ダーク・ファンタジー小説
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- どうか安らかに、
- 日時: 2018/03/02 21:47
- 名前: ささくれ (ID: xDXAIlaX)
死んでくれ。
***
ささくれと申します。
魔法使いと、色々みえる少年の話です。更新はゆっくりめですが少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
- Re: どうか安らかに、 ( No.1 )
- 日時: 2018/03/27 02:15
- 名前: ささくれ (ID: TimtCppP)
なにも覚えていない。
ただ、気がついたら人が死んでいた。家族も、友人も、思い出の場所も、なにもかもが死んでいた。残ったのは、肉の焼ける匂いと、ボロボロな体で地べたに座り込んでいた自分だけ。
呆然と、焼けた村を眺めていた。
──生き残って、しまった。
どうやって死ぬか、それだけを考えていた。
あまり痛くないのがいいけれど、みんな苦しみながら死んでいったのだから、残っている炎に身を投げようか。高いところから飛び降りるのもいい。きっと痛くて、苦しくて、みんなと同じように死ねるだろう。
べつに死にたいわけじゃない。みんなのところに行く方法が、それだけだった。
だから、きっと。
「わたしと、一緒にくるかい?」
差し出されたその手を、とってしまったのだろう。
俺もあの人も、この時からずっと、間違った道の上で、お互いの首を絞め続けている。
- Re: どうか安らかに、 ( No.2 )
- 日時: 2018/03/27 02:16
- 名前: ささくれ (ID: TimtCppP)
灰青色におぼめく朝の最初の光というものは、目覚めたばかりの目には少々眩しい。
まだ人々が働き始めるには少し早いため、様々な店が立ち並ぶ大通りでも人気がない。ちらほらみえる人影は、数えても両手で足りるほど。
ひとつ息を吐き出したところで、パタパタと跳ねるような足音が聞こえた。
「おーい! レイル!」
まるで朝日のように輝かんばかりの笑みで手を大きく振りながら、一人の少年がこちらに駆け寄ってくる。
レイルはそれをみて、控えめに手を振り返した。
「おはよう、今日は早いんだな!」
その性格に似て元気よく跳ねた、癖のある短い赤髪をもつ少年は、レイルの前に来るとその足を止めた。
「おはよう、ジェーダ。今日はちょっと、午後から別の仕事が入っちゃって。ごめんな? 朝から」
「全然! こっちこそ、忙しいのにわるいな」
「ジェーダはお得意さんだからな。お母さんの具合はどう?」
そうたずねると、ジェーダは嬉しそうに答えた。
「日に日に良くなってるよ! 薬が効いてるみたいでさ」
「よかった。じゃあこれ、二ヶ月分。他になにか変わったことは? 体がだるいとか、夜眠れないとか」
「ありがとな! あー、そういや、ちょっと寝付きが悪いって言ってたかな……っと、これで足りるか?」
ジェーダはズボンのポケットから何枚かの銀貨を取り出し、レイルの手のひらにのせた。レイルはそれらを数えて薬代丁度だと確認し、持っていた小袋の中に丁寧に入れた。
「ん、どうも。近いうちにリラックス効果のあるお茶でも持ってくるよ。きっとよく眠れる」
「本当か!? 何から何までありがとな。……いい加減家に来ればいいのに。母さんも会いたがってたぜ?」
「……気持ちはありがたいけど、魔法使いの弟子だからな俺。家になんか上げたらよく思われないだろ。こうしてたまに会うくらいでいいんだよ」
「つってもよー、お前のセンセイ悪い人じゃないんだろ? こうやって薬作ってくれるしさ。大体お前は魔法使いじゃないし。というか、そもそもなんでレイルはセンセイの弟子になったんだ?」
「まあ、色々と……そういえばジェーダ」
「ん?」
レイルはジェーダの右足首を指さして、首をかしげた。
「足首、怪我でもした?」
「……すげえ! なんでわかったんだ!? 実はさっき来る途中で捻ってさぁ」
「少し足庇ってる気がして……というかそれで走ってきたのか? 馬鹿なのか? えーっと、確か湿布が……ああ、あった。ほら、そこ座って、靴脱いで足出して」
近くにあった段差に座ったジェーダは素直に靴を脱いだ右足を前に出して、ズボンの裾を上げた。赤く腫れた足首をみて、しゃがみ込んだレイルは顔を顰めた。
「あーほら、腫れてるじゃん。よく走れたなこれで……」
「いやあ、それほどでも」
「褒めてない。……はい、これでよし」
「あんがとよ! この湿布もセンセイが作ったのか?」
「いや、これは俺。魔法使ってないから先生ほど効くものじゃないけど」
「へえ、すげーな! 他の薬とかも作ってんのか?」
立ち上がったレイルは、少々照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、たまに。はやく先生の役に立ちたいし」
その言葉を聞いたジェーダは、笑顔から一変、深刻そうな表情を浮かべた。
そんなジェーダをみて、レイルは眉をひそめた。
「ジェーダ? どうした?」
「……やっぱり、オレは納得いかねぇよ。お前もセンセイも、いい人なのに。なんで悪人扱いされなきゃなんねぇんだ?」
下を向いてしまったジェーダに、レイルは苦笑いした。
「……お前みたいにそう言ってくれる人がいるなら、それだけで十分だよ」
「でも!」
「大丈夫だって。先生なんか、協会のやつらに嫌味言われてもケロッとしてるんだ。笑顔で倍の嫌味言うくらいには慣れてるし、俺も気にしてない。……まあ、たまにお茶とかにトクヤの実すり潰したやつを入れたりはするけど」
「え、トクヤの実ってめちゃくちゃ辛いやつだろ!? ……っぷ、ははは! そっか、そうだよな。ごめんな、変な話して」
「いや、気遣ってくれて嬉しかったよ」
「……おう。──っと、悪い、そろそろ行かねえと。薬、ありがとな!」
そう言って立ち上がったジェーダは手を振って、走り去って行った。
別れのあいさつを言い損ねたレイルは、遠ざかっていくジェーダの背中を見ながらぽつりと呟いた。
「また走ってる……大丈夫かあいつ……」
口から出た小さなそれは誰に届くこともなく、動き始めた人々の話し声に紛れて消えていった。
***
「ローレン先生、戻りました」
人気のない王都のはずれにある小さな家に戻ってきたレイルは、自室で作業していたローレンに声をかけた。足の踏み場もない、ありとあらゆる物がごった返している部屋の惨状をみて、レイルはまた片付けをしなければとひっそり考えた。
「──ああ、おかえりレイル。どうだった?」
レイルに気がついたローレンは、手元から顔を上げてにっこりと笑った。
雪のように透き通った肌に、端正な顔立ち。右目を隠すように伸ばされた前髪とは対照的に、後ろ髪は外側にはねている。色は、光を受けるときらきらと輝く白銀。
左目と隠された右目は色彩が異なり、左は蜂蜜を溶かしたような甘い黄金の瞳。右は煌めく海を想像させるようなコバルトブルー。
そんな瞳に囚われながら、レイルは答えた。
「ジェーダのお母さんは回復に向かっているようでした。ただ、寝付きが悪いらしいので、なにかお茶でも持っていこうかと」
「そうか……うん、それがいい。他には?」
「ジェーダが足首を捻っていたのを視たので、湿布を」
「へえ。よく視えるようになってきたね。うんうん、いいことだ」
満足気に頷くローレンに、レイルは少し考え込んだあと、意を決して口を開いた。
「……ジェーダが、俺たちのことをいい人だと言っていました」
するとローレンは軽く目を見張り、可笑しそうに口の端を上げた。
「ジェーダくんはいい子だなぁ。今度なにかおまけしてあげよう。それで? きみが浮かない顔をしているのはそれが原因かい?」
そう問いかけられて、レイルは目を伏せた。無意識の内に拳を握りしめていたようで、手のひらにはくっきりと爪の跡が残っていた。
「……俺は、いい人には程遠いと、思って」
「それはどうして? 魔法使いであるわたしの弟子だから?」
「そんな、先生のことはとても尊敬していて、先生の弟子であることを誇りに思っています。でも俺は…………っ先生、俺のしようとしていることは、間違っていますか……?」
レイルは目を伏せたまま、縋るようにたずねた。その声が震えていたことに、自分では気づいていない。
「そうだね。きみの村を燃やした魔法使いに復讐を果たしたとしても、きみに残るのは人殺しという不名誉な称号だけだろう。まだ小さいきみにとっては、少し大きすぎる重荷だ」
「…………それでも、俺は」
「復讐したいんだろう? だったら、迷う余地など何処にもないさ」
そう言い切ったローレンに、レイルはゆっくりと視線を戻した。ローレンはレイルと目を合わせると、幼い子どもに言い聞かせる様に、優しい声音で語った。
「例えそれが不名誉な称号だとしても、きみにとっては名誉なことだ。なんてことはない。かの英雄もたくさんの人を殺したけれど、多くの民衆に称賛された。なぜならそれは、民衆を救う行為だったからだ。要は視点が変われば、それが悪なのか正義なのかなど簡単に変わるということだ」
「でもそれは、誰かを救ったからでしょう……? 俺の復讐は誰も、」
「救うさ。魔法使いに殺された村の人々を。死んだ人間の気持ちなど誰もわからないんだから、遺されたきみが彼らの気持ちを代弁したところで、それが正解か間違っているかなんてわからない。だから、『 彼らは魔法使いを恨んで殺したがっている』ときみが言えばそれが事実であり、復讐を果たせばその恨みを晴らせて、彼らは救われる」
ローレンは手を叩き、乾いた拍手をレイルに贈った。
「おめでとう。これできみは晴れて、人殺しから、村の人々にとっての英雄になる」
強ばった表情で話を聞いていたレイルは、震えた声で言葉を振り絞った。
「……それで、いいんでしょうか」
「いいさ。きみは正義の味方になれるんだから。ああでも、これだけは忘れないで」
綺麗な微笑みを浮べながら、ローレンは言った。
「魔法使いは悪だ。故にわたしも、悪なのだということを」
この世に生まれ落ちてから、まだ十年。幼いレイルは、ローレンの言葉に返せるほどの考えを持っておらず、ただ小さく頷くだけだった。
それでも、自分を拾ってくれたローレンを悪だと思うことはなかった。それだけはわかっていた。
それを口にできない自分に、歯痒さを覚えた。
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