倒れ込んだ。

 シャラインの身体がすうっと消えて。現れたのは、漆黒のルヴァイン。
 空は雲で覆われて。だから彼が「出る」ことができた。
 彼は、小さくつぶやいた。
「傷つくのは……僕だけでいいんだ。汚濁を背負うのだって……」

 やがて、雲が晴れ、満月が再び姿を現した時。ルヴァインは消え、代わりにシャラインが、首を傾げて立っていた。
「あれ? 私、さっき何かを考えていたような……」
 頭をひねってみるが、何も思い出せなかった。
「まあ、いいか。月女神の仕事をしよう」
 言って、フラフラと歩き出す。

 彼女は、知らない。自分の抱いていた黒い感情を。

 ——ルヴァインが、代わりに全部、引き受けた、なんて、ね。


  ◆


 月は満ち、やがては欠ける。

 月が一つになってから、初めての新月の日が訪れた。
 その日、シャラインはルヴァインになる。
「……行くか」
 小さくつぶやいて。
 彼は、歩き出す。
 すべてを奪った「英雄」を探しに。
 それが、汚濁を引き受けた彼の、使命だったから。


  ◆


「……ウィンチェバル」

 ある、町の街道で。ルヴァインはついに、「英雄」を見つけた。
 「英雄」は仲間に囲まれて。楽しそうに歓談していた。
「……僕を、覚えているか」
 声をかけると。「英雄」は仲間に「ちょっと待っててね」と話しかけ、こちらを見た。
「誰だい? 見覚えがないなぁ」
「当然だろう。貴様が斬ったのは僕ではなく、姉上の月だったのだから」
「月……。ああ、君は、あの月神の片割れかい? もう一人はどうしたい? ああ、そっか。消えちゃったんだよねぇ。ご愁傷さま」
「消えてはいない……ここにいる」
 ルヴァインは、そっと自らの胸に触れた。
 月が完全に満ちるまで。ここで、眠っている。
 「英雄」は首をかしげたが、どうでもよさそうに言った。
「あっそう。……で、君は? 僕に何の用?」
「復讐なんかに意味はないが……。呪いを、掛けに来たんだ」
「ほう?」
 その言葉に、警戒したように「英雄」は距離をとる。
「でも、言っておくけれど。僕は神殺しなんだよ? その意味わかってる? 下手にかかると死ぬだけだよ?」
 わかっているさ、と彼は笑って。
 漆黒のローブから、三日月形の刃の剣を取り出した。
「それで戦うつもりなの? 月の神様なのに、弱っちいの。死んでも知らんよ僕は」
 「英雄」は嘲るように嗤って、いつも腰に提げている剣を、鞘から抜いた。
 これまで。数多の神々を斬り殺した、神殺しの剣。
 それを、ルヴァインに、向けた。

「——そういう行動を取ると思ったから、好都合なんだ!」

 叫んで、ルヴァインは己の剣を振り下ろした。





 ——自分の、右腕に。





「なっ……!」
 驚いたような顔の、「英雄」。


 ——血は、吹き出なかった。


 代わりに、腕の落ちた傷口から溢れたものは。





 ——黒い闇。




 帯のような形状をした黒い闇が、次から次へとあふれ出た。
 それは、一瞬で「英雄」の身体に巻きついた。
「な、なんだよッ! 放せ放せぇッ!」
 「英雄」はもがくが。黒い闇は一向に。その身体から、離れる気配がない。
「呪いを掛けに来たと、言ったろう……?」
 ルヴァインは不敵に笑った。
「その鎖はあなたを直接は縛らない。しかし、新月の神の名において、予言しよう。あなたが満月を堕としたことを、僕は忘れない。その鎖によって、あなたの未来は縛られた。あなたは国を作ったらしいな。だから僕は予言しよう」


 語られるのは、未来の出来事。


「あなたの国は、三百年以内に絶対に滅びる。黒い闇の纏わりついた子が目印だ。その子が生まれたら、それか二十年以内に、あなたの国は滅びる。これは確定事項であり、誰にも変えられない。全てが忘れられ、平和になったとき……。あなたの国の民は、祖先の犯した所業を知るだろう」


 彼の予言は、重く冷たく。決して逆らえないような圧倒的な重圧を以て、「英雄」を縛った。

 ——これが、神の力。

「あなたは愚かな罪により、己の子孫に永遠に消えない呪いを押し付けた。姉上を堕としたことを、後悔するがいい——永遠に!」

 叫んで。ルヴァインは、その場を去った。
 

 限界だった。失った腕。その傷口が、激しく痛んだ。
 これでよかったのだろうか、と思っても。今さら予言は変えられない。
 彼は地面に膝をつき、うめいた。
「姉上…………」
 復讐は、果たしたけれど。
 こんな方法しか、なかったんだ。
 くたびれきった彼は、そのまま大地に倒れ込んだ。

  ◆

 目が覚めると、そこはとある家だった。
「目覚めたか?」
 優しく微笑んできた、一人の青年。
「あんなに大きな怪我をして……。何があったか、なんて野暮な詮索はしねぇけどさ」
 食えるなら食えよ、とスープの椀を差し出しながらも、青年は名乗った。
「おれはグラエイン。グラエイン・アリアンロッドだ。事情は訊かねぇけど、名前くらいは訊いたっていいよな?」
 ルヴァインは椀を受け取り、礼を言うと、小さく名乗った。
「……ルヴァイン……だ」
「へぇ? 月の神様と名前同じじゃねぇか」
「その……月の神様……なんだけど……な……」
 ルヴァインの言葉に、グラエインと名乗った青年は、目を丸くした。
「あんたが、神様!?」
「……おかしいか? 『英雄』と呼ばれた奴と、やり合ったんだよ……」
 グラエインは、はっはっとおかしそうに笑った。
「ってぇことは、何? おれ、神様とお知り合いになっちゃったってわけ? ヒュウッ! ついてるぜ! ナイスだおれの運!」
 ……どこまでも無邪気に、笑った。
「……あんたは……僕を、恐れないのか?」
「月のどこを恐れるね? 月ってきれいじゃん! 恵みもくれるじゃん!」
 ……これが本性かと言いたくなるくらいの、見事な豹変ぶりだった。
 それに若干引きつつも、その明るい態度を好ましく考えているルヴァインがいた。
 彼は、苦笑した。
「……馬鹿な、奴だよ」
「うん? 何か言ったか?」
「何でもない。助けてくれて……ありがとう」
「当然だろって」
 その笑顔を見ながらも、彼は小さく予言をした。
 いわく。

「三百年後、この国が滅びるとしても。アリアンロッドの者は、絶対に無事に生き残る」と。

 その予言が。グラエインの無邪気な親切が。未来、常闇の忌み子とアリアンロッドの少女の二人を、数奇な運命に導いていくことになるなんて、彼は知らない。

 恩は、返す。仇は、討つ。
 ただそれだけの、行動原理の中に。
 生まれる、沢山の運命があった。

 どこだかよくわからないが、波の音のする暖かい寝床で。
 予言はできるが未来は知れない、黒い黒い新月の神は。
 三百年の未来に、思いを馳せるのだった。

  ◆

 ルヴァインと、シャライン。それぞれの名を持つ運命の二人が。
 出会うのは、それから三百年後のこと——。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 はい、本編を読んでいる方ならよくわかる、意味深な終わり方となりました。
 今回の話は神話ですが、その物語が、三百年後の未来たる本編につながります。満月の神と新月の神、と決めた時点で、この話は書きたく思っていました。結果、過去最高の5300文字ですが……。まぁ、沢山書けましたしね。
 人間と直接関わる神々の話が好きです。浮世離れしていなくて、どこか人間臭くて。そんな神様って、親しみわきますよねー。

 まあ、長かったですけれど。
 ご精読、ありがとうございました!
 そして、「カラミティ・ハーツ」ご愛読、ありがとうございました!
 次も頑張りますよぉ!


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