ダーク・ファンタジー小説

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Malice
日時: 2018/01/09 17:30
名前: おかゆ (ID: 4C1MnACG)

 あの瞳に抗えなかった。
 異形の彼女に、僕は飲み込まれてしまった。
 いっそ、抗うことを止め、流されるのもいいかと思ったが、自分の意識が崩れていくことに恐怖を覚え、抵抗を止めなかった。
 しかし、抵抗もむなしく、飲み込まれていった。
 どこからか、鈴を転がしたような笑い声が響いた。
 そして、全てを思い出した。

      *

 容赦のない視線が僕を襲う。
 これだけを聞くと、僕が何か目立つことをしているのかもしれないと感じるかもしれないが、あいにくここには僕しかいない。
 築52年のオンボロアパートの2階、その角部屋に僕は住んでいる。
 家賃は安いが部屋は広い。それが売りのアパートだが、今の僕には、その部屋の広さが恐怖を増長させるもののようにしか感じない。
 「……誰、なんだよ」
 僕の喉から震えた声が漏れる。
 夏真っ盛りだというのに、冷や汗が止まらない。
 備え付けのエアコンの排気口から重低音が鳴り続ける。この冷や汗は決してエアコンのせいではないだろう。
 セミの鳴き声がうるさい。
 近所の公園から楽しそうな子供の声が聞こえる。
 僕の意識を散らすには十分なほどの騒音があるにも関わらず、それは僕の意識を惹きつけて止まない。
 「貴方はいい加減全てを思い出すべきですよ?」
 耳元で妖しい声が響いた。体が疼くのを感じた。
 油が切れた人形のように、首をギギギ、と後ろに向けた。
 (…綺麗だ…)
 僕がそれを眼に映した瞬間、先ほどまでの恐怖が吹き飛んでいくのを感じた。
 それ—僕の目に映ったのは、白い女性。
 だがそれは———彼女は———

 —異形。

 シルエットだけを見れば、コスプレをした人間にも見えた。だが人間との大きな違いは、側頭部に生えた長い巻角に真っ青な髪。顔の左半分に露出した骸骨。空洞のはずの瞳に赤黒い炎が輝いている。目を引き寄せる真っ白な肢体。特にその大きすぎる胸は男の劣情を誘う。最も驚いたのは、臀部の上部に生えた三叉にわかれた、黒い尻尾。
 一目で心を奪われ、それと同時にナニカを忘れている気がした。
 「君は誰…いや、何だ?」
 「そうですね、一言で申し上げますと、《悪意》です」
 震えながら発した僕の質問に、目の前の異形が美しく笑って答えた。
 「《悪」
 僕がその言葉を繰り返そうとする前に、口を塞がれた。
 《悪意》の唇によって。
 瞬間、一瞬の酩酊感のあと、全身を深く貫く快楽。
 自慰行為とも異なる、全く異質な快楽。
 悲しいことに、僕にはこれを表すほどの語彙力を有してはいなかった。
 全身がガクガクと震え、次第に目が虚ろに変わっていく。
 やがて、僕は人間ではなくなった。

      *

 口づけとは好意の相手とするものだと、僕及び世間一般の人は思っているはずだが、僕の初めてを奪ったのは、雪のように白い…

 —異形。

 顔の左半分が骸骨で、側頭部には長い巻角。真っ青な髪が僕の首筋をくすぐる。
 初めての口づけに驚く間もなく、僕を襲ったのは異質な快感。
 最初は軽く唇が触れるようなものだったが、《悪意》は少しずつ右半分しかない舌をねじ込んできた。
 僕の歯茎に異形の舌がゆっくりと淫靡に這う。
 《悪意》の唾液の味が口に広がっていく。
 唾液は甘く、僕は夢中になって彼女の口を舐める。
 まるで舌が意志を持っているかのように、僕の意志とは反比例して舌を絡めていく。
 《悪意》は粘着的に僕の舌を吸った。
 その瞬間に更なる快楽が僕を襲い、それに伴い僕の口づけも勢いが増していく。
 僕の脳が熱を帯びてくるのを感じる。
 やめろと、頭の冷静な部分から発しているのが幻聴のように聞こえた。
 だが、やがて冷静な部分も飲み込まれ、消滅した。
 最初は押し返そうと《悪意》の肩に当てられていた手も、いつの間にか《悪意》の背中に添えられていた。
 それを喜ぶように、眼前の異形は深く、深く、舌を僕の中に入れてきた。
 目の前が暗転し始めた。耳までも遠くなってきたようだ。
 《悪意》の背中に添えられていた手が持ち上がり、彼女の頭部に向かう。
 《悪意》の頭部に添えられた手には血管が浮き上がり、この小さい頭部なら破壊してしまいそうだ。
 —ねちゃねちゃと、汚い音が部屋に響く。
 —両者の口端から途切れることなく、泡立った唾液が零れ落ちる。
 そして、

 —僕が暴走を始めた。

 先ほどまでとは打って変わり、今度は僕が《悪意》の口に舌をねじ込む。
 嬉しそうに異形の目がとろける。
 相手の力が弱まるのを感じ、逆に僕の全身に込める力が強くなっていく。
 ただただ粘着的に、情緒も糞もない口づけが行われていった。

       *

 唇が離れ、舌から妖しく唾液がこぼれた。
 僕が唾液を拭くために、上着の袖を顔に近付けたときにそれに気付いた。
 手がアイツと同じように、病的なまでに白くなっていることに。
 あれ? アイツって?
 目の前の《悪意》のことだろう?
 いや、違う気がする。
 アイツはもっと…。
 …まぁ、いいや。
 今はとても気分が良い。
 
 「そうだろ? マリス…」

 目の前の異形は、薄く笑った。

Malice ( No.1 )
日時: 2018/02/20 15:31
名前: おかゆ (ID: 4C1MnACG)

  「僕は一体、何者だ」
 —『人間だった』人間だよ。
  「僕は『人間だった』…人間?」
 —そうだよ。別に難しくはないよ。
  君は新しい人間—つまり、人間になったんだよ。
  「よく、解らないよ。どういうことなの?」
 —う〜ん。そもそも人間って何だと思う?
  他の生物と違って、はるかに高い知能を有しているところ?
  本島と理性の狭間に生きる苦しい生物?
  他にも色々定義づけることは可能だけどさ。
  簡単に言うと、

  #)(‘SJ90fw#4_)*d3*?}_なんだよね。

  「そうなんだ。あああ。意外と簡単なものだね」
 —うん! あまり深く考えないほうが良いよ。
  …さて、彼女が君を待っているよ。

 その言葉を最後に、意識が急速に薄れていくのを感じた。

 —バイバイ。また…会えたらいいね。

      *

 意識が急速に戻り、視界が広まっていくのを感じる。
 僕の眼に異形の存在が映されるが、驚きはしない。
 全てを思い出したからだ。
 ふと、後頭部に柔らかい感触があるのに気が付いた。
 どうやら膝枕をされているようだ。
 「……マリス。これは?」
 「おや? これは人間の言うところの膝枕と認識しているのですが…。どこか間違っていましたか?」
 「いや…間違ってはいないが、いくら何でもお前の生みの親である僕に膝枕をするのは…何かおかしいとは思わなかったのか? ……いや、もういい」
 僕の質問の何が疑問だったのか、正しすぎる反論をする彼女に、僕は『親』という言葉を使って、さらに反論をした。最も、目の前の異形にまともに通じなかったわけだが。
 「ええ、特に何の疑問もわきませんでしたわ。何故なら私は貴方から『生まれました』、ですが別に生殖行為による受精によって『産まれた』わけではありませんもの。親に対する愛情というモノは持っておりません。それに貴方は男性なので受精できませんし」
 それに、と。
 「私は貴方の感情をもとにこの世に生まれたわけですけれど、私は貴方を『親』と認識しておりません。何より、先ほども申し上げた通り、親に対する愛情は持っておりません。そもそも、私は《悪意》ですよ? 全てを憎み、嫉み、忌み嫌う私が、いくら私を生んだからといって、貴方も《悪意》の対象外ではありませんもの。ですが、まあ、いくらかは貴方に対する執着心はあると自覚はしておりますけどね。気まぐれに子供らしく、膝枕をしてみた所存でございます」
 こんな子供がいて堪るか、と心中で毒づく。
 そもそも、顔面の半分が骸骨の子供なんて欲しくはない。
 ああああああ、クソ。いきなり全てを思い出したせいで、上手く言葉がまとまらない。
 「そもそもどうしてこんな面倒臭い、もとい恥ずかしい方法で記憶を蘇らせるんだ。全く、@d[*6$”」\..*+*/2jdaz様もお人が悪い]
 「人ではありませんがね。あれではないですか? ことわざに『口は禍のもと』というモノがありますが、人間の最も汚い部分が『口』だからではありませんかね。 それを想起させ、忘れさせないために」
 「……そうだな…。人間とは、そういう生き物だったな」
 蘇った記憶の一片。
 汚く笑う大人。荒れ果てた大地。泣き喚く子供。銃声の音。爆発の音。
 何より、世界が泣く音。
 「そのために僕は人間を捨てて、人間になったんだよな…」
 拳を強く握ると、白い肌が更に色を失っていく。
 「まあ、あれですね。私と口づけをしてガクガクと快楽に震える貴方はとても可愛らしかったですよ?」
 ニタァと、先ほどまでの空気を茶化すように、邪悪に笑うマリス。
 この笑みは彼女が《悪意》だからなのか、それとも彼女の性格に起因するのか、現在最大級の疑問だ。後者の場合、今後の僕の行動に差し支える。
 だが、茶化されたおかげで、少しだけ気が楽になったのも確かだ。
 「さて、ではそろそろ狩りに向かいませんか? この世界には何人、何十人、何百人、何万人、何億人と《悪意》を持つ人間はいますから。くふふ…美味しそうですねぇ。おっと、ゲフンゲフン。いずれはj4- 9^m5q3y\ da:・様に謁見できる日も近いですよ。それに、私たちが神になれる日も……おや、楽しそうですね」
 僕は、マリス以上に歪んだ笑い顔をしていたのかもしれない。
 口角が異常なまでに上がっているのを感じた。
 マリスがそれを見て、嬉しそうに笑う。
 僕も笑う。
 マリスも嗤う。
 僕も—

 「………ひひひ」

 嗤った。
 その笑いは、日に沈む街の中に溶けて消えた。

Malice ( No.2 )
日時: 2018/02/19 11:24
名前: おかゆ (ID: 4C1MnACG)

 「全く。雑魚のくせに数が多いですね。面倒臭い」
 暗闇の中にマリスの鬱陶しげな声が反響した。
 曇天に覆われていた空が晴れ、月が僕たちを照らす。
 月光によって明るくなった現状は、凄惨の一言だった。
 青いバトルドレスを着た異形が、身を血で染めている。
 その言葉のわりに、彼女の顔には狂笑。
 隕石が落ちたかのように、小さなクレーターが所々に見られる。ひと際大きいクレーターの中央部には、赤黒い謎の肉片が、こびりついている。
 彼女の周囲には、千切れて半身のみとなった男性—すでに目から光は失われている。
 胸部から股間あたりまで一息に抉られた女性—こちらも同様だ。
 四肢が何重にも曲げられている青年—わずかに息がある。だがそれも途切れ途切れだ。次第にその息も止まった。
 何所を見ても死体、死体、死体。
 「一瞬だったな…。さすがは《悪意》の権化」
 目の前で起こった一瞬の殺戮。
 それを目の当たりにした僕は、声を震わせずにはいられなかった。
 時刻はAM1:24分。
 大体の人は眠る時間帯。その時を狙い、僕たちは狩りに出ていた。
 獲物は人間。
 それも、特大の《悪意》を見に秘めた…。
 「だ、ダず…げ…」
 ひしゃがれた声が聞こえ、顔を声の方向に向ける。
 そこに倒れていたのは、美しい人間の女性…否。
 長い牛角を側頭部から生やし、銀髪を自身の血で染める—

 —《悪意》

 「あっはぁ? 申し訳ございませんが、遠慮させてもらいます。何故なら私たちは貴女を殺し、神道を渡らなくてはいけないからです。…あは。そんなこと言わずとも、貴女なら解っていらっしゃいますよね? アーリー?」
 マリスにアーリーと呼ばれた血化粧の異形は、絶望に色を失った。
 「ぐぞおおおおおおおおおおおおお!!!!! ごろず!! ごろじでやるぅう!!」
 「…貴女は本当に昔から阿呆ですね。ただの人間を洗脳してもたいして役に立ちませんのに」
 その言葉を最後に、頭部を潰す鈍い破砕音が響いた。
 殺害者は心底つまらなそうに死体を流し見たが、やがて興味を失い、自身の主人の元に駆け寄る。身体から死臭がするのはご愛敬といったところだろうか。
 「申しあげておきますが、彼女が私たちの世界の平均、というわけではありませんので。そこはご理解ください。もっと強い者も数多く存在します。アーリーは中の下と言ったところでしょうね。一般的な強さです」
 どこか申し訳ないように説明口調で身振り手振りで話す彼女は少しだけ可愛らしかったが、彼女の身体は血だらけで、僕の思いはすぐに消滅した。
 「あ…うん。それはどうでもいいよ。無事だったからね。でも、もう少し身内を殺すのに躊躇とか持ったほうが良いと思うのだけど」
 「はぁ…そういうものでしょうか」
 「ま、まあいいや。とにかくこの騒動で警察とか呼ばれた可能性もあるから、さっさと逃げよう」
 はい、失礼しますとマリスは頷き、僕をお姫様抱っこした。
 最初はゆっくり、徐々にスピードアップし、跳躍。
 月夜に、滑稽で歪なシルエットが浮かんでいた。

Malice ( No.3 )
日時: 2018/02/19 11:25
名前: おかゆ (ID: 4C1MnACG)

 白刃が鼻先をかすめ、マリスの前髪が削れた。
 刀を握る目の前の存在が、振り上げた刀を手放し、女性の心臓に向かい掌底を放つ。
 しかしそれは硬質化したマリスの髪によって防がれる。
 手袋の中に金属板でも入れているのか、甲高い金属の衝突音がする。
 目の前の存在はバックステップで後方に退避。そこに先ほど手放した刀が落ちてきてそれを掴む。下段の構えで隙がない。
 時は少し巻き戻る。
 ………。
 「今後の行動と、僕たちの目的を再確認しておこう」
 時刻はAM5:00
 人通りの少ない路地をマリスと歩く。
 少し前にアーリーとの戦闘で異臭がした服は着替え、ダッフルコートに短パンという寒いのか暑いのかよくわからない服装をしている。先ほど、敵を蹴り殺したとは思えないほど美しい脚だ。
 「わかりました。では—」
  僕たちの目的
  ①−日本にいる《悪意》を見つけ、殺す。
  ②− 《マリス》を殺した果てに謁見できる【神】を殺す。
  ③− 人間を保護。
 「ですね。私はかなり本意ではないのですが…」
 「僕だってそうだよ。人間を保護? 全くふざけている。この僕が、人間を積極的に助けに行かなくてはいかないとは…。これが最高のスパイスになると理解はしていてもね。頑張ろう。これから起こる災厄の日常で僕たちが、人間を助けて、助けて、まだ自分たちは生きていられるという希望を見出したところで、僕たち自身でぶち壊す。最高の絶望顔が見られるだろう。何故? 何故? 何故? ってね!! ハハハハ」
 「それはとても面白そうですね。とても楽しみです」
 両手を空に掲げながら咆える僕に、同調するように拍手をするマリス。
 両者、《悪意》の権化のため、ツッコむ人間がいない。ツッコミはとても大事な役割だ。

 「何も面白くありませんよ。化け物め」

 唐突に耳朶をうった透き通った女の声に、顔を向けると—轟!! と横なぎの刀がマリスを襲う。マリスは顔を軽く傾け、回避。回避するときにふわりと揺れた髪が切れ、舞う。
 間髪無く、マリスの裏拳。それを黒い外套で身を包んだ襲撃者が引き戻した刀の柄で防御する。
 一瞬。
 剣戟と殴打の乱舞。
 「遠くに離れてください!」とマリスの声が。
 突然の出来事に何も考えれないでいて僕は、その声で我に返り、急いで近くの建物の陰に隠れた。
 その間にも刀の軌跡が煌めく。
 光の三閃。
 鋼鉄の身体を誇るマリスの腕、顔、胸部に浅い傷をつくる。
 しかしマリスは冷静に、筋肉が膨張した腕に、長い髪が握りこぶしの形を創り、計6本の腕で襲撃者の攻撃を弾きながら集中的に刀を握る腕を攻撃していく。
 スピードは襲撃者のほうが勝っているのか、マリスの身体に傷が秒ごとに増えていく。
 やがて異形の破壊的な右拳が、敵の右脇腹に命中。
 「ぎっ」、という敵の声が漏れ、一瞬の体の硬直の後、遅れて後方に猛烈に吹き飛ぶ。
 破砕音とともにコンクリートの土煙が舞う。
 マリスは女が吹き飛ぶのと同時に、自身も駆け、さらなる追撃を行う。
 破砕音が響いた瞬間、さらなるマリスの攻撃による爆発音。
 土煙が晴れ、そこにいたのは、首筋に刀を添えられたマリスの姿だった。
 「糞っタレ、という言葉が今の状態では正しいのでしょうね」
 「下品な言葉ね。でもどうでもいいわ。貴女はこれから死ぬのだから」
 「おや? それは自信を過信しすぎではないでしょうかッ!!」
 マリスの首の裏筋から生えた骨が刀を高速で伝いながら万力の力で右肩までを抑えた。
 僅かに震えながら腕が真上にあがっていく。
 それを放っておくほど馬鹿ではない襲撃者が左手で脳震盪を狙うための掌底をマリスのあごに向かって放つ。
 だが、それもマリスの髪が硬質化し、包み防いだ。金属音が響いた。
 「おやおや、貴女も糞っタレ、と言ってもよろしいのですよ?」
 ニタァとした顔でマリスが嘲るように嗤った。それと同時に複数にわかれたささくれだった骨が全身を緊縛する。これにより完全に動きが封殺されたのを襲撃者は理解した。
 「ええ。下品な言葉を使ういい機会ね (こいつ全身が武器になるのか?! そうだとすればどうやってここから脱出する!! 考えろ!! でもこいつの能力、どこかで…)」
 「無駄、ですよ。貴女には私から逃れる術を持っておりません。ですが、せいぜいあがいてみてくださいまし」
 咆哮。
 未だ名も知らぬ襲撃者が、ぱっつん前髪の美しい顔に青筋を浮かべながら暴れる。
 ビクともしない相手に対し、ささくれだった骨が柔肌に裂傷を与えていく。
 朝方の寒さや、汗によるものもあるだろうが、血が霧状となって蒸発してく様はまるで修羅。或いは悪鬼。
 マリスを化け物と呼んだ彼女も—化け物—と形容するに相応しいほどの異様を誇っていた。
 「ァ〝ア〝あ〝あ〝ア〝あ〝あ〝っッッっッッ!!!!!!」
 命を燃やすように襲撃者が咆える。命が燃えるように血が噴き出す。
 鼻血を出し、充血した目から血をこぼれでる。
 「………オマエは、何だ」
 堅苦しい言葉遣いが崩れ、傲岸不遜に尋ねた。
 態度とは裏腹にどこか焦っているようにも聞こえたのは決して勘違いではないはずだ。
 「オイ!! オマエはッ!」
 硬いものが切れる音がしたと思ったら、マリスの両腕と、緊縛していた骨、髪が切断されていた。
 「なっ!? くッ! そ!」
 驚愕に眼をむくマリスに追撃をしかける襲撃者。
 一閃。
 キキンッという音の発生直後、コンクリートの地面が一文字に切断された。
 遅れて衝撃波が一閃を回避したマリスを襲う。
 このわずかな時間ですでに腕が再生しているが、切断される前の腕より血色が悪く、細い。
 「…オマエは…異常者だな」

Malice ( No.4 )
日時: 2018/02/19 11:25
名前: おかゆ (ID: 4C1MnACG)

 「…オマエは…異常者だな」
 出会って間もない彼女だが、その言葉には常に冷静沈着であり、なめ腐った態度を見せる彼女が見せる、本気の怒気が含まれていた。
 ギリギリと握りこぶしが鳴る。怒りに飲み込まれんとしているかのようだ。
 『貴女はただの化け物ではなく異形だったのね。判らなかったわ』
 女性らしい透き通った声ではなく、男女が一つの口で発しているような声。
 ズタズタになった外套から除く柔肌を隠しもせず、再び構える襲撃者に対して、マリスはただただ怒りと殺意を膨れ上がらせていた。
 本調子に戻ったのか、全身に力がめぐっている。
 「貴様ァ…。Ao08-74u3:@[。s様を傷つけた無礼を忘れたとは言わさんぞッッ!!!」
 怒りが限界点を超え、叫んだ。
 一歩を踏み込み、目の前の敵を殺すためだけにコンクリートの地面を爆砕しながら走る。
 ただただ殺す、それだけを目的に。
 異常者と言われた女は明鏡止水。
 静かに、流れるように、目を閉じ抜刀の構えをとる。
 ひぃいいん—と、場違いなほどに綺麗な音が聞こえた気がした。
 闘気が彼女を包むように守っている。
 それが膨らみ、シャボン玉のように一つ、また一つと空に浮かび、散っていく。
 闘気の塵が、マリスの肌に触れる。
 女に近づくほど、塵が触れる。
 マリスの腕が彼女の首を掻き切らんとする直前、光速の勢いで、鞘から刀が抜き放たれる。
 僕の目がとらえたのは、マリスが刀を破壊した瞬間だけだった。
 『—な、嘘でしょ…』
 「あはぁ? 私の演技は上手でしたか? 異常者の夏帆さん」
 『貴女は、ダレなの…』
 驚愕を浮かべる夏帆。
 上手くいったと喜ぶマリス。
 ガクリと膝をつけ、茫然とする夏帆に異形はさらに畳みかける。
 「夏帆さんの攻撃など端から聞いていないのですよ。私の腕を切れたのだって、ほら、自分の意志で切断できます」
 ほら、と声を発したと同時に、両腕が切れる。
 「そして、この通りすぐに再生も可能です。ふふふ」
 粘液とともに新しい腕が傷口から勢いよく生える。
 「腕でも脚でも、骨でも、髪でも、私の身体の一部なら自信の意志で破壊できます。すばらしいでしょう? これが、新しいj@4q890a:;k[a様に与えられた身体」
 『…え…。新しいj@i[q[-j:aaと言ったの、貴女は』
 「ええ、ええ、そうですよ。貴女が傷つけたj@hr0q38y-u[ba様は過去の神物。あの御方はすでに亡くなりました。今のj0-3q0j@fa様によって。そして私は、いえ、私たち異形に新しい身体と力を与えてくださいました。前の身体よりはるかに強く、硬く、そして何より美しく。故に私たちは貴女たち異常者を恨んではいません。わかってはいると思いますが、私たち異形の世界は実力至上主義ですから。今の神のほうが尊敬、畏敬を集めているのですよ。あなた方は世代交代したことにも気づいていなかったのですね。まあ、異常者たちの情報網では分かりっこないでしょうが。ふふふ」
 彼女の話す様はまるで恋する乙女そのもの。
 愉悦に満ち満ちた顔は美しかった。
 「まあ、殺すのですが」
 「私と」
 「ご主人様で」
 自身の神を殺すと、一言一言を強調するように区切りながら夏帆に言い放つ。
 「それではさようなら。夏帆さん。—久しぶりに知り合いに会えて嬉しかったです。姉様にもご報告しておかねば」
 「お前! まさ—」
 夏帆という人間の言葉は最後まで発せられることなく、途切れた。

Malice ( No.5 )
日時: 2018/02/19 11:26
名前: おかゆ (ID: 4C1MnACG)

I am insane (私は狂気)

I am malicious(私は悪意)

My name is Mariss(私の名前はマリス)

Let's dance with you(貴方とともに舞いましょう)

I am greedy while suffering hardship in a blood bath(血の海に揉まれながらも貪欲に)

While knowing the value of own(自身の価値を知りながら)

Only naturally I drink you(当然とばかりに貴方を喰らう)

I laugh Serves you right(いい気味だと私は嗤い)

You cry(貴方は泣き叫ぶ)

While it is met for insanity, I laugh(狂気で満たされながら私は嗤う)



 どこからか、歌が聞こえてきた。
 どこかで聴いたような声だった。
 正直、英語はからっきしだったが、何故か、耳を打つこの歌の意味がすんなりと僕の頭の中に浸み込んでくる。
 僕はこの歌を、声をどこで聴いたのだろう…。


       *
 
 「…様? ご…人様? ご主人様?」
 「え?」
 僕を呼ぶ声が聞こえ、意識が覚醒を始めた。
 案の定、呼んでいたのはマリスであった。
 「お疲れですか?」
 「…ううん。そういうわけじゃないんだ。ただ、どこかで…」
 「どこかで?」
 「大丈夫。じゃあ、早くここから離れよっか!?」
 僕が叫んだのも無理はない。
 現時刻AM06:30ちょうど。
 ここが人気の少ない町だとしても、住んでいる人間も存在する。
 ましてやここでドンパチを繰り広げたせのだ、いずれにしても人に発見されることは間違いない。
 現に住民が警察に通報したのか、遠くでサイレン音が鳴っている。それがこちらに近づいてきているのだ。
 「わかりました。では失礼して。…よいしょ」
 「また、また、お姫様抱っこなのか〜〜〜!!!!」
 異形とはいえ、身体は女体。つまり性別は女。
 男である僕がお姫様抱っこされるという。
 その屈辱に。
 僕の悲痛な叫びが響き渡った。


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