ダーク・ファンタジー小説
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- ハッピーエンドが見えなくて。
- 日時: 2017/09/15 20:42
- 名前: メフィスト ◆kMUdcU2Mqo (ID: hgzyUMgo)
悪魔の商人を聞いたことがあるだろうか。彼の名はメフィストフェレス。どこへ行っても顰めっ面をされる、厄介者の悪魔のことだ。
それは、同朋にとっても同じこと。とんでもないことに巻き込まれるんじゃないかと、その姿を見るやそそくさと逃げていく。
そういえば一つだけ、敬遠せずに近づく連中もいたと思う。欲深い人間達だけが私に物怖じせずに近づいてくる。
そうとも、私の名はメフィストフェレス。気軽に、メフィストと呼んでくれたまえ。それじゃあ君も、僕の商品に何か興味がおありかな?
要らない? ははぁ、それは懸命だ。何せ君が欲しいと言えば、私はこう告げただろうからね。
私はとても残念だ。ソレを手に取った君の歩む道の先に……
……ハッピーエンドが見えなくて。
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中の人からの注意書
本作品は一人称と作者名が一致しております。
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第一話 カエサルの指輪
>>1
- Re: ハッピーエンドが見えなくて。 ( No.1 )
- 日時: 2017/09/15 20:41
- 名前: メフィスト ◆kMUdcU2Mqo (ID: hgzyUMgo)
ジュリアスシーザーを知っているだろうか。別の国ではユリウスカエサルとして発音される一昔前の男だ。おっと、君達の基準では大昔の男だったか、これは失敬。
そう、私の生まれ故郷の近くで一時期たいそうな栄華を極めた男でね、それはそれは有能な人間だったんだよ。部下からは厚く慕われ、やることなすこと上手くいく、まるで神に愛されたかのような男だった。
ま、そんな男もとっくの昔に死んでるんだけどね。それでも彼の名前は今の時代にも残っているのだよ。7月は英語でJulyというだろう? あれは彼が暦を作り出した名残なのだよ。
「はぁ……それで?」
「ふむ、君は人の話をもっと関心のあるふりをして聞くべきだと私は思うよ」
気の抜けた相づちを打った少年に、私は嘆息しながら釘を刺した。全くこのままではこの者がろくな大人になる未来が見えない。真面目そうな容貌をしておいて、何たる怠慢であろうか。
この私の高説を無視しおった若造にほんの少し私は気を悪くした。何、ほんの少しだ。理由としては、この手の輩には慣れっこでね、こんな程度で気を悪くしていたら細くて頼りない私の神経がすぐに擦りきれてしまう。それに、彼は私と商売相手として相対している。顧客には誠実に努めるのが商人魂というものだろう?
「その話が俺とどう関係しているんですか?」
「そう話を急くんじゃない。本題はここからなのだから」
そんなシーザーは綺麗なものに目がなくてね、築いた栄光を時として宝物や装飾に使ってそれはそれはきらびやかな暮らしをしていたものだ。その美しい調度品に何度も私は目を焼かれそうになったことだよ。
そう、彼は美しいものに対して盲目的にになっていた。それを知っているのは親友の私だけだけれどね、そんな彼もたった一つ全く美しさの欠片もない道具を死ぬまで身に付けていたものだよ。
「それがこの指輪だ」
私が彼に差し出したのは、確かに純銀製ではあるのだが、一切の装飾の無い、ただ金属を溶接して丸形にさせただけのような、無骨な指輪だった。
絵も無ければ、彫りもない、宝石が埋め込まれている訳でもない純銀の輪っか。それは年季が入っているにも関わらず、ぴかぴかに磨かれて白銀に光り輝いている。私は特に磨いたりもしていないのに、だ。この千年以上ね。
「流石に胡散臭いような……」
「何を言うか、失礼だな。この私を誰と心得る。文書に記されたのは中世が初とはいえ、私は何十万年も昔から売買を請け負う最古の商人、メフィストフェレスだぞ」
声高々に私が宣言しても、彼はまだ難しそうな顔をしている。まったく最近現れた委員長とかいう肩書きの人間はこれだから困る。根がくそ真面目で、自分の中の常識を逸脱したものをまるで真剣に捉えようともしない。そして難しそうな顔ばっかりしてこちらの話を冗談半分にしか聞かない。
「それで、そのシーザーさんの指輪が何なんですか」
「そもそもだな、この指輪自体私がシーザーにくれたものなのだよ。この指輪には福の神の加護がかけられていてな。つけているだけで福の神がお前を助けてくれる。富も名声も望むがままだ」
指輪を見つめる彼の瞳に、僅かばかりの欲望が顔を見せた。彼自身、私のことを胡散臭いと思っているのは事実だろう。それは私の眼帯の奥に瞬く義眼からも読み取れることだ。ただ、私が特別な商人で、そういった曰く付きの代物を売ることができる者だとは信じている。
なぜなら私の持つ時の神の懐中時計により、今まさに私と彼以外の世界の時間を止めているからだ。宙を舞う木の葉も巻き上げられた砂埃も、跳ねる水滴も融けゆく氷も、そして道行く人々も、瞬きも呼吸も重力も、何もかも忘れて固まっている。絵画の世界に潜り込んだようだと、私の目の前の少年も初めにちゃんと目を丸くしてくれた。
「いくらで売っているんですか」
「お代は無用さ。ただほんのちょっと、君の欲望を食べさせてくれればいい。私の食糧はそれしかなくてね、他のものは不味すぎて喉も通らんのだよ」
「悪魔だから魂とるのかと思ったけど」
「まさか」
私は頭を横に振る。ナンセンスだと切り捨てるように、一度だけ鋭くだ。顔は斜め下に向けながら眼球だけ動かしてねめつける。私の視線と彼の視線が合わさり、初めて彼は私にびくりとしてみせた。
「魂をとるより、欲を垂れ流させて飼い殺した方がよほど有益じゃないか」
瞳の奥にようやく私の本性を見たのか、彼はごくりと大きく音を立てて息を呑む。恐怖が彼の中に目覚めつつあるようだがそれ以上に、むくむくと欲望がわき上がる様子が私には見える。
それはまるでどす黒いポップコーンだ。私は人間を甘ったるい言葉でかどわかし、じりじりとその心を熱する。反応するのは、その心の奥底にある種のような感情だ。それは誰しもが持っている。
きれいになりたい強くなりたい早く走りたい空を飛びたい天下をとりたい死にたくない若返りたい勝ちたいお金持ちになりたい……自分の望みを叶えたい。そう、私が慎重に熱して弾けさせるのは、そんな風に心の内に隠した想い、欲望だ。
「でも、これをもらっても、そんなに害はないんだろう?」
「あぁ、私は君に対してそれ以外の対価は求めない。私が欲望を食べた後、弱い倦怠感が訪れるが一晩寝たら直るさ」
何せ人の欲望など、尽きる訳がないのだから。
「もらうよ。俺も、人の上に立たなきゃいけない理由があるんだ」
「ふむ、よろしい。ならばこれを授けよう」
私は銀の指輪を彼に手渡す。その後、彼の額を軽く小突いた。すぅっと、彼の頭から黒いもやが飛び出した。うねうねと伸び縮みするそのもやこそが、彼の中に業火のように燃え盛る、支配欲の一部だ。
少々欲を抜かれて呆然としている彼を尻目に、私は彼から飛び出した欲望を咀嚼した。こんなに色濃い支配欲は久々で、それこそシーザー以来であった。口一杯に広がる甘美なる欲望に、私は舌鼓を打った。何と極上の代物であろうか。
「何をボケッとしておるのだ。そろそろ時を動かすぞ」
「あ、すみません……。ありがとうございます、メフィストさん」
そう言い残して、彼は足早に私のもとを後にした。その足取りはひどく軽くなったように見える。初めに私に会った時には重たい足取りだったというのに。
それにしても銀の指輪が自分から反応しただけあって、極上の一品だったと、反芻するような想いで私は先程の味を思い出した。彼の欲をゆっくりと消化しながら彼の背景を知っていくことにしよう。
おっとそろそろ時を動かさなくては。懐中時計に手を伸ばした私に、ずっとぬいぐるみのふりをしていた私の従者が声をかけてきた。彼の名はファウスト、ある罰則により私の従者となった元人間。ただし今は手のひらサイズで、顔には目が一つと顔だけ、全身緑の小悪魔といった容姿をしている。
「ほんとにあれ、福の神の代物なんですかね」
「当然さ。私は商品の説明に嘘はつかん」
「ほんとですか? カエサルのことを思うとどうにもそんな気がしなくて」
「直に分かるさ。あぁ、それにしても楽しみだな、これから彼がどうするのか」
それにしては少し寂しそうだと、ファウストが私に指摘する。それもそのはず、当たり前だろうと私は開き直ってこう言った。
「それにしても残念だ。アレを手にした彼の歩むその道の先に……」
ハッピーエンドが見えなくて。
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