ダーク・ファンタジー小説
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- ブラッド・アイアンガール(読み切り)
- 日時: 2020/05/11 16:09
- 名前: 神原魁斗 (ID: siKnm0iV)
人は何かを忘れずに、新しいものを得る事は出来ない。
- Re: ブラッド・アイアンガール ( No.1 )
- 日時: 2020/05/11 16:10
- 名前: ブラッド・アイアンガール (ID: siKnm0iV)
読み切り
鉄血の乙女《アイアンメイデン》
人は何かを得るたびに、元来持ち合わせていた何かを忘れて行く。
圧倒的な武力《チカラ》を手に入れれば、本来ならば何よりも尊重すべき平和を忘れ。
急に莫大な富を手に入れれば、そこに至るまでに一生懸命になって育んで来た愛を忘れる。
「お前は!一生!俺の奴隷なんだよ!」
怒り狂う父に殴られながら、薄れ行く意識の中で少女は一つの疑問を抱いていた。
【ならば、何かを忘れずに新しい物を手に入れるには、どんな代償が降り注ぐのだろうか】
と。
***
「おいおい、酷え傷だな。どうなってんだそりゃ」
「いや…見せる程のものでも無いし…」
「いいからいいから、見せてみろって」
「しょうがないな…」と、ため息混じりに呟いた少女は仕方なく髪をたくし上げ、少年は髪の下に隠された生々しい傷跡に表情を険しくする。
「……誰にやられた?」
「お父さん、失明させられた」
「マジか、そういや虐待されてたんだったか…」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた少年は、頭をバリバリと掻きむしり両手を合わせて謝罪する。
少女は気にしなくてもいいと言うが、罪悪感を感じていた少年は購買に来るよう少女に促す。もしかして、細やかな詫びのつもりなのだろうか。
「大丈夫、気にしてないし。それに奢って貰ったなんて言ったら何されるか分かんないし…」
「お前が気にしなくても俺が気にすんの。いいから来いって、頼むから詫び位させろ下さい」
少年は一向に引き下がる気配がなく、少女は再びため息を吐いた。
−廊下−
「ところでよ」
「ん?」
「最近起こってる事件知ってるか?」
確か盗難や障害など目立った被害は無いのにも関わらず、『被害者の全身から血液がごっそり抜かれていた』とか言う怪事件だったか。
噂程度なら耳にするが、家では電子機器などの使用が厳しく制限されている分、彼女は現代の社会事情にはそこまで目聡く無かった。
「でさ、今回ウチのクラスの奴がその事件に捕まったらしいぜ?」
「誰が?」
「えっと…誰だったかなー…確か髪を茶色に染めてた…」
「村野の事?」
「そう、ソイツだ」と、ふと思い出したかのように彼は手を叩く。
その村野と言う名の女生徒とは大した仲でも無かったし、と言うか寧ろ彼女からはよく虐められていた為、哀愁と同時に内心で小さく喜ぶ。その傍で、自販機に小銭を突っ込んだ少年は「でもよぉ」と、うんざりした様子で呟く。
「どしたの?」
「物騒な世の中だよなぁ、巷じゃ怪事件で持ちきりだってのにお前の親父さんもよく呑気に虐待なんか出来るもんだ」
少女は彼の発言に深く同意する。
父は忙しいと言いながら彼女を痛めつける。だが彼女の知る父は、我慢強かった母が見限るレベルのだらしない呑んだくれで、彼女はあの男が出勤するところなど一度も見た事が無かった。
あんなクズでも昔は有名な格闘家だったらしいが、彼女からすれば亭主関白気取って威張り散らしながら酒を呷るあの男は、過去に威光に縋り付いてるようにしか見えなかった。
「まぁ、取り敢えず何か買えよ。この位しか奢ってやれねぇけどな」
「ううん、ありがとう」
彼女は少年に礼を述べ、コーヒーを奢って貰った。
***
「はぁ…嫌だなぁ…」
少女はため息を吐き、愚痴をこぼす。
彼女は、午後は授業を受けずに家に帰った。理由は二つ、例の怪事件が頻発している事と、父の介護と言う名の理不尽な怒りの捌け口にされる事。
教員連中はこの事を知っている、なんせ一度密告《チクった》したから。なら何故止めない?答えは簡単、報復を恐れているからだ。あの男は今なお格闘技会会長のお気に入りらしく、男を裁く事はそれ即ち格闘技会全体を敵に回す事になるからだ。
「マジで嫌だ…」
彼女は再びため息を吐いた、次の瞬間ーーー
「!?」
「動くな」
彼女の口元に布切れを押し付けられ、そのまま路地裏へと引き摺り込まれていった。
「んーーー!」
「こらこら、声出すんじゃ無いよ。あの家に帰りたく無いだろ?」
少女は必死に抵抗を試みるが、男の力の方が圧倒的に強くビクともしない。しかも、あろう事か少女を心配する余裕まで見せつけて来る。
「ん"ーーー!」
「痛ァ!分かった分かった下ろすよ!だから暴れないでくれ!頼むから!」
「ぷは!な、何のつもりなんですか!?まさか…誘拐!?」
「待て待て待て、いくら俺でも年頃のJC攫ってんほぉする程変態じゃ無いからな」
男は必死に弁解を試みるが、少女は懐疑的な視線を向ける。立場逆転とはまさにこの事だろう。男は空咳をすると、「まぁ、本題に入ろう」と彼女に落ち着くよう促す。落ち着くべきはそっちだと思うが。
「君に才能がある」
「……は?」
男の突然な告白に、少女は眼を白黒させる。そして呆然とする少女を尻目に、男は茶封筒の中から彼女の戸籍票と思しき書類を取り出す。
「あ、それ私の戸籍!一体何処から持って来たんですか!?…まさか泥棒!?」
「畜生やってる事は事実だから反論出来ねぇ、まぁそうだな。これは君の戸籍票だ」
「返して下さい!」
「取り返せるもんならな」
少女をヒョイヒョイと避けながら、男は様々な書類に眼を通す。そして資料をめくり尽くした男は、見覚えのない最後の一枚を少女の眼前に差し出す。
「何ですか…?これ…」
「これは【契約書】だ。ここにチョチョイとサインしてくれれば、君に復讐の力をやる事が出来る」
「……簡単に信じられますか?」
「そうだな…確かに、美味い話にリスクは付き物だよなァ。力の代わりの代償は一つ、サインした瞬間から君は一切の人権を失う」
すると、少女の顔が一瞬で引き攣る。
男は口角を上げ、「ま、考えが付いたら決めな」と少女に告げてその場を去って行った。
***
「ただ今…(あれ?電気ついてない…?)」
「遅かったな」
「ッ!」
暗闇の中、ボソボソと低い声を聞いた少女は身を震わせる。そして声の方に振り向くと、そこには怒りの形相の父が立っていた。少女が後ずさると、父は彼女の腕を掴み上げる。
「なぁ、この紙切れは何だ?絶縁でもする気か?俺がいねぇと何も出来ねぇ癖によぉ!ナメやがって!クソガキが!」
「(いつもと違う…怖い、怖い怖い怖い怖い…!殺される!)うぅ…ぁぁぁぁぁあああ!」
少女は床に置いてあった缶ビールの入った袋を掴み取り、父の顔面を殴打する。一瞬怯んだ父の隙を見逃さず、彼女は自身の部屋目掛けて走り出す。
「チッ、ゴミの分際でふざけやがって!」
扉を叩き開けた少女は、鍵を閉めてあの男から貰った書類を机に叩きつけ、ペン立てに置いてあった万年筆を手に取る。
そして数秒後、扉の向こうから父の怒鳴り声が家全体に響き渡る。
『出て来い!聞いてんのかクソガキ!』
「(書け…書け書け書け書け書け書け!サインなんかとっとと書いちまえ!あの人が言ってる事が本当なら、人権なんか失っても良い!)」
彼女がサインを書き終えた刹那、けたたましい破砕音と共に部屋の中に入って来た父は、額に青筋を浮かべながら少女の首を掴む。
「勘違いしてんじゃねぇぞクソガキ…お前は何をしようが無価値な人間だ!一生俺の奴隷でいれば良いんだよ!」
「フー…フー…!」
「何だ…?その反抗的な目は…」
男は彼女の首を放し、落下に合わせて殴り飛ばそうとした次の瞬間ーーー
「ぐ…ぎゃあぁぁぁぁあああああ!」
彼の腕が弧を描きながら吹き飛び、腕の断面から間欠泉のように真っ赤な鮮血が溢れ出した。
男は腕を抑えながら、少女を睨みつける。だがそれも束の間、少女の腕から滴り落ちる血を見た男は急に逃げ腰になり、腰を抜かして後ずさる。
「は…?お、おい待て!悪かった!俺が悪かった!詫びくらい何でもしてやる!欲しいのは金か!?それとも指の10本や20本…」
少女は口角を上げ、腕を払う。
刹那、父の抵抗も虚しく彼の首は宙を舞った。
***
人は何かを得るたびに、元来持ち合わせていた何かを忘れて行く。
一度でも人を殺す快感《よろこび》を得れば、人を殺める事に対する抵抗《りせい》を忘れ。
かつては、人の脅威となった夜の化け物。人の世に馴染めば、彼らは『己の存在意義』を忘れる。
世の中は、何かを得る代償に何かを忘れる。その繰り返しで、この世界は構成されている。
そして今日も、人の世に紛れた【人外】が一人。
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