ダーク・ファンタジー小説
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- UNKNOWN
- 日時: 2018/03/09 16:03
- 名前: ラザニア (ID: x40/.lqv)
どうも、ラザニアという者です。
まだまだ小説のいろはも分からぬ若輩者ですが、どうぞ暖かい目でお付き合い下さると幸いです。
感想等、お寄せ頂ければ励みになります。
尚、一部グロテスクな表現がありますのでご注意下さい。
- Re: UNKNOWN ( No.1 )
- 日時: 2018/03/09 16:44
- 名前: ラザニア (ID: x40/.lqv)
男は見下ろしていた。
窓から吹き込む寒風に熱という熱を奪われ、もはや肉塊としか形容できなくなった物体を。
そして男の手には銀色に煌めく鋭利な刃。
今はそれも紅く染められ、輝きに翳りが差している。
男は徐に懐からチーフを取り出して、刃に付着した紅いもの——即ち血なのだが——を丹念に拭き取ると、これまた取り出したライターで躊躇い無くチーフに火を灯した。
材質の影響か、染み込んだ脂のせいか、もしくはその両方か。瞬く間に燃え上がったそれを、男は血塗れの物体、つまるところ死体の上に放ると、興味を示す事もなく、気だるそうに歩き出す。
窓から射し込む月光に、男の不自然な程に清潔な外套が照らし出される。
その黒い外套には、あって然るべき血の一滴すら存在しない。
そして男は振り返らず、開け放った窓枠に足を掛けると、素早く自らの身体を空へ放った。
後に残されたのは、燃え尽きた残骸、灰だけだった。
「くそっ! これで3回目か……」
「同一犯の可能性はあるのか?」
「やり口はともかく、殆ど痕跡を残さない点が似通ってる。その可能性は大いにあるな」
「3回目ともなれば、そろそろ捜査本部が設置されるか?」
ここは警視庁捜査一課。
主に殺人などの凶悪犯罪を扱う、犯罪捜査のエキスパートだ。
その精鋭達の中に、警部補、大滝誠はいた。
「3回も殺人を犯し、のうのうと犯人が生きている……許せない」
「おぉい大滝、特別捜査会議に呼ばれてるぞ」
「ありがとう、すぐ行く」
大滝は正義感の強い若者で、若くして警部補に籍を置いているエリートだ。
部下からの信頼も厚く、将来を嘱望されていた。
「特別捜査会議場」と立て札の置かれた扉を丁寧にノックし、
「大滝誠警部補です。失礼致します」
とこれまた丁寧に名乗り入室した。
「来たか。俺の隣が空いてる、座るといい」
「では、失礼します」
上司である警部に促され、大滝は慇懃に着席した。
「全員揃ったようだな。今回集まってもらったのは他でもない、件の3連続殺人事件についてだ」
奥の席についていた警視監が話し始める。
「1回目、2回目ともに、痕跡を殆ど残さない犯人の手際に翻弄されてきた我々だが、今回、捜査本部を設置することにした」
壮年の警視監は続ける。
「責任者はこの私、前坂公司だ。犯人は痕跡を残さず、霞のように我々を欺く。よってこれより、彼の犯人を便宜上『アンノウン』と呼ぶことにしよう」
アンノウン……「知られていない」を意味する英単語だ。なるほど的を射ていると、大滝は率直に思った。
「今ここにいる面々は、『アンノウン事件捜査本部』のメンバーだ。我々が、この凶行に終止符を打たねばならない」
前坂警視監の言葉に全員が頷く。前坂はそれを満足そうに見回すと、
「では今回の捜査会議は以上で解散だ。各々、捜査に取り掛かれ。情報を得たら、ここで会議を開くことにしよう」
部屋中に了解の返事が轟き、集まっていた面々は会議場を後にし、捜査に取り掛かるのだろう。
それは果たして名も知れぬ怪異への道か、それとも平和への道なのか。
「警視庁は度重なる『痕跡の無い殺人事件』に対し、特別捜査本部を設置することを会見で発表しました。責任者である前坂公司警視監は、『警視庁の全力を挙げて捜査する』と述べており、捜査の進展が期待され——」
黒ずくめの男は流れていたニュース番組を退屈そうに消すと、緩慢な動作で立ち上がった。
「さあ、倒せるかな」
その動きとは裏腹に、男の目には鋭い光が宿っていた。
- Re: UNKNOWN ( No.2 )
- 日時: 2018/03/09 22:19
- 名前: ラザニア (ID: x40/.lqv)
ある男が、自らの命を絶とうとしていた。
ここはとあるビルの屋上。顔色が優れないやせぎすの男が、フェンスを乗り越え縁に降り立つ。
一歩踏み出せば奈落の底。アスファルトに激突してそこらじゅうに臓物を撒き散らすだろうか。それとも電線に引っ掛かって激烈な感覚のまま生涯を閉じるのだろうか。
男にとってはどうでもよかった。
この世界に留まる意味を見失ってしまった男を止める事は、誰にもできない。
「……前途ある若者が、随分恐ろしい事をするものですね」
「!?」
若者は突然背後から投げ掛けられた声に反応し、振り返る。
そこに立っていたのは、年の頃は若者より少し上程度に見える黒髪の男だ。
黒い外套を纏い、煌めく眼鏡の奥には柔和な笑みが浮かべられている。
しかし若者は、その煌めきが刃物のようにも思えた……気がした。
「止めないでくれ。俺はもう、この世界にいる意味はないんだ」
「そう言わず。話だけでも聞きませんか」
「……っ」
若者は土壇場で決心が鈍る。
それもそのはず、自分で自分を殺すということは、一瞬とはいえ相当な苦痛を強いる。
死にたい、だが死ぬ勇気は無い。そんな人間は現代に大勢いることだろう。
さらに若者の頭にはある考えがよぎっていた。
どうせ死ぬのだから、話を聞くくらいは良いのではないか?と。
死にたくなったら、死ねばいい。若者はそう考えた。
しかし彼は、心の何処かで、「誰かに止めて欲しい」と願ってしまっていたのかもしれない。
「……なぜ、あのような事を?」
いきなり黒い男がずけずけと質問してくる。
しかし若者は少し気が休まったのか、訥々と語り出した。
「俺、母子家庭で育ったんだ。俺の母さんは、小さい俺を女手一つでここまで育て上げてくれた。なのに……」
「なのに?」
「この前、母さんが事故に遭って。酔っ払い運転の車に轢き逃げされたんだ。母さんは意識不明の重体。意識が戻ることは、無いと……」
こみ上げる嗚咽を押し止めつつ、若者は話を続ける。
「できるなら犯人をぶちのめしてやりたい。だけど、犯人は未だ行方知れず。車の特徴は分かるけど、ナンバーは誰も見てなかった」
「それで、生きる気力が無くなってしまった、と。そういうことですね」
「情けない話だろ? 笑ってくれ」
若者は自分の軟弱さを自嘲するように苦笑した。
しかし男は、
「あなたは、犯人に復讐したいんですか?」
「え? えと、そりゃ、死んで欲しいとすら思ってるよ」
「そうですか……」
「……?」
「……私は『名も無き者』。世間を騒がす連続殺人の犯人です」
「はっ!?」
若者は素頓狂な声を上げて数歩後ずさる。
「あなたの母親を想う気持ち、確と受け止めました。私は法で裁けない悪や法の及ばない悪を裁く。あなたのお母様の仇、この私が討ちましょう」
「……要するに、犯人を殺してくれるのか?」
「そういうことですね」
「……分かった。母さんの仇が討てるなら、何だってやるさ」
「はい、承りました。では、車の特徴とやらをお教え頂けませんか?」
「……? ああ、分かったよ」
「それと、ここでの会話は他言無用です。もし口外した場合……分かってますね」
男の最後の声色に、若者の背筋は総毛立った。
「ここですね……タイヤ痕か何か残ってればいいですが」
男は一人でぶつぶつ呟きつつ、事故現場へと赴いた。
「お、ありました。フム、このタイヤは…後は黒いセダン、マフラー改造ですね」
男は一頻り検分を終えると、空を見上げひとりごちる。
「よき母親を再起不能にした愚者よ、待っていろ。この私が……裁く」
「よし、あの車で間違いなさそうだ……」
月光に照らされた男は、周辺を住宅街に囲まれたがら空きの駐車場に辿り着いた。
どうせ轢き逃げしたのだから、犯人は逃げ回るしかないはず。恐らく野宿かそれに近いことでもしているのだろうと男は読んでいた。
「黒いセダン。マフラーは……外してある。タイヤも痕と一致」
さらに車内で間抜けな顔で寝ている髭面の男。
男はその顔を見て軽く舌打ちしつつ、音を立てないように後部座席に忍び込んだ。
完全にドアを閉めると、指でトントン、と肩を叩いてやる。
髭面の男は大あくびをしながら目覚め、感覚があった方向に振り向いた。
「月が綺麗な夜ですね」
髭面の男が完全に振り向いたタイミングで、男は余裕綽々で言い放った。
髭面の男が驚愕の表情を浮かべ、喚き出す前に男は躊躇無く丸太のような首を掴む。
「逞しく生きてきた親子を引き裂いた貴様の罪、この私が裁く」
男は懐から丁寧に手入れされた銀白色のナイフを取り出すと、髭面の男の首筋にあてがい、容赦無く切り裂いた。
頸動脈がすっぱりと輪切りにされ、血液が迸り三途の川を形作ってゆく。
余りに多くの血を失いすぎたのだろう、髭面の男はゆっくりと座席にもたれかかり、二度と動くことはなかった。
それを見届けると、男は改めて車内を検分する。
ふと見ると、トランクにガソリンのタンクが入っていた。長距離逃走用の予備なのだろう。
男は一瞬迷ってから、タンクを持って車外に出る。
キャップを素早く開け、車に満遍なく流し、空のタンクは車内に押し込んでおく。
そしてある程度離れてから、男は懐からマッチを取り出す。
何回か擦ってから、火がついたことを確認し、車に放り投げた。
一拍置いて、車を中心に周辺を束の間真昼に変えるほどの爆発が起こった。
男の所まで油の燃える匂いが伝わってくる。
そして男は振り向きつつ消防車を呼び、その場を後にした。
「依頼は果たしましたよ」
「そうか……ありがとう」
先日邂逅したビルの屋上で、男は成果報告を行った。
「これから大変でしょうから、お代は頂きません。あなたが証拠隠滅に動く必要もありません」
「そう言えば、指紋とかどうしてるんだ?」
「知りたいですか?」
男はそう言うと、徐に指先を見せた。
若者はそれを見て絶句する。
「これは……」
「多分、世界に私くらいしかいないでしょう。『指紋が無い人間』なんて」
まさに『名も無き者』。いや、彼であり、彼ではない『誰でもない者』だ。
「ではこれで失礼します。ご縁があればまた会うかも……しれませんね」
そう言って、男はヒョイとフェンスを乗り越え、素早く飛び降りていった。
「あっ、おい……!」
どれだけ探しても、どれ程見渡しても、男の姿は何処にも見つからなかった。
- Re: UNKNOWN ( No.3 )
- 日時: 2018/03/11 21:52
- 名前: ラザニア (ID: x40/.lqv)
警部補、大滝誠は憤慨の絶頂に有った。
何しろ、つい先日『アンノウン事件捜査本部』と銘打ち捜査の強化を図った矢先にまた事件が起こったのだから、さもありなんと思われた。
再び会議が開かれるということで、大滝は議場の扉をノックし、入室した。
部屋には以前と変わらぬ顔触れが揃い、奥の席には前坂警視監が険しい顔をして鎮座している。
大滝は部屋に漂う重苦しい空気を感じ取り、何も言わず警部の隣に着席した。
「……では、4回目の事件について、整理しよう」
警視監が立ち上がりながら控えめに口を開き、壁際からホワイトボードを引っ張ってくる。
それには既に幾つか写真が貼られており、マジックで何事か記入もされていた。
「まず、今回表立った聞き込みや捜査を担当してくれた、大滝くんから話を聞こう」
警視監から目配せを受け、起立して話し始める。
「はい。今回の被害者は原田義人、47歳。飲酒轢き逃げの容疑者で、彼の所持していた車が当時の目撃情報と一致しています。また犯行の手口についてですが、今回犯人は爆破という派手な手段を用いましたが、痕跡が殆ど無い点で共通しています。そして司法解剖の結果、首を鋭利な刃物で切り裂かれた跡が見られ、これが直接の死因であると推定されます」
警視監はホワイトボードに書いてある情報と話の内容が合致していることを確かめ、重々しく頷くと思案に沈む。
「しかし、前3件においては死体はその場に放置していたにも関わらず、今回は爆破して証拠もろとも死体を吹き飛ばすとは……思い切ったものだな。いかなる心変わりがあったのか」
「普通、証拠隠滅というのは綿密な計画や豊富な知識の基、成り立つものです。幾つもの段階を踏み、初めて完璧な証拠隠滅がなされます。それを爆破というワンステップで済ませる……当然、不備や見落としがあってもおかしくありません。つまり、例え我々がそれらを見つけて捜査を拡げたとしても、『自分は捕まらない』という自信ゆえの行動では?」
大滝の隣の警部が明快な理論を披露する。
しかし大滝は疑問を感じていた。
殺人方法というのは文字通り、十人十色だ。
もちろんそれは加害者が被害者をどう思っているかにもよる。
お互いの繋がりが希薄な無差別通り魔などは、ナイフの一刺しで終わることも珍しくない。
逆に一家惨殺の犯人に対する復讐などでは、滅多刺しにしたり、より苦しむような殺し方を選択するだろう。
もちろん今回の爆破が証拠隠滅のためだけではないという確証はどこにも無い。
ただ、首を切断して失血死させた上、車内に捨て置いて爆破するというのは、死した者に追い打ちをかける充分に惨い行為と言わざるを得ない。
つまり犯人は、被害者に対して何かしらの負の感情——憎しみや哀れみ、あるいは義憤でも構わない——を抱いていたのではないか、と大滝は考えた。
「……となると、我々を挑発しているということになるな……どうした大滝くん、難しい顔をして」
気が付くと警視監が怪訝な顔でこちらを伺っていた。
「あ……いえ、失礼しました。続けて下さい」
大滝は、まだこのことは自分の中にしまっておこうと考えた。
何故かは分からない。ただ、えもいわれぬ禁忌に、一歩近付いてしまったような錯覚を覚えたからだ。
いや、錯覚ではないのかもしれない。
「よし、では鑑識からの周辺の詳しい鑑定結果を待って、出てき次第、分散して情報収集に努めよう」
以上の警視監の一言で、捜査会議は解散となった。
大滝は独自に、ターゲットとなった人物の周辺を洗ってみることにした。
得体の知れない何者かに首筋に刃物を突き付けられている、そんなような感覚が大滝を支配していた。
- Re: UNKNOWN ( No.4 )
- 日時: 2018/03/12 20:24
- 名前: ラザニア (ID: x40/.lqv)
彼の日課は刃の手入れだった。
それはある種の倒錯なのかもしれない。
人の命を奪うのだから、その道具くらいきちんとしておくべきというのが、彼の信条だった。
その刃は、誰に向ける覚悟もできている。
一般人、大罪人、警察、果ては肉親でさえも。
もっとも、肉親など彼には存在しなかったのだが。
ここでひとつ、自分という存在を知らしめようと、大きな依頼を彼は受けることにした。
その依頼とは、警視庁要人の暗殺。
依頼者はとある政治家だ。政敵が密接に関わっている組織の筆頭である警視庁の力を失墜させ、政敵の権威もろとも地に落とし、自分が上に立とうという魂胆らしい。
狡い手だと彼は思った。しかし彼は何も言わず受けた。何故なら自分が『プロ』であるという自覚と自負が彼にはあったからだ。
狙うは警視監数人、本命は警視総監だ。
既に準備はあらかた終えてある。にも関わらず、彼は刃の手入れをやめない。
手入れというより、愛でると言った方が正しいだろう。
まるで、愛する者と寄り添うかのように。
警部補、大滝誠は鑑識からの報告を受けていた。
現場に僅かに残っていた足跡から、靴を特定したとのことだ。
さらに大滝は会議において、その靴を販売している店の捜査と並行して、周辺住民への大規模聞き込みを提案した。
何しろ都内は広い。担当者を総動員する必要があるだろう。
お陰でその日は、一部の上役と捜査に参加せず別の案件を担当する人間以外は出払うこととなった。
「13日の金曜日か……仕事を指定するには随分と不吉ですね。ま、やりますが」
「では大規模捜査は、13日金曜日に手筈通り」
街には冷たい風が吹き抜けていた。
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