ダーク・ファンタジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- アガメダマ
- 日時: 2017/11/25 00:33
- 名前: 如月 (ID: KE0ZVzN7)
一世代前の古い神社で彼はいつも待っている。
小銭を三つ抱えてやってくる、悩み人を。
「賽銭三玉、即ち貢。それあらば俺は動かんとしよう。陰陽師の名にかけて!」
◎ ◎ ◎
初投稿です。どうぞよろしく。
◎ ◎ ◎
- プロローグ ( No.1 )
- 日時: 2017/11/25 00:56
- 名前: 如月 (ID: KE0ZVzN7)
その日は雨が降っていた。
空から光は差し込まず、ただただ暗闇に覆われた世界の中で一人、少年は戦っていた。
全身から流れる血は雨に洗い流され、ボロボロになった衣服だけにその傷跡は残っていた。
少年は戦っている。見えない何かと。
「少年、貴様は何故そこまでして戦おうとする?我に貴様の考えは汲取れぬぞ」
見えない何かはそう言った。女性らしさを残した化け物じみた声で。
その声を少年は忘れた事は無かった。その声だけを頼りに、今まで手を血に染めてきたのだから。
「お前を殺す為だ。それ以外に、理由なんてない」
一筋の雷がどこか知らない場所を穿った。光と、それに遅れて音がその場に響いた。
その瞬間、一瞬だけ見えない何かが見えた様な気がした。見覚えのある懐かしい、殺すべき憎むべき何かが。
何かの正体を、少年は知らない。知りたくもない。
ただ殺す事だけを考え、今の今まで生きてきたのだから。
「絶対にお前だけは殺す……この命に代えても!」
そして、少年は死んだ。
得体の知れない何かに、為すすべなく殺された。
こうして幼き少年は、復讐を果たす事も無くこの世を去っていった。
誰も知らない、本当の物語だ。
場面は打って変わり、過去から現代へ。
古臭い神社の前で太陽の光を浴びている、パーカーとジャージを着た銀色の髪に赤い目を持った青年は。
希望が詰まった明るい声で、今日の第一声を発した。
「さーて、今日の悩み人はどんな人か。それもまた神のみぞ知るだな!」
今日は雲一つない、晴天だ。
- 序幕 ( No.2 )
- 日時: 2017/11/25 12:22
- 名前: 如月 (ID: KE0ZVzN7)
第一譚 その男、陰陽師につき
桜庭実里は、少しおかしい人間であった。
おかしいと言っても、顔はどちらかと言えばかわいい部類に入るだろうし、友達も少なくはなかった。
彼女をおかしくさせている所以は、まごう事無き花である。
幼い頃から花を愛し続けた彼女は、常人には理解し難いほどの花への愛を持っている。
学校中の花壇の世話を一人でやると言い出したり。
一つ花が枯れば一日中その花の前で黙祷したり。
と思ったらその翌日新しい花を何種類も持ってきたりなどなど。
今紹介したのは学校での彼女の生態だが、それは学校外に出ても変わらない。
気付けば彼女はどこかで、花の世話をしている。
花を愛して止まない少女、桜庭実里。彼女は今日も、市内の公園の花に水やりをしていた。
「うへへ〜、この公園にはアイスランドポピーやルピナス、ネモフィラまで咲いていて素晴らしいね〜」
何やら常人には理解できない呪文の様な言葉を発しながら、彼女はスキップながらに水やりをしていた。
肩まで伸びた艶のある黒い髪。パッチリと開いた茶色の瞳。何より雰囲気から伝わる明るさ。
こんなに可愛いのにもったいない、と彼女の友達はいつも思っているらしい。
確かに、水やりをしている彼女を見た会社帰りのサラリーマンは、珍奇な物を見てしまったという顔でそそくさとその場から去っている。
花を愛すことはいい事である。ただその愛が深すぎるだけなのである。
「よーし、このお花さん達は元気いっぱいだね!次はどこへ行こうかな〜?」
ジョウロを片手に歩き出した実里。
花を愛しすぎている事以外、普通の人間だ。
花を愛しすぎていた事。それが、これから彼女に起こる禍の原因となってしまった事は否めない。
◎ ◎ ◎
「ギャーハッハッハ。そりゃあ良いねえ!」
「だろだろ?今度紹介してやっから一緒に来いよ」
「良いね〜。楽しみだね〜」
街中で騒ぐ高校生達。迷惑している人間はたくさんいるが、注意する勇気を持ち合わせていない人間もたくさんいるのが現実だ。
道路脇のレンガに座り笑い散らしている三人組を止めれる者は、この場にいなかった。
そう思っていた矢先、まさかの人物が声を発した。
「あのー、迷惑なんでどいてもらって良いですか?」
実里だ。まだ若い女の子が勇気を出して注意しに行った事にその場の誰もが感動していたが、それと同時に危険も感じていた。
「あぁん?テメー誰に向かって口聞いてんのか分かってんのか?」
「なんかムカつくなコイツ。一発飛ばしとくか?」
「良いね〜。そそるよ〜」
誰もが危惧した展開に陥ってしまった。
このままでは実里は高校生達に好きな様にされてしまう。ボコボコにされ、もしかしたらその先まで行ってしまうかもしれない。
誰かが止めなければ大惨事に発展してしまうこの状況で、しかし実里は一切臆さず更に近づいて行った。
高校生達の座っているところを指差しながら、実里は至近距離で高校生に向かって言葉を放った。
「あなた達の座っている場所、花があるじゃないですか。潰れちゃってるんです。さっさとどいてください」
その瞳には十分な敵意が含まれていて、声からも相当怒っている事が伝わった。
だが、それは高校生達にとって水に油である事は一目瞭然だった。
高校生達は立ち上がると、自らが踏み潰していた花を引きちぎり、実里に向かって投げ捨てた。
「花なんてどうでも良いだろうが。こんなどこにでも生えてる目障りなものなんてよぉ」
見せしめに実りの目の前で花を踏み潰した高校生の顔は、酷く歪んでいた。
人に対し嫌がらせをする事が何よりも楽しいと言わんばかりの高校生達は、花を踏み潰すだけに留まらずそこら中の花を引きちぎっては踏み潰し始めた。
「花があるから俺達は注意されたんだよなぁ?花なんてなけりゃあ、俺達は何してても良いんだよなぁ!」
「花なんてそもそもいらないし、俺達が撤去してやるよ。撤去撤去」
「良いね〜。楽しいよ〜」
彼らにとっては愉快な事でも、実里や人々にとっては不快そのものでしかなかった。
ここまで心が黒く染まった人間がいる事実に、人々は困惑し何もする事が出来なかった。
不快な笑い声をあげながら綺麗に咲いていた花を傷だらけに変えていく高校生達を見て。
実里は怒りと悲しみを抑えきれなかった。
三人組の内の一人に向かって、飛びかかった。
「やめて!もうやめてこんな事!花を……この花達を、傷付けないで!」
腕を掴まれ不快に感じたのか、高校生は実里を思い切り振り払った。
人混みの中に投げ捨てられた実里は頭を打ち、そこから血が流れ出てしまった。
痛みと悲しみで涙を流している実里の事など御構い無しに、高校生は倒れている実里の胸ぐらを掴み持ち上げた。
「お前みたいなやつが一番ムカつくんだよなぁ。花だのどーのこーの。虫酸が走るんだよ、このクソ偽善者野郎が!」
その言葉と共に実里は再び突き飛ばされた。
右頬を思い切り殴られたのである。頬は赤く腫れ、口から血が噴き出した。
そんな彼女の元に近寄る人間は誰一人いなかった。関与すれば自分も同じ目にあうかもしれない。そんな恐怖心が、人々の体を止めていた。
高校生の怒りは収まる事を知らず、実里に再び近づいてはその腹を蹴り飛ばした。
腹を抱えてもがく実里の髪の毛を掴み、ズルズルと引き摺って残り二人がいる場所へ投げ飛ばした高校生。
無残な姿になった花達のところに、同じく見るにも耐えない傷だらけの姿になった実里は放り込まれた。
「おい、俺まじでコイツに腹立ったからもう好き勝手して良いよな?」
「待て待て、流石に人目のつくところはヤバイだろ。俺の家近いからそこに連れ込もう」
「良いね〜。良いよ〜」
このままでは実里は取り返しのつかない事になってしまう。
そうと分かっていても、動ける人間はその場に誰もいない。
当の実里は、引き裂かれた花を見て涙を流していた。
「ごめんね……守ってやれなくて……」
その涙が花に零れ落ちた。
ボロボロになった花は、実里と同じく泣いているようだった。
自分がどうなろうとどうでも良い。この花達を守れなかった事だけが、本当に悔しい。
そして、本当に許せない。
「じゃあ連れてくか。おい、立てやコラ。さっさとしろ」
「あんま乱暴にしたら死ぬぞ」
「ダメだね〜。死んだらダメだ〜」
髪の毛を引っ張られて強制的に立たされた実里の目には、花の姿しか映っていなかった。
花を見つめながら、実里はただただ誤っていた。
「ごめんね……本当にごめんね……」
そうして黙って連れて行かれる実里を、人々は黙って見つめていた。
自分達の臆病さを心底憎みながら。
◎ ◎ ◎
その様子をあえて黙って見ていた一人の少年が、ひっそりと人混みから姿を消した。
気が付けばフードを被った少年は、古臭い神社の前に立っていた。
今にも崩れそうな石造りの階段を淡々と登って行き、本殿の前へと辿り着いた。
そこには、錆びついた賽銭箱を抱きかかえている変態男がいた。
「ああ、だーれも賽銭してくれないよ、俺悲しいよ。たった三玉で良いのにさぁ!みんなケチなんだよぉ!」
銀髪に赤い瞳。外人の様な特徴だが、顔は確かに日本人そのものだ。
スポーツ用の黒いパーカーに、どこで買ったのかブランド物のジーパンを履いているその青年に向かって。
黒髪の少年は一円玉を三つ、青年に向かって放り投げた。
「あ、夜影。何、この一円玉は」
「ばかやろー。お前の望んでる賽銭だ」
賽銭、その単語を耳にしただけで青年は一気に顔を輝かせた。
「いやー、お前が賽銭なんて珍しいな。どした?」
「別に。可哀想な女がいたから助けてやって欲しいだけだ」
「なんだよ夜影、お前女好きだったのか」
「ちっげーよ!ばかな事言うならその一円玉返してもらうぞ」
「いやーッ!やめてくださいお願いします夜影様ァ!」
一円玉三つを大事に抱え込む青年の姿は、なんというかすごく惨めであった。
ここまで一円玉を大事にする人間を見た事があるだろうか。いや、あるから今こうして青年は惨めな姿をさらしているわけだが。
はー、とため息を一つついて黒髪の少年──天馬夜影はフードのポケットに手を突っ込みぶっきらぼうに言い放った。
「桜庭実里って名前の女が男共に連れてかれた。このままじゃヤバイ。あの匂いがした」
少し間をあけて、夜影は真剣な顔で言った。
「相当デカイ。お前にやれるか?紫月」
本殿から飛び降り、夜影の前に立った青年──五十嵐紫月は。
手に構えた一円玉三枚を指で弾きとばし、右手で全てキャッチした。
そして、赤い瞳から赤い光が出る程の鋭い眼光で、夜影を見つめた。
「賽銭三玉、すなわち貢。それあらば俺は動かんとしよう──」
紫月は、自信満々にその名を口にした。
世に群がる人を害なす存在、妖を成仏させる。そう──
「陰陽師の、名にかけて!」
Page:1

