ダーク・ファンタジー小説
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- リビングデッドに名前はない
- 日時: 2018/03/17 21:26
- 名前: シラサワ ◆EKjstWJ7/o (ID: MvDA3keJ)
彼は“私”に「生きろ」と言ったが、それは果たして本当に私に向けられたものだったのだろうか。
- Re: リビングデッドに名前はない ( No.1 )
- 日時: 2018/03/17 21:28
- 名前: シラサワ ◆EKjstWJ7/o (ID: MvDA3keJ)
①
「フミヤ」
聞き慣れた男の声に、私は振り返る。貴重な休日の、貴重な食事の時間を邪魔するなんて、いい度胸じゃないか。私はチキンを骨から乱暴に引き剥がしては咀嚼する作業を続けながら、「何?」と心底機嫌が悪いですという顔で返す。男はそんな私の姿に苦笑しながらも、「通達、見たか?」と腕につけた時計型の端末(オフライン上でのタスク管理からインターネット、国際通話やメッセージの送受信まで、大抵のことはこれ一つで片付いてしまう)を軽く叩いて見せた。
「食事中に他の作業はしない主義だから」
「前にそれで緊急招集シカト決めて本部からドチャクソ怒られてなかったか?」
「何年前の話?」
「お前がウチに来て少ししたころだから……もう3年近く前か?」
マジレスかよ、と思いながらも、そうかもう3年も経つのか、と妙に感慨深い気持ちになってしまう。私が“私”、「文谷(フミヤ)ユウ」という人間になってから、もう3年。一通りの肉を食べ終えると、手についた油を無意識に舐めてしまう。それを見た男は「やめろよ、ばっちぃ」と眉をひそめた。よろしくない癖だという自覚はある。
「何の通達が来たの?」
手を備え付けのウェットティッシュで拭いて、端末に触れる。本部からのメッセージはすでに未読のまま100件以上が溜まっていて、とてもじゃないけれど読む気にはなれなかった。男はあきれたように笑うと、「配属先」とだけ言った。それだけで理解する。
私には、2つ名前がある。
1つは目の前の男、「杉崎(スギサキ)カケル」に保護され、彼の所属する「命守(たまもり)」に引き入れられたときにつけられた名前。文谷ユウ。238番戦闘区保護された貴女(英語でゆー、らしい)だから、フミヤユウ。つけられた当初こそ理解できなかったが、今になってみればなんて適当な名前なんだろうか。気に入っているので、結果オーライだけれど。
そして、もう1つの名前。こっちが問題だ。おそらく、カケル以外のほとんどの人間が、私をこっちの名前で呼んでいるのではないだろうか。「黄泉帰り」。ニュアンスの差異はあれど、どれも似たり寄ったりだ。黄泉、あの世、そこから帰ってきた人間。聞くところによると、私は命守を、いや、旧日本地域をなんとか繋ぎ止めた英雄と瓜二つどころか、体だけであれば本人のものと寸分違わない構成をしているらしい。身長体重血液型歯並び傷跡ホクロに至るまで、どれもこれも一緒。英雄の帰還、とでも言われればまだよかったが、どうやら彼らは「私」もその「英雄」も、どちらも君が悪くて仕方ないらしい。だから私は一人ぼっち。カケルだけは、ずっと気にかけてくれているけど、彼は主要戦力として前線部隊に所属していて、私にばかり構っていられない。私は、うん、私自身が気持ち悪がられるのは至極当然のことだと思う。でも、なんだろう。命を張ってまで守った人間たちにまで気味悪がられている英雄さんのことは、少し哀れに思ってしまう。
「別に、一人のままでもよかったんだけど」
氷が融けてできた水を飲むと、もともと入っていた飲み物の味と混ざった薄くて生ぬるい液体で、思わず顔をしかめた。
「そうは言ったって、限界があるだろ」
ここの傷のこと、忘れたのか?そう言ってカケルは自分のこめかみのあたりをとんとんと指先で軽く叩いた。忘れたわけではない。忘れられるわけがない、あんな屈辱。
「当時から何度も言ってるけど、あれは“名前付き”の出現を予見できなかったオペレーターの落ち度だよ」
「だけど、2人以上で対応していれば、もっとスムーズに片付いたかもしれないぜ?」
「かもしれない、でしょ?私はあの時単体でアラハバキとミシャグジを討伐できた、それで十分じゃない」
「結果として大怪我してメディカルルームから1週間出てこれなかったんだから、損失のほうが大きいだろ」
むぐ。痛いところを突かれて、思わず黙り込んでしまう。単体で動けることはもちろんいいことだ。人員は無限じゃない。けれど、その貴重な1人が単体で行動した末に1週間も寝込んだら、それこそ本末転倒だ。わかっている、わかっているのだが。
「そこで、今回の人事だ。お前が配属されるのは、新設された部隊、少数先鋭の前線部隊。……お前のために作られたといっても、過言じゃあないぜ?」
「少数……私のため……」
「おう。しかもメンバーの一人は、命守じゃなくて、ガーディアンから来るんだぜ」
「ガーディアンから」
カケルがうなずく。私は思わずへぇ、と声を漏らし、ようやく本部からのメッセージを確認しようという気になる。服務規程の改正通知、ミーティング時間の変更のお知らせ、寮のシャワーの工事について……あったあった。
「……む、むらさきふじ、たかひと?」
「紫藤(シドウ)タカヒト、な」
「ガーディアン」、命守の親組織であり、世界規模での防衛を行う、国際的(といっても、もう国なんてはっきりした区分はほとんどないのだが)に認められた、唯一の組織。各地に持つ子会社(会社ではないが、こう呼ぶのが一番しっくりくる)の1つが命守だ。ちなみに、ウチの管轄である旧日本地域は、数ある地域のなかでも最も過酷らしい。そのせいで、よく本部から出世コースに乗ったエリートさんが研修を兼ねて出向してくる。今回もその一環ではないだろうか。
「うわぁ、フォグの討伐記録えげつな……。“名前付き”もわんさか討伐してるじゃん」
データベースにアクセスし、紫藤タカヒトのデータをチェックする。出撃回数、討伐数、名前付きの発見討伐数。並大抵の人間にこなせる量ではないが……在籍期間が長いのだろうか。
「24歳……在籍1473日!?」
「大体4年くらいだな」
「え、じゃあ年間1万体近く討伐してるの……コレ」
すごいよなー、と笑うカケルとは真逆で、私は自分の表情が引き攣っているのを感じる。年間1万体、1日で大体30体。小型なら余裕かもしれないが、その内2体は名前付きの計算になるので、むしろ一周回って気持ちが悪い。よっぽど仕事が大好きなのか、それとも戦闘狂なのかは知らないが、いずれにしても理解できない類の人間であることはまず間違いなさそうだ。
「これ、ウチに来たらとんでもないことになるんじゃないの?旧アメリカ地域でこれなら、日本じゃ倍近くなるよ」
フォグ、化け物、人類の敵。数十年前に現れたそれは、世界をあっさり崩壊させた。ミジンコサイズの生命体の集まりで構成されているらしく、地球上の様々なものに姿を似せたそいつらは、攻撃されると霧のように散っていく。だから、フォグ。旧日本地域は、そいつらがやたらめったら多い。一番最初に被害に遭ったのも日本だったらしいし。最も、私は保護されるよりも前の記憶がないので、どれもこれも全部あとから教え込まれた歴史でしかないのだけれど。
「あー、なるほど」
なんにせよこの人と二人きりは嫌だな、と通知の続きを読むと、見覚えのある名前があった。
「わざわざ言いに来たのは、このためだったんだ」
「そういうこと」
にしし、と笑うカケルに、思わず肩をすくめる。なるほど、これは確かに私のための人事と言っても過言ではないかもしれない。素直に、自分も同じ班に所属になると言えばいいのに、回りくどい伝え方をするな。そう伝えようとしたとき、食堂内が異常にざわついて、思わずその音のほうへ視線を向けた。ばち。くすんだ赤色の瞳と視線がぶつかる。服の上からでもわかる鍛えられた身体、すらりと伸びた手足、燃えるような赤い髪。おまけに顔もいい。ふぅん、写真で見るよりずっと若く見えるな。ぼけっとそんなことを考えていると、彼は一瞬不快そうに眼を細め、それからつかつかと靴を鳴らしながらこちらへと近づいてくる。もぐ。セットで頼んであったチーズケーキを手づかみで食べると、カケルが「汚いっての」と不満そうにつぶやいた。
「文谷ユウだな」
「どうも、紫藤さん」
椅子から立つことなく彼の顔を見上げると、不機嫌そうな表情がよく見えた。眉間のしわが目立つな。まだ若いのに、しかめっ面ばかりしているんじゃないだろうか。
「ひさしぶりだな、タカヒト」
「ああ。生きていたようでなによりだ」
「知り合いなの?」
「お前を拾うちょっと前くらいかな。俺がガーディアンの方に行ってた時に一緒に戦った仲だぜ」
なー、と笑うカケルに、紫藤は否定も肯定もしない。その姿に、なんだかやりにくそうな相手だな、と漠然と感じた。
「本日付で、命守第1部隊特殊迎撃班班長に着任した、紫藤タカヒトだ。くれぐれも、よろしく頼む」
どーもー、と返して、コップに刺したストローをかじる。これもよくない癖の一つだ。カケルは私の行儀があまりよくないことを不満に思っているようだが、育てた当の本人がお行儀がよくないので、仕方ないだろう。
「ふむ。とてもじゃないが、上司に対する態度とは思えないな」
「別に、仕事さえできればなんでもいいじゃないですか。三人とも、個人で戦って十分な戦果を挙げられるわけですし、形だけの班じゃないですか、実質」
本当にそうだろうか。この人事には、何か知友があるのだろう、ということくらい私にもわかっている。もしかしたら、厄介払いというだけなのかもしれないし、もっときちんとした理由があるのかもしれないし。正解はわからないが、少なくとも、私たちは「個人の集まり」ではなく、「特殊迎撃班の3人」にならなくてはいけないのだろう。そんなこと、わかっている。でも私は、彼を素直に受け入れることができない。
彼は確かに強い。数だけで見たら、私よりもずっと優秀だ。だけど、この地域の、旧日本の特徴は、まだデータ解析の進んでいない“名前付き”が、これからそれになるだろう未確認のフォグが、山ほどいる。その状況に慣れている命守の人間ですら、ちょっとした拍子にそいつらに殺される。私はこの3年間で、それで17の班の壊滅に立ち会った。私だけ、ずっと生き残って。何でもないような顔をするのが、ずいぶんうまくなったと思う。顔だけ、だけど。もう誰かが目の前で死ぬのは見たくない。だから早々に、こっちに見切りをつけて、本部に帰ってほしい。紫藤が帰ってしまえば、班は解体、カケルも元の配属先に戻って、すべてが丸く収まるはず。
「……本当に、そっくりだな」
「え?」
「笛宮(フエミヤ)アヅマの亡霊、と呼ばれているだけのことはある」
亡霊(ゴースト)。その呼ばれ方は初めてだな、とぼんやりと考える。私が本当に彼女だったら、英雄だったら、今頃、死んでいった仲間たちは笑いながら食事をしていたかもしれないな。残念ながら、私は私であって彼女ではないのだけれど。
「怒らないんだな」
「言われ慣れてるんで」
私の言葉に、彼は小さく「ふむ」と呟くと、なにやら自身の端末をいじり始める。面倒くさいなあ、と思いながら、食器を片付けるために立ち上がると、遠巻きに見られまくっていることに気が付く。もともと私がいるテーブルには人が寄り付かないのだけれど、今日はそれに加えて、遠くから遠くからたくさんの人がこちらを見ているので、なんだろうか、モーゼの十戒?前にカケルがそんなようなことを言っていたけど、そんな感じだ。
「ちょうどいい、文谷、杉崎。早速仕事だ」
えぇ、と不満の声を漏らすと、軽く睨まれる。今日オフの日だったのになあ。
「15分後に出撃する、準備を済ませておくように」
そう言って去っていく紫藤の背中を見ながら、隣に立っているカケルの脇腹を思い切り突いた。
「ぃって、なんだよ」
「いやー、うーん」
なんていうか、よくわからないけれど、八つ当たりというやつだ。
「なんなんだよ」
「別に。さっさと用意しないとね。遅れたらうるさそうだ」
「違いねえな」
カケルはうなずくと、先に行くぜ、と言って紫藤の後を追う。
オフの日だったけれど、まあいいか。この戦闘で好き勝手やれば、愛想も尽きるだろう。それでさっさと帰ってくれれば、それで万事オッケーだ。うんうん、そうしよう。そうと決まれば、さっさと準備を済ませないとね。
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