ダーク・ファンタジー小説

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SoA アンダルシア「断片集」
日時: 2017/12/02 19:03
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 歴史とは勝者の物語。勝者の物語の裏で、語られなかった物語がある。
 敗者の物語然(しか)り、無名者、庶民の物語然り。
 しかしそこには確かにある、語られなかった物語。
 そう、これは短編集に非(あら)ず。この書物の名は「断片集」。
 一つの物語になりきることのできなかった数多の断片。その集積を、ご覧あれ——。


  ▲


 お久しぶりです、藍蓮です。
 本編があまりに浮かばないのと現実が忙しくなってきたので、手軽に書ける「断片集」を始めました次第にございます。多くの作品を中途で放置してしまい本当に申し訳ないのですが、浮かばない時は浮かびませんし、あまり時間が無くなってきたので。
 この話は「断片」です。なのでその多くは本編とまるで関係がございません。本編をご存じない方でも簡単に楽しめる仕様となっておりますので、お気軽に覗いてみてください。

 では、始めましょう。

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △

 Fragments

PieceⅠ 創世の絆 >>1-4
PieceⅡ 偽りの救世主(メサイア)>>5
PieceⅢ 亡国ティファラート >>6-
PieceⅣ 絡繰人形使 >>
PieceⅤ 頼まれ屋アリア 秘話 >>
PieceⅥ 運命の彼方 >>

断片1 創世の絆 ( No.3 )
日時: 2017/11/19 16:46
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

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3 創世の絆


 ネイロンがいなくなっても、闇の七柱神がいなくなっても。アンダルシャとゼクシオールとヴァイルハイネンと。たった三体の神々だけで創世は続く。その中で、アンダルシャは他の二神に己の創世の力の一部を分け与えた。そして彼らは創った。それは新たなる神々。
 炎の神を創れば炎が生まれ、
 水の神を創れば水が生まれた。
 命の神を創れば生命が生まれ、
 運命の神を創ったら、あらゆる事象は彼らの手の内で遊ばれた。
 次々と創られていく新たな事物。世界は神々によって豊かになり、ここに、原初神ネイロンの望んだ世界がその姿を現した。

 人間、という種族が生まれた。
 彼らは火を使い、創世の時代の名残である高エネルギー体、魔法素マナ原初オリジン魔法素マナ反魔法素アンチマナなどを利用して。後に「魔法」と呼ばれる術のその原型を使い始めた。それは画期的なことだった。
 そんな「人間」達に興味を持った、ヴァイルハイネンを始めとする神々は後に、彼らをめぐって争いを繰り広げるのだが……。それはまだ先の事。
 とにもかくにも、安定した世界に兄を呼ぶべく、アンダルシャは準備を始める。

  

 この世界アンダルシアの中には、「界」が五つある。
 一つは天界。アンダルシャら神々の住む彼方の世界。神々の世界。
 一つは地上界。植物や動物、人間など神々の被造物の住む世界。
 一つは精霊界。地上界とは二重写しの、精霊たちの住む謎めいた世界。
 一つは冥界。死者たちが一時的に住まう裁きの世界。
 一つは魔界。悪魔や堕天使など堕ちた者どもの住む悪夢の世界。
 これら五つを合わせて「五界」と言う。
 それらのうち三つを創ったのはアンダルシャだが、残りを創ったのはネイロンだ。
 それら「界」はこのようにして生まれた——。

  ★

 ようやく世界も落ち着いてきたので、アンダルシャは提案した。

「ねえゼクシオール、ヴァイルハイネン。わたし、思うのですけれど」
「そろそろ闇の主を呼びたいって事か? オレは別に構わないけどな。というかもうその時期だろって予想はしてた。ゼクも異存ないだろ?」
「ハインに同じく。しかし闇の主の世界を創るにしても、一体どうするつもりだ? 考えはあるのか」

 創世の力がありますもの、とアンダルシャは微笑んだ。

「大丈夫、兄上があらかじめそのための道筋を与えてくれました。わたしはそれに沿って創るだけ。でも、それにはあなた方の協力が要ります。協力してくれませんか?」
「了解。手順を教えてくれよな」「無論だ」
「ありがとう」

 アンダルシャは微笑んだ。

「じゃあ、いきます——三界創造!」

 アンダルシャの創世の力が、ネイロンから、原初神から、最愛の兄から受け継いだ創世の力が今、満を持して解き放たれる。
 創世の時以上の強い光が、全世界を包み込んだ——。

  ★

「…………っ」
 ヴァイルハイネンは身を起こす。どうやら意識を失っていたらしい。隣にゼクシオールが倒れている。二人そろって気を失っていたらしい。
そして彼は見た。圧倒的な暴力となって襲い来た光の中、それに耐えて意識も失わず、未だ立ち続けるアンダルシャの姿を。
 彼は感じた。これまで一つだった世界が、見えない壁に隔てられて三つに分かれているのを。新たなる創造が成功したのを。
 ——ついに願いが叶ったのを。

「っ、アンダルシャ!」

 ヴァイルハイネンはハッとなって彼女に駆け寄る。彼女は少しばかり虚ろな、しかし満ち足りた瞳で空を見上げていた。

「出来たよ……わたし、出来たよ……」

 うわごとの様に彼女は呟いた。

「兄上、出来た……これでようやく会える……」
「おいアンダルシャ、しっかりしろ。全部終わったしいい加減休めよな」

 彼がその体を揺らすと、彼女は焦点の合わない眼で彼を見た。

「ヴァイルハイネン……。目、覚めたんだね」
「オレの事は良いから」
「——ハイン」「ゼク……?」

 彼の言葉を遮るようにしてゼクシオールの声がした。彼は二人に近づいていく。いつの間にか目を覚ましていたらしい。

「闇の主からの伝言だ。冥界で待っている、と」
「…………っ!」

 アンダルシャの顔に笑顔の花が咲いた。その情報の示すところはつまり。

「光の主は成功した。冥界の中でならば闇の主は生きていける」
「やったわあ!」

 アンダルシャはまるで幼子のように飛び跳ねた。その目に喜びの涙を浮かべ、踊るように辺りを駆け回る。

「ありがとうゼク。ありがとうハイン! ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

 アンダルシャは喜びに上気した声で叫んだ。

「じゃあ、行きましょう! 兄上の待つ冥界へ!」

 その足を地に踏み下ろして転送陣を創り、二神と共に喜びの中、旅立つ。いざ冥界へ!

  ★

 生まれたばかりの冥界には闇が満ちている。しかしまだ死者はいない。これからたくさんやってきて、冥界の主の裁きを受けるのだろう。
 冥界の、死者を裁くための「裁きの間」の中央には骨で作られた玉座があった。まだものらしきものの無いその世界においては、その玉座は妙に浮いていた。
 その玉座にどっしりと腰を据え、そこにネイロンがいた。

「久しいな、我が妹」

 呼び掛ける声も変わらず、別れた時のままだった。
 その声を聞いてワッとアンダルシャは泣き出した。玉座に座る兄のもとに一直線に駆け、兄にしがみつく。

「会いたかった、会いたかった……兄上!」
「大儀であったな。よく、我の世界を守ってくれた」

 ネイロンの声はいつになく優しい。

「感謝する。我の世界を守ってくれただけでなくこうして我の居場所を創ってくれたこと。そなたたちのお陰で我の望みは全て叶った。礼を言う」
 まったくいつも通りのその声、その口調に。
「そもそもあんたがいなけりゃ世界どころかオレたちもいないさ。あんたが世界を創ってオレたちがそれを育てる。これでどっこいどっこいだろう? 感謝なんて要らないね」

 いつも通りにヴァイルハイネンが返す。

「……闇の主も、お変わりなく」

 ちょっと堅物なゼクシオールもいつも通りで。
 創世に関わった神々が今ここに、長い長い時を経て五柱を欠けさせながらも再集結した。再び出会った。……出逢えた。
「アンダルシャ、ゼクシオール、ヴァイルハイネン」

 不意にネイロンが口を開いた。

「我はもはや創世神ではない。それは知っておろうな」
「それが何か?」

 不審げにするアンダルシャ。ネイロンは答える。

「そして我は冥界でしか生きられぬ。ゆえに我は今より創世神の名を返上して『冥王』と名乗る事にしよう。そして冥王から餞別がある。原初神最後の仕事だ。我の創世の技、とくとご覧にいれよ」

 彼はその両手を天に差し上げた。

「三界ではまだ足りぬ。そなたらはよくやってくれたが今、その足りぬ二界を我が創ろう。そうしてこそこの世界は完璧になれる」

 その手に力が渦巻いていく。最後の創造が始まる。
 アンダルシャのそれとは違い、眩しくもなく輝きもしない、しかしすべての根源にある力によって二つの「界」が創られていく。
 それは。

「二重写しの神秘なる世界!」

 精霊界。

「堕ちた者どもの悪夢の世界!」

 魔界。
 世界を構成する上で足りなかった二つの「界」が創られていく。
 やがて。


 光は溢れなかった。
 代わりに優しい闇が全てを包んだ。
 アンダルシャの時とは違って遥かに穏やかに、ネイロンの、冥王の創造は終わる。

「創造完了」

 今のネイロンにもう力はない。最後の創造で持てる力を使い尽くしてしまったから。それでも彼に後悔は無かった。

「アンダルシャ、これよりそなたがこの世界の主神だ。我はこの世界から出ることがかなわぬが、そなたならばどの『界』にも行くことが出来るだろう。後事は託した、後を頼むぞ」

 冥王は満足げに言ったのだった。


  ☆


 とあるところのとある世界、アンダルシア。
 主神はアンダルシャ、冥王はネイロン。創世の絆で結ばれた兄妹神。
 闇の七柱神とその他の神々の住まう、五界に分かれた一つの世界。
 いにしえの昔に誕生した世界の、神々の系譜は続いていく——。


 Creation Finish!

Re: SoA アンダルシア「断片集」 ( No.4 )
日時: 2017/11/25 02:06
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

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〈秘話 神々の律法〉


 オレは人間を愛する神だ。それをおかしいと他の神は言う。
 彼ら曰く「一度創った世界に余計な手を加えようとするな」だそうだ。
 そんな法、知ったこっちゃないね。オレは常にそう返してきた。
 極夜司る闇夜の鴉、闇の体現者、異界の渡し守、彼方なる闇に住まう神。そんな二つ名を持つオレは、縛られるのが大っ嫌いな性分だ
 そしてその態度が原因で、オレはその日、敵を作った。


 智神アルアーネはオレに問うた。

「何故、あなたはこうも人間を愛するのですか?」

 何だそんな質問か? 簡単なことだ。オレは答える。

「人間は面白い。何度傷付いても立ち上がり、守りたいもの、自分の信念、そういったもののために短い命を燃やす。挫折する奴もいれば決して折れない奴もいる。そして一人一人、それぞれ違った個性を持っている——。オレはそれらを面白いと思う」

 私には理解できませんとアルアーネが言ったので、理解しなくて良い、とオレは答えた。

「人間がそれぞれ違うように、オレたち神もまた、一つとして同じ神はいない。わからなくて良いさ、これがオレの価値観だ」

 しかしアルアーネは食い下がる。

「しかしこうも頻繁に地上界を訪れられては、神々の法を破ることになりませんか?」

 法? それはあんたの思い込みであり、厳密にはそんなものなんてない。
 オレがそれを指摘してやると、アルアーネは怒り出した。

「神々は人間に深く干渉しないと決めたはずですっ!」
「それは例外を許さないのか? というかそれを言いたいならオレじゃなくて他を当たれよ」

 たとえば戦神ゼウデラとか、な——。

「はぐらかさないでください! あなたは下々の神とは違うっ! 少しはご自分の立場をお考えください。わたしは貴方だからこそ言うのです!」
「ならばあんたはオレに従え。わかっているだろうが、オレの方があんたより上位だ。あんたに逆らう権利があるとは思えないが?」

 オレは言いつつも背を向けた。言葉の無駄だ、話は終わった。
 アルアーネは唇をわなわなと震わせながらも、初めてオレの名を呼んだ。

「闇神っ! ヴァイルハイネンっ!」

 何だ、と振り返らずにオレは返す。
 アルアーネは叫んだ。

「覚えて——覚えておきなさいっ! あなたがいくら上位の神であろうと! わたしは智神アルアーネだ! いつしかあなたに、人間を愛したことを後悔させてやりますからっ!」
「言っていればいい」
 アルアーネの真っ青な顔が目に見えるようだ。オレはそのまま歩きだす。その背をアルアーネの声が追いかける。

「どこへ行かれるのですかっ!」
「地上界。面白い奴を見つけたものでな」

 アルアーネがそれを聞き、また何やら叫んでいるが……。聞き流す。
 オレは闇神ヴァイルハイネン。極夜司る闇夜の鴉、風の体現者、異界の渡し守。人間を愛する「奇妙な」神だが、オレはオレの好きなように生きてやる。
 アルアーネ? ほざいてろ。あいつ程度にこのオレが止められるものか。
 次の「相棒」への期待を抱きながらも、地上界へと足を踏み出す。


 しかしアルアーネは智神、馬鹿ではない。オレはもっと警戒しておくべきだったんだな、舐めてたぜ。
 未来、オレは奴にはめられ、瀕死の重傷を負ったところをゼクに助けられる。だけどそれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにするか。
 とにもかくにも。この日を境にオレとアルアーネは対立し、今後、繰り返し衝突することになる。

断片2 偽りの救世主(メサイア) ( No.5 )
日時: 2017/11/26 10:31
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=598.png

 「断片集」の二話目を飾るはこの物語。SS大会に気まぐれに出したものを修正のうえ再投稿です。6000文字と長いですが一話完結。URLはこの物語の舞台となる地図です。
 「錯綜の幻花」と呼ばれた英雄、幻想使エクセリオ。彼の過去には、大人たちによって運命を狂わされた一人の少年がいた……。

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〈偽りの救世主(メサイア)〉


 とある所にアルドフェックという名の大帝国があった。その国には「覇王」ニコラスという王がいた。彼は「良かれ」と思って隣国を侵略して支配し、次々とその勢力を広めていった。

 エルドキアという国があった。その国に住む国民はみな誇り高く、アルドフェックとの国防戦、通称「聖戦」の時にも最後まで諦めずに戦い続けた。そのせいだろう、この国の国民はその後半分近くまで減ってしまった。「我ら誇り高き民、死ぬまで我が故国のために永遠に戦い続ける」そんなスローガンが、国を守れないどころか人が死ぬばかりの泥沼戦に繋がるとは皮肉である。

 ラディフェイルという王子がいた。彼はエルドキア王国の第二王子。「聖戦」にて唯一生き残った王子であり、彼は今、反乱軍「エルドキア解放戦線」を束ねている。御年16という若さだがその人望は厚く、エルドキア中が彼を慕っていた。

 エクセリオという若き指揮官がいた。彼は翼をもつ異民族「アシェラルの民」の長であり、「錯綜の幻花」の異名を敵味方問わずとどろかせる大魔導士でもある。
 エクセリオは幻影の魔導士だ。ただし並いる幻影使いとはわけが違う。彼が操り人々を惑わすのは、「実体のある幻影」なのだから。
 通常の幻影が惑わせるのは人の視覚のみで、幻影に触れればその手は幻影をすり抜ける。つまり「触れればばれる程度の幻影」である。
 対し「実体のある幻影」とは、触れればきちんとした感触が残り、リンゴなら香りはするし味もするしそれなりの重さがあるなど、その幻影は人の五感に働きかける。人の体温や鼓動すらも真似出来るのだから、誰がこれを見抜けようか。
 「錯綜の幻花」の名の意味は「複雑に入り混じって本質を分からなくする幻の花」。「実体のある幻影」使いのエクセリオらしいあだ名である。

「錯綜の幻花」エクセリオが住んでいたのはエルドキア王国のエルヴィンという名の小さな村。
 そこは小さな村だけれど実力主義で、特に魔法の才能の優れた者は次の村長になれた。
昔々、そこに一人の少年がいた。
 その名はメサイア。救世主の名を持つ彼は、天使の生まれたとされる日が誕生日だった。とても優れた炎の魔導士で、誰もが彼に注目し彼をたたえた。
 彼は幼くして多くのものを与えられ、何をしても褒められ喜ばれ、まさに人生の絶頂期にいた。

 ——そうさ、エクセリオが生まれて、彼が壊れるまでは。

 あとから生まれた「錯綜の幻花」はあまりにも優れすぎた。メサイアなんて簡単に凌駕していた。 その才が認められた彼はすぐに次の村長候補となった。かつてメサイアが何の不自由もなく座っていた椅子を、横から奪うように。
 そしてメサイアは壊れ始めた。救世主として望まれ、その役目を果たし続けた果てに、新入りによってその座を奪われて。
 彼は「救世主」としての生き方しか知らなかったから、堕とされて何をすることもできなくなった。

 そしてある日、彼は自殺した——。

 少し何かが違っていたらまだ、何とかなったかもしれないのに。
 かくて救世主は偽りとなり、その名は誰からも忘れ去られた。


  ◆


 おれの名はメサイア、名の意味は救世主。本当の名はメルジアというんだが、まあ音は似たようなものだろう。あ、意味は違うぜ? あくまでも音だけだ。というかおれは「メルジア」の方の意味までは知らないんだが。それはさておき。

 おれは「アシェラルの民」の始祖、フィレグニオの生まれたとされる日に生まれた。そしてこの村では最も大切とされる、強き魔法の才を生まれながらにして持っていた。
 って、「アシェラルの民」を知らないって? まあそこまで有名ではないか。簡単に説明する。
 「アシェラルの民」っていうのは、背に翼をもち、自在に空を舞うことができる人々のことだ。その翼を使えば空を飛べるとか思ってる奴らによって、その翼を求めておれたちは迫害に遭っている。
 話を戻す。おれが優れた魔法の才を持ってるってところだっけか。ともかくまあ、おれの村では優れた魔導士が村長になるっていう決まりがあってな。村長が元気な時は、「次期村長候補」が一人だけ選ばれる。で、おれはまさにその規定にぴったり当てはまってたってわけさ。
だからだろうな、みんなには期待されるばっかりだ。おれは何にも言ってない。みんながただ、おれに期待しているってだけだ。
 おれはできる限り「いい子」を演じていたけれど、窮屈で仕方がなかったんだ。それでもおれは幸せだった、幸せだったんだ。
望むものは何だって手に入り、何をしても怒られない。道行けば「救世主様」と人々にかしずかれ、何やかやと敬われる日々。

 おれは必要とされていた、必要とされていたんだ。
 誰かに認められるということは、本当に幸せなことだった。


 そんなある日のことだった、とある名も知れぬ夫婦が子を産んだ。おれは七歳、七歳だけれど、どこか達観していた。周りから寄せられる期待の波の中に溺れ、「救世主」になりきることに溺れ、そんな日々をどこか遠くで眺めている自分がいた。
 その子は少し特別な感じがした。生まれたばかりの頃から、その手に小さな幻影を遊ばせていた。
 そしておれは危惧したんだ、その子がいつか、おれを超える魔導士になるんじゃないかと。

 そして悪夢は現実になる。


  ◆


「我の後継ぎから貴公を除名し、エクセリオとする」

 そんな知らせを告げるために呼び出されたのはそれから八年後のことだった。
 その頃にはおれは十五になり、あの赤ん坊は空前絶後の才を発揮してそれをものにしていた。
 あの赤ん坊——エクセリオの持つ魔道の才は、幻影の魔法。人の五感にさえ働きかけることのできる「実体のある幻影」を、自在に操る奇跡の力。おれの「炎の魔法」なんてお話にもならない、あまりにも珍しく強大な力。その力の前におれの今まで築き上げていた地位「救世主」は崩壊した。いとも簡単に崩れ落ち、あとかたもなくなった。

「嘘でしょう、村長! どうか、もう一度、お考え直しを!」

 敗北を知りつつも叫んだが無駄。

「貴公の炎の魔法などの『錯綜の幻花』に比べれば弱々しいにも程がある。強き者は村長に、これ我が村の決まりなり。あとから生まれた者に負けたということは、貴公はそれまでの男だったというわけだ。
 ——『救世主』メサイア。貴公の時代は終わったのだよ」

 そしておれは、奈落に落ちた。


  ◇


 僕の前に「救世主」メサイアという人がいたらしい。彼は優れた炎の魔導士。前の村長候補だったらしい。
 “だった”って過去形で話しているのは、メサイアはもう候補じゃないから。
 僕が生まれたせいで、彼は人生の絶頂期から突き落とされた。
 誰かが悪いんじゃない、これは必然だったんだよ。
 これでも僕は、メサイアを救おうとこっそり動いてはいる。だってこれはあまりにも理不尽だって、心から思ったから。
 村長は「救世主」なんかからは興味をなくして僕に夢中だけどもさ。

 ——僕が、助けるから。

 僕はメサイアの悲しみの元凶。それでも、彼に何を言われたって。偽りの「救世主」として、僕があなたを助けるから。
 すべてが僕のせいならば、僕自身で決着をつける!
 救世主様、待っていてね。


  ◆


 あれから一カ月が過ぎた。かつて「救世主」として崇められていた影はいずこ。おれは完全に奈落に落ちた。
 あの栄光の日々との差はあまりにも歴然としていた。かつては望むものなら何でも手に入り、道行けば「救世主様」と人々にかしずかれていたが、今は……泥の中を這いつくばって物を乞い、道行けば「救世主風情が」と人々になじられてけなされる。日々の生活の糧を得るのに炎の魔法は役に立たず、「救世主」以外の生き方を知らなかったおれは途方に暮れ、恥辱屈辱に身を引き裂かれながらも慣れぬ物乞いをするしかなくなった。
 それでもどんな時でも、父さんと母さんはおれを愛してくれたから、おれは頑張ろうと思う気になれたのさ。
 おれの今生きている理由は「救世主だから」と言った聖人のような理由から「両親のため」と言った俗っぽいものに変わってしまった。それは当然のことだった。
 そうさ、これが「救世主」メサイアの末路。
 期待ばかりされて、その挙句捨てられ見損なわれて。

 誰が——誰が信じてくれと言った!

 期待してくれなんて、おれは一言も言っていないのに!
 勝手に信じられ期待され、「救世主」として崇められ。そこにはおれの意思なんて無いッ!
 「救世主」の烙印を押され、新たなる才が生まれたら壊れた玩具のように捨てられて。
 こんな末路が待つぐらいなら、生まれない方が良かった。
 だからおれは、覚悟を決めた。


  ◇


 ——メサイアが死んだ——。

 そんな知らせを受けたのは、僕が次期村長候補になってから二月が過ぎた頃。
 死因は自殺。家の中にある天使像の前で、まるで見せつけるように首を吊って死んでいた。
 その天使像の前には「これが『救世主』の末路だ」と、皮肉にも取れる言葉の書かれた紙が縛りつけてあった。
 そして「救世主」は、僕に遺書を遺していた。



 《もう一人の「救世主」 「錯綜の幻花」エクセリオへ》

 ——おれはお前になりたかった——。

 いきなり言って悪いが、それがおれの本心だ。正直言ってお前が憎かった。今まで座っていた栄光の椅子を、後から生まれたお前が横からかっさらっていったのだからな。これを書いている今だって憎いさ。もっとも、その頃にはおれはこの世にいないと思うがね。余計な検閲がなけりゃ今頃、お前のもとに届いてるはずだぜ。
 これは遺書にして遺書にあらず。簡単に言えば、ただ本心を書き連ねただけの紙クズだ。かつて「救世主」と崇められ、その果てに「偽りの救世主」として捨てられた、救世主の名を持つ元次期村長候補のね。下らん世迷言かもしれないが、聞いてもらいたいんだ。

 おれはかつて「救世主」として人々に崇められ、持ち上げられていた。でもそれをおれは望んでなどいなかった。みんなが勝手に期待して、おれの意思なんて関係なしにかしずいていただけだ。おれは別にそんなのどうでもよかったんだ。ただ平穏無事に暮らせればそれだけでよかった。そのために「救世主」にならなければならないなら、おれはいくらでもなった。

 でも、違ったんだな。「救世主」って、幸せに暮らしてはいけなかったんだな?

 「誰かの不幸をなくすため」に「救世主」として駆けずり回って、結局おれが傷付いても、「怪我の功名です、よくやりました」って、誰も心配してはくれなかった。今思えば「救世主」って、体の言い不幸のはけ口にするための言い訳だったのかもしれないな。
おれの本当の名はメルジアなのに、みんなメサイアメサイアっておれを呼ぶ。誰がおれの本当の名を覚えてくれていただろう? 結局のところ、みんながおれに見ていたのは「メサイア」——「救世主」ってことだけだったんだ。誰も「メルジア」を見ない。勝手に「メサイア」に、「救世主」に不幸のはけ口になることを期待して!
 おれは「期待しろ」なんて誰にも言ってなかった! 普通の、ごくありきたりの日々を幸せに送りたかっただけだった! なのに結局、周りのせいでこのザマさ。これが「救世主」たる「メサイア」の末路だ、笑ってくれ。「メルジア」なんて要らなかった。否、最初からこの世にいなかったのさ……。

 だからおれは自殺した。そも、「救世主」の道を奪われたおれには他に生きる道がなかった。だってそうだろう? 「救世主」として生まれ、「救世主」として育ち、「救世主」として人々に接した。それ以外のことなんて何一つ教わらず、その必要もなかったからな。そして今のおれにはそれすらもない——。
 死ぬしかないのさ。こんな暗黒の中で生きるなんて、何も知らないおれにはできない。ああ、家族は残ってる。みんな(所詮一部分だろうが)を悲しませることになるってのもわかってる。結論、おれは逃げてるんだよ。何一つ背負おうとしないで死に逃げてる。愚かなことに、な。
 それでも——死ぬことで、わからせてやりたかったんだ、一部の人たちにだけでもいいから。自分が「救世主」として期待をかけた少年に一体何をしてしまったのか。どんな仕打ちをしてしまったのかってことを。「錯綜の幻花」に罪はない。だってすべてを壊したのは大人たちだからな。お前が生まれなければおれは——って思ったことは何度もあるが、おれを本当の意味で壊したのは大人たちだから、おれはお前を責めることはない。

 色々と話が紆余曲折したが、ここにおれは遺言を残す。
 お前のことは憎かったけれど、もしも立場が違っていたら、おれはお前のようになっていたのかもしれないと時々思う。
 だから、聞いてくれないか。
 言いたいことはただ一つ。



《肩書きの前に押しつぶされるな》



 「救世主」の肩書きに振り回されてきたおれだから言えることなんだよ。これから先のお前には「錯綜の幻花」としての使命やら期待やらが待っているだろうけれど……。どこかおれに似ていたお前に、これを言いたかった。お前はおれの次の次期村長候補でもあるのだからな。
もしも生まれる時と場所が違っていたらきっとおれたち、友達になれたのかもしれないぜ?
 以上をもって、おれの「遺言」は終了とする。
 「救世主」の時代は終わったのさ、とうの昔に、な。

                いつかの「救世主メサイア」 メルジア・アリファヌス



 ——僕は、泣いた。

 メサイア、否、メルジアのために何とかしようと思っていた。なのに彼は早まって、その結果死んでしまった。
 彼を死なせたのは僕。頭の中ではどうしようもないとわかっていても、僕は涙と自責の念を止めることはできなかった。
 その三日後にメサイアの父は自殺し、その十日後に母は衰弱死した。
 こうして一連の「メサイア騒動」、別名「救世主騒動」は幕を閉じ、大人たちは何事もなかったかのように日々を生きている。
 子供が一人、自殺したのに。家がひとつ、つぶれたのに。「何事もなかったように」だなんて信じられない。
 大人というものは醜いのだなと、僕は初めて自覚した。



 それから六年が経った。アルドフェックの侵略によってエルドキア王国は落ち、その戦い「聖戦」の際に村長も命を落とした。
 そして僕が村長になった。今は亡きメサイアの代わりに。
 メサイアの手紙はいつも身につけている。
 戦いが長引く中、僕に「錯綜の幻花」としての過剰な役割をまだみんなが期待しているから。
 メサイアの手紙は教えてくれるんだ。


《肩書きの前に押しつぶされるな》


 あの言葉はまだ僕の中に生き続けている。大きな悲しみと、ちくりと感じる苦い後悔とともに。
 「偽りの救世主メサイア」なんて必要なかった。彼らに必要だったのは、単なる「はけ口」だったのさ。
 こうしてこの物語は終わるよ。結局言いたいのはね、

 ——僕の過去にはこんな物語があった、ただそれだけさ。

 メサイア、否、メルジア・アリファヌスのこと、忘れない。

                                  (Fin……)

△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △


〈あとがき〉

 こんにちは、藍蓮です。「偽りの救世主メサイア」、いかがでしたか? 周りの期待と信頼に押しつぶされて死んでいった一人の少年の物語を、その事件に深くかかわる少年二人(一人は本人)の一人称で語ってみました。ダブル一人称はわたしの実験です。普段あまり一人称はやらないので試行錯誤です。やってみたら思ったよりも書きやすかったので驚きました! どうでしたか?
 設定としては、「Stories of Andalsia」の伝説的人物「錯綜の幻花」エクセリオの過去編の一つです。
 全体的に暗〜い作品になりましたが、こういうのも書きたかったのです。期待や肩書きに押しつぶされて消えたキャラ……。最期の遺言ことばが光ります。

断片3 亡国ティファラート ( No.6 )
日時: 2017/12/02 19:12
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 「アリア」とは違うもう一つの「店」のお話。たくさんのキャラが登場します。
 この話は文芸部に提出した話の一つですが、カキコに載せたことはございません。ようやく「初めて」の作品になりますね。
 一年前に書いた物語なので支離滅裂なところもありますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。全体的な文字数は25000字程度です。

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〈亡国ティファラート1st Story〉

 今か昔かそれとも未来か? 時も場所も分からぬ世界に、不思議な不思議な「店」がある。
 その名を、「ティファラート」と。
 それは帝国アルドフェックによって故国を奪われた人々の作った、移動式の「店」である。

『寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。魔法のサーカスティファラート! 世にも不思議なティファラート!』


  †


——その国々は、支配されていた。
 どこに? それは、大帝国アルドフェックに。
 その国には「覇王」とうたわれる王がいた。
 彼は「良かれ」と思い、近くにある沢山の国々を支配した。彼自身の支配体制はとても良かった。しかし支配する者のさだめか、正真正銘のアルドフェック国民は、支配される国民(以後、属国民と呼ぶ)を蔑み、見下し、こき使って罵ることはばからぬようになった。支配政策は彼らに優越感と傲慢さを与えたのだ。
 そしてそうされる方も、いつまでも黙ってはいないのが世の定め。「覇王」ニコラス・アルドフェックが良かれと思っておこなったことは、その拡大しすぎた国土に不和をもたらした。

 ティファイ聖王国という属国があった。そこもまた、アルドフェックと川を隔てているとはいえ隣接していたために侵略され、支配された国だった。
 ファラウという姫君がいた。まだ若いティファイ最後の王族。今は隣国セランに身を寄せてはいるが、いつの日にか亡国を復活させんと策を練っていた。
 「ティファラート」という組織があった。それは商人ワンディ・ヘルムの始めた、属国民だけで構成された「魔法の」サーカス団。名の意味は「ティファイの誇り高き民」だが、ティファイ以外の属国民もいるにはいる。
 彼らの多くは魔導士で、ときには人々の願いを叶える「店」もやっている。
 これは、そんな彼らの物語。


  †


《突然ですが、キャラクター紹介(「ティファラート」のみ)》


〈ワンディ・ヘルム〉 
 「ティファラート」の団長。豪放磊落な元商人。大雑把な性格ではあるが、人をまとめたり人の心を掴んだりすることが自然にできる。気さくでおおらか。声が大きい。人に好かれる。

〈フェリィ・アイレーニア〉 
 「ティファラート」のメンバー。風の魔導士。気ままな性格。「ティファラート」の看板娘。金髪赤目、ツインテール。意思が強い。

〈フィリィ・アイレーニア〉
 「ティファラート」のメンバー。炎の魔導士。フェリィの双子の姉。控えめな性格。一年前、結核にて死去した。ポニーテールの美少女。

〈リロート・セルフィディア〉
 「ティファラート」のメンバー。元暗殺者。割と身勝手な性格だが、冷静沈着ではある。音を立てずに動けるし、夜目が利く。ウィロート(次項)をほっとけない。

〈ウィロート・セルフィディア〉
 「ティファラート」のメンバー。リロートの双子の兄。歩く辞書。頭が良い。笑顔で毒を吐いたり笑顔で相手を追い詰めたりと、腹黒い一面も。

〈イーネア・フリアルファ〉
 「ティファラート」のメンバー。植物の魔導士。おっとりとした性格で、時にみんなを癒やしてくれる。マイペース。緑の瞳に茶のショートヘア。

〈エルエンシス・サルフリーザ〉
 「ティファラート」のメンバー。ワンディの幼馴染。氷の魔導士。冷静、冷酷、冷徹にして冷淡。誰にでも敬語を使う。頭も良いし頭の回転も速い。銀髪、ロンゲ。水色のローブを着ている気がする。

〈ティリア・オルフェイン〉
 「ティファラート」のメンバー。光を操る明(あかり)の魔導士。実は盲目。落ち着いている。金髪。オッドアイで、右目が紫、左目が青。ティルク(次項)の双子の姉。

〈ティルク・オルフェイン〉
 「ティファラート」のメンバー。音の魔導士。生まれつき話すことができないが、音の魔法の応用を使っているおかげで会話には不自由しない。ダークな性格。警戒心が強い。金髪碧眼。ロンゲ。


  †


〈プロローグ 一時いっときの夢は栄華の跡地で〉


——歌が、聞こえる。
 ヘンな歌。少し調子の外れた、陽気で愉快で、でもやっぱりヘンな歌が。

  ティファラート、ティファラート 魔法のサーカスティファラート
  魔法素(マナ)の流れを操れば、帝国民も仰天さ
  ティファラート、ティファラート 我らは属国民なれど
  魔法素(マナ)の流れをいじくれば、どんな人でも感激さ

 サーカスらしい。そういえば「ティファラート」って、聞いたことがあったなと彼女は思った。確か、裏では「店」もやっていたはずだ。
 陽気で愉快な歌は、まだ続く。

  寄ってらっしゃい、見てらっしゃい 魔法のサーカス始まるよ
  我らは属国民なれど、変わらぬ誓い、とわの想い
  己の存在全てぶつけて、あの日の願いを叫ぶんだ
  今夜はここでの興行よ、魔法のサーカスティファラート

 金髪で赤い目、ツインテールの少女がボロい馬車から身を乗り出し、手を振っている。そんな可愛らしい顔、こんなサーカスには似合わない。どことなく痛々しい気がした。戦乱のもたらした不和は、ここにだってある。
 歌は、終わらない。

  寄ってらっしゃい、見てらっしゃい
  属国民なら大歓迎、帝国民も、さぁおいで
  風の魔法に氷、水、幻影だって揃えてる
  魔法のサーカスティファラート 「魔法」の名は伊達じゃない
  一度見たら忘れられない、最高のショウをどうぞ

  それでは始まる大興行
  魔法のサーカスティファラート
  最高のショウをあなたに

 ボロい幌馬車が町はずれの広場に止まった。乗っていた人々が次々と現れる。
 アルセリアは溜め息をついた。

(どうして、この町に)

 いや、この町だからだろうか。この町だからだろう。この町だからこそ、「ティファラート」は興行することを決めたのだ。きっとそうだ。
 この、町は。
 旧ティファイ王国、今は属国となっている国の。
 王都だから。
 失われし栄光の都、栄華の跡地。それゆえに。
 すべてを忘れさせるサーカスが、たった一時だけでも人々に幸せを届ける。小さなことかもしれないが、支配にすさんだ人心にはその小さなことこそに意味がある。
——魔法のサーカスは、属国民に許される、小さな奇跡。
 だからこそ、しっかり見たい。アルセリアは必死だった。

「これから興行を始めるぞぉ!」

 すべての光景を、しかとその目に焼き付けて。


 そしてその日、一人の少女は救われた。
 たった一つの奇跡によって。

 「ティファラート」の人たちはまだ知らない。
 彼女が次の「依頼」のキーパーソンとなることを。
 彼女には予感があった。そして願いがあった。
——ひとつの波乱が、その先にあった。

断片3 亡国ティファラート ( No.7 )
日時: 2017/12/03 11:05
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=598.png

※URLはこの世界の地図です。



〈序章 アルセリアの贈り物〉


 「ティファラート」が栄光の跡地で興行を行ってから三年。再び、彼らはその地に訪れた。
 あの日聴いた歌が、アルセリアの耳に再び響く。
 それは懐かしくもあったが、彼女にとっては大いなる一歩を踏み出すための音だった。

(ねぇデュアラン、今こそその時だと思うの。私、頼むね)

 「店」としても機能する「ティファラート」に。
 波乱はすぐそこにあった。


  †


 興行が終わったあと、アルセリアは「ティファラート」のテントに向かった。去年より人数が多いのは新入りが来たからだろうか。ともかく彼女は知っているのだ。「ティファラート」が「店」をやっていることを。訪れた人の願いを叶え、後からお金で報酬をもらう、それが「店」。
 彼女には、頼みたいことがあったから。

「あ、あの!」

 興行が終わり、皆思い思いのことをし始める中で、彼女は「ティファラート」のメンバーの一人に声をかけた。

「団長に会うには、どうしたらいいですか?」

 彼女が声をかけたのは一人の少女。いつしか見た、金髪赤目の風魔道士だった。
 フェリィ・アイレーニアと紹介されていた少女は、軽く眉を上げて言った。

「ワンディに会いたいの? もしかして、何かの依頼かしら」
「はい! よろしいでしょうか?」
「内容によるわね……。ま、いっか。案内するわ、ついてきて」
「ありがとうございます!」

 一歩は、踏み出せた。


  †


「魔道具の運搬だあ!? そりゃあ危険な依頼だなあ。だいいちあんた、おれたちにそれを頼むことの危険度をわかっているのかね」

 依頼を申し込んだときの団長の第一声がこれ。こういった反応が来ることをアルセリアはある程度、わかってはいたが。

「承知の上で、申しております。私は彼と約束しました。しかし私が来ても、彼は会ってくれないでしょう。だから」
「危険すぎるんだけどなあ……」

 ワンディはポリポリと無精ひげを掻いた。
 アルセリアの依頼はこうだ。とある魔道具を、帝国アルドフェックのヴィーセルタの町にいるデュアラン・ディクストリなる男に届けてほしいということ。アルセリアはデュアランの古い友人で、昔一つの約束をした。それはとてもささやかだけれど、アルセリアはどうしても叶えたかった。
 ちなみに魔道具というのはそこから放たれる「気」によって、魔法の心得のあるものにはそれとわかる仕様となっている。そして大抵強い力を秘めている。狙う手あまたというわけだ。
 ゆえに伴う危険も尋常ではないのだが。
 アルセリアは我儘だと思いつつも、それを運んでもらいたかった。
 だから今こうして、「ティファラート」に頼んでいる。

「……いくら、報酬として出せるんだよ?」

 それには財布の中身を示して答えた。
 財布の中には小さな銀貨が5枚入っていた。
 なけなしの5000ルーヴ。平民が持つにはあまりの大金のそれは。

「……お前しっかり飯食ってるか? 危険だっつーのはわかってるけど、おれは悪徳商人じゃあないぜ。1000ルーヴもあれば十分ってもんよ。あとは貯金しときなって」

 1000ルーヴでも庶民にはなかなかの大金である。相手が「店」だからって、彼らの扱う「普通の料金」を庶民が用意するのは難しい。

「お返事は?」
「……あんた、本気なんだな。しっかたねえ、受けてやるか! 『ティファラート』は正義の味方! ちょっとした寄り道ぐらい大丈夫だろ!」

 ワンディは胸を張って答えた。
 それが、アルセリアはとても嬉しくて。

「感謝の証にこれ、あげます」

 ひとつの水晶でつくられた、あまりにも精巧な細工物を差し出した。

「これは……!」
「兄さんが宝石職人なんです。どうぞ」

 それは「ティファラート」の幌馬車をかたどっていた。しかしその出来が異常だ。幌馬車の外観だけでなく、その中にいる人の顔までしっかりと再現されているのだから。ちなみに幌馬車の扉は蝶番(ちょうつがい)になっていて、そこから中を彫ったようである。驚くべきなのは、そんなに素晴らしい作品なのに継ぎ目が全くなく、全てがひとつの水晶から作られているようであることだった。

「……これ、売ったら7000ルーヴは下らないんじゃないか」

 7000ルーヴとはもはや富豪の領域。その水晶の幌馬車はそれほどの価値を秘めていた。
 アルセリアの贈り物はとんでもないものだった。

「……おれが、もらっても?」
「はい、構いません。三年前にあなた方が来た時から、このときのために兄さんが作ってくれたのです。十分報酬になりますか?」

 ワンディはしばらく放心してから、ようやく我に返ったように頷いた。

「あ、ありがとう。えっと……」
「私の名はアルセリア。魔道具の名は『ユアラン』といいます。依頼、よろしくお願いします!」
「了解した! 今後とも『ティファラート』をよろしく頼むよ!」
「はい! それでは」

 アルセリアはテントを出た。幸せな思いを胸に抱えて。


  † 


「ルート、変えるの?」

 その夜。「ティファラート」のテントの中で、フェリィがそうワンディにそう訊ねた。

「ヴィーセルタへ行くってことは、本来の興行路とは違うよね。新しく練り直さないと」

 ワンディはそれにはにやりと笑って答えた。

「ウィロートがやってくれたぜ、問題ないね」
「ウィロを便利使いしすぎ。それより魔道具の運搬でしょ? どうすんのよ。もっと他から人でも呼ばなきゃ守りきれないんじゃない?」
「フェリィ、頼む」

 頼んだのは、各地に散っている「ティファラート」のメンバーを呼ぶこと。
 フェリィは溜め息をついた。

「……時には自分でやりなさいよね? ま、今回は風の魔法を使えるあたしの方が適任か。ここから近いなら、ティリアとティルク、あとエルエンシス? それぐらいしかいない気が」
「エンシスがいるなら大歓迎! よろしくっ!」
「りょーかい」

 フェリィは目を閉じて両手を広げた。何もないのにざわざわと風が鳴る。
 その綺麗な唇が、言葉を紡ぎだす。

「  風よ、届けよ彼方の友に。ティリアにティルク、エルエンシスに。
  『ティファラート』が君を呼ぶ。
  集まれ、かつての栄光の都に。
  君を呼ぶは新たな依頼、危険付きまとう魔道具の運搬。
  我ら向かうはヴィーセルタの地。く疾く早く、君追い付かん……

 っと、こんなものかしら?」
 
 風は言葉を運ぶ使者。きっときっと、届いたはずだった。

「早く追いつけばいいわね。じゃ、お休み」

 今はもう夜。一日が……終わった。

「久しぶりの冒険、楽しみにしているわ。ワンディも早く寝てね」

 静かに更けていく夜の中、冒険の予兆が、あった。


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