ダーク・ファンタジー小説

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月星の影、浜辺の真砂に
日時: 2020/01/02 16:37
名前: 凍鶴 (ID: 7t.dwaO6)

冬の大三角形が輝いた宵の頃。
横たわりながらも繋ぐ手が酷くあたたかく感じた。
衣服共に海水で濡れた身体が冷たい空気に刺されて痛い。
私が家に帰らずとも父も母も心配しないだろう。
貴女には心配してくれるようなな家族が居る。
けれど貴女は、ずっと微笑んだままで眠ったままだ。
「有難う、さようなら」
私は、誰よりも大切な人に微笑んだ。
それが貴女への最後の言葉。


一度切りの出逢いに、幸在れ。



【月星の影、浜辺の真砂に】

     ~目次~

   [1-夜凪-] >>1
 
   [2-人々-] >>4

Re: 月星の影、浜辺の真砂に ( No.1 )
日時: 2020/01/02 15:05
名前: 凍鶴 (ID: 7t.dwaO6)

[1-夜凪-]

霞深が目覚めたのは、何処か小綺麗で機械の有る室内だった。 こめかみが随分と痛む、あまり宜しくない目覚め。 しかしその中で確かだと思えたのは、此処が病院であるという事だった。
「かすみさん。佐倉、霞深さんだね。調子はどうかな。」
先刻小走りに此処へ入ってきた白衣の男性が、ベッド側に屈んでそう言った。名前が解るという事は、親と連絡が取れたのだろう。……そう、霞深は悟った。
「……普通、です。」
白く冷たい色をした掛け布団を掴む手は、未だに凍えている。窓から射し込んだ昼前の陽光が当たれど、冷たい。
「そうか……、もう直ぐでお父さんとお母さんが来るからね。」
20代前半の、皺一つ無い笑顔さえ霞深には何の価値も無かった。何故己が此処に来たのかさえ覚えていない上に、何故だか人を皆信用してはならない様な気がしたからだ。
「……はい。」
その返事を聞けば、その医者は頷いて部屋を出ていった。周囲白色だらけで、目には眩しい限りであった。

Re: 月星の影、浜辺の真砂に ( No.2 )
日時: 2020/01/02 15:32
名前: 凍鶴 (ID: 7t.dwaO6)

霞深がぼんやりと窓の方を眺めていると、彼らは直ぐにやって来た。そして扉を半ば乱暴に開け、ベッドまで駆け寄ってくる。片方が履いているヒールが、歩く度に踵をこんこんと床に叩きつけている。
「かすみ!!!!!!良かった……生きてて……」
手に持っていたビニール袋を床に放り投げて霞深に抱きついた。両親二人して涙を流している。それを虚ろな目に映す事しか出来ない霞深はほんの少し首を傾け、二人を眺めていた。皺だらけの泣き顔だった。床に放り出されたビニール袋からは、霞深が生前の祖父に買ってもらった衣服が覗いていた。

「私達帰るからね。何かあったら絶対に連絡して。退院まではしっかりと休む事よ。」

「無理はしなくて良いからな。」

一時間もしない内、二人はその言葉を残して帰って行った。あまり大きくはない病院だからか、駐車場から走り去っていく車の音が此処まで聞こえる。家の車の音だ、と霞深には直ぐに判った。

その後、両親に直接説明したのであろう先程の医者が戻ってきた。
様子を見て一週間の入院だそうだ。一時は意識不明に陥りかけていた為、まだ安心など出来ないらしい。それに加え、此処へ来る直前の記憶を霞深が失っている事から軽度から中度と見られる記憶障害を起こしている為何にせよ療養は必要なのだと言う。霞深はその説明を受けている間、ずっと頷き続けるだけだった。
改めて名乗ってくれたが、医者の名前は"飯塚 尚人"だという事が判った。飯塚先生と呼ぶべきか、飯塚さんと呼ぶべきか。未だ十五のお年頃な霞深は男の人の呼び方にも迷う様だった。

Re: 月星の影、浜辺の真砂に ( No.3 )
日時: 2020/01/02 15:56
名前: 凍鶴 (ID: 7t.dwaO6)

……何故入院しているのか。その理由がぼやけている。
霞深は早朝に浜辺で近隣住民によって発見され、全身が海水で濡れて体温が低下していたと飯塚が言う。しかしそれでも霞深には部分的な記憶しか無く、全てを飲み込む事など出来なかった。ただ、誰かにずっと手を繋いでもらっていて__自分も微笑んでいたという記憶だけ。それだけしか頭になかった。確かに、異様に身体が冷たかった様な気もするのだ。ただの夢の様にも思えるが。

初日は殆どをベッドの上で過ごし、二日目は昼前に漸くベッドから立ち上がって窓際へ行った。思った通り、かなり小さな病院である。
そして遠くへ目を向けたならば、涯てしなく広い青海原が波を寄せて帰してを延々と繰り返していた。あの場所で見つかっただなんて信じられない話だ、と霞深は目を微かに細めた。近くには線路が引かれ、然程大きくもない道路に車が時折通る。そして視界右側の彼方の港には漁船が停まり、出入りを繰り返している。

____こんな田舎町に、なぜ私が?

霞深は不思議でならなかった。自分で此処へ来ようとしたのだろうか。動機やそれに関係した部分の記憶がどうしても思い出せない。
夜が近付こうとする中で赤く灼ける海を見つめながら、窓にそっと指先をつけた。

__せめて此処が病院でなかったならば、あの浜辺へ行く事も出来たのに。


そう考えた時彼女は一人、小さな計画を思い付いた。

Re: 月星の影、浜辺の真砂に ( No.4 )
日時: 2020/01/02 16:25
名前: 凍鶴 (ID: 7t.dwaO6)

[2-人々-]

「……飯塚さん、駄目ですか。」
三日目の朝、ベッドの横の飯塚に外出許可が下りるか訊ねた。看護師には話し辛かったのでこの相手にしたのだが、うーんと悩んだまま数分静止している。腕を組んで浜辺を見つめながらに、ずっと。夜凪から朝凪に移り変わった波を目にしながら、やがて口を開いた。
「伊葉院長は許可してくれないと思うよ。一応、敷地内は関係者以外立ち入り禁止の所以外何処へでも行けるんだけどね。……少し考えても良いかな。」
その言葉に、霞深は安堵の息を吐いた。相手が全否定するような人間でなくて良かった、と思ったのだろう。両親は忙しいせいかあまり来る気もないらしく、昨日一切連絡も無いのだ。そんな中、看護師とも世間話が出来ない霞深にとって飯塚は唯一の話し相手である存在だった。
「佐倉さんはあの浜辺へ行くつもりなんだよね。」
「はい。」
強い返答を口にする。飯塚は頷いて窓の方へ行くと、背を向けたままに再び口を開けた。
「この一週間で、何日間通うんだい。」
「今日、明日、明後日の三日間です。」
またしても強い返答を口にした。流石に多すぎただろうか、と彼女は考える。しかし、一日二日では事を理解できない気がしたのだ。だからせめて三日間だけでも時間が欲しい、と。
「……わかった。その代わり、三時間になるだろう。午後二時から午後五時まで。それでも良いかな?」
霞深は頷いた。三時間。これが三日で九時間。その間に思い出す事が出来れば、と彼女は微かに希望を目に宿して笑顔を見せた。窓からゆっくりと振り返ってそれを見た彼もまた、微笑んでいた。

Re: 月星の影、浜辺の真砂に ( No.5 )
日時: 2020/01/02 17:02
名前: 凍鶴 (ID: 7t.dwaO6)

「行って良いよ。」
両親が持ってきた服に着替え終わり、病院の玄関口で飯塚に言われた。受付の看護師や薬剤師などは此方に知らん振りのままだが、それは敢えて飯塚が彼女らに話をつけてくれたからなのだろうと霞深は気付いた。
「有難うございます。」
その感謝の意を込めて、礼を口にする。そして扉に向き直り、歩き出した。外で北風の音がしてはいたが、出た途端に服を揺さぶられればダッフルコートのフードを即座に被った。ここまでとは思っていなかったらしく、マフラーも忘れてしまっていたのだ。此処は京都。大阪と近いのだし気候は変わらないだろうと予測していたのが大きく外れ、日本海側だった事もあり気温が随分と低かった。

しかし随分と美しい町並みだと霞深は感嘆の息を飲んだ。長屋に舟屋に電車。建物が水上に立てられ、水面に着かぬよう土台を上げられている。何処に海岸があるのか迷いそうなほど長く、それは続いていた。


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