ダーク・ファンタジー小説
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- ペンシルworld
- 日時: 2018/05/20 14:25
- 名前: matsu (ID: Rc3WawKG)
材木屋の息子、というだけあって、木の臭いには敏感だ。それは、中学生の頃から、ああ、俺は木の臭いには敏感なんだな、と常日頃感じていた。登校時に通る小さな林。コンクリートに挟まれて上の方の枝だけが垣間見える程度だが、そよ風でこちらに流れるその臭いは、無心であるのにも関わらず、脳裏に訴えかける。この木はクヌギの若い木です。
高校生になってからはその道は通らなくなり、木は無い通学路を使っている。だが学校では所々に木が生えているので、横を通るたびに、この木は樹液が全くない木です、この木は校舎で一番の長寿です、などと心に入り込み、情報が伝達されていく。無意識の恐怖にすらなりつつあった。中学の時に、材木屋は潰れた。父親は既に木とは全く関係のないコンビニ勤務のため、もう木とは縁遠くなっているはずなのだが、木の臭いによりその木の情報を得る、という動作がもう体に染みついてしまったようなのだ。
現在、夕方5時。1時間ほど前に帰りのホームルームは終わり、皆帰り、部活に行き、各々自由な時間を謳歌しているだろうが、俺はまだ、職員室の片隅で、男性教諭の叱責を受けていた。
「何故、何故なのだろう。何度言っても分からないのか」
頭に髪がほぼ無い、40代と思われる吉崎先生が、俺の頭髪事情について厳しく詰め寄る。
「金髪にしたければいてもいい。だが、金髪にするなら、学校を辞めなさい」
- Re: ペンシルworld ( No.1 )
- 日時: 2018/05/20 14:38
- 名前: matsu (ID: Rc3WawKG)
2
説教は長く、1時間にも上った。5時半、ようやく椅子から腰を上げると、吉崎先生に頭を下げ、職員室を出た。黄色に染まった髪を少し触りながら、どこからか聞こえるブラスバンドの金管楽器の音を聴く。廊下の窓ガラスの向こうに見える空の色は、1時間前とは打って変わって暗くなり、太陽の光も落ち込んでいた。涼しげな風が、なびく木に当たっているようにも見える。グラウンドでは、様々な部活生が何かの練習に励んでいた。階段を降りる。すれ違う生徒も無く、玄関を出た。
コンビニでパンを2つ買い、パンが入った袋を右手に提げながら、週刊誌を立ち読みする。それが30分ほど続き、店内が客でやかましくなってきた辺りで、店を出た。外は完全に日は堕ち、薄暗い。帰宅するとパンを食べながらスマホをいじる。MP3プレイヤーから洋楽を流し、一人の時間を過ごす。時間が経つと、夕食の時間がやってくる。そんな一日。
翌日は、8時丁度に目が覚めた。8時50分までに学校に行かなければならないが、最寄り駅まで徒歩10分、電車で10分、そこから歩いて学校まで5分なので、かなり時間的には押していることになる。もうこれ以上遅刻をするわけにはいかなかったので、久しぶりに急いで支度をした。
- Re: ペンシルworld ( No.2 )
- 日時: 2018/05/20 17:20
- 名前: matsu (ID: Rc3WawKG)
3
現代文の授業中に、友人の江川が席を立った。
「先生、気分が悪いので、保健室に行ってきます」
保健室は1階にある。ここは3階。1階まで行くのは面倒だ。だが、1階にある理科室で、次の科学の授業を受けるので、1階へ。休み時間は10分間。少しだけ顔を出そうと保健室に行った。
「おう、お前元気じゃん」
江川は、ベッドの上でスマホをいじっていた。2つあるベッドのうち、一つは江川、もう一つの方は青いカーテンでしきられ、見えない。誰かがいるのは間違いない。保健室の先生は、休み時間になると途端にいなくなる。
「おう、宝野。俺は次の授業も休むよ。面倒だからな」
スマホの画面を見乍ら言う。江川は、肩までかかるほどの長髪で、クラスでも浮く不良の3人のうちの一人である。後の2人のうち、1人は俺だ。
「そうか。科学だからな。俺も休みてえ」
「休め休め。そして、退学になれー。ははは」
休み時間が終わると、理科室にいる30人ほどの生徒達がざわめき出す。後ろの方の席で、俺は周りを見回した。女子のほうが騒いでいる様子だったが、男子も珍しく声を上げている。
「どうした?」
そう思わず声を上げた。
- Re: ペンシルworld ( No.3 )
- 日時: 2018/05/20 18:08
- 名前: matsu (ID: Rc3WawKG)
4
「な、中谷先生・・・!」
男子生徒の声と、女子の声のうち、先生、という言葉を出すのが多かった。休み時間が終了するのとほぼ同時に、中谷先生は理科室に現れたのだが、黒いオールバックの髪型はそのままだが、いつもの白衣など着けず、黒いスーツ姿だった。50代そこらだと思われる中谷先生の風貌が180度変わってしまった、だからこその生徒達のどよめき。なら、よかったのだが。中谷先生は教科書など手にもっておらず、右手には一丁の拳銃を握りしめていた。教壇に立つと、皆を見回し、両手で添えるように拳銃を持ち替えた。よく映画などで見る、撃つときの体勢だ。皆が悲鳴を上げたりしている中、中谷先生が第一声を上げる。
「みんな、悪いな。俺の人生はもう終わったのだ。どうせなら最後にパーッと、日本中が騒ぐような終わり方をしようかと思う。俺を恨むな。日本を恨め!」
恨め、と言った瞬間、先生は発砲した。その音は意外にも大きく、理科室内に響き渡り、思わず耳を塞ぎたくなった。そして、真ん中の方にいる、田島が倒れた。隣にいた女子の肩にもたれかかるようにして倒れたので、その女子も一緒に腰が抜けたように床に崩れ落ちた。それと同時に、教室中が叫びの連鎖で発砲音よりも遥かに勝った。中谷先生は次々と発砲していく。一番前の山田、隣の皆川、右端の古田。次々と倒れていくが、俺も皆と同じように、頭が真っ白だった。何もすべがない。
- Re: ペンシルworld ( No.4 )
- 日時: 2018/05/20 18:13
- 名前: matsu (ID: Rc3WawKG)
5
先生に立ち向かおうとする者もいた。だが、一人で突っ走っても、先生が拳銃の引き金を引く方が圧倒的に早い。すぐに撃ち抜かれ、倒れる。やめろーーー!と言いながら、勇敢にも4,5人の体育会系の男子が先生に飛びかかった。2人はすぐに球が命中し、無様に倒れる。後方にいる俺にも犠牲者の返り血が床に滴って来るほどに、教室の3分の1の生徒が死んでいた。そして先生に立向かったあとの3人が、うまい具合に1人が拳銃を持っている手を両手で押さえ、2人が先生の肢体に抱きついた。初めて先生の形成が不利になった状況だ。
「誰か、もっと来てくれーーーーー!」
胴体にしがみついている村瀬がそう大声で叫んだ。すぐに残った生徒達が、中谷先生に向かって走る。女子も果敢に拳銃を手にした先生のもとへ駆ける。天井に銃口が向けられた右手が、ふいに両手で押さえていた田中を振りほどいた。すぐに田中は撃たれた。田中がよろめくと、先生はしがみついている2人の男子も撃った。それと同時に、10人ほどの先生に向かっていこうとした生徒たちがひるみ、皆の動きが止まった。中谷先生は満面の笑みを浮かべると、次々に目の前にいる生徒たちの命を奪っていった。もうクラスの半分の生徒が倒れている。俺は、撃たれていく生徒をただ眺めているしかできなかった。どんどん顔見知りの人が死んでいく。頭から血を流し、顔が見えないように湿った髪がまとわりつき、転がっている女子を見たとき、ああ、もう終わったんだな、と思った。今日で俺の人生は終止符を迎える、ジ・エンドだと。
中谷先生の銃口が、俺に向けられた気がした。先生と目が合う。先生は活き活きとした両眼に、その顔面は血だらけだった。黒いスーツの下の白いシャツにも血で染色され、元々赤いシャツであったかのようだ。向けられた銃口に、俺は死を受け容れた。
その時だった。すぐに教室のドアが開いた。飛び出してきたのは、江川だった。さっきまで保健室で話していた記憶が走馬灯のように蘇ったが、すぐに振り向いた中谷先生の後頭部に江川の両手に握りしめれた椅子が振り下ろされた時、我に返った。先生は皆と同じように、教壇と黒板に挟まれた空間に倒れ、姿が見えなくなった。江川がすぐに先生に駆け寄り、拳銃を取り上げた。俺はにやりとすると、地面に突っ伏した。
この事件は、「教師連続発砲事件」として、後世に語り継がれることになる。
何か嫌なことがあったとき、それも自分の容量を大きく超越してしまい、もう発狂するしかないほどに精神状態が荒れてしまったとき、みんなはどうするだろうか?もちろん、それを金髪にしたり、酒を飲んだり、タバコを吸ったりなどではけ口を上手く見つける人のほうが多いだろう。それらはむしろ最も最善で、とても素晴らしい考えなのだ。だが、その時決してあってはならないのが、「他人を傷つける」ことなのである。
完
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