ダーク・ファンタジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

千春の人生 千春の成長
日時: 2020/06/10 16:50
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

平穏な旅館に事件が起きた。五十歳前後の夫婦が泊まった時のこと。夜の十一時過ぎ、仕事も一段落し板長と板前さんが帰って行った。そんな時に客室から仲居頭である芳江が呼ばれた。呼ばれた部屋に行って見ると財布が無くなったという。
「あんたがこの部屋の担当だろう。俺が風呂から帰って来たら財布が消えていたんだ。あんたが盗ったのか。それしか考えられん」
「そっそんな。お風呂に入る時は、貴重品は持って行くか受付に預ける事になっています。そうでないと私達はお客さんの部屋の掃除も布団も敷けなくなります」
「なんだと、客のせいにするつもり」
「しかしそれはお客さんの管理が……」
 そんな事は知らず自分達も終りにしようとしたとき客室から怒鳴り声が聞こえて来た。更にガシャーンと激しい音が聞こえ女性の悲鳴が聞こえる。何事かと女将が問題の部屋に駆けつけると男が割れたビール瓶を持って暴れている。
「お客さんどうなさったのですか」と女将。
「あんた女将だろう、あんたどんな教育しているんだ。この仲居が俺の財布を盗ったんだ」
「わっわたしそんな事をしていません」
「ふざけるなぁ警察を呼べ。突き出してやる」
「旦那さん落ち着いてそのビール瓶を下ろしてください。それからお話を伺いましょう」
「五月蠅い! お前もグルか。とんでもない旅館に来たもんだ」
 帰りかけた千春が慌てて部屋に向かった。鬼の形相で男がビール瓶を持って仁王立ちしている。その側で芳江が震えていた。そこに千春が割って入った。
「なんだオメイは、もしかしてお前が犯人か」
「ハァ? なんの事ですか。盗ったとか犯人とか。こんな夜中に他のお客さんに迷惑です。理由は私が聞きますから。部屋から出て下さい」
「なに客に喧嘩売ってんのか。とんでもないアマだぜ」
「お客さん。仲居が盗ったとか聞こえましたが証拠があって言っているのですか。ないなら旅館の信用にも関わる問題です。ハッキリさせましょう。いくらお客様とは言え人権に関わる問題です。盗人呼ばわりされた仲居にも立派な人権はあります。いいですね。これだけ騒いでおいて有りましたでは収まりませんよ。もし出て来たら名誉棄損、営業妨害及び著しく旅館の信用を失わせた損害賠償を請求しますから宜しいですね」
 客は名誉棄損、営業妨害とか損害賠償と聞き急におとなしくなりビール瓶を置き椅子に座った。
「まぁ俺も頭に血が上って泥棒呼ばわりしたのは悪い、だがない物はないんだ」
「処で奥様はどうなさいました」
「あいつか風呂に言って居る。女ってっのは長いからなぁ」
「では奥さんがお財布持っていたとか考えられましたか?」
「なに? あいつそんな気遣いのいい女ではない」
 タイミングが良いっていうか、其処に奥方が帰って来た。
「あぁいいお風呂だったわ……あら大勢集まって何かあったのですか」
すると旦那が慌てて妻に言った。
「お! お前まさか俺の財布を持って行ったのか」
「ええそうよ。だって誰も居ない部屋に貴重品置くのって、なんか嫌でしょう」
旦那は真っ青になった。もはや言い逃れは出来ない。大暴れし盗人呼ばわりしてごめんなさい、では許されない。最後の手段は土下座して謝るしかなかった。旦那が椅子から降りて土下座しようとしたら千春が止めた。
「お客さんお止め下さい。問題が解決して何よりです。私もタンカを切って御免なさい。ただお客様に冷静になって欲しかっただけなんです。もう今日の事は忘れましょう。ではお休みさない。では女将さん私達も失礼しましょうか」
 奥方は何があったのか分からずポカーンとしていた。
「ああ驚いた、どうなるかと思ったわ。それにしても千春ちゃん大した度胸ね」
「いいえ父に鍛えられましたから」
すると芳江が膝から崩れて大きな溜め息をついた。
「怖かったぁ殺されるかと思った。しかし千春は凄いね。あのタンカの切り方。損害賠償とか言ったらお客さん急おとなくなるんだもの。しかも部屋を出ろって。お客さんに喧嘩を売っているみたいだった」
「千春ちゃん何処でそんな度胸を付けたの。理詰めに追い込んで置いて大人しくさせた後、財布の行方が分かり青ざめたお客様を責めもせず、最後の収め方も見事だったわ。謝る前にサッサッと引き上げる手際良さは見事よ」
 「誰でも財布がないと思った途端に冷静さを失うものです。旅館の支払い、この先の旅の予定も立たなくなるし、頭に血がのぼったのでしょう。そこに芳江さんが担当だったら真っ先に疑ったでしょう。冷静になれば分かる事なのに」
千春の取った行動は今で言う神対応に等しい。客も冷や汗だけで済んだ。そんな事件があった後、先輩仲居も千春を認めるようになった。そして急に優しくなった。

双子はたいした病気もせずにすくすくと育った。小春と春樹が四歳くらいになると旅館の掃除やお客さんの靴磨きをして女将にお利口ねと、お菓子や洋服を買ってくれる事もあった。女将夫婦には子供が居ないから孫のように可愛がってくれる。
 やがて月日は流れ小春と春樹は六歳なり今年の春、小学校に入学する予定だ。
「小春、春樹もうすぐ小学校に入るんだね。ごめんね、お金が無くて幼稚園に入れてやれず」
「いいのアタシなんとも思っていない。でも入学式にはお母さんしか来られないのよね」
「それってお父さんも居て欲しかったの」
「でも仕方ないよね。死んじゃったんだから」
「……ううん。お母さんだけでごめんね」
「お母さん、いつもごめんねと言うのは止めてよ。僕もお母さんの苦労は分っているから」
 二人共も母親思いの良い子のようだ。千春にとっても親を気遣う子供は可愛い。本当に良く育ってくれたようだ。千晴の苦労も報われるというもの。
先輩にあたる仲井の二人は一年前に辞めて今は新しい仲居がふたり入り千春は仲居頭として頑張っている。
 昭和三十九年(1964)まもなく双子が入学すると知り、親友の咲子が久し振りに互いの子供達を連れて会おうと手紙が来た。その親友の咲子は五年前に結婚して一男一女をもうけた。千春も咲子も子育てに忙しく最近は疎遠になっているが千春にとって咲子は恩人である。確か子供は三歳と四歳になって居るはず。子供を連れて七年ぶりかに東京に出る。千春は心が踊った。小春と春樹はテレビを見て数年前に完成した東京タワーを見たいと何度も言っていた。咲子とその東京タワーの展望台で会う事に決めた。千春にとって子供を育てから初めての贅沢な一日となりそうだ。現在は廃止されているが木更津—川崎間のフエェリーがあった。三人はそのフェリーに乗り東京湾に出た。子供達は船に乗るのも海に出るのも初めてで大喜びしている。千春はそんな二人を見て思えば何もして上げられなかった。こんな母でごめんねと心で詫びた。今は元気だけと高熱を出したり怪我をしたりと、苦労がなかった訳ではない。それだけにこうして元気で入学を迎えるのは本当に嬉しかった。
 やっと苦労が報われた頃、ふっと両親の事を考えた。あれから一度も連絡していない。厳格な父だから怖くて連絡も出来なかった事は確かだが、今になって自分も親となって分る事がある。もし小春が私と同じことをしたら千春はおそらく発狂したかも知れない。六年ぶりに千春は両親に手紙を書いた。ただ住所は知らせなかった。風の頼りでは今でも酒造業は続けているらしいが細かい事は知らない。
「あなた! あなた千春から手紙よ。元気なのかしら一体どこで何をしているのよ。でも手紙が来たと云う事は生きて居るのね。それだけでも良かった」
「なんだって千春から手紙。あの親不孝者め。今更なんだっていうのだ。まさか金が底を突
き助けを求めて来たのか。だが遅い!  勘当覚悟で出ていったのだから俺は知らん」
「なんでそんな意地悪な事を言うのよ。強がり言ってもたった一人の娘よ。もっとあの子の気持ちを考えてやるべきだったのでは」
「もういい。とにかく手紙を読んで見ろ。親不孝でもたった一人の娘に違いない」
『あれから役七年の月日が流れましたね。勝手に出て行った私を許してとはい言いません。お父さんもお母さんも息災でおりますか。今だから本当の事を申します。私には当時好きな人がいました。そんな時に縁談の話が持ち上がり私はどうして良いか分からなくなりました。勿論家の跡を継ぐ事は分っていました。でも好きになった人と別れる事が出来ませんでした。そしてその好きな人に私を連れて逃げる勇気があるかと問いました。もちろんと言ってくれると思いました。だがその人は優しく良い人ですが気が弱い所があり結局は私から逃げてしまいしまた。もう私も諦め、お父さんの言う通り縁談の話を引き受けようとした時、妊娠している事が分かったのです。ふしだらな女で申し訳ありません。でも気が付いたら妊娠三ヶ月になっておりました。でも別れた人は知りませんし言う気もありません。こんな事をした私をお父さんが許してくれる訳がない。更に世間の笑い者になるでしょう。仕方なく友人の力を借りて温泉旅館に仲居さんとして働かせもらい、そこで子供を産みました。いまやっと親の気持ちが分かる気がします。驚くでしょうが双子だったので本当に大変でした。今年の春に小学校に入学する予定です。娘の名を小春、息子は春樹と名付けました。私のせいで父親の居ない子ですが、とても良い子に育ちました。そうお父さんお母さんにとっては孫ですよね。出来るなら孫を見せたいのですが、こんな親不孝の産んだ子は見たくありませんよね。私は元気です。親不孝者です陰からお二人の幸せを祈っております』
「あっ貴方! 双子だってよ。しかも男と女」
  双子が生まれたと知り千春の母、春子が号泣した。親にも言えない事情があったとは。過ちを犯した千春だけを責めるのはおかしい。親にも相談出来ない状況に追い込んだ親も悪い。春子は一徹をキッと睨んだ。
「貴方が厳し過ぎるのよ。たから千春は本当の事を言えなかったのよ」
「馬鹿な、ふしだら事をした娘をどう許せと言うんだ」
「それが厳格過ぎると言うのよ。もっと娘の気持ちを尊重してやれば相談してくれたはずよ。そうすればこんな事にならなかったのに」
「それにしても相手の男はなんて野郎だ。見つけて半殺しにしてやろうか」
「今更なにを言っているのよ。その相手の人も子供が出来た事を知らないのよ。もし知って俺の子だからなんて言ったら大変よ。そんな知らない男に孫を渡せますか」
 春子は手紙が届いてから居ても立ってもいられない様子だ。一徹も落ち着かない。怒りと安堵と入り混じって複雑だ。だが双子の孫が居ると知ってどうしようか迷っている。
 こんな時に打算的だが一徹は孫が跡を継いでくれるとふっと思った。
「貴方、この手紙を見て住所は書いてないけど切手の所にある消印に木更津とあるわ」
「なんだって千春は千葉に渡っていたのか。俺達は横浜や湘南などを中心に探したのに、まさか千葉に住んでしたとは。考えてみればフェリーを使えば千葉へ簡単に渡れた。盲点を突かれたな。よしじゃあ木更津に行って見よう」
「えっ勘当だといつも言ってたじゃない」
「そりゃあ従業員の手前、そう言わないと示しが付かないだろう」

 そして千春と小春、春樹は憧れの東京タワーに登った。展望台から見る東京の景色は沢山の建物や大きなビルが出来て戦後の焼け野原のような景色と一変し驚きと感動を覚えた。子供達は大喜びしている。其処に咲子と咲子の子供二人がやって来た。久し振りの再会である。二人は顔が合った瞬間抱き合って喜んだ。子供達はビックリしている。
「千春、久し振り元気そうで何より」
「咲子、貴女も元気そうで。あらぁ可愛いわね。二人とも咲子に良く似ているわ。あれ? 旦那様は一緒じゃないの」
「うん、仕事が忙しくて。それに小春ちゃんと春樹くんに気を使って楽しんでおいでと送り出しくれたの」
「別に気を使わなくてもいいのに。それにしても優しい旦那さんね」
 東京タワーで楽しんだあと、お昼ご飯を六人で食べた。子供達はお子様ランチだ。乗物の器には日の丸の旗が立って居た。ハンバークとオムライスのセット。子供達は大喜びしている。そして小春と春樹は咲子の子供とすぐ仲良くなった。それを見て咲子は。
「この子達も大きくなって私達と同じく親友になれたら最高だね」
「本当ね、私もそうなって欲しい。そして咲子とは互いに白髪になっても行き来したいわね」
千春にとっても子供達にとっても忘れられない最良の日となった。また再会を約束して別れた。

それから数日後、千春の両親は木更津に渡った。今のところ分かるのは木更津周辺の旅館と言うことだけだ。二人は木更津周辺の旅館を調べたが多すぎて見当もつかない。まず木更津市役所に行き秋沢千春、二十七歳は住んでいるか調べて貰った。この当時は個人情報保護法という法律はなく、親の証明出来れば調べて貰えた。だが木更津市内に住んでいないと分かる。近隣の富津町を調べてみたらどうでしょう、あの辺は海辺に沢山の旅館があるからと勧められた。二人は富津に足を延ばした。役場でまた調べて貰った。
 「お待たせしました。秋沢千春さんですね。一人該当者がおりますね、この住所からすると小端屋旅館になりますが。こちらにお勤めでしょうかね」
 「旅館に勤めていると聞きましたから、間違いないと思います。助かりました有難う御座います」
 二人は住所と地図を書いてもらってやっと目的の場所に辿り着いた。
旅館を前にして緊張している。約六年ぶり、いや間もなく七年近くか本当に久し振りの再会だ。親から見ればまだ子供で頼りない娘が今や二人の母になっている。嬉しさもあるが心配もある。会いたくないと言われるかも知れない。
「とにかく今日は此処に泊まろう」
「じゃあ最初に私が入るわ。私なら会ってくれるはずよ」
「まぁそれがいいか」
最初に春子が予約してないけど泊めて欲しいと申し込んだ。
「いらっしゃいませ。はい空いていますよ。おひとり様ですか」
「いいえ二人ですが連れは少し遅れて決ますので」
受け付けたのは千春の後輩の若い仲居だった。春子はドキドキして居る。バッタリ千春と鉢合わせになるのも気まずい。この若い仲居さんに聞こうか。それとも女将さんに先に会うべか迷った。取り敢えず仲居に案内されて部屋に入った。東京湾が一望出来る眺めの良い部屋だ。
「あの〜こちらの女将さんは」
「はい女将は間もなくご挨拶に来ると思います。小さな旅館ですが女将が挨拶するのがしきたりになっております」
「そうですか、それは丁度良かった」
暫くすると六十過ぎの女将がやって来た」
「ようこそ、いらっしゃいませ。何もない所ですが温泉と料理は自慢出来ますよ」
「あの〜単刀直入に申し上げますが、こちらに秋沢千春がお世話になっているでしょうか」
 いきなり言われて女将は絶句した。ついに来る時が来たかと覚悟した。
「……あの〜もしかして千春ちゃんのお母さん?」
「はいそうです。やはりこちらにお世話になっていたんですか、娘が大変お世話になって」
すると女将さん床に頭を擦りつけ謝った。
「こちらこそ申し訳ありません。本来ならすぐ知らせるべきでしたが千春ちゃんはそれだけは止めて下さいと哀願するもので。たぶん親御さんに知らせたら、まだ何処かに行ってしまう気がして。私の姪の紹介なんです。咲子といいまして学生時代からの親友だそうで。身ごもっているからお願いと頼まれましてね」
「とんでもない。そんな娘を雇って頂き感謝しています」
「そう仰って頂くと肩の荷が降りた感じです。今では千春ちゃんが料理を除き旅館を切り盛りしているほどで助かっていますよ」
「いいえ女将さんの指導の賜物でしょう」
「今日は泊まり客も少なく千春ちゃんにはご両親と心行くまで話し合って下さい。……あの今日はお一人で?」
「いいえ、亭主は表に待たせています。なにせ千春は父が怖くて逃げるんじゃないかと」
「それはないでしょう。千春ちゃんはもう立派な大人であり二人の母親ですよ。あっまだお孫さんに会ってないんですね。では私、千春ちゃんが驚かないよう話してから来させましょう」

つづく

つづく


小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。