ダーク・ファンタジー小説

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日時: 2017/09/08 21:33
名前: おがぱす (ID: rDOQFxsS)

夕日があたりを包み込み、人気のない静かな海辺に彼は腰を下ろして言う。国王である彼が1人で物思いにふけっていることに別段意味はない。優しい妻もいるし、可愛らしい子供もいる。彼は幸せだった。ただ、誰もがふと1人になりたくなることがあるように彼もまたそうであったというだけだ。
ゆっくりゆっくりと日が地平線の向こうに沈む。ゆっくりゆっくりと空のオレンジが海のオレンジがくらくなっていく。彼にとってこの海は特別なものであった。様々な思い出がここにはあるからだ。いつかの誕生日を迎えた場所。妻と出会った場所。そしてー…ああ、あの娘と会った場所でもあるな。
あの娘のことを思い出すとき、彼はいつも少し微笑む。可愛い子だった。病気か何かで声がでないようだったけど、一緒にいて楽しい、妹のような存在だった。でもちょうど妻との結婚式を挙げた頃か、忽然と姿を消してしまったのだ。初めはとても心配したが、まあもともと現れたのも突然ではあったのだし。それにあれだけ可愛い笑顔を持った娘だ。きっと良い人に出会ってどこかで幸せに暮らしていることだろう。さて、妻も待っているだろうし、そろそろ帰ろうか。彼は立ち上がり、白いタキシードの砂を払った。
そしてふと後ろを振り返り、しばらく目を凝らしたかと思うと、彼は突然走り出した。その先には1人の少女が倒れていたのだ。駆け寄って抱きおこす。彼女はとても美しい顔立ちをしていた。
ーはて、どこかで見たことがある気がしするな。
彼が記憶を辿る前に、少女がぱちっと目を開けた。不安そうにきょろきょろし、それからじっと彼を見つめていた。よく見ると少女の髪はとても短く、不自然にばっさり切られている。彼は少女に優しく声をかけた。
「大丈夫かい。何があったのか説明してくれないか。」
少女はやっと状況がのみこめたようで、彼にぺこりと頭を下げて言った。
「助けていただいてありがとうございます。私は隣の国から来たものです。知り合いを頼って来たのですが、その方が急に遠くへ出かけてしまわれて…。今夜泊まるところもありませんしお金もありません。あてもなく歩き回っていたらこのように疲れて倒れてしまいました。」
悲しそうに目をふせる少女。彼は彼女が可哀想になって来た。
「もし良ければうちに来ないか。知り合いの方が帰ってくるまで、うちで暮らせば良い。」
「…でも悪いですし。」
彼は少女の謙虚な姿勢に好感をもった。
「遠慮しなくていい。君みたいな子が来てくれれば子供も喜ぶ。ぜひ来なさい。」
少女はしばらく迷っていたが、やがて申し訳なさそうに頭を下げた。
「お世話になります。」

「ここが私の家だ。」
少女はぽかーんと家を眺めていた。訳もないだろう。普通の家の何十倍も広いのだ。さっきまでの様子じゃ彼が国王であることに気づいていなかったらしい。しかし、少女はとくに何も言うことなく、彼について来た。
「お帰りなさいませ。」
たくさんの召使いたちが出迎える。その中の1人に彼は説明した。
「…というわけだから、着替えと寝る場所を用意してあげたまえ。」
「承知いたしました。」
少女はまた。申し訳なさそうにした。
「すみません。」
「気にしなくていいんだよ。さあ、私の家内を紹介するからついて来なさい。」

私の妻も2人の幼い娘もすぐに少女を受け入れた。
「お綺麗な方ですねぇ。」
「いえいえそんな…。奥様の美しさとは比べ物になりません。」
「あらまあ。」
妃も少女の謙虚さを気に入ったようだ。
「私もあなたのような若い時に戻りたいと思いますわ。」
「お前は昔から何も変わっていないよ。」
「あら嫌ですわ、あなた。昔から変わっていないなんて人魚じゃありませんし。」
「なんで人魚なの?お父様。」
「人魚はね1番美しい年齢になると、それ以上歳を取らないと言われているんだよ。」
「へえー。私、人魚に会ってみたい。」
「私も、私も。」
彼と彼の妻は思わず顔を見合わせて微笑んだ。空想の生き物に会いたいという娘たちが微笑ましいのだ。そんな仲睦まじい家族の様子を少女はにこにこしながら見ていた。

それから何日も少女はここで暮らした。2人の娘たちはとくに少女を慕い、一緒にいる姿をよく見るようになった。城の者たちも優しい彼女を気に入り、少女は家族の一員のようになっていったのだ。

そんなある日のことだった。彼が夜中までかかって仕事を終わらせ、寝室に戻ると
「ううう…。」
「おまえ…どうした。」
あわてて明かりをつけると、彼の妻がベッドのそばにうつ伏せて倒れているのが分かった。そしてその背中には、ナイフが刺さっていたのだ。


「やはりここにいたか。」
朝日が昇る静かな海。彼が声をかけると少女はゆっくりと振り返った。
「奥様の様子はどうですか。」
「命に別状はないらしい。」
「それは良かった。」
少女の微笑みに、彼の少女に対する疑いが小さくなる。しかし
「あのナイフの位置と深さなら大丈夫でしょうね。」
という少女の言葉に確信した。
「君だったのだな。」
「……」
「私は君をあの現場に入れていない。なのになぜ知っているんだ。」
「……」
「なぜ、あんなことをしたのだ。」
感情を押し殺すように尋ねる彼に、少女は前を見たまま微笑んだ。
「少し、昔話をしましょうか。」
砂浜に座る2人の姿はまるで恋人同士のようだった。

「私には、たくさんの姉と、1人の妹がいました。これから話すのは妹の話です。私にとっては唯一の妹ですから、本当に可愛いものでした。私たちは喧嘩もしましたが。とても仲が良く、いつも一緒にいました。そんな妹が突然、人間の世界に行きたいといった時は本気で怒ったものです。とても危険なことですし、二度と戻ってこれないかもしれない。それでも妹は行きました。彼女は人間の男に恋をしてしまったのです。その男はある国の王子で、嵐で溺れかけいたところを妹が助けた。私が聞いたのはそれだけです。妹は姉に教えてもらい、洞窟に住む魔女のもとに行きました。そして、自分の声と引き換えに人間になる薬を手に入れたのです。ただ1つ約束なありました。愛する人と結ばれなければ海の泡になってしまう…。つまり二度と元に戻れないのです。妹は全てを覚悟し、人間となりました。人間になり、王子と暮らす妹はとても幸せそうでした。妹の笑顔を見て、私も初めて、これで良かったのだと思ったのです。しかし、いつになっても2人がそれ以上の関係になることはありませんでした。それどころか、王子は海で自分を助けてくれたのが妹だと気づかないまま、別の王女と恋をしてしまったのです。可哀想な妹は言いたいことも言えぬまま、黙って2人を見つめることしかできなかったのです。このままでは妹が元に戻る方法はないかと必死で頼み込みました。方法はありました。それは、愛する人を自分の手で殺すこと。私たちは自分の髪と引き換えに、魔女からナイフをもらいました。そしてそれを妹にわたし、王子を殺すように説得したのです。でも妹はそれをしなかった。いや、できなかったのかもしれません。それどころか妹はそれをしなかった。いや、できなかったのかもしれません。それどころか妹は自ら海へ飛び込み、泡となったのです。私がどれだけ、彼を憎んだか分かりますか。妹の気持ちに最後まで気づくことなく、結果的に妹を死なせてしまった彼をどれだけ…どれだけ殺したいと思ったか。ええ、分かってるんです。彼は別に悪いことはしていない。あれは妹の一方的な、片想いでしたしね。それでも、それでもいなくなった妹を、探すこともせず、家族と幸せに暮らす彼を許すことはできなかった。私は決意しました。彼に復讐することを。そうと決めてからは一直線でした。まず、妹と同じように魔女の元へ行き、人間になる薬をもらいました。魔女はやはり私の声をお代として奪おうとしました。私は逆らいました。もちろん、妹のためなら声などどうでもいいのです。しかし、声がないと復讐を成し遂げることは難しいと思いました。そんな時、代わりに声を差し出したのは姉たちでした。彼を憎む気持ちはみんな一緒だったのです。代表として一番上の姉が声を失いました。そして私は姉たちの思いも背負って復讐に来たのです。彼も、彼の家族も、殺すつもりで来ました。でも結局私は、あなたの妻を少し怪我させることしかしなかった。」
そして少女はにっこりと、仮面のような笑顔を彼にむけて来た。
「…君は、一体。」
「まだ、分かりませんか。」
彼は考える。少女は、彼が昔会ったあの娘と同じくらいの年に見える。しかし、あれからもう何年も経ったのだ。もし少女があの娘なのなら、もっと歳をとっているはず…。

ー昔から変わっていないなんて、人魚じゃありませんし。
「私はなぜ、妹があなたを殺さなかったのか、全く分かりませんでした。でも、あなたにナイフを向けた時わかった。私があなたを愛したように、妹はあなたを愛していたのですね。」
「……」
「あなたは私をとらえますか。」
「……」
「捕らえないのであれば、私は海に帰ります。」
「……」
「最後に1つだけ聞きます。」
そう言って少女は立ち上がり、波に足をつけた。
「もし、あなたを助けたのが妹だとわかっていれば、あなたは妹に恋をしていましたか。」
彼は少し黙って、それからゆっくりとかぶりを振った。
少女は一瞬悲しそうに微笑むと踵を返した。彼の目に映る少女の姿がぼやける。海へ消えていく少女の姿を見ながら、彼は泣いていた。

彼が家に戻ると、手当てを受けた妻がベッドの上で微笑んだ。
「怪我の具合はどうだ。」
「大丈夫ですよ。」
思わず彼は妻の手を握った。
「すまなかったな。」
「なぜあなたが謝るのです。」
その時。お父様、お父様、と2人の娘な彼に飛びついてきた。よほど母親を心配したのだろう。目が真っ赤になっている。彼は娘たちをしっかり抱きしめた。そして思った。
ー妻と娘をしっかり愛し抜こう。そして幸せにしよう。それがあの娘に対する唯一できる償いだと。そしてあの少女にも幸せになって欲しいと思った。悲しみは癒えなくても、どこかの海の底で、妹の分も幸せになって欲しい。











しかし、彼は気づいていなかった。人魚姫が目的を果たせなかったため海の泡となったように、あの少女もまた、目的を果たすことはできなかったのだ。


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