ダーク・ファンタジー小説
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- 歳ノ記
- 日時: 2018/07/21 22:46
- 名前: wyvern (ID: O7xH2wYh)
なぁお前ら、悪魔っていると思うか?
……だよなぁ、いないと思うよなぁ。普通そうだよな。悪魔なんてファンタジーの世界、もしくは神話的世界にしかいないって、普通は思うよなぁ。
普通は、な。
俺もな、最初は、そんなもんいないって、いるわけ無いって、そう思ってた。けどさお前ら、目の前に突然悪魔が現れて、それでもまだ、悪魔なんていないって言えるか?
……バカみてぇな話だろ?
だからさ、話半分で聞いてくれよ。
俺の高校時代の青春ストーリーを。
その日の夕方、俺、十倉岳人は走っていた。高2に上がって間もないこの日、俺は走っていた。1つ下の後輩、宮下咲良の元へ。
「十倉先輩!」
そう校門前で大声で呼ばれたのは、朝のことだった。いつも元気な宮下だけれども、なんだか今日はいつになくパワーがみなぎっているようだった。
仁王立ちでコチラを向いている宮下は、俺が挨拶しようとしているのを遮ってこう続けた。
「今日の放課後、時間ある?」
普通はここで先輩に対する敬語の使い方を指摘するんだろうが、そのへんにゆるい俺は、完全にスルーした。
「……なんで?」
聞いてみた。宮下は先輩に対して結構グイグイ寄ってくる後輩なのだが、呼び出しを受けたのは初めてだ。それ故に、心配だった。何かよっぽどの事なのではないかと思った。
聞いた途端に、彼女を包んでいた元気オーラが一気に消え去った。
「……私の家族、厳密には両親について、相談がある。」
この言葉で多少の重大性を見出だせるのは普通だろうが、俺以上に危機感を覚えた人は地球上どこを探しても居ないだろう。
その事情を知っているのは警察か、学校関係者か、もしくは俺か、その程度しかいない。更に言うと、彼女がその事件によってどれだけ心を壊したのか知るのは、近くで見てきた俺一人だ。
一昨年の冬、俺が中3、宮下が中2の頃、彼女の両親は共に、地元唯一の山、伊野山から遺体で発見された。
発見されたのは死亡から1週間以上経ってかららしい。山の中で発見されたのだから、そのくらいは経っているものなのだろうか。警察ではない俺にはわからないが。
そして一つ、不思議なことがあったんだと、宮下は両親の葬式が終わった時に俺に言った。
遺体が、同じ山の中でも、全く違う場所にあったらしい。恐らくこの事件は殺人事件とみて間違いなさそうなので、犯人が意図して違う場所に遺棄したのだろう。
例えば、遺体が見つかりにくいように、とか。まあそれも、犯人ではない俺にはわからないが。
両親が亡くなったショックはとても大きかったらしく、宮下は事件から二週間程、学校に行けなかったと、部活の後輩から聞いた(述べていなかったが、宮下は俺の部活の後輩である)。その気持ちだけは分かる。というのも、状況は全く持って違えども、俺も両親を亡くしている身だからだ。俺も、当時は人格が崩壊するんじゃないかというくらいのショックを覚えた。やっぱり、自分に長年付き添ってくれ、育ててくれた人を亡くすのは相当のストレスになる。それを考えると、宮下はむしろ立ち上がりが早いほうにも思えた。
呼び出された公園には、既に宮下がいた。早すぎるとは思ったが、宮下咲良は50メートルを6秒台で走るなかなかの化物だ。あいつの身体能力を考えれば、走れば俺より早いのは当然だろう。
「遅いぞ十倉先輩!」
公園の入り口あたりにいた俺に、滑り台の上から手を振る高1女子。コイツにプライドは無いのか。
「お前が早いんだよ。俺だって走ったぞ。」
そう言い返すと、宮下は顔をしかめた。そして、ゆっくり口を開いてこう言った。
「先輩。私、走ってないけど。」
はじめに考えたのは、どうしてそんな嘘をつくんだろうということだった。別にここで嘘をついてもなんの得にもならないだろう。
が、宮下の顔を見ていると、どうやら嘘ではないのだと思えてきた。
「……じゃあ、どうやって?」
宮下は即答すると思っていた。しかし、彼女は考え込み始めた。
……おっと?
この様子じゃあ、まるでさっきのが本当に嘘だったみたいじゃないか。振り出しだ。
彼女の考える顔は、次第に不安を帯びた表情に変わっていった。そして、こう言った。
「ごめん先輩、思い出せない。」
……なんて返せばいい?
自分がどうやって来たのか、思い出せない人に、俺は、なんて言えばいい?
「どういう事だ?」
「言葉通りだよ。どうやって来たのか、思い出せないんだよ。」
マジだ。本当に思い出せていないぞ、コイツ。相談内容より、こっちの方が深刻なんじゃないか?
そんな事を考えているうちに、視界から宮下が消えていた。
あれ?
今の今までいたはずの宮下が、いない。どこかに移動したんじゃないかと、あたりを見回すと、いた。
いたことには、いた。
砂で覆われた公園の地面に、倒れて、いた。
俺は急いで駆けつける。何があった⁉どうしてこの一瞬で、こんな事に?
嫌な予感しかしない。まずいまずいまずい。
「宮下!」
彼女の体を起こして、呼びかける。幸いにも、意識はあった。
「……十倉先輩。」
「何があったんだ?なんでこんなことに……。」
言いかけて、地面に映る影に気づいた。顔を上げる。そこにいたのは……。
黒い煙のような体。鋭そうな二本の角。大きな、コウモリのような羽。
絵に描いたような悪魔だった。
「同じ匂いだな、男。」
奴はそう言ってきた。宮下をこんなふうにした犯人はコイツで間違いなさそうだ。
「何でこんなことしたんだよ。宮下が、俺の後輩が、お前になんかしたのか?」
恐れも知らず、聞いた。
「したな。」
「……は?」
なんだそれ、なんかしたのかよ!慌てて宮下に顔を向けた。
「十倉先輩、そいつの言うことは、本当だ。」
あぁ、そうかよ。それが、相談内容だったんだろう。言われなくても分かった。
「正確に言うなら、その女の親が、なんかしたな。」
読めてきた、読めてきたよ。お前は、そういう悪魔かよ。
悪魔は続けてこう言った。
「その親はな、その女を差し出して、俺と、悪魔と、契約したんだよ。」
もうわかった。全部繋がった。この悪魔は、宮下の両親と契約した。まさに悪魔の契約だ。宮下と引き換えに、何かを得た両親。それが何かまではわからないが、娘より、大事なもの。そして、契約は失敗したんだろう。だから、悪魔の手で、両親は葬られた。
「違うな、契約は成立した。」
横から口を挟んできた悪魔。成立した?それじゃあ、どうして両親は……。
「それが奴らの欲していたのもだからだ。」
この一言で全部分からなくなった。今まで繋がっていたのもが、次々と切り離される。
「奴らが欲していたのは、最上の楽だ。」
悪魔の頬に、俺の拳が当たる。悪魔は勢いよく吹き飛んでいった。
「死んだほうが楽だってか?ふざけんなよ。」
「何が違う?」
「死んだら全部終わりだろうが。楽かどうかも、感じられないだろうがよ。」
悪魔の口から笑みが溢れた。
「男よ、奴らは、娘を犠牲にしてまでそれを得ようとしたんだぞ?自分の楽の為に、娘を売った両親。そんな親が、普通の契約が出来ると思っているのか?」
そんな契約、悪魔でも結べないね。そう言った。
これには、返す言葉がなかった。反論できない。悪魔の契約なんていう、ハイリスクな契約に手を出し、利益だけで終わる訳はなかったのだ。
「それに十倉先輩。」
やっとまともに話せるようになってきた宮下が言う。
「その悪魔は、両親に手をかけていないんだよ。」
え?
「殺したのは、私だ。」
悪魔が欲したのは、私の体そのもの。悪魔という概念だけでは、存在できないらしかった。概念は概念。実体はない。だから、実体として、体を欲した。そして奪われた。自分の体を他者に操られる感覚。かなり不快だった。
ああ、今なら思い出せる。私は、悪魔の心によって、ここまで来たのだ。どちらにしろ、走っていないな。
跳んできたな。
飛んで、ではなく、跳んで。
足に力を入れ、ひとっとびだった。もう人間じゃないんだと、痛感するな。
両親の件でも、この足を使った覚えがある。そうだ。そうだったよ。蹴ったんだったな。
「心を操られていたのだとしても、やったのは私なんだよ、十倉先輩。」
そんな絶望的な表情をしないでよ、先輩。
その悪魔だって、決して根から悪いやつじゃないんだよ。両親を殺されておいて言うのもかなりおかしいが、その悪魔、サイだって、さっき私を突き飛ばしたのは、正確には、私の体を操って、地面に滑り込ませたのは、先輩から脅威を感じたかららしい。らしいではないな、確実だ。だって、心が、繋がってしまっているんだから、私とサイは。
その脅威がなんなのかは、わからない。けど、十倉先輩。あなたも、何か、隠していないか?
もう誰が悪いのかわかんねぇな。いや、一番悪いやつは決まってるか。宮下の両親だな。悪魔の契約に手を出し、娘まで巻き込んだんだ。
けど、もういない……。
最悪の裁きを受けて、もういない。
だったらせめて、
「これ以上誰も苦しまなくしよう。」
俺は悪魔、サイに近寄る。そして、手の平を向ける。
「サイ、宮下の中から消えてくれ。」
「待って!」
宮下が止めに入った。これから俺が何をするかも知らずに。
「サイを殺すつもりなんでしょ⁉それじゃあ、サイがやった事と一緒じゃない!」
概念を、殺すも何も無いだろう。まあ俺は、この概念に触ることも、殺すこともできるが。
「私は、サイを受け入れる。」
宮下、自分が何言ってんのかわかってんのか⁉
彼女は作り笑顔を俺とサイに向けた。
「それが、私の受けるべき裁きよ。」
宮下咲良は、人間であることを辞めることで、自分の罪にケリをつけた。それが正しいのかはわからない。誰も苦しまない選択どころか、全員仲良く苦しむ選択にも思えるが、これが、彼女の選択だ。
サイは宮下咲良の中に収まった。後から分かったことだが、サイは、自ら殺めた命の、余っていた寿命を糧にして生きる、時の悪魔と言うものらしい。まあ、これからは宮下と同じ時を過ごす奴にとっては、もう関係ないことだろうが。
「十倉先輩。」
神妙な顔つきで、俺に尋ねる宮下。
「先輩は、あの時、サイに何をしようとしていたの?」
答えるか迷ったが、彼女の秘密を知った以上、話さないわけにも行かないか。
「サイが、時を奪うのと同じように、俺はあいつ自身を奪おうとしただけだ。」
「え?」
「俺は悪魔を喰らって生きる、悪魔の悪魔だ。」
初めてだ、人に言ったのは。サイが脅威を覚えたのも無理はない。あいつは、俺にとって捕食対象にあたるからな。
「まあ、俺は悪魔なんて食わなくても生きられるから、基本的に食わないがな。」
一応そう付け足しておいた。そうしないと、二度と宮下が俺に近づかなくなりそうだったからだ。
悪魔を受け入れた人間と、悪魔そのもの。
別にまだ、俺の青春ストーリーは終わってねえぞ?悪魔諸君よ。