ダーク・ファンタジー小説

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色と商売にまつわる御伽噺
日時: 2019/07/24 22:38
名前: 塩辛太郎 (ID: J7cTSWkd)


【一項目 景屋の客名簿】

『1話 景屋』

世界の朝は、いたって平凡だ。

いつも通りに太陽が昇り、いつも通りに鳥が鳴く。それがどうにもつまらない。
いやしかし、この平穏は貴重なものだ。少なくとも、“異常”では無いのだから。
地底からから来たとか地上征服を行う選ばれし者だとか言う、蛸のような異形と、人間が戦争を始めて約20年。今から数えて約10年前。
殺して殺されてを繰り返しつつも、なんとか平和条約が締結し、大掛かりな争いは終わった。
その結果は引き分け。主に地球に大きな傷が残っただけであった。
戦時中、食べる物も着る物もある事にはあったが、いつ地中から貫かれるかと怯えながら暮らす日常は、はっきり言って暮らし辛さの象徴であった。人間は、誰しもがウンザリしていた。
そして、今。窮屈な生活から漸く抜け出し、なんとか地上は復興しつつあるのだ。
そんな経験が生きているうちにしたからこそ、少しでもこの退屈な平和は愛するべきものである筈なのだ。
分かっている。分かっては、居るのだけれど…
このままでは、人類は腐敗する。私の勘は、そう言っていた。
さて。今頭の中で並べた言葉は、ただの気休めに過ぎない。

現在午前6時。

私は、自室のそれなりにふかふかなベットの上ではなく、潮風が吹き付ける、海辺のベンチに寝転がっている。
体の節々が痛い。その上、携帯に映る自分の髪はグシャグシャで、また、メイクは崩れ、無残になっていた。
野宿なんて初めてした。ベンチで寝るのだって初めてだ。…もうしたくない。

何か、酷い夢を見ていた気がする。確か…あれは母の横顔の夢だ。夢の中の彼女は、酷く悲しそうな、憤ったような顔をしていた。見るだけで、胸が締め付けられるような、そんな顔であった。
そんな物を見るのには、やはり理由があって。
母喧嘩し、疲れた私は一旦策を練ろうと家から撤退したのだ。別に、逃げた訳ではない。英断であった。…筈。
まあ、世間一般ではこのようなものを…家出、と言うらしいが。

私の母は、認知症である。
認知症である母は、すぐに物を無くす。それはもう仕方がないし、認知症の特性の一つであるのだから、受け入れるしかない。
しかし、だ。今回彼女が記憶から無くしてしまった物は、なんと娘の顔であったのだ。
正直、そこまで認知症が進んでいるとは思わなかった。
いや、いつかはそんな時が来ると覚悟はしていた。だから、その事に関しては既に諦めることができていたのだ。けれども彼女は、私を見知らぬ者として食って掛かった。
挙げ句の果てには不法侵入者だ犯罪者だと喚き散らし、受話器を片手にもしもし、もしもし、と半狂乱になりながら悲鳴のように続けていた。
警察にでも掛けたかったのだろうが、番号を打ち込んでいない受話器を持っていたって、そんなのツー…ツー…という音がなって終わりだ。
呆れながら声を掛けようとしたその時。

額に激痛が走った。

呆気に取られていた私であったが、ふと痛みの残る額に手をやる。
すると、ぬるりとした感触が伝わった。色は、赤。
母が、怯えたような顔で自分を見ているのがわかった。
下を見れば、周りに散らばっていたのは、白い破片と花弁、そして水。
つまり、割れた花瓶と花であった。額に当たって割れたらしい。
痛みと共に降りかかった冷たさは水だったか。やけに冷静な頭でそんな事を考えた。
もう一度、母の顔を見た。怯えたままの表情に、若干の嘲りが混じったのを、私は見逃すことができなかった。

「泥棒めっ!二度と来るんじゃない!さっさと出て行け!」

引き攣った笑いを浮かべながら、今度は机の上にあった菓子を投げつけてきた。
先程の花瓶も、きっと彼女が投げたものに違いない。それも、硝子が割れるということは、相当な力で…
そう認識した途端に、頭が燃えるように熱くなり、急に忘れかけていた怒りが溢れてきた。私は母を睨みつけた。彼女は明からさまに怯んだ。そんな最初から有って無いような虚勢なんて、張るもんじゃない。

「……誰がこんな家に二度も上がりこむものか!」

わざとらしく足音を立て、私は家を出た。
痛い、痛い!涙が出たのは、額の痛さだけでは無いだろう。ハンカチで血を拭い取る。
下げた鞄は必要最低限のものしか入っておらず、どうにも心許ない。
ATMで金をおろしていこうか。…いや、このままで良い。
そんな訳で、足の向くまま、若干肌寒い海辺へと立ち寄り、そのままベンチで野宿したのである。
そう言えば、昨日は新月だったか。
唐突にそんなことを考えながら、なんとなく携帯の中の写真を眺める。
ピタリと、一枚の写真のところでスクロールをやめた。それは、一昨日の写真。
映っていたのは、それはそれは見事な、白い満月であった。

「…………一昨日の月は…」

ふと、不穏な疑問が頭に浮かんだ。
新月。それはだんだんと月が欠けていき、遂には見えなくなると言うものだ。
更に詳しく言えば、それは一ヶ月おきに現れる。
そして、次の日から、また月は少しずつ球状になっていき、最高潮に満ちて、今度もまた欠けていく。
だとしたら、一昨日の月は…そこまで考えてゾッとした。
有るのだろうか。そんな非現実的な事が。満月の次の日に新月だ、なんて。
いや、学のない自分に問うても仕方がない。しかし、聞いたこともないその現象は、自分の思考を恐怖と不安で覆い尽くした。
ハッとして、手の中にある電子機器で、新月、後日、満月と検索をかける。
当然のように出てこない。色々とキーワードを変えてみたりしたが、それでも出てこない。手汗で機器を落としそうになる。
別に、不思議な現象が起こること自体は別に良いのだ。いや良くはないが。
それよりも恐ろしいのは、ニュースや新聞でそれらを一切報道していない事だ。
なんなのだ。自分がおかしくなってしまったとでも言うのか。
顔を電子機器からあげた。目の前にあるのは、波をこちらに寄せてくる広い海…
の、筈だった。

「…え?な、なんで…」

そこに有ったのは、死んだように動かない大きな大きな水面であった。
うねるように、生きているかのように動いていた海は、不気味なほどに静かである。
まさにと呼ぶにふさわしいほど、静止していた。

月と、海の関係性は…

「あ…あぁ…」

我らが月は、何処へ行ってしまったと言うのだろうか。

急に恐ろしくなり、弾かれたように歩き出した。
海岸を離れ、細い道を進む。途中で三方向に道が分かれた。
そのうち、一番右は山、一番左は隣町であるが、真ん中に関しては何も知らない。そもそも、こんな道あっただろうか。急に記憶が朧げになった気がした。
勇気を出し、半ば自棄になって私は真ん中の道を進む事にした。
少し暗めの道は些か不気味であったが、こんなもの、自分が気付いてしまった事件に比べればなんて事無い。
やっと視界が開けた。同時に、息を飲んだ。
目に飛び込んできたのは、またしても、海。そして、妙に目を引く一階建ての白い建物であった。田舎臭さの残るこの街では、少し浮いたデザインの建物だ。
それはまあ別に異常なほど不思議と言う訳ではない。
ここの土地は狭いのだから、海から離れようと逆方向に歩いて、それでも海にぶち当たったり、また、町おこしの為にカフェなるものが作られていてもおかしくはない。寧ろ異常なのは、“上”。
大きく広く見える空の色は、爽やかな水色では無く、明らかに夕暮れのそれであった。
いよいよ、自分の頭がおかしくなったとしか思えなくなってきた。
とにかくと店の外側を見つめた。
『OPEN』と書かれた札が、入り口と思われるドアに掛かっていた。そのドアの上には、看板と思わしき物があった。何やら文字のような物が書いてあったが、全く読めない。
少しずつ近付き、ドアノブに手をかける。
ドアにはめ込まれたステンドグラスが眩しい。煩い心臓を宥めるように、大きく息を吐いた。
よし、と思いながら、少し強めにドアを押した。…開かない。

『PULL』

どうやら引き戸だったらしい。かなり恥ずかしい。一気に気が抜けてしまった。
若干顔を伏せながら、ドアを手前に引いた。
ようやく入ることの出来たそこは、殺風景な、店内と思われる部屋。その中でカウンターと思わしき場所のその奥。

…そこに、“奴”は居た。シンプルな、玩具のような狐面を被った、奴が。
目を少し見開きながら、ぼそりとした声でソイツは言う。
低く、低く。しかし、性別の分からない声。しゃがれたようでいて、綺麗に通る声。滑舌は悪い癖に、何故かくっきりとした声。はっきり言って、気味が悪い。

目が光った。

「……いらっしゃい。景屋カゲヤへようこそ。」

これが、私と『景屋』の出会いであった。
成る程、先程の看板の文字は、景屋、出会ったのか。
本能的に、コイツは人間ではないのだと感じた。根拠はない。ただ、感じた。

「……何をお買い求めですか。日本人ってことは…嗚呼、やっと月買いに来たんですか?全く…何のために税金があると思って…」

一方的に話し始めたソイツに、不快感を覚えた。
まだ何も話していないのに、日本人だと私を言った。いやそれ自体はいいのだが、こんな田舎に、外国人が来るのだろうか。というか、月を…

「ちょ、ちょっと待ってください…何を言っているんですか?月を買うだのなんだのって…」

「…はあ?此処に来るって事は新たな客じゃ…」

「私はこんな場所知りませんでした!」

怒鳴りつけるようにして反論を述べる。
しかしソイツは態度一つ変えずに、少し考えるような仕草を見せた。
そしてまた、こちらを見、今度はしっかりと目を見て話し始める。

「……ふむ。あんたはどうやら、客では無いようだな。」

「だからさっきから言ってるじゃないの、私はただっ…!」

「まあ落ち着け小娘。なんだい、喧嘩でもしたのかい?その傷は。」

一瞬、何のことかわからずピタッと思考が止まった。
仮面の奥の目が額へ向かっていることを察し、手をやる。

「………関係ないです。…そんな事より…月を、買うですって?それは、世界から月が消えた事と何か関係があるの?」

「…!随分勘の良い娘だな…成る程、だからあんたは此処に来れたんだ。まあ、かけなさい。珈琲でも入れてやろう。」

怪しい。見るからに怪しすぎる。渋々椅子に座りながら、私は店内を見回した。
至る所に、飾りのようなキラキラしたものがある。殺風景では無かった。
おかしい。入ってきた時、こんなものは見えなかったのに。
天井には、数多の星。壁には草や蔓。空気中には鳥。部屋の隅には、人型の何か。
何を売っているのかさっぱり分からない。月を買うとは一体どういう事なのだろうか。
コトリと、グラスが置かれた。中に入っているのは、アイスコーヒー。
しかし、まるでロックなのかと思う程、中の氷は大きい。
手に取ると、ひんやりとした温度が手に伝わった。
カラン、と音がして、グラスの中の氷が揺れる。

「さて、話そう。因みに、本当に何も知らずにこの店にきたんだね?」

「当たり前でしょう。知っていたら、こんな奇妙な店立ち寄りたいとも思わないわよ。」

「酷い言い様だな。まあ、周りのものを理解せずに見れば、誰でも最初はそんな反応をするさ。…あんたはさっき、月を買う事と、この世界から月がなくなったことを関連付けようとしていたね?…あれは、まさしくその通りなのさ。」

「…どういう事?」

「いいかい?この世のすべての色彩は、金によって買われているものなんだ。ほら、あんたの容姿だって、買われたものなんだよ。アニメーションのようにして、一瞬一瞬が一枚のスクリーンになっているこの世界の色は、すべてこの店で買われたものなんだ。」

「金で、色を買う?そんな馬鹿げた話…なら、買えなくなった時はどうするって言うの?そのまま無くなるのかしら?」

「そうさ。金で買えなくなれば、それは無くなる。…先の戦争で金のなくなった日本は、どうやら月を買えなくなったらしいね。月がなければ海だって動かない。しかしね、此処が世界のややこしいところなんだよ、小娘。」

腕を組んで、ソイツは言う。
小娘小娘と私の事を言うコイツは、よほどの年配者なのだろうか。
もはや敬語を使うのもやめ、そのまま睨むように視線を合わせた。

「…何よ。」

「此処で売るのはあくまで“色”なのさ。この意味が分かるかい?」

色。つまりは目に見えるもの。
写真と同じように、色だけが、世界に売られているのだとしたら…

「…それって…実体がないって事?」

「その通り。ならば何故月によって海は生きるのか。…単純にね、オプションなのさ。だから、あんた達に形があるのも、五感があるのも、すべてオプション。もちろん、記憶も経験もね。」

「なんてこと言うの、だって、それじゃまるで…」

ふと、考えた。
ならば、眼は?視界は?そんな事を尋ねる前に、ソイツは口を開いた。

「文句かい?呆れるねぇ、それを望んだのはあんた達なのに。…そうだ、あんたが月を買わないかい?一年間でなんと70億!かなり安いほうだよ、どうだい?」

「な、70億ですって?!そんな大金、こんな田舎の一人の小娘が払えるわけ無いじゃない!」

動揺して、思わず声を張り上げた。70億を安いだなんて、冗談じゃない。
そんな70億を今まで払っていたのは誰なのだろうか。
総理大臣か何かなのだろうか。
というか、一年間の月だけでそんなに金がかかるのなら、私たちの容姿はいくらなのだろうか。
そう尋ねれば、呆れた顔をしてソイツは言った。

「あんたね。何の為に税金があると思ってんだい?自分の形を、世界を、自分自身で買うためだろうに。」

なんという事だ。この世のすべては、本当の意味で金でできていたのだ。
なんでも、買う世界は人それぞれで、だからこそ価値観が変わる。
そして、今私たちが同じ風景を見ているのも、偶然に偶然が重なった奇跡なのだそう。
見たい世界も感想も何もかもが違う私達が、こうして居られるのもまた、奇跡らしい。

「…さあ、用がないなら帰った帰った。言っておくが、記憶は消させてもらうよ。他言されたら堪ったもんじゃない。」

「…心配せずとも言わないわよ。」

そこまで言って、私は気付いた。こんなところまで来た理由を。
帰りたくない。否、帰れない。

「嗚呼、そうだ。…最近ね。欧米やらアフリカやらも色を買わなくなってきた。…ニュースに報道されない理由は…もう分かったね?隠蔽しているんだよ、国の代表が。ありとあらゆる手を使ってね。気付けただけでも、あんたは凄いよ。」

「……」

「なんだい、さっきからうじうじして。言いたいことがあんなら言いな!」

「…帰りたく、無いなって…」

声が少し震えてしまった。
呆れたように、ソイツは溜息を吐いて私を見た。

「……ならどうするんだ?ここに居座る気か?」

「まさか…ただ…」

嗚呼、また涙が滲んできた。
あの人のいる家へ帰らなきゃいけないのは分かっている。
でも、この事もそう。分かっては、居るのだけれど…

「………ふむ。ならば、一つオマケをしてやろう。」

「…え?」

「『人間の退化』のオプションを、今日1日だけ取り消してやる。世界がどう動くかを、その丸い目でよく見て来なさい。そうして、家に帰るべきかを明日までに決めるんだ。いいか?特別に記憶は消さないでいてやろう。しかし、他言したら…もう分かるな?世界が買った『お前』という色を、こちらに戻してもらうからな。それと、オマケの代償が重くなるか軽くなるかはお前次第だ。良く考えて、今日1日を過ごせ。『客名簿』には載せないでおいてやろう。」

「…客名簿?それって…」

「さあ、それでは。またご利用下さいな、御客人。」

そこで、私の視界は真っ白になった。


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